一時の休息
「元々は複座だからね、座席を付けるだけだよ」
ハンガーではレイラがジュウイチの機体改造を行っていた、勿論ラパンを乗せる為である。
「俺にも手伝わせろよ、暇なんだょお」
「二人乗ればバランスや操縦性も変わる微妙な調整なんだ、素人は引っ込んでな。しかもこいつはな、後席からの視界も完璧、特に照準器も前席ヘッドレストからオフセットされて装着され射撃性能も前後で変わらないんだ」
興奮気味に黙々とスパナを動かすレイラに、ジュウイチは苦笑いした。ラパンは近くにペタッと座りニコニコしながら作業を見ている。
「でもさ、なんで照準器まで付けてんだよ、乗せるだけだぜ」
「完全に復元する。この機体の真の姿を、本当の性能をみてみたい」
確かに複座の戦闘機なら後席にも操従装置のある機種もあるが、確かにこの機体は少し変わっていた。だが、今回はラパンを乗せるので座席だけでいいはずなのに、元々付いていた各種装備や、その精巧さ、そして設計思想に触れ、特にヘッドレスト横のブラケットが照準器用だと分かった時にレイナのメカニック魂に火が点いたのだった。
その気持ちはジュウイチにも手に取るみたいに分かった。戦闘機は兵器で、闘う道具なのだが、人を魅了し引き付ける引力があると、関わった者なら誰でも知っていたから。
仕方なく甲板へ出れると、何故か同じはずの夕暮れが違って見えた。それは甲板の端で海を眺めているエイトの後ろ姿が、昔見た名画の雰囲気だったからかもしれない。
ジュウイチはその隣に、少しドキドキしながら座った。
「エミリーは?」
「あそこ、アルフさん達が遊んでくれてるの」
顔の向きだけで方向を指し示す仕草、潮風が綺麗な髪をまさぐる。
「そう……何時も海を見ているんだな、飽きない?」
「うん」
エイトの横顔を夕日が照らす、伏せた瞳の長い睫毛にジュウイチはドキッとする。
「ねっ、海の匂いって、何故が懐かしい感じがするでしょ? どうしてだと思う?」
「えっ? それは……どうしてかな」
ふいの質問、エイトの声が耳に心地いい。ジュウイチは、自分の心が落ち着いて穏やかなのを感じた。質問に対しての答えは浮んだが、敢えて言葉にしなかった。エイトは首を傾げながらジュウイチを見ると、少し微笑んだ。
「海はね、数え切れない程の生き物の命が溶け込んだ生命のスープ。海は生命の出発点って、マーベルさんが言ってた」
「ふぅん、そっか」
頷くジュウイチだったが、その後に続く話題が見つからずにドギマギしていると、エイトが小さな声で言った。
「こんな世界じゃなかったら、何してた?」
「えっ、そうだな……どんな世界でも、同じ事をしてたと思う」
急に聞かれても、ジュウイチにはうまく答えられない。考えた事も無かったから。
「私はね、普通に暮らし、普通に結婚して、可愛い子供の母親になってた」
微笑むエイト。遠く甲板の反対側ではエミリーが、アルフや他の甲板員達と楽しそうに笑っていた。
「ふぅん、そっか」
脳裏にエイトの母親姿が直ぐに浮かぶ。時間差でアネッサを想像したが、ちゃんと想像出来たのには自分ながら驚く。もっとも、どっちが親か分からないドタバタ親子だったが。
「本当は諦めていたのかもしれない……でも、可能性が見えた」
手を見ながらエイトは呟く、ジュウイチの心には経験した事のないココロのドキドキが芽生える。多分それは、守ってあげたいという気持ちなんだろうと、もう一人のジュウイチが冷静に分析していた。
「エミリー、さ……どうするの?」
「……一緒に居てあげたいって、思う」
「そう……」
頷いたジュウイチが黙り込む。沈黙をゆっくりと消化した後、エイトが呟いた。
「あなたは……それ以上は聞かないのね」
「えっ」
「皆に色々聞かれた……先の事とか、今はどうするかとか。マーベルさんに言われちゃった。私は兵士、先の分からない仕事だって。そしたら、エミリーはどうなるのかって」
エイトの瞳が悲しみの方向を向く、鈍感なジュウイチにも分かるくらいにはっきりと。
「誰も先の事なんて分からないよ」
言葉が見つからなかった、本当は違う事を言いたかったが言葉を選べなかった。気付くとジュウイチは次の言葉を呟いていた。
