命の章 ~ 霊命 ~ 信じるを・・・支えに
卯月と連絡が取れなくなって半日が過ぎようとしていた。
成彦はイレーザー本部の指令室で、音迫からの連絡を待っていた。
青木ヶ原樹海で音迫、半蔵門、石策が卯月の捜索に当たっていた。
救助犬の働きで捜索の範囲は狭まったが、雨のため特定までには至らなかった。
あとは音迫の能力に頼るしかなかった。
しかし、卯月の体温が低下したために心拍数が下がり、心音も弱くなっているという。心拍数が一定の数値を下回れば、音迫でも探し出すことはできない。
今は卯月の強運とイレーザー音迫を信じるしかない。
緊迫した状況で、成彦は柄でもないと思いつつ、卯月の無事を祈っていた。
そんな成彦に野崎が緊張した声で呼んだ。
「佐多さん、思兼さんから連絡です。雷樹の居場所が分かりました」
「天鳥に連絡してヘリの手配、岩堤さんには、武美、サルに手配通りに指示を出すよう伝えてくれ」
指示を出した成彦は、スマホを手に取り発信した。
画面に表示されたのは宗像三姉妹、津宮心。
「佐多です。ヘリが迎えに行きます。同行をお願いします」
成彦はスマホをしまい、急ぎ別室の岩堤の元へ向かった。
四国沖。ヘリが海上を照らしながら飛行している。
操縦しているのは天鳥唯愛。左の副操縦席にはサルこと樋口速斗が座り、目を凝らし眼下の海上を注視している。
後部座席には武美が、そして宗像三姉妹と呼ばれる海保の強者が平然と座っている。
「なぜ宗像三姉妹がここにいる?」
「佐多・・さんに呼ばれた」
心が素っ気なく答えた。
「佐多がね・・・ということは、お前らも俺たちの仲間ということか?」
「半分ですけどね・・・」
心に代わって依千姫が柔らかく笑って答えた。
「半分?緊急要員という立ち位置か・・・」
「あんたらはあるもんを無しにする奴らだ。信用できるか、そんな奴らにおじ・・・」
武美に反抗的な態度を見せた多希流は、依千姫に突かれて口を閉じた。
「うん?」
途切れた会話に興味を持った武美が、目を反らした多希流の方に体の向きを変えかけたとき、操縦席から天鳥が声を掛けた。
「天鳥、どうした?」
「武美さん、そろそろ目的地ですが、闇夜のうえ、靄がかかっています」
「サル、どうだ?探せるか?」
武美は副操縦士席のサルに尋ねた。
「状況はかなり厳しいです」
「そうか・・・天鳥、海面近くまで降下できるか?」
「はい、トライします」
天鳥は風に煽られながらも海面に近づいた。
「限界です。このまま水平飛行します」
「天鳥って人、すごいな」
ヘリを自在に操る天鳥に感嘆して、多希流が依千姫に呟いた。
「サルどうだ?」
「波が立っています。状況は悪化しています」
「天鳥、できる限り降下を続行してくれ」
「了解」
武美の表情が一層険しくなった。
「副操縦席から私が探す。席を代わって」
突然心が立ち上がった。
「ほう?自信ありだな」
心の意外な申し出に驚いたものの、武美はすぐに決断し許可した。
「サル、後部へ移動だ」
「了解」
サルが素早い動きで心と入れ替わった。
「大丈夫ですかね?」
心を目で追い不安を漏らしたサルに、多希流が食ってかかった。
「黙って見てろ。心は何でもお見通しなんだ、心と組んだことのない奴がつべこべ言うな」
サルは多希流の勢いにたじたじとなり黙った。
ヘリの機械音がイレーザーの焦りを煽る。サルが何度も時計を見た。そのたびに多希流が舌打ちをした。
しばらく心は海面を見つめていた。
「右へ旋回してください」
心が天鳥に指示した。
「了解」
それを聞いた後部座席の4人は、息をのんで次の展開を待った。
「この辺りでしばらくホバリングして待機できますか?」
「了解」
心が誰に話すともなく呟き始めた。
「海に聞けばいい・・・」
「?」
「船の位置は海のうねりが教えてくれる」
「うねりですか?」
「海がこの辺りと言っている・・・」
「もう一度旋回しますか?」
「お願いします」
心が深く息を吐いた。
「心さん、なんか言ってますよね」
サルが武美にこっそりと確かめた。
「天鳥に指示してるな」
「天鳥さんと話してる・・・そうですよね・・・」
