立命 ~諾~ 立命
雷と夢幻の白龍
一方、母の生まれた糸魚川市に向かった名方翡翠は、探目が指定した場所に車を置いて、その足で諏訪市行きの始発電車に乗り込んだ。
探目から、母と諏訪湖と諏訪の四つの神社を訪れたときの話を聞いた翡翠にとって、その土地へ行くことが母に思いを馳せる唯一の手段だった。
翡翠は、母が歩いたであろう道を歩いてみたかった。
母が見たであろう景色を見てみたかった。
翡翠はドアの近くに座り、さり気なく電車内を見回してイレーザーの気配を探った。
ドアが閉まり電車がゆっくりと動き出すと、翡翠はふうと息を吐いて一息ついた。
体中の力が抜け、夜通しの運転での疲労が一気に睡魔となって襲ってきた。
目の奥に乾いたような痛みを感じた翡翠は、キャップを目深にかぶり直し、特殊な生地のスヌードをパーカーの襟元に入れ込んだ。
うつむき加減で目を閉じた翡翠が入眠時の心地よさと闘っていると、混乱しているクルーザーの中で、目の前を通り抜け、去って行った父親の顔とその後ろ姿が浮かんできた。
出来ることなら逃げる父を体を張って守りたかった。
盾となって父を守りたいという願いは叶わなかったが、父親の政治生命を守ることができたと翡翠は自分を納得させた。たとえそれが犯罪であり、仲間を裏切ってしまった行為だったとしても、翡翠に悔いはなかった。
父は褒めてくれるだろうか?息子だと認めてくれるだろうか?
今となっては二度と会えない父に確かめるすべはなく、そんな父への心情を理解してくれる者もいない。諦めながらも、誰にも明かせない胸の内を父だけには伝えたかった。
翡翠は顔を上げて車窓に目を向けた。
そこには止まることなく流れては過去となる今があった。
翡翠は生への執着を呼び戻す心残りを景色の中に流し、再び目を閉じた。
電車の揺らぎに身を任せていると、翡翠の高ぶった気持ちも徐々に治まり、下諏訪駅に着くと、早速翡翠は母が訪れたという春宮へ向かった。
しばらく歩くと春宮の大きな鳥居が見えてきた。
足を止め、鳥居の柱にかけられたしめ縄の飾りを眺めていた翡翠は、背後からの遠慮がちな声に振り向いた。
「どちらからお見えですか?」
「糸魚川から・・・」
楽しげに微笑む女性に翡翠は迷わず答えた。
朝の参拝の帰りだと話すその女性は、そのしめ縄は諏訪大社の御神紋で、下社では明神梶と呼ばれ根の部分が5本、上社では4本で諏訪梶と呼ばれていると説明してくれた。
親切な土地の人との触れ合いを心地よく感じながら800mほどの表参道を春宮へ歩いていると、屋根付きの太鼓橋が見えてきた。道路中央に唐突に存在する小さな橋に驚いたが、名ばかりの橋ではなく、その下にはせせらぎのような川が流れていて、古い時代からの役目を今に繋ぐ存在なのだろうと想像した。
歩を進めて石の鳥居をくぐり境内に入ると、神楽殿が正面に見えてきた。
さらに奥に進むと幣拝殿があり、見上げるとそのせり出した屋根とそこに施された彫刻に圧倒された。
左右片拝殿という珍しい造りの建物に沿って右へ曲がると、いくつかの社が並んでいた。
翡翠は神を祀る神殿がないのを不思議に思いつつ、春宮をあとにして秋宮へと向かった。
春宮の長い表参道から大きな通りに戻って駅を過ぎると、正面になだらかな上り坂が見えてきた。坂を上がった所が秋宮らしい。
鎮守の森を思い起こす景色の中、秋宮の社殿へと進む左手に謎めいた風情を醸し出す池があった。その小さな池は秋宮とともに古い歴史をその奥底に秘めているかのように存在している。
そして次に手水舎の清めの水を流す龍が境内奥へと誘う。
秋宮は春宮と同じ造りらしいが、静かな風情の春宮に比べ、全体的に大きく豪華な雰囲気に包まれている。翡翠は春宮と同じく神楽殿の後ろにある幣拝殿に回った。
