明の章 是非は無し ~懸命~
生きることに躊躇うな
いくつもの正義が織り成す隙間を、握り締めたこぶしが熱いうちに走れ。
ウツクシキ アガ ナニモノミコト、 ミマシ、 シカシタマワバ アレハヒトヒニ
愛しき 我が 那邇妹命 汝 然したまわば、 吾は一日に
チイホノウブヤタテム トノリタマイキ
千五百の産屋立てむ とのりたまいき
ココヲモチテ ヒトヒニカナラズ チタリシニ ヒトヒニカナラズ チイホタリ
ここをもちて 一日に必ず 千人死に 一日に必ず 千五百人
ウマルルナリ
生まるるなり
秋津勇人
秋津都
棚伏雷樹
帆戸柵佳奈子(八ライシン・サクイカヅチ)
髙木仁宜(アマツヒコヒコホノ二二ギノミコト)
教祖
向井出百子
常伊達代議士国土形成の神
大黒代議士
佐田成彦刻命にて
突然の発病に、人知れず消えることを願ったモデルのテラ。
不思議な縁で結ばれた雄介とルナと昇に依頼し、霧島の山中に消えた。
命に刻まれたものが今動き出す。
受命にて
めぐり合いを重ねて、結ばれた稲木賢一と那美。
20年前の激震の中授かった我が子は行方が知れず、異常な身体の妻那美も消えた。
守りきるべきものが消えた。
露命にて
いつも傍らにあるものが無常の風。
静かに、密やかに、忍び寄りそっと触れる。
華やかに咲き誇る摩帆瑠の命は露のようにはかなく消えた。
絶命にて
それは形を変えて訪れ、ひたすらに過ごす光の中に素早く入り込む。
思いも因らない姿で現れて、命を、心を、魂を、絆をあっけなく消し去る。
人々は身を竦め、不安をまとい、打ち震えながらも明日に進む。
雷樹は公園のベンチで目覚めた。
散歩をする人もまばらな、心地よい早朝の日差しの中で雷樹は、伸びをして上を見た。大きな木の下で寝ていたらしい。木漏れさす光の中に、ゆらゆらと動く物が目に入った。
寝ぼけた目をこすりよく見ると、2センチにも満たない青虫が、絹糸よりも細く、頼りない自らの糸にぶら下がり、微かな風にあおられ揺れていた。
虫けらといわれた仁宜を思い出した。雷樹はその小さい虫から目が離せなくなった。
揺られ揺られても落ちることはなく、風に逆らわず、風の止む時を待って、諦めずに青い葉を目指し、上に進んでいるように見えた。
「落ちろ。下に落ちろ。落ちて楽になれ」
雷樹は落ちた青虫を踏み潰したかった。生きようとする力が目障りだった。
「青虫のくせに、・・・」
だがその小さい命は手の届かない所にいた。雷樹は手の出せない所にいる青虫を歯軋りしながら見ていた。
携帯にメールが届いた。高木仁宜と表示された画面を、開くつもりのない手が動いた。
『常伊達事務所に就職が決まりました。退所の手続きをお願いします』
画面の文字が足掻く青虫に変った。いや、青虫は足掻きの中で、確実に目指す所に向かっていた。
雷樹は携帯の電源を切り服のポケットに入れると、両手のひらを広げた。
昨夜の記憶の断片がそこにあった。
「呪縛から・・・開放する。宇宙の気を取り込む・・・ここに生きていることに感謝する・・・俺は力を手に入れる」
雷樹は思い出した言葉を声にしていた。上を見ると青虫は光の中に消えていた。
そして雷樹はそのまま姿を消し、ライフシェアータウンには2度と戻らなかった。
一方、高木仁宜は3週間の常伊達代議士の介護の仕事を無事終了した。
常伊達代議士は退院後、しばらく自宅療養をすることになり、仁宜は継続して世話をすることになった。それは派遣契約ではなく、正式就労が条件となった。
ライフシェアータウンの契約条件は正規就労が決まれば、1ヶ月の猶予を持ってタウンから引越しをすることになるのだが、仁宜は契約の日から常伊達の自宅に住み込みで働くことになった。
