立命 ~諾~ 立命
仮想の中・・生きる
ルナを見送ったあと、雄介は奥多摩の雲取山と鷹ノ巣山へ向かった。
市子や会社のことは気がかりではあったが、下山するときには気持ちの整理はついていた。
心残りはテラのことだった。
島根に行く前にひと目だけでもテラに会いたいと思っていた。雄介はテラと出会った公園に行き、テラの部屋を見上げると明かりがついていた。
「テラさん、無事だったんだね。良かったです・・・」
ぶらぶらと川沿いを歩く。今でも昇の後ろ姿を思い出す。ばっちゃまが言った言葉を思い出した。
「歩かなければならない道がある」この1年で失ったもの、得たもの、手放したもの、手放せないものを考えた。
道を歩けば避けられないこと、これからもそれを承知で俺の道を歩いて行くのだろう。
だが今はその道が分からない。なぜここに留まるのかさえ分からない。
雄介はフッと強く気を吐いて自宅へ向かった。
シャワーを浴びて炭酸を飲んでいると、スマホが軽い音を立てた。
佐祐からのメールだった。
宇賀野の事務所で待っているとあった。
LBとよぶ友達とゲームに夢中らしく、佐祐からの連絡は久しぶりだった。
9時を過ぎていたが、雄介は事務所に向かった。
「ああ、やっと来た。雄介さん、連絡もくれないでひどいっすよ」
雄介が部屋に入るなり佐祐は口をとがらせて言ってきた。
「佐祐は忙しいだろうと思ってな、悪かったよ。ところで何かわかったのか?」
「とんでもないことが分かりましたよ。やはりタウンは、ヤマタノオロチの住処っすよ」
「どういうことだ?」
「あの名簿は、タウンに入っている身寄りのないひとり身の人たちのもので、パスワードはHITOREBOTTI。その人たちは、すべて入社時に強制的に保険に入らされ、臓器提供に同意させられてました。色付けされた欄は亡くなった人で、あのアルファベットK・H・C・BMは提供された臓器の頭文字だったんすよ」
「・・・それなら宇賀野さんの加害者も臓器提供者だったのか?」
「そうなんす。従業員名簿に名前はあったんすが、詳しいことは削除されていて、それにあのファイルも消されていて・・・まあ、印刷したものが残っているから証拠にはなりますよ」
佐祐は首をカクッと鳴らした。
「そんなことをタウンの組織ぐるみでやってたのか?」
「もっとおかしなことに、あのファイルに記載された人全員の保険は、もしものことがあったらすべてをある葬儀会社が引き受けるという契約になってるんっすよ。葬儀費用の名目で全額を受け取って、その後の供養までするってことだけど、残った費用は慈善団体に寄付してお終い。もちろんその慈善団体も怪しいすよ」
「そんなこと簡単にできるのか?」
「後見人制度を悪用したんだろうって、宇賀野さんが言ってました」
「宇賀野さんが言うんなら間違いないな・・・許せねぇな・・・」
「雄介さん・・・こいつらには恐ろしくでっかい黒幕が付いているんすかね・・・」
「・・・大黒か・・・」
「本当に大臣なんすかね?・・・調べてみます?大黒のこと」
「無茶すんなよ、また毒仕込むんだろ?」
「フぇ・・・ばればれすねぇ」
「佐祐、お前なあ・・・楽しんでないか」
「分かってますって、無茶はしませんよ。ところでいつ島根に戻るんすか?」
「まだ決めてない・・・お前の無茶を見届けてからじゃないとな」
「よっしゃー、やってやりましょう、見届けてくださいよ。それからタウンの管理棟に鴫山という男がいるんですが、こいつが怪しいんすよ。この前タウンに行ったそんときに、パソコン覗いたらあの野郎が帰ったあと、あのファイルが消されていて復元もできなかった。なんかありますよ。俺、あいつの正体暴きますよ」
そう言って佐祐は上機嫌でパソコンに向かった。
雄介はその横顔に頼もしさを感じつつも、ネット制裁が成功したと、はしゃいでいた佐祐が蘇り、そして堂本や白峰鈴音の最後を知ったときの後味の悪さや虚しさを改めて思い出していた。
山を駆け回ってきた雄介は、朽ち果てた動物や死を運命と受け入れ、倒れていく動物と何度も出くわした。その姿は醜いものでも、哀れなものでも、忌み嫌うものでもなく、雄介にとって手助け無用の野生の生き様のその末路は、潔く尊いものだった。
雄介はその度に尊い命に手を合わせて精いっぱい生き抜いたことに敬意を払い弔った。
堂本・・・お前は・・・生き抜いたんだよな・・・なのにこの虚しさを埋めることができないのはなんでだ?
