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明の章 使嗾の根源 ~生命~

三姉妹は養護施設、弘原海の里で育った。

浜辺で見つけられて、すくすく成長した。三姉妹は特別の能力を持っていた。

筋肉の緊張を見切る神眼を持つ冷静な姉は心、美しくしなやかに瞬殺の動きを見せる次の姉の依千姫、そしてあどけない表情から想像もつかない強靭な肉体を持つ妹多希流。

何より海の申し子と言われるほど海をよく知っていた。そんな理由からか、勤務する海上保安庁では宗像三姉妹と呼ばれていた。


珍しく一緒の休暇を取って宗像に帰郷していた3人が雄介を助けたことに、弘原海の里の津久見はきずなの強さを感じていた。

昔、雄介が使っていた部屋で津久見と三姉妹に見守られて、雄介は丸くなって寝ていた。

「医者は何て言ってた?」

多希流が雄介を覗き込みながら津久見に尋ねた。

「身体は異状ないそうだ。若いから寝れば大丈夫だとよ」

「宗ちゃん、こいつあの雄介なのか?」

「心は覚えているんだな。

あの震災の時に行方が分からなくなっていたが、奈良の宇佐野さんという人が引き取って育ててくれた。

だけど何年か前に東京に行ったきり、連絡が取れなくなっていた。

宇佐野さんとはたまにやり取りしていたから雄介の顔は分かっていた。

・・・何があったのか、こんなになって」


心がため息交じりにぼそりと言った。

「今の雄介は感情も生きる気力も、もしかすると記憶もなくしているかもしれない。ただ、息しているだけだ」

「心、雄介って誰だよ」

「多希流は赤ちゃんだったからわかんないね。5歳までここで一緒に暮らしてたんだ」

心が多希流の問いに答えた。

「そうか、でも明日、私たち帰るけど、こいつ暴れないかな?」

多希流は雄介に視線を移した。

「宗ちゃんがいるから暴れないと思うけど・・・」

「けど?」

多希流の問いに津久見も依千姫も心を見た。

「だから、空っぽって言ったろ。生きてるけど死んでるってことだよ」

「難しいな。宗ちゃん」

多希流がどうするのかとばかりに津久見の顔を見た。代わりに心が応えた。

「まあ、様子見なきゃ仕方ないし、何があったか分かればなんとかなるよ」

会話に参加せず、津久見の様子を部屋の入口で見ていた依千姫が口を開いた。

「心がそう言ってんだから、大丈夫。明日の帰り支度するよ。多希流」

多希流を促し、依千姫は雄介をチラ見して部屋から出ていった。


二人の後を追いながら、心は残された津久見にきっぱりと告げた。

「雄介は5歳の子供になった。あの日に戻った、そう思ったほうがいい。理屈や常識は5歳の雄介には分からないし、これからどうするかなんて聞くほうがバカだよ、宗ちゃん」

「そうか、あの日に戻ったのか・・・雄介は」

雄介は3日間昏々と眠り続けた。

津久見は片ときも離れず雄介の目覚めを待った。


4日目、突然雄介は夢を見ているのか、うわ言を言いながら泣き始めた。


「行くな、そっちに行くな。昇、だめだ」


「俺も行く、待ってくれ」


「金なんか、いらね。昇がいなきゃなんにもならね」


「昇、何でだよ、なんで昇が死ななきゃならないんだよ」


夢を見ている雄介が、昇という友達の死が今の雄介のありようにかかわっていることを、津久見に伝えた。


「昇・・・金・・・」


とらえようがないことだが雄介の今を知りたい津久見にとっては重要な情報だった。


雄介は海中にいた。すぐそばを昇が流されていった。追いかけようとするが海が雄介の足をつかみ、昇は遠ざかって海深く沈んでいった。

茫然とする雄介のそばをまた昇が流されて行った。追いかけようとしても海が阻み、昇に近づくことができなかった。

昇は何度も雄介のそばに現れ、何もできず足掻く雄介を残し、沈んでいった。

それは雄介に昇の死を何度も見せつけた。海の中で疲れ果てた雄介は、昇とは逆の方向に運ばれて行くことを、意識を失いながら受け入れていた。


雄介は静かに目覚めた。

心配そうに覗き込む知った顔があったが、どうでもよかった。

「雄介・・・わかるか?」

分かっていたが、返事さえ億劫だった。

知った顔が喜んでいたが黙って天井を見ていた。

体がだるく力が入らない。眉間の中央を何かが押さえつけていた。

押さえつけている何かがじわりじわりと入り込んできた。それは雄介の眉間に根付くと、背中にできていた血腫のようにぶよぶよと膨らんでいった。

すべての根源、膨らむ血腫をそう思ったが、生きること自体を終わらせた雄介にとって、両目を塞ぐ血腫も他人事に思えていた。


1ヶ月が経った。

ぼんやりと抜け殻のように何もせずに時を費やす雄介を、津久見は見守り続けた。

夢を見てうなされたり、泣いたりすることはなくなり、起きて食事して、風呂に入って、寝るという生活のリズムはできてきたが、ほとんど部屋から出ることはなく、一言も話さず雄介の視線はいつも何かを探しているように見えた。


「雄介、明日島根に行くか?」


うつろな目が津久見を見た。

「旅行だよ」

そう答えたが、無反応な目はすぐに閉じられた。

津久見は島根にある竹林庵に雄介を預ける決心をしていた。

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