命の章 ~ 霊命 ~ 信じれば・・・縁となる?
卯月は、浅草駅で棚伏雷樹に連絡先のメモを渡して別れたのだが、その変貌ぶりに驚いた。
雷樹は数か月前とはまったくの別人のようで、卯月を避けているのがはっきりと分かった。
そんな気がかりを残したまま、成彦と合流した卯月は秋津総合病院へ向かった。
秋津総合病院の院長室では、院長の秋津とその妻都がふたりを待っていた。
「天野ちゃん、久しぶりね。本当に珍しいわね、それもふたり揃っての登場なんて」
「ご無沙汰しています。いろいろあって伺えずにすみませんでした」
軽く頭を下げる卯月と、それを口元だけで笑って見ている成彦を、面白そうに秋津が眺めていた。
「本当ね、会ってはいないけど、由宇子ちゃんのことやテラさんのことも、まめに連絡くれてたし、元気そうで良かった」
卯月は都に促され、ソファーに座った。
「2人そろっての報告ごとがありそうだな・・・」
卯月が成彦の横に座ると、それまで口を挟まず腕組みしていた秋津がにやりと笑った。
「え?・・・」
不意な質問に、卯月は思わず成彦を見た。
「佐多さんが言い寄られたのかな?」
当たりだなという表情の秋津に、卯月は慌てて否定した。
「違います、結婚しようって言ったのは成さんだから・・・」
その返答にすかさず都が成彦を見た。
秋津の含み笑いの視線に、成彦は声に出さず「ああ・・・」とばかりに横を向いた。
「成さん?・・・天野ちゃん、結婚したの?」
「実は・・・さっき婚姻届けを出してきました」
「ええ?さっき?」
驚いた都にも知らぬ顔を通そうとする成彦に、卯月はむくれた顔を向け、小声で毒づいた。
「ちょっと、なんか言いなさいよ」
そんなやり取りをするふたりに、秋津夫妻は目を細めて笑った。
「分かりやすいな、君は。とにかくおめでたいですな、佐多さん」
「まあ、成り行きで・・・」
こんなやり取りは苦手なようで、成彦は気まずそうに答えた。
「成り行き?そうなの?天野ちゃん」
「うぅん・・・かもしれない」
「あら?まあ、なんか面白そうね。隣の部屋でゆっくり聞くわ。佐多さんは院長とお話があるんでしょ。私たちは席を外しますね」
キョトンとしている卯月を急かして、都は院長室のドアを開けた。
「天野ちゃん、院長は解剖が大好きなの。ここにいたらあなたたちは丸裸にされるわよ、佐多さん、私たちは避難しますのでごゆっくりどうぞ」
静かにドアが閉まった。
テーブルをはさみふたりが対面すると、院長室には妙な緊張が漂った。
「面白いものですな、人の縁というものは。求めずして成り立つ。いや、それとも敢えて求めましか?彼女との縁を」
「いやいや、成り行きです」
「そうですか」
その話はここまでと告げるように、成彦は名刺を秋津の面前に置いた。
秋津はゆっくりその名刺を手に取り、驚いた様子もなく元に戻した。
「そういうことでしたか」
「秋津先生は芳志総合の現在の院長の能見さんをご存じですね・・・」
「・・・古い知り合い、といっても顔見知り程度ですが」
「顔見知り程度ですか・・・今回、タウンの件での芳志総合の新院長の判断があまりにも早く、しかも適格な決断でしたので、どなたかにアドバイスでも受けた結果なのかと思いましてね」
秋津は世間話をするように探りを入れてくる成彦に、学会で出会った能見との会話を思い出した。
『前院長の責任を取ることになるとは、能見先生も大変ですな。不正な臓器移植が行われていたなどご存じなかったでしょうから。今回のタウンプロジェクトの参加にもそのあたりが影響すると、能見先生が引責辞任をせざる負えない状況にならないとも言えませんからな』
臓器移植。
能見はそのことを薄々感づいていたのだろう。顔色を変え、話をそらしてその場をそそくさと立ち去った。
それからほどなくして、芳志総合病院はタウン病院の経営権を辞退した。
その結果、名乗りを上げていた秋津の元へ依頼があり、秋津総合病院は正式にタウン病院の経営に関する契約を結んだ。
この佐多という男は、そこまで読んであのとき情報をくれたのか?