雄介は正義として市子を守るために堂本の脅威と戦った。
堂本の死でその脅威は除かれたはずなのに不安が残る。
本当にその脅威は堂本とともに消えたのだろうか?消えていないのなら堂本の死は報われない。
オロチとは何なのか?
「うっしゃー、完了」
歓声をあげた佐祐に、一瞬オロチが被さったように見えた。
エンターキーを打ち、入力を終えた佐祐がしたり顔で雄介の前に座った。
佐祐は鼻歌を歌いながら缶コーヒーを開けたが、その姿は何か不自然に見えた。
雄介には無理をしてはしゃいでいるような気がした。
「佐祐、大丈夫か?なんかおかしいぞ・・・」
缶コーヒーを口から離した。
すると満足そうな顔から笑みが消え、佐祐の顔は神妙な表情に変わっていた。
「何かあったのか?」
「・・・ゲームの友達がまずいっす」
「まずい?LBのことか?」
「・・・重い病気らしくて・・・もうすぐ死ぬかもしれない・・・」
「・・・本当なのか?」
「噓つく奴じゃないから・・・いい奴なんすよ・・・」
「それは心配だなぁ」
「透久那って名前で、あいつは、俺がはじめての友達って言ってたんすよ。でも俺、友達なのになんもできねぇから」
さっきまでの勢いは消えて、佐祐はしょんぼりと肩を落とした。
そんな佐祐にかける言葉を思いつかず、雄介はただ黙って佐祐の顔が上がるのを待っていた。
「俺たち今ゲーム作っていて、ヤマタノオロチを退治していくゲームなんだけど・・・」
「そうか」
「最後まで一緒に作れないって言ってきた。病気のせいかな・・・」
「何の病気なんだ?」
「聞けない・・・重い病気なんだと思う」
「気になるな」
「チャットが毎日来てたのに、来ない日がある。本当に具合が悪いのかもしれない」
「そうか・・・」
佐祐は気を紛らわすためにタウンの闇を暴こうと躍起になっていたのだと雄介は確信した。
「なあ、佐祐。タウンのこと、これからどうするか宇賀野さんに相談しようや」
「・・・反対されますよ、宇賀野さんは事故にあったことが偶然じゃないと思っているから、俺たちも危険だからやめろって言われたんすよ。これ以上は相談できねぇすよ」
「そうかな・・・それなら気晴らしに今から飲みに行くか?」
「雄介さん、俺大丈夫っす。聞いてもらって少し楽になった・・・帰ります」
雄介は佐祐のしょげこんだ後ろ姿を、ため息をついて見送った。
ひとり残った雄介は、佐祐が友達というLBという人物に思いをはせた。
今の時代は顔も知らず、声を聞くこともなく、パソコンの画面での会話で友達になり、その友達を真剣に心配する。
繋ぐものがなんであろうと、そこには確かな情というつながりが生まれている。
雄介は、佐祐にとって会ったこともない友達との縁が辛い試練にならないようにと願うばかりだった。
それからしばらく佐祐からの連絡はなく、雄介は佐祐のことを気にしつつ、奥多摩に出かけては手持ち無沙汰の毎日を過ごしていた。
そんなある日、佐祐から連絡があり、事務所へ出かけて行った。
「LBはスゲーっす。やっぱりあの野郎・・・鴫山の野郎でしたよ」
雄介の顔を見るなり佐祐は興奮した声で叫んだ。
「何が・・・鴫山なんだ」
「カラスすよ」
「ハッカーのカラスなのか?」
「そうっす、あいつなんすよ」
「全部あいつなんでよ。はじめっから怪しいと思ってんすよ」
「どういうことだ?」
