小さな願望
街は凄惨な戦いを、見る者に絵画を鑑賞した時の様に目に焼き付ける。だが、まだ傷も癒えぬ人々は、早くも街を復興する為に働いていた。エイト達は埠頭に集合し、アストレイアへの乗船準備をしていた。
「隊長、クリムゾン・ナイツも一人やられたそうです」
イワンが一呼吸おいて報告した。
「あいつ等でも死ぬのか?」
「当たり前だろ、同じ人間なんだから」
驚くオットーに、悲しそうにマルコが呟く。
「そうよ、彼等は人間よ」
エイトは小さく呟き、手を繋いだエミリーに視線を落とす。
「このお船に乗るの?」
「そうだよ、エミリーは初めてでしょ」
「うん、エミリー嬉しいな」
巨大なアストレイアを見上げたエミリーが嬉しそうに笑う、エイトは繋いだ手を握り返した。
「オーフェンの評議会は、獣対策の方針を決めました」
ドーキンスが松葉杖を突きながらやって来て、エイトに言った。近付いて来たマーベルも話に加わる。
「どんな方針ですか?」
「他の都市と同じ様に、迎撃態勢や避難場所の確保。大きな転換は海賊との交渉により、島民として迎え入れ、一緒に戦おうというモノです。既に海賊の代表者も、合意に前向きです」
「そうですね、もう始まっているんですね」
忙しそうに働く島民達を見ながら、エイトは微笑んだ。
「お礼が遅れました、本当にありがとう」
ふいにドーキンスはエイトに頭を下げた。
「いえ、そんな」
「あなた、お生まれは?」
恐縮するエイトに、ドーキンスが微笑む。
「それが、知らないんです。物心が付く頃には、祖父に育てられてました。その前の記憶は無いんです……祖父も、本当の祖父ではありません」
「そうですか……」
不思議な微笑みだった。その横顔は、エイトを何故か嫌な予感みたいな不安な気持ちに招き入れた。
「博士はどうするおつもりですか?」
疑心みたいな雰囲気を振り払おうと、マーベルは話題を変えドーキンスを見る。
「お願いがあります。私も同行させて頂きたいのですが」
「本当ですか!」
「そのつもりで来られたのでしょう?」
二人はしっかりと握手した。マーベルの目的には、なんとなく気付いていたエイトだったが驚いた様なマーベルの顔に、きっと奇跡的な事なんだろうとなと、ボンやり思った。
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「戦死者は陸戦隊五名。甲板員一名。整備員二名です。その他、重軽傷者は二十五名、そのうち四名の重傷者は島の病院に入院させました。それから、クリムゾン・ナイツも一名の死亡を確認しました」
「そうか」
コシンスキーの報告に、ゲイツが沈んだ声で短く返事した。艦橋には各部門の責任者が集まり、今後の行動についてのブリーピングが行われていた。
「今後の行動について、ドーキンス博士よりお話があります」
マーベルに促され、ドーキンスが口を開く。
「始まりは三十数年前です。私と友であるメンデル博士、そしてフリース博士。三人で始めた研究は、異常気象における自然災害の増加、それにに伴う食料不足を解消する為の研究でした。 少ない水、痩せた土地、どんな気象条件でも育つ農作物の研究から初めました。品種の改良から、まだ理論段階だった遺伝子の操作を行い、少しづつ成果を上げました。ある時、飼料としての牧草が偶然出来ました。どんな悪条件でも育ち、繁殖力も強い。家畜に与えたところ、短期に成長し病気が少なく、しかも大型化する傾向が見られました。我々は、その牧草を”ウイッシュ”と名付け、臨床実験を続けました。しかし家畜が二世代、三世代となるうちに成長と大型化が加速を続けました。我々は制御しようと研究を続けましたが、制御は不可能でした。その時点で研究は放棄、家畜とウイッシュは処分しました」
ゆっくりとした口調でおとぎ話の様に話すドーキンスに、全員が真剣に聞き入る。声は次第に興奮気味に大きくなり、最後の方ではドーキンスの顔は蒼白になって声を震わせた
「獣達の巨大化と凶暴化は、もっと以前からだと聞いたが」
腕組みしたゲイツは、他の者も知ってる公然とされていた事実を語った。
「ここからは推測ですが、もしも、ウイッシュが外の生態系と何らかの接触があった場合……一連の突然変異の加速要因にはなり得るかもしれません」
「バタフライ・エフェクトだと仰りたいのですか?」
「何だよそれ?」
同じ様に声を震わせるマーベル、ジュウイチはポカンと聞き返す。
「蝶が羽ばたきをすると、遠く離れた場所で大規模な嵐が起こる。いわゆる、カオス理論よ」
「カオスだか何だか知らないけどな! あのクソ野郎ども生んだのは、てめぇ達か! お前のおかげでエリーがっ!」