能見との関係やその性格を把握した上で、自分の動きまで想定していたのか?
秋津は腕を組み、成彦を正面に見据えた。
「官房長付き有事対策室の佐多さんが、改めてこの秋津に何のお話でしょう?タウンの契約は何の問題なく済ませてありますが」
成彦はおもむろに口を開いた。
「実は、大黒大臣はライフシェアタウン構想の中で秘密裏に進めていたことがあります。あくまでも構造上は普通の病院ですがね、秋津先生には大黒大臣の構想を公にしつつ、内密に進めていただきたいのです。国としては、協力は惜しみません」
成彦の淡々とした口調には何の感情も表れておらず、秋津はその真意を図りかねた。
「佐多さん、あなたにしては歯切れの悪い物言いですな。私の返事次第というように聞こえますが、断れない状況を作っておられる。大黒大臣の構想ですか?・・・判断のしようのない、この段階で何も聞かずに引き受けろとは・・・」
冷静な表情を崩さず、返答を待つ成彦を凝視していた秋津は、目を成彦から名刺に移した。
「もう少し情報がほしいところですが・・・」
成彦はそんな秋津の返答を無言のままで待つ。
「しかしあなたが正体を明かされてのお話ですからねぇ・・・佐多成彦さん、承知しました・・・それでどうしろとおっしゃる?詳しくお聞かせいただこう。その秘密の構想とやらを」
一方、卯月は半年前にテラが過ごした部屋で、コーヒーを前に都の質問攻めにあっていた。
「だから、テラさんが成さんと・・・」
「結婚しろと言ったの?」
「結婚とは言ってないけど、一緒に歩く人みたいな感じで・・・言われたから」
「それで決めたの?」
卯月はこくりと頷いたが、秀の絵の存在を話せないことを歯がゆく感じていた。
「天野ちゃんは彼を愛してる?」
卯月は首を横に振った。
「勢いで決めたの?」
「そうかもしれない・・・家のこともあるし」
「家のこと?」
「古臭い考え方なんです。弟がいるのに、長女だから結婚して跡を継げって・・・」
「そうなのね。日本舞踊の跡取りだったね・・・伝統文化を継承するのも大変だものね」
「・・・本当のところ、そんなことから逃げ出したかった・・・かなあ」
卯月は、稽古に明け暮れた実家での日々を部屋の白壁に映し出していた。
「天野ちゃん、彼に愛されてる?」
「愛されてるかなあ・・・」
「おやおや、でも、愛は育むものって言うから、きっとあなたたちはこれからね」
「・・・愛を育む・・・どうすればいいかわかんない」
卯月は困惑気味に肩をすくめた。
「彼のこと信じられる?」
「信じるかあ・・・」
考え込む卯月に、都は首を傾げた。
「成さんと同じものを信じてるから・・・一緒になった・・・」
卯月は秀の絵を信じているからと応えるのを辛うじて止めた。
「同じもの?って」
卯月は返答に詰まり、作り笑いをしてコーヒーに口を付けた。
「あらら、コーヒーがぬるくなったね、入れ直そうね」
都は、卯月からカップを受け取るとキッチンに向かった。
大切なものとは、成彦と卯月を結んでいる秀の絵。
成彦は絵が動くという卯月の言葉を信じてくれた。それだけで卯月にとって成彦を信頼するに十分だった。
「だって、私の言葉を信じてくれたんだもの・・・」
卯月の独り言に都がキッチンから顔を上げた。
「天野ちゃん、熱いコーヒーをどうぞ」
「ありがとうございます・・・」
「あっ、ごめん。名前変ったんだよね」
「先生、大丈夫です。天野ちゃんのままがいいです、だって、私は何ひとつ変わってないもの」
「ははは、そうね、変わってない。あなたは天野ちゃんだわ」
卯月がコーヒーに口をつけ、カップを置くのを待って、都は真剣な面持ちで話し始めた。
「前に私が、不自然な死にこだわっていたのを覚えてる?」
「はい、若狭さんや芦屋さん、そして摩帆瑠・・・のことですね」
