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命の章 ~ 霊命 ~ 狂うほどに・・・信じる

別荘を囲む木立の中、サルは、スルスルと木をつたい蛇のように追って来るヴァイパーを半蔵門の待つ駐車場近くへと誘き出そうとしていた。


ターゲットに付着しているジェル状のものは毒、皮膚に付くと危険。

岩堤のメッセージが届いた。


木立の中を舞うように移動するサルを、鞭のようにしなるヴァイパーの両手が縦横無尽に襲ってくる。

鋭利な刃物のようなその手は、触れた木肌を切り裂いていく。

少しでも触れたなら強化加工されたボディースーツ着ていてもサルは毒を食らう。


誘導場所の目印の街灯が見えた。

だが、準備完了のメッセージがこない。

ヴァイパーに計画がばれないように、時間を稼がなければならない。

この数分を持ちこたえればいい。


そのとき、岩堤からのメッセージにサルの集中力が削がれた。


武美さんが負傷した。


緊張をはらむ木立の中を飛ぶサルを衝撃がおそった。

サルが空中で動きを止めた一瞬を、ヴァイパーは狙ってきた。

サルは目の前すれすれでヴァイパーの攻撃を何とか交わしたものの、そのまま地面に落下した。

ヴァイパーはすかさず真上からサルの心臓を狙い、体ごと降下してきた。


目の前にヴァイパーの顔が迫りサルが終わったと覚悟したとき、駐車場の方から鉄板が飛んできた。ヴァイパーを直撃した鉄板は、そのままヴァイパーもろとも木立の奥へ消えていった。


ベンが駐車場からヴァイパーを狙って投げた鉄板で命拾いをしたサルに、準備完了のメッセージが届いた。サルは武美の元へ駆け付けたい焦りを抑えて、ヴァイパーが姿を消した木立の奥へと入っていった。


一方、鉄板の一撃を脇腹に受けたヴァイパーは、木に上り体を休めていた。

そこへサルが現れた。

ヴァイパーはサルが真下を通り過ぎるのを待ち、地面に降りてサルの後ろについた。


脇腹に傷を負ったためサルとの空中戦を嫌ったヴァイパーは、上を見上げ枝の重なりや木の陰を探りながら前を行くサルを、背後から一撃で仕留める機会を狙っていた。


木立の中をぐるりと回り、元の駐車場の街灯の見えるところに戻ったサルは立ち止まりスマホを取り出した。

ヴァイパーはそれが罠とは気づかずサルの背後に忍び寄り、時を狙い、低い位置からの攻撃を仕掛けた。だがその攻撃はかわされ、サルは真上に逃げた。

あとを追って飛び上がったヴァイパーの一撃はまたもやサルに届かず、そこを狙ったように木立の間を抜けて飛んできた網にヴァイパーは絡まり、地面に落下した。


特殊な素材の網の中でヴァイパーはうずくまりそのわき腹には血が滲んでいた。

サルは待機していた半蔵門にヴァイパーの救護を任せベンとともに別荘へ向かった。


別荘に駆けつけたサルの目の前に武美が倒れていた。


サルはガタガタと震えながら武美さん、武美さんと何度も心の中で叫んだ。

サルには兄がいた。兄弟は意図せず犯罪に巻き込まれ、サルは兄を失った。

そのとき助けてくれたのが武美だった。サルはそれ以来武美を兄と慕ってきた。

その武美が最強の武人と言われた武美が倒れていた。

蒼ざめているサルの肩をベンが掴んだ。

「時間がない、入り江にヘリがくる。武美さんを俺が背負って走る、行くぞ」

言うや否やベンは武美を背負い入り江に向かった。

ベンを追うサルに、岩堤からメッセージが入った。


ヘリ到着時間は一般人女性優先のため不確定。連絡を待ってください。


途端にサルは踵を返し別荘へ戻り、再び入り江に向かった。

その手にはシャベルが2本握られていた。



サルとベンが別荘を出たあと、思いもよらないラーテルの反撃の余波に部屋の空気は凍り付いていた。倉岡を仰向けにし、症状を確認している思兼に駆け寄ろうする技荻を、ラーテルの声が抑えた。