正面に立ったとき、社殿奥から何かが飛び出したように感じ、思わず身をかわした。
翡翠の咄嗟の動きに周りの人が何事かとざわついた。
イレーザーの気配ではないと直感した翡翠はそんな人たちの視線を避けて静かにその場を離れた。
母を思いながら神社をめぐっていた翡翠はイレーザーの存在が遠退き、追われているという自覚が消えていた。
母が訪れた神社はあと2社残っている。翡翠は急いでタクシーを拾い、上社本宮に向かった。
訪れる参拝客に混ざり歴史ある神社を訪れた翡翠を、高々とした御柱が出迎えた。本宮の御柱の高さ、太さに翡翠は圧倒され、その雄大さは翡翠の焦りをおおらかな空気で包み込んだ。
「今さら、何を慌てて・・・」
翡翠は人の流れに付いて行き、門をくぐり参拝所より幣殿拝に臨んだ。
本宮と呼ばれる神社は太古の昔、敵に敗れ追い詰められた勇猛な神が祀られているという場所らしい。
だがここにも神を祀る本殿が見当たらない。ふと沸いた疑問を気に留めず、翡翠は導かれるように布橋と呼ばれる長廊下に入った。
70ⅿほどの長廊下に幾つかの社が並んでいる。
大国主社の前で足が止まった。
父大黒と名方舞子の出会いは運命的なものだった。
父が新潟に出向したとき母、舞子は結婚を控えていた。だが運命のごとく2人は一目で恋に落ちた。その2人を引き合わせたのが探目だった。魅かれあう2人は何度か逢瀬を重ねたが、母は結婚を取りやめることができず、父の立場を考えて身を引いた。
だが結婚後、生まれた翡翠が結婚相手の子供ではないことが分かり、離婚した舞子はひとりで翡翠を育てる決心をした。その後、翡翠を手放すことを条件に復縁を迫る元夫に、舞子は我が子を手放すことはできないと拒み続けた。
そんな中、突然押し入った元夫が実家に放火して翡翠の母舞子と祖父母は焼死した。復婚話がもつれての無理心中だった。
保育園にいて災難は逃れたものの身寄りのない翡翠は施設に預けられ、母の親友だという探目が後見人を引き受けてくれた。
物心ついてから、名乗ることは出来ないと探目にくぎを刺されていたが、父の役に立つ日を夢見て、父のそばに近づこうと必死でキャリアを積んできた。
命の保障のないイレーザーに志願したのも父のためだった。
ある日、父が政治的権力を使い、一般女性を拉致しようとしていると探目から連絡があった。理由がなんであれ、そのことが世間に知られたら政治生命が絶たれると探目は泣いていた。
そんな話はばかげていると一笑に付した翡翠だったが、その女性が今回の任務でターゲットとして名前の挙がった寺田美香だと知り、内心穏やかではいられなくなった。
イレーザーが動くということは、よほど重要な人物なのだ。そんな人物を誘拐まがいに連れ出して、イレーザーに目をつけられれば父の政治生命は確実に終わる。
動揺した翡翠に探目の言葉が刺さった。
その女性が大臣のもとから消えれば大臣も被害者になり、最悪な状態は避けられると。
大臣を窮地から助け出せるのは息子のあなたしかいないと。
翡翠は探目の計画を念入りに吟味した。イレーザーは波風立てずに物事を終わらせる組織。脱出さえ上手くいけば問題はないと結論を出した。そしてあとは任せて、という探目の言葉を信じた。
父親が不利になったときは何が何でも助けると決めていた。
こんな息子の決断に、父はなんと言って褒めてくれるだろうか。
息子よ、良くやったと思ってくれるだろうか。
後悔はない。悔いはない。翡翠は自分に言い聞かせて、大国主社に一礼して歩き始めた。
翡翠は長い廊下を抜け、一般道に出た。ここから東に行くと前宮と呼ばれる、さらに古い神社があるらしい。母が最後に訪れた前宮に向かって翡翠はひとりそぞろ歩きを楽しんでいた。
しばらくして、本宮が背にする山を見上げた翡翠の視線は釘付けになり、立ち止まった。