「そう、実はそのあと、高校生が飛び降りて命を絶ったの・・・いじめが原因だったらしい」
都はコーヒーカップに手を添えて、話を続けた。
「そのとき、私は家族の反応に違和感を覚えたの。母親は泣いてはいたけれど、息子が自らの命を絶ったというのに、その姿から悲しみは感じられなかった。悲しむどころか、ほっとしたというか、いいえ、喜んでいるようにすら見えた・・・不思議な光景だった」
「・・・・」
卯月は、命を救おうと足早に去っていった都の後ろ姿をうっすらと思い出した。
都はコーヒーには口をつけず、ため息をついた。
「そしてね、少し前に女子高生が命を絶った。今回は服薬だけど・・・同じことを感じたの」
ため息交じりに言って、都はゆっくりとコーヒーを飲んだ。
「・・・・」
言葉のない卯月に、都らしくない諦めの笑顔を向けた。
「情けないの。子供たちの命を救えないのが悔しい。もちろん私は医者だから処置をすることしかできない。だからこそ、追い詰められている子供たちを何とかしたいの」
「・・・」
「SASURA助けてくれてありがとう。これで私はリセットできる。その子は、この言葉を残して亡くなったらしい」
「SASURA・・・」
「SASURAという会員制サイトらしい。すべてが謎。会員になるためには紹介者が必要で、会費もなかなかの金額らしい」
「そんなサイトが・・・闇サイトですか?」
「それ以上は分からない。それに、そのSASURAというサイトが女の子の死に関わりがあるとは言い切れないし、親は娘の死について何ひとつ不審に思っていない。娘はこれで楽になったと言っているくらいだもの、話を聞こうにも、いまさら辛いことを蒸し返しても、娘が帰ってくるわけはないから言い出せない」
「でも都先生はその不自然さに納得できない・・・ですね」
「まあね、2度あることは3度あるっていうし・・・」
「調べてみます。その闇サイトのこと」
「そのことはいいのよ、もやもやとしてたから天野ちゃんに話しただけ。旦那さんに叱られるから危ないことしないで」
「大丈夫です。少しだけ調べてみます」
都と別れると卯月は、ひとりで帰ると成彦にメールをした。
成彦がマンションに帰ると、卯月は秀の絵を並べて食い入るように見ていた。
「また絵が動いたのか?」
「動きはないけれど、ぼんやりと光っているところはある」
「どこだ?」
「この絵の・・・ここ・・・」
卯月はメビウスオンラインに座る男、火を噴く山に抱かれる男、地中マグマを手なずける仕草の少女の描かれている絵の少女を指さした。
「光っているのか?」
「うん、すごく気になる・・・」
「何か掴んだのか?」
「え?」
「無茶はするなよ」
成彦が本気で心配していることが顔に表れていた。
「うん、分かっている。都先生が不自然な死というのを話していたの。それは何らかの形で絵の中に描かれていると思う。血管腫や若狭さんの薬が手掛かりなのははっきりしている。赤いピルケースの薬、いつの間にかうやむやになってしまったけれど、神盛菜穂さんが送ってくれた薬のこともある。成さんもトラ野郎のこと怪しいと思っているでしょ。私は絶対にあのトラ野郎が絡んでいると思っている」
「お前さん、またジャーナリストの血が騒ぎ始めたなぁ」
成彦の茶化した言葉も耳に入らず、卯月は続けた。
「絵の繋がらないところを、最初から調べなおす」
「繋がらないところ?」
「そう、想像でしかないけれど、稲木先生、奥さん、息子さん、流浪の賢者、摩帆瑠、若狭さん、この中で摩帆瑠だけは血管腫にも薬にも教団にも接点がない」
「摩帆瑠・・・」
その名前に、成彦は花の郷で見かけた生前の摩帆瑠を思い出した。
「彼女の故郷に行ってみようと思うの」
「止めても無駄だな」
