立命 ~諾~ 立命
雄介・幻影に踊り星雲に帰す
「どういうことだよ、佐祐。大黒がテラさんを狙っているって」
勇んで宇賀野の事務所に駆け込んだ雄介だったが、佐祐の異様な雰囲気に気を削がれ、ドアを静かに閉めた。
鬼気迫る佐祐がパソコンを前に何かと戦っていた。
ゲームにしては必死すぎる。
雄介は追い詰められた佐祐の姿に目を見張った。
数分前、透久那から佐祐にチャットが飛んできた。
画面を開いた途端、カラスが『かぁ』と鳴いた。
「あの野郎、LBをまた狙っている」
蝙蝠たちが飛来して群れでカラスを囲み、攻撃を始めた。
カラスが再度『かぁ』と鳴いた。
するとその群れの中にフクロウが現れ、蝙蝠を捕食し始めた。
フクロウの勢いは止まらない
「みんなごめん。頑張ってくれ」
佐祐は悲痛な声を上げる。
だが群れる蝙蝠たちは手当たり次第にフクロウに捕食され、見る見るうちに数を減らす。
「ありがとう、みんな引いてくれ・・・」
佐祐は必死だった。だが雄介の目にも佐祐の劣勢が見て取れた。
「くそ、LB・・・耐えてくれ」
フクロウが最後の飛鼠HISOに襲い掛かった。
絶望の色を帯びるパソコン画面。
「駄目だ・・・」
佐祐の諦める声が聞こえた。
終わりを覚悟したその画面にふわりと雨雲が現れ、細い雨が降り始めた。
すると静かな雨に打たれたフクロウは濡れそぼり落ちて、消えた。
そして雨雲は去っていき、パソコン画面は無機質な空間に戻った。
佐祐は精魂を使い果たしたように天井を仰ぎ、涙を堪えていた。
雄介はそんな佐祐に声を掛けずに、そっと部屋を出た。
佐祐が、前にもカラスがLBにサイバー攻撃を仕掛けたと言っていた。
今も攻撃を受けたのだろう。佐祐の様子を見るとLBは無事だったようだ。
20分ほどして、雄介は食べ物を買い込んで事務所に戻った。
佐祐は焦点の合わない目をパソコンの画面に向けていた。
「佐祐、大丈夫か?」
「ああ、雄介さん・・・」
「LB大丈夫なのか?」
「ううん・・・大丈夫・・・っす」
「何があったんだ?」
「Dos喰らったっす・・・」
「ドス?・・・」
「同時に複数のIPに攻撃されたっす」
「IP?・・・」
「インターネットプロトコル。インターネットのルールみたいなもんす」
「ルールか・・・」
「久しぶりに透久那から連絡があって、ゲームをしようって始めたら、LBにカラスがハッキングかけてきたっす。Dosに気づいて仲間が来てくれたんだけど、フクロウまで出てきて仲間がやられて・・・」
雄介は缶コーヒーを佐祐に渡した。
佐祐は手の中で缶コーヒーを握りしめて話をつづけた。
雄介は佐祐が語る小さな画面の中の壮大な物語を、戸惑いながら聞いていた。
「でも、天雲が助けてくれて・・・」
「・・・良かったな、その天雲ってなんだ?」
「伝説の天才ハッカー・・・何者かは謎っす。引退したって聞いたけど」
「そんな人がどうして佐祐を助けてくれたんだ?」
佐祐は弱々しく首を横に振った。
「分からない。それもあるけど、透久那の方が心配すよ。なんかおかしい・・・」
「悪いのか?」
佐祐はため息をついて頷いた。
「危ないのかもしれない・・・」
「透久那君が何か言ってたのか?」
「何も言わないけど、隠しているのは分かるっす」
「そうか・・・佐祐・・・その透久那君はどこに住んでるんだ?」
「場所は教えてくれないけれど、海の近くって言っていた。おばあちゃんと住んでるらしい」
「ネットで探せないのか?」
「透久那が教えてくれるまで待つすよ」
「佐祐・・・もしかしてだけど・・・」
「なんすか?」
雄介は、島根に住む透久那が同一人物ではないか、と喉まで出かかった言葉を飲みこんだ。
「・・・そう言えば佐祐がモデルのテラのことメールくれたろ。大黒が狙っているとか・・・」
「ああ、ちょっと小耳に・・・」
気持ちが落ち着いたのか、いつもの佐祐に戻っていた。
「仕込んでいた毒に大黒が引っかかったっすよ。寺田美加って名前、あのモデルのテラなんすよ。女に手が早いって聞いていたけど・・・すんません。お姉さんが奥さんでしたね、いや・・・」
佐祐はぺこっと頭を下げて、カクッと肩を回した。
「大黒は私的にSPを雇っていて、そいつらは探偵みたいなこともするっすよ。そいつらに大黒がテラのこと調べさせて、秘密で連れてこいって命令してたんすよ、島根?って言ってたかな?島根だったと思うけど・・・テラはモデルも引退して、今は一般人っすよ。そんな女に何の用があるのかな、あのおやじは絶対に何か企んでいるすよ」
「大黒はそんなことを電話で話してたのか?」
うんうんと頷き、ようやく佐祐は缶コーヒーに口を付けた。
「雄介さん、テラと知り合いなんすか?・・・そんなことないっすよね」
雄介の背中にピリピリと軽く電気が走った。
血管腫が関係しているのか?