突然立ち上がったアネッサが、凄い形相で叫びながら掴み掛ろうとする。アルフとレイラが慌てて止めに入る。
エリーは救助車輌が到着した時には、全身を切り裂かれ頻死の重傷を負っていたのだ。入院させた四名に、エリーも入っていた。
「落ち着け! 座るんだ」
「気持ちは分かる、アタシだって部下を失ってるんだ」
二人がかりでもアネッサの暴れは止められない。
「どうしてこんな事になったかだとっ! そんな事はどうでもいいっ! お前だけは許さないっ!」
アルフとレイラを激しく振り解こうと、アネッサは大声を張り上げた。
「お前、時限爆弾の前でさ、まだ時間があるのに直ぐに配線切っちまうタイプだな」
真っすぐに見詰めたジュウイチは、落ち着いた声で呟く様に言った。その仕草は、更にアネッサを噴火させた。
「何だとてめぇ! エリーはなっ! ……エリーは……何の為に」
怒りが突き抜けると、アネッサの脳裏にエリーの笑顔が浮かぶ。何時も自分の後を追い、楽しそうに笑う声が、耳の奥に何度も響いた。
「エリーはきっと大丈夫から」
落ち着いた声で諭すジュウイチの声が、握った拳が震える程のアネッサの怒りを穏やかに包み込む。夢から覚める様に、霧が晴れる様に、アネッサの怒りはスッと静まった。
ただ、ジュウイチに抱き付きたい衝動を抑えるのに、今度は違う感覚で身体が震え続けた。
周囲が静寂に包まれると、静かにドーキンスが話を続けた。
「ウイッシュが出来た時、メンデルは自己の権利と利益を守る為、ある方策を示唆しました。 それはターミネーターテクノロジーという方法です。植物に、予め種子を死滅させる毒性のあるタンパク質を作る遺伝子を組み込み、更にその遺伝子は何回目かの発芽の時に働くようにコントロールするという事です。こうする事で、仮にウイッシュが世界に広まっても権利と利益は守る事が出来るのです」
「命の連鎖をコントロールして、自己の利益を盤石にするか……怖いねぇ」
頬杖を付いたゲイツが、ドーキンスの話に溜息を付く。
「その技術を応用すれば、獣達を根絶出来るということですか?」
それまで部屋の隅で黙っていたエイトが、ドーキンスを見詰めた。
「可能性はあります。しかしその時は私とフリースが反対して、研究は途中で断念しました。それに当時の技術では、幾つもの遺伝子を組み合わせ、理想の状態にするのには時間と研究が不足していました」
「今なら、お前達なら、出来るんだなっ!」
またアネッサが大声を上げる。
「メンデルとフリース、二人の協力があれば……」
「しかし、この方法でも問題点はあります。速攻性は無いのです」
ドーキンスを補足するように、マーベルが言葉を繋いだ。
「子孫を絶やせるなら、獣は絶滅出来る。それまで人が耐えればいい、今の様に見えない未来じゃない、その先には確かな光があるのよ」
エイトの呟きは、その場にいた人々に一筋の光を差し込ませた。見えない闇の中、彷徨う不安の先の”光”は、何ものにも代えがたい勇気と希望だと改めて知らしめた。
「一つだけ聞きたい。何故アンタは、分かっているのに何もしなかった?」
押さえられていたアルフとレイラの腕を振り解き、アネッサがドーキンスを睨む。
「それは……生命への、神への冒涜――」
「ウイッシュとかいうのを作った時点で冒涜してるんだよ!」
ドーキンスの言葉を遮り、アネッサがまた怒鳴る。
「もういいだろ。それ以上怒ると、シワが増えるぞ」
ジュウイチがアネッサの腕を取る。その温かさにアネッサの温度は、また急に下がった。
「ドクは手術が成功したって言ってたし、容態が安定するまで付いていてくれるって」
レイラが優しくアネッサの肩を抱いた。
「とんでもないジジィだが、腕は確かだ」
アルフも傍から声を掛ける、アネッサはその声に小さく頷いた。
「私達のやるべき事は、少しの可能性でも信じて追う事です」
しっかりとした口調のマーベルは、全員に向かい背筋を伸ばした。
「行動は決まったな。その何とか言う二人を探すことから始めるか。博士、心当たりはあるんですね」
座ったままのゲイツが、ドーキンスを見据えた。
「はい、メンデルは西の砂漠地帯で研究を続け、フリースは西の外れの山岳地帯にいるはずです」
「そうですか。それでは捜索隊は、二手に分かれて行動する。砂漠には戦車隊を指揮してエイト、君が当たれ。山岳地帯はアネッサ、君の担当だ。ジュウイチ、君はアネッサの補佐を頼む」
何か言おうとしたジュウイチは、レイラに口を押さえられてジタバタした。クリムゾン・ナイツは三人が戦車隊に配属され、ラパンだけは本人の強い希望も考慮し、航空部隊に(ジュウイチのナビ)に決まった。




