明の章 是非は無し ~懸命~
帆戸柵佳奈子はライフシェアータウンを出た後、友達の家に居候を決め込んだ。
だが2、3日もすると、佳奈子は暇を持て余した。そして何気ないことで消し去ったはずの、ライフシェアータウンの生活を思い出す自分にうんざりしていた。
判で押したような時間に追われる日々だった。平凡がいいと化粧気のない母親から言われるたびに、化粧が濃くなる。佳奈子はくたびれた母親、生気のない父親を見て、一人で生きていくと決めたのが12歳だった。
高校に入ると金を貯め、違う自分になるために何でもした。体を売り、男も騙した。摩帆瑠になるという夢があるから我慢できた。
父親の病気を機に、一家はタウンに入ることになり、卒業しても就職する気のない佳奈子も家族と一緒に入所した。佳奈子はすぐに辞めるつもりだったから抵抗もしなかった。入所した寮の総寮長が雷樹だった。雷樹には取り巻きの女が何人もいて、派手な生活をしていた。その取り巻きの女の一人になった時、美しくなりたいという佳奈子の欲求はさらに大きくなっていった。
そしてあの日、大画面に映し出された「摩帆瑠死亡」という文字は夢を砕き、佳奈子は雷樹の彼女になることだけに執着した。
思い巡らすことにも飽きた佳奈子は、夕方近くになった頃、渋谷の交差点に行った。
摩帆瑠を失った日と同じように、交差点の真ん中で立ち止まった。行き交う人が迷惑げに避けて通って行く。それでも佳奈子は「私はここを通る誰よりも美しい」、そう言い聞かせながら人の流れを見ていた。行き場のない怒りが佳奈子の背中を押した。
ネットで見つけた募集の広告。
《衣通道中、古代の美女の通衣姫に由来するショー、その麗しい身体の輝きは衣を通して外に表れる。身体に自信のある乙女、光臨せよ。》
との内容だった。
「やばいかも」そんな気持ちを佳奈子は渋谷の交差点で捨てた。
「摩帆瑠、見ていて。私やってやる」
佳奈子の足は歌舞伎町に向かっていた。
佳奈子は住所にあったビルの前に来ていた。
そのビルは佳奈子の想像をはるかに超えて、入るのに気後れするほどの豪華で気品のあるビルだった。
佳奈子は驚きから我に返ると、場違いな自分に気づいた。精一杯おしゃれをしてきたのに、すべてが安物でしかなかった。恥ずかしくて逃げ出したくなった。
佳奈子は走り出したい気持ちを抑え、その場を立ち去った。
悔し涙がほほを伝った。
30m程歩いたところで、一人の男が横に並び、声を掛けて来た。
「貴女は、衣通姫になりたいのですね」
佳奈子は立ち止まると、値踏みをするようにその男を見た。
「あんた誰?だから何?」
「面接を受けられるのなら、ご案内します」
突然の提案に佳奈子は戸惑っていた。
「化粧室もございます」
男はそう言いながら佳奈子にハンカチを差し出した。
ハンカチを受け取り涙を拭いた佳奈子は、黙ったまま、逃げ出してきたビルの方へ歩き出した。返事をするのが怖かった。
今自分が引き返せないところへ歩き始めていると感じたのだ。男は佳奈子の少し前を導くように歩いた。
豪華な扉の左手に目立たない入り口があった。
男に促されて入ると、そのまま2階へ通された。
「ここでお待ちください」
閉まったドアの音に佳奈子は何も考えずに来てしまったことを後悔していた。
落ち着かず立ち上がり、ガラス張りの2階から下を覗いて見た。
階下には長いステージに沿って観客席があり、ステージの先にはバーカウンターと、狭い個室がいくつも並んでいる。
この店は何をするんだろう。そとほし姫って誰なんだろう。疑問に思った佳奈子は携帯を取り出し、検索をかけようとした。
「ここでは携帯は使えません」
先ほどの男が静かに入ってきて告げた。
ここは援デリ?ほんとにやばいかも、そんな表情の佳奈子に男が微笑みながら話しかけた。
「コーヒーをどうぞ。今から契約をします」
「契約ですか。面接はしないのですか?」
「面接は済みました。一緒に歩いたでしょう」
「何も話してません」
「必要ありません。貴女は素晴らしい身体の持ち主です。その身体がもっと輝くように頑張ってください」
「事務の者が詳しく説明します。少しお待ちください」
コーヒーをもう一度勧めて、その男は席を立った。
契約を済ませた佳奈子は一度荷物を取りに、友達の家に戻った。
荷物の整理をしながら、ぶつぶつと契約の内容を繰り返していた。
貴女は商品です。
お客様が値段をつけます。
それが貴女の給料です。
全寮制です。
食事は無料です。
寮には有料のトレーニングルームやサウナがあります。
もちろん美容室やネイルサロン、マッサージルームもあります。
契約は6ヶ月間、自分を華やかに美しく磨いてください。
美しくなるための規制はありません。
整形をする人もいます。
素敵な商品になるために仮面をつけます。
プライベートもある程度、拘束します。
貴女がここの商品であることは秘密にしてください。
発覚すればすぐに解雇です。
6ヵ月後、3人の姫が決まります。
その時貴女の商品価値が決まります。
今の佳奈子にとって是非はなかった。
美しくなるために今欲しいものが目の前にあった。
そして衣通姫の物語が佳奈子を決心させた。
その昔、軽太子という皇位を継ぐことが決まっていた皇子がいた。その皇子には絶世の美女と謳われた軽大郎女という妹がいた。その妹は衣を着けていても、衣を通して体の美しさが分かるほどで、そこから衣通王(そとほしの王)とも呼ばれたらしい。皇子は妹の衣通王と許されぬ恋に落ちた。そして密通が世に知られてしまい、皇子は伊予の湯へと流された。
だが2人は伊予で再会し、自ら死を選んだ。
佳奈子はそんな古代の物語に惹かれた。
死を選ぶほどに愛し愛されることに憧れた。過去に身体を通りすぎた男のことは何ひとつ覚えていないことが気楽だった。ここで頑張れば、今まで道具でしかなかったこの身体を求め、愛してくれる人と出会えるのだろうか。
佳奈子の挑戦が幕を開けた。