そこには山肌に生い茂る木々の表面に張り付くように真っ白い縄梯子が掛かっていた。そして白装束の老婆がそれを登っていた。
「そんな、ばかな・・・」
ありえないことだと目を疑ったがそこには確かに腰を屈め、身を丸めて登る姿があった。
翡翠は息をのみ、瞬きもせずにその姿を見守った。
梯子の先には小さな祠があり、老婆はそこを目指しているようだ。
何とも頼りない縄梯子の両脇を両手で掴みゆっくりと登っている老婆を、突如烈風が襲った。
縄梯子は風にあおられうねった。
翡翠は助けようと走り出した。
梯子に近づき、見上げた先の老婆の姿は一変していた。
老婆は若者に変わり、うねる梯子を征し、力強く上を目指し登り続けていた。
そして祠にたどり着くなりその姿は縄梯子ごと白い龍に変わり、上空の薄雲にその姿を隠した。
茫然と立ちすくむ翡翠を尻目に、頭上の空がにわかにかき曇り、雲に覆われたその中に稲光りとともに暴れ狂う龍がいた。
嵐を呼ぶ雷鳴の中、背後に殺気だった気配を感じた翡翠は我に返った。
この気配は武美さんだ。ここまで追ってきた。
イレーザーの職務規定に反する行為、および発言については引責あるのみ。
弁解も弁明も通用しない厳しいものだと承知していた。だがここでイレーザーの手に落ちて、父の名前を出すわけにはいかない。釈明のしようもなく、弁解をする気もない。
何としても逃げ切り、命を断ってすべてを闇に葬る。
翡翠はすぐさま白い龍のあとを追って山へと駆け出した。
大粒の雨が翡翠の体を打つ。それでも翡翠は木々の間を縫うように駆け上った。
しばらくすると舗装された道路に出たが、迷わず突っ切り再び山へ入った。
土砂降りの中、翡翠は死に場所を求めていた。
そんな翡翠の前に、四隅に御柱を持つ祠が現れた。
立ち止まり息を整え、祠を囲む山を崇めるように見渡すと、風雨吹き荒れる中に山頂へと続く登山道が浮き上がって見えた。
翡翠は突き動かされるようにその登山道を走った。
本能が山頂を目指していた。
山頂に着いた翡翠は回りの様子を探ったが、武美の気配は感じられなかった。
ほっとして見上げた空から白い龍が翡翠を見下ろしていた。
その瞬間、落雷のような一撃が翡翠を襲った。
白い龍に気を取られた一瞬の隙を突いて、厳しい顔の武美が目の前に立っていた。
「翡翠、何をしている?」
返事の代わりに翡翠は捨て身の覚悟で武美に襲い掛かった。
だが翡翠は攻撃を仕掛けるたびに返り討ちにあい、ついには右手を捕まれ抵抗できなくなった。
それでも翡翠は逃れようともがきながら、逝く場所を探していた。
飛び降りればいい・・・投身・・・自殺・・・
「手を放してください」
翡翠は抵抗をやめて、力なく武美に懇願した。
「・・・それはできん。お前を逝かせるわけにはいかない」
その言葉に心身ともに打ちのめされた翡翠は、その場に正座してうな垂れた。
武美はそんな翡翠から少し離れたところに黙って立っていた。
いつのまにか雷雲は去り、荒れ狂い翡翠に襲い掛かった激しい雨風は止んでいた。
武美は顔を上げようとしない翡翠を立たせて、封筒を差し出した。
翡翠は力が入らず、だらりとした腕をかばいながら立ち上がり、弱々しく口を開いた。
「わかりました。諦めます。せっかくの金づるだったのにな。やっぱ私ひとりじゃ無理でしたね。武美さんを舐めてましたよ。私はイレーザーの始末のつけ方で消えますから、あとをよろしくお願いします」
武美はすべてを見透かしているとばかりに冷笑を浮かべた。
「なにが金づるだ。バカ言え。・・・大臣が、すべてを受け入れた条件はただひとつ。暴走した若造の命の保障だったそうだ」
「・・・」
翡翠は父さんという言葉を飲み込んだ。
「お前はこの諏訪湖の地で静かに暮らすことができるか?」
死を覚悟している翡翠はその言葉の意味が理解できなかった。