「君も親が居ないって聞いた、俺も居ない。でも、エミリーには君がいる」
「そうね……」
否定? 肯定? それとも……ジュウイチには、エイトの胸の中なんて分かるはずもなかった。暫くの沈黙の後、大きく背伸びしたエイトが立ち上がる。表情は見えないが、声には少し張りがあるように感じた。
「エミリーにとって、何が大事なのかな……誰かが傍にいるんじゃなくて、私が傍に居る事が大事って、思ってくれたら最高だな」
エイト背中を見送り、ジュウイチはなんだか晴れ晴れとした気分になれたのも束の間、アネッサの大声が溜息を呼び込んだ。
「こんなトコにいた!」
「何だよ、文句あんのか」
ドスンと横に座ったアネッサは、夕日のせいだけじゃなく顔が赤く見えた。突っ込もうとしたが、面倒なので止める。
「……あのさ、エリーの事……ありがとな、ドクから連絡があったんだ、意識を取り戻したって」
暫くの沈黙の後、アネッサが呟いた。
「そうか……よかったな」
「……うん」
初めて聞くアネッサの素直な声、ジュウイチの心の中にも安堵感が充満した。波の音が潮風に乗って、二人の間を穏やかに流れていった。
「お前さっ、こんな世の中じゃなかったら、何してた?」
「へっ?」
突然のエイトと同じ質問に、ジュウイチの目が点になる。
「へっ、じゃない! 質問に答えろ」
アネッサの鼻息は荒い。苦笑いしたジュウイチは、エイト話した答えのとは違う、正直な方を呟く。
「さぁな、考えた事も無い」
「やっぱな。大体お前は優柔不断で覇気も無くて、向上心なんて皆無で、無神経で何も分かってなくて、ウン〇タレだからな」
アネッサは勝ち誇った様に、悪口雑言を並べる。
「山ほどありがとな。そう言う、お前はどうなんだよ」
待ってましたとアネッサは背筋を伸ばす、そして出来うる限りの猫なで声で言った。
「あたしは普通にお嫁さんになって、可愛い子供を一ダース産むんだ」
「なんか想像出来るよ」
「あっ、えっ……」
ジュウイチの言葉にアネッサは絶句する。顔だけじゃなく、手足まで真っ赤になる。
「でもさ、あの殺人料理じゃ一家無理心中だぜ」
「なっ、何だとっ!」
猛烈な勢いで立ち上がるアネッサは、頭から勢いよく湯気を出す。
「……それさえ直せば、お前、いい嫁さんになれるよ」
「*△□~@?+~」
訳の分からない言葉を喚き、アネッサはその場を走って逃げた。残されたジュウイチに、二人が話した質問の訳など、分かるはずも無かった。
______________________
コーヒーを片手に、キャプテンシートに座るゲイツの前でエミリーが大きな瞳をウルウルさせて見上げている。何か言いたいが、ゲイツは何と言っていいか分からない。そもそも子供なんて、殆んど会った事が無かったから。
「オジちゃんのおヒゲ、オモシロイね」
その可愛い声に、ゲイツはココロに柔らかな毛布を掛けられたみたいな感覚に包まれる。
「どこが?」
「なんかね、ちょっとしか無くてね、おかしいの」
目をカモメみたいな形にするエミリーに、ゲイツもつられて笑う。今までだって笑う事はあったが、何故か違っていた様な気がした。今、自分はどんな顔をしているのだろうと思いながら、ゲイツはエミリーを膝に抱いた。
子供の匂いが優しく香る。初めてのはずなのに、前から知っていた様な感覚。小さくて柔らかで、こんなにも軽い……子供って、どうして、こんな気分にさせたくれるのか、表現は難しいが決して嫌じゃない。そんな感じがした。
「エミリー! 探したんだよ。今日は私とお風呂に入る日でしょ」
笑顔のレイラがエミリーを抱き上げ、肩車をして艦橋を出て行く。
「レイラにも、あんな所があったんですな。ハンガーから出るなんて滅多に無い、働くマシンというイメージしかありませんでした。レイラだけじゃありません、女連中はエミリーと一緒に風呂に入るとか、一緒に食事とか、大騒ぎなんですよ」
コシンスキーは、苦笑いする。
「そうだな、アストレイアには女も乗っていたんだよな」
呟いたゲイツは、まだ腕の中に残るエミリーの感覚に少し微笑んだ。




