明の章 使嗾の根源~生命~
竹の葉が気持ちよさげにサワサワと風にそよぐ。
落ち着ける場所を見つけた雄介は、芽唯の朗読の時間を、岩に座って過ごす時間へと変えていった。
これまでの雄介は寂しさや、やり切れなさを、嵐の中を走ることで紛らわせていた。
しかし今は静寂の中でそれと向き合うことができるようになった。
また、孤独だと足搔きもがいた時間は決して無駄ではなく、己の成長に必要なものだったと雄介は胸を張ることができていた。
雄介の成長とともに、芽唯との関係はほどよい距離が保てるようになり、落ち着いてきた。
9月に入ったある夜、まだ遠くにある台風の影響なのか雲行きが怪しかった。
「雄介、今日も座りに行くのか?」
「ああ、ちょっとな、行ってくる」
「無理するな、雨が降る」
「わかった。早めに帰ってくるよ」
珍しくばっちゃまが気をもみ、芽唯も雄介の後ろ姿を目で追っていた。
竹林の中、座禅を組む雄介に、さわぁさわぁと竹に風が絡んだ。
カチッと音がした途端、1本の竹が鞭のようにしなりながらすごいスピードで倒れてきた。
鍛え上げた背中の銅褐色のあざに当たる寸前に、雄介は岩から飛びのいた。
「なんだ?」
偶然とは思えなかった。
雄介を、竹が狙いすまして襲ってきたように感じた。
上を見た。頭上の竹はそよりともせず、雄介の息づかいだけが竹の空間を登っていた。
生い茂る竹の合間から、雨が降り出しそうな空が見えた。
「帰るか」
違和感を残しながら、雄介はお気に入りの居場所を後にした。
翌日、台風の影響が現れ始め、雄介は畑の台風対策を終えると、無性に嵐の山に行きたくなった。
雨が降り出した。
久しぶりに嵐の中を走る雄介は、竹の座には行かず、船通山をめざした。
そんな雄介を芽唯が心配そうに見送っていた。
「芽唯、雄介は心配いらないよ。大丈夫」
と言いばっちゃまは部屋に入ったが、芽唯は庵の窓から雨が激しくなるのを見ていた。
雄介は斐伊川沿いを走っていたが、本格的な雨の気配に方向を宮尾山へ変えた。
先日行けなかった須佐神社に向かうことにしたのだ。
辺りは暗くなり本格的な台風の影響が出始めていた。
久しぶりに雄介は自分をぎりぎりまで追い詰め、自然の猛威を試練と受け止め闘っていた。
そんな中、山々のざわめきの中に、悲鳴が混ざっていることに気づいた。
立ち止まり、神経を研ぎ澄まし方向を探った。
それは斐伊川の上流から聞こえてくるようだ。
斐伊川を下っていた雄介は、今下りてきた上流へ向かった。
だが、しばらくすると声が途切れた。風が強くなり、悲鳴のような声の音で木々を揺らしている。
「聞き間違いか」
ふたたび、雄介は追い風に乗り、下流へと走り始めた。
並走する斐伊川の流れは勢いを増していた。
新たに風の叫びの中に絶望の声を聴いた雄介は、迷わず上流への道を走り戻った。
オロチの住みかと言われる天ヶ淵には、数人の人影と車が1台ライトをつけて停まっていた。
雄介は川のほうを見た。
女性だろうか、頭の上で手首を縛られ、ロープに繋がれ、腰から下が川の中に入っていた。
雄介は冷静に状況を把握した。
フードを被り仮面をつけた男が3人。
車には近づけず、人の確認ができない。
ロープは岸辺の木につながれている。
あと4、5分で全身が水に浸かるだろう。
奴らはその後、見捨てて逃げるのだろうか。
男たちは気絶した女性を揺さぶった。
気づかせ、新たな恐怖に悲鳴を上げてもがく女性を見て笑い声をあげた。
その時、ロープを括り付けていた木の根元がぐらっと揺れ、木が傾いた。
男たちは慌てて木を抑えにかかった。
「殺すつもりはないのか?」
雄介は冷静に様子をうかがっていた。
3人掛かりで抑えても川の流れは速く、女性が木ごと流れに飲み込まれるのは時間の問題だった。
ひとりが手を離し、車のほうへ向かった。
途端に木は根こそぎ剝がれ、女性は川の中へ沈んだ。
雄介はすぐに川へ飛び込んだ。
幸いに木の幹が岩と岩に挟まり、女性は流れになぶられながらもとどまっていた。
雄介が女性を助け上げた時には、止まっていた車は走り去っていた。
女性は意識を失っていた。大事には至っていなかったが、雨はひどくなり、川の水量は増していた。
雄介は川岸から女性を道路に引き上げると、手首を縛っているロープを解こうとした。
しかしロープは水を含み、しばりつけた木さえも外すことができなかった。
雄介の手が止まった。
「パトカーの音?」
とにかく枷になっている木さえ外せれば、何とか女性を背負って行ける。
「もう大丈夫だよ、これ外せば楽になるから」
「ありがとう」
意識を取り戻した女性が絶え絶えの声で言った。
木を外しにかかっている雄介が顔を近づけ、そんな言葉を聞き取ろうとしたとたん、車のライトが2人を照らした。
眩しそうに見上げる雄介に警官が声を掛けた。
「何している?」
ほっとした雄介が口を開く前に、雄介の手には手錠がかけられた。
「傷害容疑現行犯逮捕だ。話はあとで聞こう。おとなしく同行しろ」
一瞬、雄介は逃げようと構えた。
ばっちゃまの顔が浮かんだ。
「悪事をしてなきゃ堂々としてていい。巡り合わせの結果だから逃げることも隠れることもない」
雄介は警官に従った。
そして、助けた女性はまもなく到着した救急車で病院へと運ばれた。




