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明の章 使嗾の根源 ~生命~

自らの中に流れる血潮の音を静寂の中に聞け。

巡り合わせの温もりが生命を満たしその時を告げたなら

力強い波動が導く、己が己であるための根源へ進め。



サテ、  スサノウノミコト  ソノミハカシノ  トツカノツルギヲヌキ

さて、   速須佐之男命   其の所御佩の    十拳劒を抜き


ソノオロチヲ  キリチラセバ   ヒノカワハ   チニカエテナガレキ

其の蛇者    切り散らせば   肥の河は    血に変えて流れき



宇佐野雄介 (スサノウノミコト)

津宮心(宗像三女神多紀理ビメノミコトタゴリヒメ 動かない女神)

津宮依千姫(イチキシマ美しい女神)

津宮多希流(タギツヒメ海を滾らせるほど荒っぽい女神)

弘原海の里園長 津久見宗雄

福岡県宗像市、宗像三女神を祀る宗像大社。

玄海灘に位置する沖ノ島には沖津宮のタゴリヒメ、筑前大島の中津宮にはタギツヒメ、そして宗像田島に辺津宮イチキシマヒメ。

古くから海を守る三女神として、それぞれの宮に祀られている。


宗像大社辺津宮正面の鳥居をくぐり風情のある庭園を過ぎると、手前に拝殿を有し、その奥に歴史を誇る辺津宮本殿が厳かな導きの中に現れる。

その本殿を右手に曲がり道に沿い辺津宮の裏手にある古代祭場へ向かう。整備された少々急な階段を上がりきると、辺りに灯りのない闇に包まれた高宮祭場にたどり着く。


新月の夜、祭場は周りの木立が造る自然のドームに囲まれ、風の音さえ寄せつけぬ静寂が支配していた。それは暗闇を透明な黒に変え、神々の登場を待つ空間を創り上げた。

そして透明な黒は、見えぬものや隠し事、知らずに犯した罪までも見透かして、そこに映し出す。


低い板塀に仕切られた祭場の前に、人の気を失い、微動だにしない雄介が何時間も立っていた。

一週間前、雄介は昇の死を知り、現実を受け入れられず、志布志湾から高千穂の峰に戻り、そのまま九州山地を縦断して宗像へ着いた。


今までは厳しい自然に挑むことで孤独やむなしさを押さえつけてきた雄介だったが、昇を失った悲しみは、どれほど己を痛めつけても薄れることはなく、雄介を自責の念へと追い込んでいった。

宗像に着いた時には、雄介にとって時間の観念や命を繋ぐことさえ、もはや不要なものになっていた。

うつむいていた雄介が顔を上げ、何かに誘われるように右手を祭場に向かって差し出した。それが合図のように周りの木立が音もなく揺れ始めた。


雄介は右手をゆっくりと開き、握りしめていた昇の部屋の鍵を見た。


背後で風が激しく舞い始め、雄介の右肩を押した。


風はそのまま祭場の奥まったところにある、白木で四角に囲まれた祭壇へ向かって行った。


透明な黒の中で昇の小躍りする後ろ姿のように見える砂塵が、正面の木の前で動いていた。


「昇・・・」


「昇、ごめんな、ごめんな、・・・俺があの女に興味を持たなかったら、お前は死なずに済んだんだ」


雄介はかすれた声で砂塵に向かって叫んだ。

砂塵の中に笑った昇の顔があった。

雄介が砂塵を追って一歩踏み出し祭場に入ろうとすると、風はそれを阻むように大きく中央に集まり、たちまち砂塵は天に向かって昇っていった。

高宮祭場にたたずむ雄介は、砂塵の消えた空に視線を向けたまま泣いていた。

中央に集まっていた風は止み、祭場は元の静寂の闇に戻っていた。

透明な黒の消失に終わりを悟った雄介は、振り向くことなく祭場を後にした。



雄介は玄海灘に臨む浜辺に立っていた。

闇夜の海は穏やかで果てしなく、まるで永遠の闇へと続いているように思えた。

波打ち際、雄介は握りしめていた鍵を見ながら海に入った。

腰まで海に浸かった時、限りのない闇に向かって鍵を投げた。

そして曇り始めた空を一度仰ぐと、雄介は鍵を投げた方向に泳ぎだした。


しばらく泳いだ雄介は海の揺らぎに身を任せ、仰向けになり雲が低く垂れてきた空を見た。

高宮祭場で昇は笑っていた。笑う昇を雄介の心は追いかけた。

「このまま・・・お前の所へ行くから待ってろ」

ゾォゥ、ゾォゥと海が呼び、ザワリ、ザワリと波が巻き始め、雄介に纏わりついてきた。

光のない海が雄介の姿を己の一部とすると、引き潮は雄介を彼方の闇へと運び、

雨が降り出すころには望み通り、雄介は母なる海の懐に抱かれ姿が見えなくなった。



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