「新しい戸籍と経歴を用意する。・・・平凡な幸せを見つけてくれ・・・大臣からの伝言だ」
「いつから・・・」
イレーザーは気付いていたのか・・・
翡翠は聞いたところで所詮すべてが終わったことだと気づき、途中で口をつぐんだ。
「しばらく監視はつくだろうが、この件はお前がイレーザーの誇りにかけて墓場まで持っていけば問題はない」
「まだ、私はイレーザーなのですか」
その質問には答えず、武美は穏やかな表情で電話番号が書いてあるメモを渡した。
「このホテルで2、3日ゆっくり休め。ホテルを出るときには、お前は別人になっている」
「武美さん・・・」
翡翠は返す言葉がなかった。
「薬を返してもらおう」
そう言われて、翡翠はベルトのバックルから毒々しい色をした1粒の錠剤を取り出した。
イレーザーの契約時に、尊厳を守る最後の手段として渡されたものだった。
翡翠は、薬を手渡したあとイレーザーの資格が1つ消えたように思えた。
「脱臼ぐらい自分で戻せるだろう、イレーザーだったんだから。お疲れ・・・」
武美は内ポケットに薬を入れると、翡翠を残し静かに山中へ消えた。
緊張が溶けると打撲の痛みが一気に全身を襲った。
翡翠は痛みに耐え肩の関節を元に戻すと、座禅を組み目を閉じた。
仲間に挨拶もできずに俺は消える・・・
胸の奥が重くなり、小さな痛みを感じた。
翡翠は感傷的になっている自分に戸惑いを覚えた。
「平凡な幸せを見つけてくれ」
父の言葉がジワリと沁みた。
父は翡翠の存在を知っていた。探目を通して見守っていてくれていたのだろう。
暴走した若造をすべてを投げ出して救ってくれた、父と呼べぬ人に感謝をした。
翡翠は雄大な日本アルプスの山々を見渡し、自分の気持ちと向き合った。
今ある現実をすべて受け入れた翡翠は、イレーザーの経歴をなかったものとして収め、立ち上がった。
気力を取り戻した翡翠は、登山道を下り母が訪れた最後の場所、前宮に着いた。
拝殿の前には御柱と添木に支えられた古木が立っていた。
夕暮れ時の前宮は幽玄の色に染まり、翡翠はさながら神代の時代に入り込んだような錯覚を覚えた。
翡翠は歴史を刻む古木をぼんやりと見ていた。
すると古木の奥に、ぼおっと人影が浮かび翡翠に笑いかけて消えた。その瞬間温かく心地よい匂いが翡翠を包み込んだ。
「母さん・・・」
体が震えて涙が止まらなくなった。
それは生を受けたとき、母に抱かれた記憶の中に眠っていた匂いだった。
翡翠は涙を拭いて前宮と古木に一礼して、武美の用意した宿へ向かった。
坂を上がり民家に挟まれた私道を行くと、少し変わった趣の宿が見えてきた。
玄関までの通路の左手に外湯があり、右手には枕木でできた談話室。そしてテラス席。
本館のドアを開けるとオーナーと思われる女性が顔を出した。
奥を覗くと、ラウンジにはオーナーの趣味なのかピアノをはじめ、いくつかの楽器が並んでいる。
「午前にご予約をいただいたときにお預かりしたお荷物は、お部屋に置いてあります」
「ありがとうございました」
手続きを済ませお礼を言って部屋に入ると、2、3日分の着替えの入ったスーツケースが置いてあった。
イレーザーとは先をどこまで読んで動いているのだろう。
「すべてお見通し・・・だったのか」
思い返すほどにため息の出る翡翠だったが、ともあれオーナーに勧められた温泉風呂に入ることにした。
3、4人が入れるほどの広さの浴場で、鏡の前に立ち服を脱ぐと、武美に挑み山を駆け抜けた証が残っていた。
痣だらけの体に恨み言を漏らした。
「武美さん、手加減ってものがあるでしょ」
湯船に入り、お湯に浸かった首元にピリピリと痛みが走った。
人工皮膚で覆い隠されていたチップが接がされていた。
そのチップはイレーザーの証、岩堤との連絡手段だった。