雄介の脳裏に生化学研究所、芽唯、そしてばっちゃまの顔が浮かんだ。
思い返せば、透久那は芽唯を知っていて心配していた。そしてばっちゃまはその透久那を大切に思い、信頼していた。
その透久那が佐祐の友人の透久那と同じ人物ならば、LBというAIを使って竹林庵を守ってくれていたのは透久那かもしれない。
透久那とLBがすべてのカギだ。
ふと成彦が頭をよぎり、昇と佐祐が重なった。
これ以上は佐祐を深入りさせてはならない。
そんな雄介の気がかりをよそに、佐祐はケラケラと笑っていた。
佐祐がオロチと言う大黒とは・・・どんな男なんだ?
自宅に戻った雄介は考えあぐねた末にポリポリと頭をかき、「仕方ねぇ」と言う顔で、スマホの連絡先を開き、姉貴という番号をタップした。
すると世利は、早速娘の光りも交えた食事会に雄介を招待した。
翌日の夜、世利の恐妻ぶりが垣間見える食事を終えた一行がレストランから出たところで、大黒は知り合いを見かけ、立ち止まり声をかけた。
大黒の秘書で探目というその人は、連れの男性が徘徊していた高齢者の女性を助けたと大黒に説明した。
大黒と初対面らしい男性は、丁寧に挨拶をして保護した女性を連れて近くの交番へ向かった。
男性の姿が人ごみに消えるのを見届けた雄介は、残ったそれぞれに挨拶をして一行と別れその場を離れた。
しばらく歩いていると、高齢女性を助けていた先ほどの男性が、その家族らしき女性と話していた。
家族と一緒の高齢者を見て、「大事にならずに良かったな」と呟き、雄介は通り過ぎようとしたが、「うん?」と立ち止まった。
その男性が現金を確認して封筒に納め、家族に渡すのを目撃したのだ。
人ごみの中に紛れ見ていると、男性は2人をタクシーに乗せ、料金を先払いして見送った。
そして男性は周りを見回して探目の待つ方向へ戻っていった。
「知り合いみたいな雰囲気だったな。あの男は何で金を渡した?」
雄介は首を傾げた。
自宅に帰り着いた雄介に世利から電話があり、五條市の実家に一緒に帰らないかと誘ってきた。
それは誘うというより姉から弟への言いつけみたいだったが、なぜか心地よく、断る理由もない雄介は、大黒のことを詳しく聞く機会だと考えて承諾した。
電話を切る際に、雄介は会食の帰りに目撃した男のことを世利に伝えた。
途端に世利の声の調子が厳しくなった。
「雄介ありがとう。これではっきりしたわ、切るね」
「姉貴・・・なんかあるのか?」
「何でもないよ。それじゃ、明後日迎えに行くね」
世利はそう言って電話を切った。
奈良の五條市に着いた姉弟は、突然の帰郷に驚く宇佐野に、顔を見合わせて笑った。
夜、父の手料理の並ぶ食卓を3人で囲んだ。
何年ぶりだろう・・・何年も雄介はこの家族を遠ざけていた。
育ててくれた父と姉が一緒に笑う姿を久々に見て、雄介は過ぎ去った時間を埋めるように記憶を振り返り楽しんだ。
宇佐野が床に入るのを確かめて、雄介は姉の世利に大黒のことを尋ねた。
妙にかしこまった雄介に、世利は何でも聞いてと笑いながら居住まいを正した。
世利の話によれば、大黒はライフシェアタウンに造る病院にすべてを懸けているという。
ライフシェアタウンの中に病院があることが肝要だと一貫していて、周りの賛同も得ているらしい。
そしてライフシェアタウン構想は国民を幸せに導くものだと、世利は胸を張った。
ライフシェアタウン・・・佐祐はオロチの巣窟と言っていた。
雄介は恐る恐るそのことを口にした。
世利は声を立てて笑った。