「叔母さん、動くと紗羅は死ぬわよ・・・」


踏みとどまった技荻の頭は混乱していた。岩堤のメッセージ?助けるの?どうすればいいの?ラーテルが何かを言っている。何を言っている?技荻の頭の中でラーテルの笑い声に紛れた岩堤のメッセージが渦巻いていた。

そして技荻の胸の奥では動け、動くな、行け、止まれ、その混乱に硬く尖っているいるものが徐々に大きくなっていた。


「大丈夫ですか?」

思兼は意識の戻った倉岡に声を掛けた。

「軽い脳振とうを起こしたようですね。しばらく動かないでください。もうすぐ特別救護班が来ます。いいですか、動かないでください」

倉岡は了解したと伝えるように静かに目を閉じた。

ラーテルはその様子に舌打ちをした。


「さてと・・・ラーテルさん、目的は復讐ですね」

「・・・」

「私への復讐ですか?」

「・・・」

ラーテルは薄ら笑いを浮かべて紗羅の髪を撫で続けている。

「彼女は関係ないでしょう?解放しましょう」

思兼の提案にラーテルは紗羅の顔を覗き込んだ。

「関係ない?・・・のかな?」

「関係あるのですか?」

「・・・」

ラーテルは目を細めただけで答えなかった。

「あなたはサンズを名乗っている。サンズならばあなたも信者でしょう?」

「信者?あいつらが縁者と呼んでる哀れな人のことね」

「哀れな人ですか?」

「そう、このの父親に騙された人のことを縁者と言うのよ」

「・・・」

「不平不満を受け止めて、人格を承認する眉唾な甘い言葉を信じ、未来に夢を託そうとする我欲を刺激されて、金をだまし取られた人たち・・・」

「・・・」

「サンズ・・・可哀想よね。あなたなら、命・・・掛けられる?あんな眉唾者に・・・」

独り言のように呟くラーテルの言葉を、思兼は口を挟まず聞いていた。

「サンズ・・・あいつらはもうお終いね」

「お終い?」

「だって、疑うというウイルスに感染したもの」

ラーテルは満足げにウフフと笑った。

「ウイルス・・・」

「そう、あいつらは方士様の言う来世を疑い始めたの。当り前よね、ありもしないものをさもあるかのように言われてるだけなんだもの。そこに気づけばサンズの結束は破られ裏切者が出る」


ラーテルはイレーザーのみならず、教団にも恨みを持ちサンズを潰そうとしている。

そしてラーテルは本気で紗羅に刃を向けている。

正体は・・・本当の目的は・・・なんだ?

思兼は1つの結論に達していた。


ラーテルは思兼に話すことに興味をなくしたとばかりに、紗羅の顔を覗き込んだ。

「紗羅お嬢様、お目覚めですね。実は私、あなたに真実を告げるために会いに来たの」

紗羅は穏やかな表情のままこくりと頷いた。

「あら、真実が知りたいのね。教えましょう、あのね、あなたの大好きなあのおばさんは偽物よ、あなたを騙すために送られてきたスパイ。噓つきなの、ひどいわね、紗羅様は信じていたのに・・・許せないわよね」

声を潜めて話すラーテルの意地の悪い視線が、弓矢となって技荻の心に刺さった。


技荻はよろめいた。

そんな技荻を岩堤のメッセージが追い詰める。


静観です。不動の位置で私の目でいてください。


技荻は震えていた。不動・・・台本のないものは演じられない。

私は今何を言えばいいの?何をしたらいい?


