立命 ~諾~ 立命
鉄壁の竹林・LBの危機
そのころ、宗像三姉妹にクルーザーの始末を任せて大黒を追っていた武美は、樋口と石策を従えて生化学研究所に着いた。
だが入り口は見当たらず、周りは空に伸びた竹に囲まれていて、中に入ることができずにいた。
石策が分け入ろうとするが、行く手を阻む竹はびくともしない。樋口が竹をよじ登り、上部からの侵入を試みるが弾かれる。
樋口は竹を選び何度も繰り返したが、そのたびに跳ね返された。
「サル、遊ぶな」
「いやあ、無理ですね、この竹は生きているようだ。俺の動きに反応して防御している」
サルと呼ばれる樋口はお手上げとばかりに肩をすくめ、一方で石策は手近な竹をコンコンと叩いた。
「周りの竹はすべて合金で作られています。歯が立たない」
武美は建物の周りをもう一度調べることにした。
「鉄壁だ・・・一時、待機」
3人の姿はいつの間にか闇に紛れて消えた。
身を潜めた武美に岩堤から連絡が入った。
『ターゲット不明。作戦エラー。Hノーリスポンス』
武美らは少し離れた駐車場へ向かった。
そこには大型トレーラーとワゴン車が止まっていた。
ワゴン車には岩堤と半蔵門が待機していた。
「名方は?」
「帰ってきていません」
「・・・」
「岩堤さん、どういうことですか?」
「名方が浜に上陸したあと、姿を消しました」
武美は岩堤を見た。岩堤が首を横に振った。
「やられたのか?」
「まさか・・・」
「計画ではターゲットを連れてここに来るはずだった。連絡が取れないのは敵に捕まったからか?」
「その可能性はあります。山陰自動車道に入り追跡が出来なくなりました」
「そうですか・・・岩堤さんは石策、樋口と研究所に向かってください。私は名方を追います」
「承知しました」
武美は半蔵門がトレーラーから下ろしたバイクに乗り、あとを追って山陰自動車道へ向かった。
指令を受けた雷樹は、音迫潤と共に境港へ来ていた。
音迫は山積みにされたコンテナの間をくまなく歩き、気配を聴く。
クルーザーを1隻ずつ調べていくがターゲットの心音を感じないようだ。
夜明けが近くなってきた。
人の出入りが始まると、探すことが困難になってくる。
音迫は集中力を高めて調査を続けた。
雷樹は音迫の顔を見て立ち止まった。
音迫から目が離せなくなった。音迫の両耳から血が流れ落ちていた。
雷樹の気配に気づいた音迫は、右の口元を少し上げた。
「限界がある。続けるよ・・・ここにはいない」
「どうしますか?」
「もちろん続けるが・・・君は僕の耳を信じるのか?」
「もちろんです。ここには対象者はいない、ですよね」
雷樹は血を流しながら仕事をする音迫に圧倒されていた。
「車へ戻りますか?」
「そうしよう」
歩きながらも音迫は探している。
限界が来ているのは雷樹にも感じられた。空が白々と朝を迎え始めた。
「ここで待っていてください。車回します」
音迫は首にかけていたヘッドホンを外し、それで耳を保護するつもりのようだ。
雷樹はハンカチをリュックから出して音迫に渡した。
音迫は塀に寄りかかって、流れている血を拭き取った。
「・・・」
「大丈夫ですか?」
「・・・」
雷樹は音迫の様子に口をつぐんだ。
「ここだ・・・ここにいる」
「ここって・・・個人の家ですよ」
音迫がさらに集中すると、流れる血液が濃くなり多くなった。
「もうひとり・・・ブツブツなにか・・呪文?お経?・・隠れろ、出てくる」
雷樹は塀の裏に回って隠れた。
50代の女性が慌てた様子で玄関から出てきて、港の方へ走っていった。
「ターゲットを救出する。車を頼む」
「了解」
雷樹が戻ると、音迫は救い出したターゲットと塀の陰に隠れていた。
「急げ、奴らが来る」
雷樹がターゲットを車に乗せると、音迫は助手席に乗り込み、ヘッドホンで耳を覆い、目を閉じた。
ターゲットを保護したことを報告すると、伊勢へ向かうように指示が来た。
音迫は聴力の回復を図っているのか目を閉じたまま動かない。
後部シートでターゲットは眠り続けている。
