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立命 ~諾~ 立命

大黒の禍罪まがつみ

大黒邸の書斎では、秘書の探目が大黒と話し込んでいた。


大黒の妻の世利がノックと同時に顔を出し、顔を寄せてこそこそ話をしている探目をにらみつけ、夫に声をかけた。

「大臣、土屋さんがお見えになりました」

「応接室で待ってもらってくれ」

「はい、分かりました」

世利は不快な感情をあらわにして、バタンとドアを閉めた。


「土屋さん、少々お待ちいただけますか?お茶でもいかがですか?」

「それはありがたい、いただきましょう」

大黒が旧知の友と呼ぶ土屋は、世利に促されソファーに座った。


世利は土屋が好む和菓子と抹茶をテーブルに置いた。

「おおこれは・・・うれしいな・・・うまい」

土屋は菓子を手に取ると一口でほおばり、作法どおりに椀を回し、口に運んだ。

世利はそんな土屋を満足顔で眺めていたが、土屋が飲み終わり落ち着くのを見計らって、日頃から気になっていたことを尋ねた。


「土屋さん、教えていただきたいことがあるの」

「何でしょうか?」

「大臣とあの・・女、失礼、秘書の関係ってご存知でしょうか?」

「秘書?探目さん?うん・・・僕も詳しくは知らないが、世利さんが気を揉むような関係ではありませんよ」

土屋はあり得ないと手を振り、笑って答えた。

「でもあの秘書は、何かにつけて大臣を利用しているように思えます。恩人だと聞きましたが、何か弱みでも握られているのかもしれません」

「気になさらないでいいですよ。大臣は女性が構いたくなる男らしいです。放っておけないらしい。世利さんはどうでしたか?」

「そうね・・・」


世利は出会ったころ、人としての大きさと、少年のように純粋でハラハラさせる危なっかしさを併せ持つ大黒に、惹かれた自分を思い出した。

土屋はそんな世利を安心させるように頷いた。

「いつごろのお話ですか?大臣とあの秘書との出会いは」

「大臣が新潟に出向していたときのことだったかな。大臣の友達を助けてくれたらしい」

「大臣の友達?」

「その人は・・・どんな方なのかしら」

「すみませんな、そこは詳しくは存じ上げておりません」

「女性なのかしら・・・」


そのとき大黒が入ってきた。

「何を話してるんだ?土屋さんすみません、わざわざご足労いただきまして」

大黒は、立ち上がった土屋ににこやかな顔を向け、座るように言った。

「世利さんが面白い話をしてくれましたよ。世利さん、また話しましょう」

世利は土屋に会釈して部屋を出た。


世利は探目という秘書を疫病神だと思っていた。

探目は裏腹なことを平気で口にして、不確かな情報で大黒を惑わすことが多かった。

世利は何度も秘書を換えるように言ったが、大黒はお茶を濁すばかりで取り合わなかった。

そのうちぼろを出すと思っていたが、用心深い性格の探目は、大黒を利用してその地位を確かなものにしていた。探目は生前の若彦にも取り入ろうとしていた。若彦も何か弱みを握られていたのかもしれない。