常伊達事務所から管理事務所へ連絡は行くのだが、仁宜は縁をつけてくれた雷樹に直接伝えたかった。
派遣依頼を受け、芳志医療センター病院で常伊達と契約を交わした時、資格のない仁宜を派遣した雷樹に不信感を抱いた。
資格について確認をした時、問題はないと言っていたが、実は資格者を望まれていた。このまま引き下がれないものがあった。
仁宜は病院に頼まず、タウンに依頼をしてくれた常伊達の期待に応えたかった。
3週間前、仁宜はナースステーションで介護方針を確認すると、目を閉じベッドに横たわる常伊達を前にした。
言葉のかけようがなく、とりあえず起こさぬように音を立てずに足元に立っていた。
「名前は何と言ったかな」
しばらくして目を閉じたまま、常伊達が尋ねた。
「はい、高木仁宜といいます」
「高木君か。起こしてくれんかな?」
「はい」
仁宜は短く返事をして、常伊達を支えながらベッドを操作した。
「右の脳の血管をやられたらしいな。リハビリだ、何だ、かんだと言っていった、面倒なこった」
「時間が組まれていますので、リハビリ室までお連れします」
「悪いがこの部屋からは出ないつもりだ。運動もここでする」
仁宜はリハビリの計画について本人に説明がなかったかを確かめようと思ったが、常伊達の麻痺の残る左手に、その言葉を飲み込んだ。
「分かりました。後ほど担当の先生に相談します」
「頼んだよ」
「今から身体を清拭いたします」
仁宜は身体を拭く準備を始めた。
着替えを済ませ、テーブルをセットするとお茶を差し出した。
「お茶を準備しました。温めですがご辛抱ください」
常伊達は一口お茶を飲むと、仁宜に横に座るように促し、話し始めた。
「年をとったというのは気づかん事でな、こうして寝て始めて自分が老人になっていたと気付いたよ。周りはまだ働け、まだ動けと若い奴と同じように使うから、若いと思っておったが、そろそろじゃな。ところで君はどうしてわしの世話をしているんじゃ」
仁宜は突然の質問に戸惑いながらもはっきりと答えた。
「今日一日だけ先生とご縁をいただいたからです」
「そうか縁があってわしの世話をしているのか。今日一日と言うと明日は来ないのか」
「はい、私は介護福祉士の資格をもっていませんので、今回のご依頼にこたえられません。明日は資格者が派遣されます。私は別のところへ行きます」
「ライフシェアーの決まりか?」
「はい」
「だが君が契約しただろう」
「いいえ、ライフシェアーとの契約です」
「自分の意志は通らんのか?意志を通す時は解雇を覚悟する時か?」
「・・・」
会話に居心地の悪さを感じ始めていた仁宜は、その質問に答えなかった。
タウンに対する事は守秘義務の中に含まれ、個人の感想や意見の発言は禁止されていた。仁宜は静かに立ち上がった。
「リハビリの件を先生に相談してきます」
「そうじゃったな」
そんな仁宜の態度に気を悪くすることもなく、常伊達は返事をした。
一礼すると部屋を出て、秘書に病室を離れる事を伝えた。
理学療法士と供に仁宜が帰ってくると、仁宜は秘書に呼び止められた。
「高木さん、明日からのことですが、継続してお願いいたします」
「え?私は資格を持っていませんので別の者を手配しました」
「その予定でしたが、先生の希望です。高木さんに続けていただきたいとライフシェアータウンにも連絡済みです」
「そうですか。分かりました。改めてよろしくお願いします」
その後、レベルの高い要求にすべて応え、必死で働く仁宜の姿は、常伊達を始め病院のスタッフにも好印象を与えた。