1時間ほど走ったころ、音迫が目を開けた。
「心配かけたね、もう大丈夫だよ」
その言葉に、雷樹は緊張から一気に解放された。
「伊勢に向かっています」
「・・・」
音迫は軽く頷くと再び目を閉じた。
雷樹は運転をしながら、時折り音迫をチラチラと見た。
「何か気になることがある?」
「え?」
「気分がいいから質問を受け付けるよ」
ターゲットを探し始めたときから疑問に思っていたことを尋ねた。
「なんで会ったことのない人の心音が分かるのですか?」
「・・・そんなこと・・・一度東京ですれ違ったことがある」
「すれ違っただけ・・・」
簡単に言ってのけるこの人は凄い。
「運転に集中」
音迫は、雷樹の驚嘆顔に照れ隠しのように言い放ち、目を閉じた。
雷樹は、ふと研修の日々を思い出した。
修了してから数日後、静まり返った会議室に修了生を含めたイレーザーが集められた。
会議が始まるのを待っているのか、会場には物音ひとつしない。
しばらくして雷樹が呼ばれ、『音迫につけ』と言われて返事をしかけたが飲み込んだ。
なぜなら会議が進行しているにもかかわらず、誰ひとり発言をしていないからだ。
なんだ?どこから?眼球だけ動かして見回すと、岩堤と目が合った。
冷静になり、その声の主が岩堤だと分かった。
顔合わせのとき、どこからともなく聞こえた『よろしくね』というあの声だった。
すぐに目を反らし、雷樹は訓練した呼吸法を実践した。
すると前頭葉に岩堤の顔が浮かんだ。『私が指示を出します。必ず受け取ってください』
それは聴覚を通してではなく、後頭部の内側から言葉が生まれる感覚だった。
研修で毎日欠かさず丹田と眉間中央に意識を集中させる訓練をした理由はこのためだったのかと納得した。そしておもむろに視線をあげた先に穏やかな岩堤の顔があった。
すべてのイレーザーは、岩堤から送られてくる指示を受け取り、実行して報告する。
それは、秘密裏に的確で迅速な対応を可能にするものだった。
雷樹は横に何事もなかったように寛いでいる音迫を横目で見た。
音迫の耳元がピクリと動いた。
ドキッとした雷樹は、己の心音を意識しながら車を伊勢へと走らせた。
津宮心は焦っていた。雄介を止めなければ・・・あいつらに会わせる訳にはいかない。
「雄介、頼むから何もするな。やばい奴らが動いてるんだ。下手するとお前は潰される」
真夜中も過ぎ、走る車もない道を多希流は心の指示のまま車を運転していた。
しばらく進むと、直線道路の先から向かってくるライトの光りが見えた。
その車はすごいスピードで走り去った。心が振り返った。
「あの車は雄介だ。多希流、追って」
多希流はUターンして走り去った車を追った。
その雄介は竹林庵に着いた。
竹林は静まり返っていた。竹をくぐりながら分け入った雄介は、思わず竹を見上げた。
侵入を感知するはずの竹が、そよりともしない。
「竹の反応がない、LBはやられたのか・・・」
竹の護りが消えた無防備な竹林を、雄介は研究所の裏門に向かって脱兎のごとく走り出した。
夜中を過ぎたころ、大黒と事代はようやく研究所にたどり着いた。
いくつものモニターに囲まれた部屋では、職員全員が事態を心配して集まっていた。
「テラさんはどうなった?なぜ連れて来なかったんだ」
大黒の問いに事代が答えた。
「船に戻った者から、テラさんは海保に救出されたとの報告を受けましたので、無事に保護されたでしょう」
「それは良かった」
しかし、テラとの繋がりが絶たれたことへの大黒の落胆は目に余るものだった。
「大臣、仕方ありません。諦めましょう」
「・・・ここまで来たのにな、希望が見えたのに・・・諦めろというのか?」
重い空気が漂う研究所に、突如警報が鳴り響いた。
「所長、竹林を突破しようとしている者がいます」
慌てて職員が部屋に入って来た。
大黒をはじめ全員が防犯カメラの映像に釘付けになった。
「慌てなくていい、大丈夫だ。研究所の中からでないと解錠できないシステムになっている。心配はない」