世利は、探目の野心が政治家へと向かっているのを見抜いていた。

大黒の弱みとは何なんだろう・・・新潟時代のこととはなんだろうか?大黒の命取りになるようなことでなければいいのだが・・・世利の心配は尽きなかった。



嫉妬にも近い感情を顕わにして、部屋を出て行った世利をふたりは笑っていたが、世利の気配が消えるとすぐに真顔になって、ひそひそと話し始めた。

「探目さんは、選挙のことですかな?」

「若彦君の跡目のことで、なんやかんや、光りのために政策秘書を雇うと言い出すし、心配性もほどほどにといったところですわ」

「跡はどうされますかな?」

「常伊達さんに頼もうかと・・・」

「なるほど、良いお考えですな。探目君は、光りさんを後継にと大臣がお考えだと言っていましたが・・・探目君の勘違いでしょうかな?」

「光りに務まるはずがありませんわな、わっはっは」

「まあ、時期というものもありますからな」

土屋は、若彦の跡を娘の光りにと大黒が考えているから、若彦のスキャンダルが表沙汰になれば対策が必要だと、わざわざ訪ねてきた探目の抜け目のなさを思い出していた。

大黒と探目・・・土屋はこの関係の先行きに不安を感じていた。


「ところで少々困ったことになりましたな、大臣」

「芳志のことですかな」

「ご存知ですか?」

「薬の開発者のことなら、探目くんから報告を受けたところです」

「それもありますが、臓器移植の過程で違法行為があったことや、病院で死亡した遺体を遺族に引き渡さずに勝手に埋葬したことが、内部告発で発覚したようです」

「いかんですな・・・」


ライフシェアータウン構想の完成目前に、タウン病院経営に名乗りを挙げている芳志総合の不祥事を耳にした大黒の表情は険しくなった。

「能見という新院長が、過去の経緯を不審に思い、調べて、筒賀事務長を訴えたらしい」

「筒賀さんね・・・大それたことをしたもんだな」

「それから別件で、タウン長の肥留野に横領疑惑が取りざたされています。これはまだ水面下のことで抑えられますが、こちらは直接タウンにも影響がありますな・・・」

「なんと・・・この大事な時期に・・・茶徳さん絡みですかな?」

「そのあたりははっきりと分かっていませんが、手を打ちましょうか?」

「頼めればありがたい・・・」

「病院は汚点なくオープンしたいものですな、大臣」


ノックされてドアが開き、世利がカットした果物を持って入ってきた。

「深刻なお話かしら、何のお話?・・・」

世利は大黒と土屋を交互に見た。

「世利さんの嫌いな政治の話だよ」

「そうなの?面白いお話ならいいのに」

「もう終わったよ、おいしそうだね。土屋さんもどうぞ」

世利が果物を取り分け、土屋に差し出した。


そのあと土屋は世利を交えて世間話をして、帰っていった。



土屋と入れ違いに、生化学研究所所長の事代が訪ねてきた。

「遅くなりました。土屋さんは何ごとですか?」

「薬の開発をしていた若者が挫折して亡くなったらしい」

「薬というと透久那くんが、可能性があると言っていたものですね」

「そうだ・・・誰もが痒みから解放されて幸せになれる、夢の薬と言っていた」

「透久那くんは、開発者の気持ちで完成すると言っていましたが、残念でしたね」

「話によるとその薬を多量に飲んだ結果らしい」

「ODですか?」

「最後の姿は天を仰ぎ、笑っていたそうだ。苦しまずに逝ったのなら・・・」

「そうですね、思いははかり知れませんが、ご冥福を祈るよりほかありません」

大黒は、意気揚々と薬の未来を語っていた伊江谷を思い出していた。

「開発者の気持ち・・・透久那がそう言ってたな・・・」

「このことは・・・」

「透久那には話さなくていい」

「そうですね、余計な情報は身体の負担になるでしょうから」

「透久那に会いに帰ってみるか。随分顔を見ていないな」

「そうしてください。透久那くんが妙なことを言っていました。大臣になら詳しく話すかもしれません」

「妙なこと?」

「特別な人が現れたから、その人に会いたいそうです」

「特別な人か・・・誰のことなのか・・・そうだな、近々会いに帰ろう。透久那に言っといてくれ」


雄介は佐祐と別れたあとの悶々とした時間を、野山を走ることで過ごしていた。

佐祐とその友人のことを宇賀野に相談することはできなかった。かと言って、佐祐のことを投げ出して竹林庵に戻ることも躊躇われた。


雄介は、美しい月に誘われるように都内でも有名な竹林に来ていた。

整備された散歩道を歩くと、ほのかに竹の香りがした。

見上げると何本もの竹がすくっと真っ直ぐに伸びている。竹それぞれに迷いがなく、天を目指して伸びている。かすかに竹が風に揺れ、カサコソと音を立てた。道がないと右往左往して地団太を踏んでいる雄介を、笑っているように思えた。深呼吸をして伸びをした。

と、風が強く吹き、竹がざわつき始めた。

どこからか竹を打つ音が雄介の脳天に響いた。

「はっ」

竹林庵で雄介をめがけて倒れてきたときの竹の音だった。

そして雄介は、当時気にも留めずに忘れていたばっちゃまの会話を、唐突に思い出した。

それは島根のオロチが、竹林庵を襲ってきたときのことだった。


『そうか、帰っていったか。よかったよ。ありがとうな、透久那』

『ばあちゃん、今日は大丈夫だけど、あいつらはまた来るよ』

『そうか、困ったな』

『周りは固めておくから入ってはこないけれど、芽唯ちゃんがそれを感じて怖がっているから、考えないとね。あの人に相談した方がいいよ』

『そうだね、話してみるよ』

『ばあちゃん・・・』

『心配しなくて大丈夫だよ。また顔見せておくれ』

『もちろん、ばあちゃん、またね』


佐祐の友人でLBの主、透久那は芽唯を助けてくれていた。


「ばっちゃまは芽唯の命を利用したりしない」

雄介はもう一度天を仰いだ。

「ばっちゃま、芽唯。大黒の正体を見極めるまでもう少し待っててくれ」


雄介は喧騒の街へ走り出した。


雄介が自宅に帰り着いたとき、佐祐からメールが届いた。


  雄介さん、モデルのテラ、知ってるっすか?

  大黒が狙っているっす


雄介のスマホを持つ手が震え、その顔から血の気が引いた。


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