ラーテルは容赦なく技荻を追い詰めていく。

「あの女が話したここでの思い出なんて噓っぱち。あなたを緋色様から引き離すために来た女よ。あなたの財産目当ての詐欺師なのよ。そうなの、この人たちは仲間なの」



技荻の異常な反応に気づいた思兼がさり気なくラーテルの話の腰を折った。


「・・・弟を待っているのですね?時間稼ぎですか・・・」

ラーテルの表情が強張った。

「彼は・・・我々が」

「うるさい、ヴァイパーがお前たちなんかに捕まるはずない」

「しかし彼は今病院に向かっている」

苛立ちを露わにして、ラーテルは紗羅を立たせて窓際まで移動して外を覗いた。

「待っても弟は戻らない。あのスーツは体を保護していたんだね。裂けてしまったらしい・・・」


ラーテルの形相が変りラーテルはヒステリックに喚きだした。

「思兼、お前は弟まで・・・許さない」

「だったら私の手を掴み殺せばいい。その人を恨むのは筋違いです。その人に罪は無い」

憎悪に満ちた表情でラーテルは、手を差し出した思兼に食ってかかった。

「この紗羅の父親はあの男は金儲けのために私の父を、父さんの研究を利用した。そして思兼お前は父さんを狂人に仕立ててアメリカの研究所に送った。研究をさせるというのは名目だけで、父さんは研究材料にされていた。父さんは何をした?人を殺したか?誰も殺しちゃいない。楽になりたいと泣きついた者の願いを叶えただけだ。誰かが父さんを訴えたか?憂いが消えて喜んだ家族もいたのに。人助けと言っていた父さんを、お前は何の権利があって狂人にした」


ラーテルはやはり八十郷博士の娘・・・だった。


「お前の正義は何?父さんの人生をめちゃめちゃにして、何を守ったの?すべての人の幸せを守れるの?簡単に人の幸せが何かなんて決めないで。辛くて苦しくて壊れていく自分に気づいた者が、楽になりたいと願った。それを父さんは憐れんで助けただけなのに・・・」

「そうだったんですね」

「そうだったんですね、ですって?すべてお前が仕組んだことでしょ。思兼という名刺をアメリカへ行く途中にメールで送ってくれた。騙されたとも知らずに、父さんは喜んでいたわ。なのに、今は・・・犯してもいない罪を背負わされて研究者とは名ばかり、幽閉され本当に狂ってしまっていた。この紗羅はあの男に言われて、何人もの死の旅立ちの手助けをしたのよ。それをお前は罪では無いと言う。それなら同じことをした父さんにも罪は無いでしょ。そうよ、父さんは狂人でも犯罪者でもない」


「分かりました。あなたはお父さんの名誉の回復を望んでいるのですね」

「ふん・・今更・・・今の父さんに名誉なんて必要ない」

父の名誉を回復とするというのにラーテルはそれを鼻で笑った。


言葉が柔らかくなり、落ち着き払った態度とは裏腹に、ラーテルの目は狂った光りを帯びてきた。

「ヴァイパーは死ぬわ・・・」

思兼の眉間に苦悩が浮かんだ。

「そう、あのスーツはヴァイパーを守っていた。空気に長く触れていると弟は・・・」

「・・・」

「でも、きっとヴァイパーは喜んで運命を受け入れている。ヴァイパーの開発した蛇毒α‐ブンガロトキシンV。弟の毒は単体毒ではないの。筋肉が弛緩して麻痺する複数の蛇毒を混合したもの。たとえ一命を取り止めたとしても・・・生ける屍だわ、フフッ」

「私に打てば復讐できますよ」

「私はあなたを善人にするつもりはない」

「あなたをここまで追い詰めてしまったとは・・・申し訳ありません」

「追い詰めた?・・・上っ面だけの謝罪は吐き気がするわ」

「・・・」

「私たちは父さんを狂人にしたあなたたちに復讐するために生きてきた。でもねそれは愉しい時間だった。そして今あなたが苦しむこのときに幸せを感じるの。ほら、ワクワクしてるの、分かるでしょ」


狂っている・・・

思兼の背筋にゾクッと冷たいものが走った。


「思兼さん・・・あなたの目の前で、紗羅がこの毒で死ぬの。あなたはこのことにどんな正義を振りかざすの?あなたの正義のために紗羅はここで命を落とす。そうあなたの正義が人を殺すことを思い知るといいわ。紗羅は戦争で亡くなった人と同じね・・・無意味な正義の犠牲者になる・・・」


ラーテルは右手を紗羅のウエストに回し、指輪をはめた左手を愛おしそうに眺め振り上げた。


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