「分かってるじゃん。・・・成さんありがとう・・・気をつけるし無茶はしない。それに報告も相談もするよ」
「わかってりゃいい」
翌日、卯月は摩帆瑠の故郷の滋賀県大津市へ向かった。
だが瀬田川近くの摩帆瑠の家はすでに更地になっていた。
情報を求めて、卯月は摩帆瑠の高校時代の友人を探すことにしたのだが、摩帆瑠というモデルは知っていても、川瀬沙織を詳しく知る人物には出会えなかった。
落胆したものの諦めきれない卯月は、最後は神頼みと決めて、摩帆瑠の家の近くの高台にある佐久奈度神社にタクシーで向かった。
そこは罪汚れを払う祓戸四柱を祀る神社らしい。
参拝を済ませた卯月は、清々しい風に導かれて瀬田川を臨む朱色の展望台を見つけた。
そこには若い女性がひとり欄干に持たれ、眼下の川を眺めていた。
その立ち姿が妙に気になった。
「こんにちは。きれいな景色ですね」
女性は少し驚いたように振り向き、会釈した。
「私、東京から来たんです」
卯月はさり気なく横に並び、川を覗き込んだ。
「・・・」
「地元の方ですか?」
「はい」
川面に視線を投げたままだったが、意外にはっきりとした返事が返ってきた。
「よく参拝されるんですか?」
「ええ、ここに来ると、兄と友人に会えるんです」
「うん?」
「兄も友人も、もういないんですけど、兄が帰郷するたびに、3人でここによくお参りに来ました」
「そうなの・・・」
「兄は私のために亡くなったようなものです」
「なぜ?・・・ごめんなさい。立ち入ったことですね・・・」
その人は悲しげに首を横に振った。
「兄は薬を、私のアトピーを治す薬を研究していました。薬ができたと喜んでいたのに、
逝ってしまった・・・」
その言葉に、身を硬くし強張っていく卯月の顔を、女性はまじまじと不思議そうに見つめた。
「あ、あの、お辛くなければお兄さんのお話聞かせていただけませんか?」
卯月は若狭と摩帆瑠の故郷に行き、その妹と会って、2人の繋がりにたどり着いた。
夜遅くに帰宅した成彦を待ち構えて、その報告をした。
「薬の開発者と摩帆瑠は知り合いだったのか」
「若狭さんの妹さんと高校の同級生で、摩帆瑠が高校を辞めてからも若狭さんとは付き合いがあったらしい。若狭さんが亡くなったあと、摩帆瑠が治験を引き受けてくれたと言ってた」
「その妹は薬を飲んだのか?」
「飲んでない。安全性がはっきりしてから、と若狭さんが止めていたらしい。それから摩帆瑠のこと調べたら、若狭さんの上司が新薬の宣伝に起用することを条件に、治験者にしていたという噂もあった」
「そんな関係があったとは・・・だが、すでに全員亡くなっていて証言は得られない。いまさら、事の真相を暴いたところでどうしようもないし、吠えたところでだれも相手にしない」
「でも・・・」
「しかし絵は繋がったな。良く調べたな。お前さんのセンスと運には脱帽するよ。偉い、偉い。風呂に入る」
上着をハンガーにかけて、成彦は浴室へ消えた。
「あの野郎、むかつく・・・」
卯月は都から聞いた女子高生の死に関係しているかもしれないSASURAを、成彦に内緒で調べることにした。
SASURAのことを話せば、これ以上は動くなと成彦に釘を刺されるのが落ち。
生きた証拠を突き付けて、あいつの鼻を明かしてやる。
SASURAを躍起になって調べた卯月は、何日も経たずに紗羅という少女の存在にたどり着いた。
そのころ、紗羅はサンズの小戸山と会っていた。
小戸山は紗羅の教育係で、教祖と紗羅を繋ぐ役目を担っていた。
「SASURAのサイトを閉めることになりました。紗羅様のことを探っている者がいるようです。紗羅様はしばらくお母様の別荘でお過ごしください、との方士様よりのお言葉です」
その日のうちに、紗羅は世話をする者2人とともに母の残した別荘に身を隠した。