「オロチ?バカおっしゃい。人間の住む場所には必ずオロチはいるわ。タウンも確かにいろいろと問題はあるけれど、もしあの人が悪事を働き、国民に顔向けできないことをしたなら私は許さない。それ以上にあの人の純粋な心を踏みにじる輩は、ただじゃ置かない。出会ったときからあの人は私が守るって決めているのよ」
そして最後に気の強い姉が大黒を『清濁併せ吞む』と表現した。
姉の話を丸ごと信じれば、確かに大黒は悪人ではない。
そう思いながらも、雄介は『清濁併せ吞む』その言葉に引っかかった。
善も悪も受け入れるとは・・・
ライフシェアタウン構想は、大型の病院の開業をもってほぼ完成する。そしてモデルケースとして、主要都市に展開されることになると言われている。
そのために、大黒はどんな濁を吞み込んできたのか・・・
姉の世利は大黒の隠し事をすべて知っているのだろうか?
疑問を残したまま東京に戻った雄介は、佐祐のことが気になり連絡をした。
すると佐祐は珍しくファミレスにいるという。
雄介は新宿に向かう電車に揺られながら、ぼんやりと足元を見ていた。
ばっちゃま、俺止まっちまった。
ばっちゃまが言っていた、歩かなければならない道。
今の俺はその道が終わったのかも分からないし、この先歩く道も分かんねぇよ。
このままじゃ、ばっちゃまに合わせる顔がない・・・
雄介は走り出したい衝動を抑えつけた。
駅に着くと、雄介は人に押され電車から降りた。
雑踏の音が構内に響く。電車の音、アナウンス、話し声、人々の歩く靴音。構内に重なり聞こえる幾つもの音楽。
そして雄介はいつの間にか人の群れに飲まれ、どこをどう歩いたのかも分からず改札口に着いていた。
振り返ると、自分でたどり着いた実感がなかった。
「俺、何してんだ?」
雄介は乱れ飛ぶ不確かな情報の海で喘ぎ、もがき溺れかけていた。
混沌とした思いを抱え雄介がファミレスに着くと、佐祐はひとりしょんぼりと座っていた。
「雄介さん・・・」
「どうした?」
「・・・なんも・・」
佐祐らしくない弱々しい笑いが雄介を迎えた。
雄介はその笑いを受け止めきれず、俯いてむかいの席に座った。
佐祐は氷が溶け気の抜けた炭酸飲料を横に置き、うつろな目で手元のスマホを見ている。
「連絡待ちか?」
佐祐は顔を上げずにこくりと頷いた。
「透久那くんか?」
すると佐祐はすがるような目で雄介を見た。
「雄介さん、誰かは分からないけど、透久那には敵がいるっす」
「敵?」
佐祐は黙り込み、今までの透久那とのやり取りを思い出した。
僕は嫌なんだ。
こんな僕なんか・・・
負けてしまうかもしれない。
助けて・・・
どうしよう・・・
隠れてしまう・・・
友達でいて
間に合わないかもしれない。
佐祐に会いたいな・・・
それが最後だった。
佐祐は軽く頭を振って肩をカクッと回した。
「とぎれとぎれの会話で・・・俺どうしたらいいのか・・・それっきり連絡が取れないっす」
手助けをしたいが何もできない佐祐のジレンマを、雄介は我がことのように感じていた。
今佐祐の目の前にいる透久那とのやり取りは、現実であっても実感のないものだった。
大切な友人なのに四角いステージの中では助けようがなく、手を取り気持ちを伝えることもできない。
動きようがないために心配だけが膨らみ、佐祐はその思いを抱えきれなくなっている。
思いつく励ましや慰めの言葉は空しくて、言葉にできなかった。
雄介はなにも聞かずに佐祐のそばにいることにした。
佐祐が手を取ることのできない透久那に寄り添うように。
竹林庵で芽唯が雄介にそっと寄り添ってくれたように。
外を歩く人もまばらになり、夜も更けたころ、佐祐のスマホが軽い音を立てた。
透久那からのメールだった。
佐祐はほっとした顔で雄介を見て肩を強く回した。