「ああ・・・いつの間に・・・電波を遮断するスヌードを取られた時なら、初っ端に終わってたんだ」
あの男は紛れもなく最強の武神だと翡翠はつくづく実感した。
ゆっくりと風呂につかり部屋に戻る途中、翡翠は談話室から手招きされた。
中の造りにも興味がわき覗いて見ると、会社の元同僚らで旅行に来ているご一行が、諏訪の湖の話で盛り上がっていた。
春宮のご神体は杉の木、秋宮はイチイの木で、それぞれが幣拝殿、宝物殿の奥に鎮座していること、そして本宮と前宮は背後にある守屋山そのものをご神体として、人々は古くから崇めてきたそうだ。
その話に今日見た守屋山に登る白龍の光景が鮮明に蘇った。
「あれは何だったんだろう・・・」
冬になると諏訪湖の湖面が寒暖差により凍結を繰り返す御神渡り(おみわたり)と呼ばれる自然現象が見られるらしい。それは龍神様の仕業だと言う人もいるらしい。
「そうかもしれない・・・」
缶ビールを1缶ご馳走になった翡翠は、話題が会社の思い出話になる頃合いを見計らって談話室を出た。
本館に戻り部屋へ向かう途中、土地ゆかりの物が飾ってある棚に気づいた。翡翠はその中の諏訪の民話絵本を手に取った。
表紙に雄々しい龍が描かれている。
「諏訪湖の龍神・・・」
また昼間の情景が頭を過ぎった。
その民話は、犀川と呼ばれる水の道を開いた小太郎と、その母犀龍そして小太郎の父の白龍の話が書かれていた。
「白い龍・・・」
翡翠は体験した不思議な出来事を思い起こして、この土地との強い縁を感じずにはいられなかった。
翌朝、翡翠は諏訪湖のほとりを散策した。湖面では黒鳥がのんびりと餌を啄んでいる。
「名牟地紫苑・・・」
武美から渡された封書の中に、生まれ変わった翡翠の戸籍が入っていた。
新しい名前を声に出してみた。
不思議な響きに何か意味を持つ名前だと思った。
翡翠は、古代のロマン溢れるこの土地で新しい名前とともに一歩を踏み出す決意をした。
音迫に付いて島根でイレーザーとしての仕事を終えた雷樹は、その後宿舎を出て都内に引っ越した。
久しぶりの休みに雷樹は思いつくままスカイツリーへ行き、その帰りに浅草寺へ寄ることにした雷樹は、様々な人種でごった返す浅草駅に着いた。
ぶらぶらと構内を歩いていると後ろから不意に腕をつかまれた。
慎重に振り向くと、宝物でも見つけたように目を輝かせた顔があった。
まずい・・・
「お久しぶり。ずいぶん雰囲気が変わったわね。時間あるでしょ、お茶しよう」
雷樹はイレーザーとなったときに、今後3年間は過去を知る人物との接触を避けるように言われていた。
しまった・・・
長い接触は避けなければ・・・
雷樹は服の好みや髪の色も変えて、出かけるときにはサングラスを外さずにいた。
なのによりによって天野卯月に出会うとは。
「急ぐから、また・・・」
サングラスを外さない雷樹に、卯月の顔から笑みが消えた。
「そうなの・・・これ私の連絡先。必ず連絡して、絶対よ、約束よ」
卯月は名刺を渡して振り返らずに去って行った。
雷樹は胸を撫で下ろし、浅草寺の方へ歩き始めた。
そんな二人のやり取りを人ごみの中から見ていた男がいた。
「兎山さん、あの男を見つけました」
その男はしたり顔でメールを送信した。
立命が終わりました。ご拝読いただきありがとうございました。挑戦すればこそ生きていることを実感できるように思います。成功しても失敗してもそこには命のあとが刻まれるのですから。
最後のお話は古事記の国譲りのエピソードをもとに思い切り妄想しました。そして龍神の住む諏訪の地のすばらしさに心躍りました。
無明立命いよいよ最後の章『命』がスタートします。最後までお付き合いいただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。