歯切れ悪く黙ったサルには、そのとき心が海と会話をしているように思えたのだ。
「当たり前じゃん、心は海を知り尽くしている。心は海の気を読み取り、海と対話ができるんだ。私たちは海の申し子なんだからな」
サルに多希流が誇らしげに胸を張った。
「そうなんだ・・・」
ばつの悪そうに目を反らしたサルに、依千姫が多希流の袖を引っ張り、申し訳ないと頭を下げた。
「あなたは風と話ができるのね」
依千姫の誉め言葉に、サルは照れくさそうな顔をして肩を回した。
天鳥が、心が指摘していた場所に動くものを見つけた。
「心さん右手に何か見えます、光ってます。ライトを切ります。問題のクルーザーでしょうか?」
心は天鳥の指さすほうに身を乗り出して確認した。
「まずい、火が出ている。船舶火災だ、武美さん、対象のクルーザーだ」
「天鳥、近づけるか?」
「了解」
「サル、降下準備だ」
その指示に、宗像三姉妹はぎょっとした表情を隠さなかった。
「無理だ。海は荒れてる。風が巻いてるのに空から降りるなんて」
多希流が信じられないと首を振った。
「大丈夫だ、サルは風を掴む」
依千姫と多希流は思わず顔を見合わせた。
「私も行く」
会話を聞きつけた心が操縦席から後部に戻ってきた。
「お前には無理だ。お前はサルが船を押さえてから・・」
「この人1人で何ができる、相手が何人なのかもわかっていない」
「だが、この荒れた中サルと同じようには風に乗れない、許可できん」
「私はサルの動きが読める。武美さん、行かせてくれ」
武美は心の強い眼差しの中に意志の固さを見て頷いた。
「依千姫と多希流は直接海にダイブして」
心が叫んだ。
依千姫と多希流は潜水の準備を始めた。
だが依千姫の背には潜水用のボンベがない。
「素潜りで行くのか?」
武美が心配げに眉をひそめた。
「依千姫のやり方だ」
ボンベを軽々と背負いながら多希流がふふんと鼻で笑った。
不規則に吹き荒れる風をサルは読み取り、空中に舞った。
心はすぐさまそのサルの動きを追って飛んだ。
サルと心がクルーザーへ着地をしたのを確認した依千姫は美しく、多希流は豪快に、ヘリの高さから真っ直ぐに海へ飛び込んだ。
数時間前、雷樹を乗せたクルーザーは、5、6人の八神会を名乗る男たちが乗り込むと出港した。
しばらくすると男たちは酒を飲み始め、だらだらとかなりの時間が過ぎていた。
そんな中、疲れを意識し始めた雷樹の耳が、ヘリの飛行音をとらえた。
武美さんが来た。
騒いでいた男たちもヘリに気づき、バタバタと外へ出て行った。
甲板で男たちが騒々しく動き、クルーザーのエンジンを止め、船内の明かりもすべて消えた。
奴らは闇に紛れてヘリをやり過ごすつもりらしい。
男たちがヘリに気を取られている隙に雷樹は、音を立てずに身を起こした。
そして船内を見回し、飲み残しのウオッカに目を付けた。
緩めておいた足のロープを解き、立ち上がった雷樹は窓際のソファーに向かってウオッカの瓶を蹴った。
ウオッカは布製のソファーに当たり、染みて広がった。
「カチン」
雷樹はその輪染みの真ん中にライターをぽとりと落とした。
火はあっという間に燃え広がり、辺りは煙に覆われた。
火災に気づいた男たちが慌てて入って来て、消火を始めた。
雷樹は元居た場所に戻ってうずくまり目を閉じていた。
ざわつく中、足を踏み鳴らして近づいてきた男が、素知らぬふりをしている雷樹を蹴り上げた。
それは雷樹がライターを奪った男だった。
「お前、やりやがったな。ふざけやがって」
その声に2人の男が駆け寄ってきた。
「もたもたすんな、こいつをさっさと海に投げ込め」
「でもそしたら、兄貴、取引がパーですよ」
「馬鹿野郎、取引どころじゃねぇだろ。あのヘリが見えねぇのか、お前」
「ううぅ」
男たちは唸り声をあげて雷樹を甲板に引きずり出した。
精一杯抵抗をした雷樹だったが、ふたりがかりで船の縁に持ち上げられ天を仰いだ。
もがく雷樹の目に、ヘリから降ってくるふたつの影が映った。
来た。
助けが来たと確信した。
だが喜んだのも束の間、雷樹は海に飲まれ沈んでいった。