「LBが教えてくれたんすよ。カラスはタウンにいるって。鴫山じゃないかと思って調べたら、案の定タウンの経理の担当の鴫山がカラスで、その上あいつは横領に手を貸してるんっすよ。あいつは公金として受け取ったものを従業員の給与として渡す途中で、巧妙な手口で一部を抜いてセンター長の蛭田に流し、その蛭田は寄付金としてNPO法人に渡す。受け取った法人は様々な団体に寄付として振り分けるけど、回りまわって蛭田に戻るという仕組みっす」
佐祐は一気に話して水をゴクリと飲んだ。
「黒幕は大黒・・・そして住処は島根の研究所と民宿。横領した金は研究費に充て、治験薬を作ってんすよ。間違いないっす」
雄介は竹林庵が竹に守られていることを思い出していた。あの竹林には仕掛けがあると思っていた。それが研究所で操作されている。あり得ることだ。
芽唯がその研究所の実験台にされていると佐祐が言っていた。
それにばっちゃまも加担しているというのか?ばっちゃまに限ってあり得ないことだ。
だが何かが引っかかる、何だ?
雄介は佐祐の言葉に追い詰められていた。
「佐祐、俺帰るわ・・・またなんか分かったら教えてくれ」
「もちろんすっ。連絡しますよ」
「・・・またな」
雄介は唐突に会話をやめると、弱々しく笑って部屋を出て行った。雄介の様子に佐祐は首を傾げた。
佐祐はスマホで民宿と治験薬の話をしたときに、雄介が狼狽えたのを思い出した。そしてそのときかすかに聞き取れた芽唯という女性が気になっていた。
近頃何となく雄介を遠くに感じることがある。その距離が何気ない質問を吞み込ませる。雄介は危険から守ろうと佐祐を遠ざけたことがあった。しかしこの寂しさはあのときのそれとは違っていた。
「雄介さん、また旅行に行きましょうや」
言葉にできないまま、去っていく雄介を見送った。
佐祐はパソコンに向かいLBからのメールを待つことにした。
LBの主、塩土透久那。
ハッカーのカラスから攻撃を受けていたLBを助けたことで親しくなり、今では打ち解けてお互いを本名で呼び合うようになっていた。
その不思議な友人はつかみどころがなく、年齢さえも分からなかった。
しかしその友人は博識で、佐祐が質問すると楽しそうに答えてくれた。たまに結果を予言のように言い当てることもあった。
友人透久那はその能力をひけらかすわけでもなく、佐祐との時間をひたすらに、楽しんでいるように思えた。
佐祐はそんな彼に心を開き、タウンのことも話すようになっていった。
するとカラスの居場所を教えてくれた。そこはタウンの管理棟だった。
それからは、佐祐は透久那に絶対的な信頼を置き、何でも相談するようになっていった。
そんな中、透久那はオロチ退治のゲームを作ろうと持ちかけてきた。
佐祐は軽いノリで同意した。
スサノオノミコトのオロチ退治。
甕いっぱいの酒を飲み干す間に、敵を攻略するというものだった。
8のステージがあり、ステージが上がるほどに酒を飲み干すスピードが早くなっていく。
そんなゲームを2人で楽しく作っていたが、しばらくすると頻繫に飛んできていた透久那からのチャットが極端に少なくなった。
そして透久那が病気を患っていることを知った。
「後のゲームは僕ひとりで仕上げてもいいですか?」
しばらくして頻繁にやり取りができなくなったと透久那が言ってきた。
佐祐が出来上がりを楽しみにしていると答えると、透久那からの連絡は日に日に少なくなっていった。
佐祐は四角い画面の先で、病気と闘っている会ったこともなく話したこともない大切な友人の連絡を今日も待っていた。