「佐祐、またな」
その様子に安心した雄介は、そっと席を立ち外へ出た。
枯れ葉がカサッと降って落ちた。
その音に雄介の心に巣くっていた執着心がふうと消えた。
葉を枯らし、落とすのは木々が生きていくためのルーティンだと聞いた。
何かを守るため、それぞれの正義を持って人は立ち向かう。
雄介は市子を守るために上京したが、途中でそれを断念した。仕方がないと自分に言い聞かせ、市子の気持ちを無視して宇賀野に託した。その市子はこれからも宇賀野さんが守ってくれるだろう。
東京でのオロチ退治。振りかざした正義で堂本、白峰鈴音を追い詰めた結果、雄介の胸に残ったものは虚しさだけだった。
そして大黒がオロチだと言い張っていた佐祐は、今は透久那への心配が先立っている。
雄介が宇賀野に会って、島根へ帰ることを伝えると、宇賀野は市子のこと、佐祐のことを気がかりに思いながらも、決心した雄介の気持ちを理解してくれた。
立ち止まること、引き返すこと、身を任せることも、時には必要なことだと雄介の背中を押してくれた。
翌日市子の家に挨拶に行くと、すっかり立ち直った市子が雄介の送別会の準備をしていた。
宇賀野や香も顔を見せて、賑やかな送別会となった。その笑い声は市子のことを途中で投げ出してしまった雄介の後ろめたさを消してくれた。
そこは確かに雄介が必死に歩き、たどり着いた場所だった。
そして雄介はその場所に別れを告げた。
雄介はそのあと、テラのマンションが見える公園に来ていた。
見上げるとテラの部屋に明かりが点いている。その階下、昇と過ごした成彦の部屋にも明かりが点いている。あの頃と変わらない風景に寂しさが増した。
雄介はしばらくマンションを見上げたあと、心に広がり始めた懐かしさに別れを告げた。
日本を東と西に分ける糸魚川静岡構造線を持つ日本アルプス。
雄介は自分を見つめ直す場所として、その過酷な山を選んだ。
そのことを佐祐に話すと、静岡まで送ると言い出した。
透久那は持ち直したようで、毎日やり取りをしていると上機嫌で話してくれた。
そんな佐祐にホッとした雄介は、姉から聞いた大黒の話をして深入りをしないように念を押した。
すると佐祐は口をとがらせ、不満をあらわにした。
「雄介さんのお姉さんは奥さんだから、かばうのは当たり前っしょ。なんか・・・」
「納得できないんだろ。研究所のことは俺が調べるから、これ以上動くな」
「うっす。分かりましたよ、手を引きます」
「毒・・」
「はい、毒は仕込みません。兄ちゃんの言うとおりにします」
「兄ちゃん?」
佐祐は、呆気にとられ聞き返す雄介をケラケラと笑い、肩をカクッと鳴らした。
「雄介さんは兄ちゃんすよ、いいしょ。兄ちゃん」
雄介は佐祐の顔から視線を窓の外に移した。
暖かいものが胸いっぱいに広がった。
「雄介さん、俺は感謝してる。まだふらふらしてるけど・・・前の俺じゃない」
「そっか・・・」
「だから離れても兄ちゃんは兄ちゃんだ」
「何言ってんだ?訳が分からん」
「俺も何が言いたいか分かんねぇ」
ふたりは声を合わせて笑った。
俺は・・・俺の大切な人を守りたい。
俺の居場所は芽唯とばっちゃまが待つ竹林庵。
佐祐の声援を背に受け、奮い立つ雄介の目の前に新たな道が現れた。
そびえ立つ神々の山々に、雄介は覚悟を決めてその一歩を踏み出した。
成彦のマンションに身を隠している卯月からスマホにメールが届いた。
『成さん、テラさんがいなくなった。もう4日も連絡が取れない』
上階のテラと行き来をするようになっていた卯月から連絡を受けた成彦は、立ち話をしていた思兼智と顔を見合わせ、すぐさま指令室へ向かった。