事代は冷静に告げて、ざわつく職員を落ち着かせた。
「だが、何者だ?狙いはテラさんではなかったのか?」
「大臣、船を襲って来た者とは違っています」
秘書が答えた。より一層の緊張が広がった。
「なぜ・・・研究所を狙うんだ?」
しばらくして侵入者は諦めたのか、侵入の動きを止めた。
それを見て一同が胸をなでおろした途端、モニター画面が消えた。
「防犯システムが切られました」
「そんなバカな・・・鉄壁のディフェンスが破られるなんて」
事代は全員の顔を見渡し確認した。
「大丈夫だ。全員この場にいる。認証システムが破られることはない。大丈夫だ」
事代は自分に言い聞かせながら、全員と顔を見合わせて頷いた。
息遣いさえ飲み込む静寂の中、大黒の言葉が全員に覚悟を伝えた。
「LBを自動防御システムに変更する。何ものにも反応しないようにLBに伝えてくれ。絶対に子供たちを守らなければならない」
そのころ竹林に侵入したイレーザーの石策、樋口は周りを探りながら研究所の裏門に到着した。
すでに思兼と岩堤が建物の陰に待機している。
その思兼は首を傾げた。
侵入されたのは察知しているはずなのに、中からの反応がない。
「指紋認証システムですね。これがあるから慌てた様子がないのですね」
思兼が玄関に近づいた。
「問題はありませんが、それだけでしょうか?これだけの攻撃に、中からの反応がないというのが不気味ですね」
思兼のあとをついてきた岩堤がそう言って、指紋認証を解くために人差し指を出した。
そのとき建物から少し離れて控えていた石策勉と樋口速斗を狙って、ひとりの男が弾丸のごとく体当たりしてきた。
石策勉が避けながら片手で男を払った。
その男は空中で身をかわし、離れて着地した。
「お前たちを通すわけにはいかない。佐祐の大切な友がいるんだ」
隙の無い睨み合いが続く。
「手ごわいですね?何者でしょうか?」
岩堤は瞬時に男の能力を見抜いた。
「はて・・・どうしますかね・・」
そう言う思兼に岩堤が確認を取り、2人に指令を出した。
『レベル4』それは、命は保持するということ。
石策はにこやかなまま強じんに、樋口は目にも止まらぬ速さで、同時にその男に襲い掛かった。
そのとき竹林の中から叫び声がした。
「やめろ、雄介。そいつらと戦うな、止めるんだ、逃げろ」
だが殺気だった雄介の耳にはその声は届いていない。
樋口が雄介に飛び掛かり、肩に鋭い蹴りを入れた。だが雄介は倒れなかった。
「おや・・・倒れない、こいつは面白い」
雄介は樋口の攻撃から立ち直り、反射的に目の前に立ちふさがる石策に飛び掛かった。
指令が飛んできた。
「この男、並ではない」『レベル5』それは極限の痛手を与えるということ。
2人は同時に雄介を取り囲むと、真上に樋口が飛び、石策がうしろに回り足を払った。
樋口が倒れかかった雄介の首に手をかけたとき、小さな影が割って入り、樋口の肩に触れた。
途端に樋口の腕はだらりと下がり、雄介を放した。
「やめてくれ、こいつを見逃してくれ。こいつは私が止めるから・・・」
石策をけん制しながら、その女は建物の陰にいる岩堤に向かって叫んだ。
立ち上がった雄介の後頭部に女が触れると、雄介は力なく崩れた。
「この子はこのまま私に預からせてくれ。ご承知願いたい」
その女は気絶した男を抱きかかえて、攻撃の姿勢を崩さずにそう言った。
返答によっては反撃も辞さない覚悟が見えた。
思兼は驚きのあと、深くため息をついた。決断は速かった。
「宗像三姉妹、承知しました。あなたはすべてを理解しておられる。その方はあなたにお任せしましょう」
その返答に、追い着いた多希流が雄介を背負い、三姉妹はイレーザーに深く一礼をして竹林の中に姿を消した。
「さてと・・・行きますか・・・」
思兼の言葉に岩堤が頷き、人差し指に薄いシリコンを貼り付けて指紋認証システムを解くと、生化学研究所の入り口の重い扉が音をたてずに開いた。
4人のイレーザーはゆっくりと研究所の中に入っていった。




