第四十三話 悟り 〜Dem Bones〜
令和8年7月28日誤記につき壱字修正(「返って」→「却って」)
アザゼルの身体中からビリッ、ビリッ、と小さな放電が起きている。その動きは復活後からどことなくぎこちない。目は虚で焦点が合っていない感じだ。先程の巨大電撃で消耗が激しいのか、今も壊れた人形のようにおぼつかない足取りである。次の放電はまだないと見るや、その間隙をぬってオサムは2人のもとに高速移動した。
「大丈夫?サクマくん?」
鼻血を右手の甲で拭いながら佐久間は無言で添田に目を向ける。放心状態にある添田はオサムが側に来たことすら気づいていない。
「このまま戻るよ。」
オサムがそう言うと、次の瞬間には3人纏めて少年たちの集団の前に戻ってきた。オサムが片膝をつく。消耗が大きいのか。大分息を切らしている。
「大丈夫か?オサム?」
香野が眉間を寄せながら声をかけてきた。
「ああ、平気。ありがとう。それより2人を医務室に連れて行こう。本当はどうすんのが一番良いのかな……」
「オレも平気だ。問題ねえ。」
そう言いながら口の中も切っていたのか、佐久間は溜まった血を横に吐き出した。手で口の血を拭って彼は続けた。
「それよっか、タカヤマ……あっちの2人……アイツらどうなってんだ。最初と違って全然喋んねえし。でもあの電撃は明らかにコイツを狙ってたぜ。」
佐久間の言葉どおりだった。今も予測不可能な突飛な動きに見えるアザゼル。佐久間の素早い判断がなければ添田は消炭になっていたことだろう。そして脳震とうを起こしているにもかかわらず、転倒もせずに動いているアレーシュマもやはり不気味である。彼らに果たして『意思』というものが残っているのだろうか。
「どうする?エンちゃん?最初はこの広い空間で固まって迎撃する、ってのがここにいた理由だったけど、あっちの2体はどうも動きがわかんねえ。なんか動く爆弾みてえで、いつボンって爆発すっか……一度どっかの部屋に避難した方がいいのかもしんねえ。」
「確かによくわかんねえな、アイツら。誰かに操られでもしてんのか?」
大田と圓崎はお互い腕組みをして仁王立ちで思案している。
「操る………?」
大田とオサムはハッとして、ほぼ同時に同じ言葉をつぶやいた。そして2人は辺りを見回し始める。
「オータもオサムちゃんもどうした?誰かいるってことか?」
柴崎が声をかけ、竹田とともに周りを見始める。
「いるのか?誰か?」
溝端の方が小前に問いかける。
「わかんねえよ。オレに聞いたって。」
ここで藤原が重く閉ざしていた口を開いた。
「その考えはあり得るのかもしれない。さっきまでの高山くんたちが意識を繋いだレゾナンス・マインドを行っていたように、彼らも……いや、もっと単純でラジコンみたいに動かしてる、ってのも考えられる。でも多分すぐ近くにはいない気がする。君たちはTマターの干渉を受けている。あの粒子をラジコンの電波に見立てた操り人形にする、ってのもありそうな気がする。正直仕組みは君たちの話を聞いての思いつきだから、可能かどうかなんてよく分からないけど。」
放送ブースで傍観していた共命鳥の兄セメルが舌打ちをする。
「これだから『勘のいい奴』は嫌いだ。『予測』となんら変わらぬことなのに、奴らは無意識下でそれを行う。普通はその精度はかなり低い。だからヒトは知見を求め、予測の精度を引き上げる。だのに連中ときたら、初めから優れた脳みそを持っていやがる。豊富な経験など必要とせず、たった1回の事例を叩き込めばすぐ解に辿り着く……忌々しい連中だ。」
彼は壊れているマイクからその手を放した。
「やはり、小さなノイズでは限界があるか……まあいい。大野は捕まえられなかったが、あっちのシケモク野郎は捕らえることができた。実験としては充分だろう。それに……まさかもう1匹網にかかるとは……興味深い。」
そう言って、後ろにあった椅子に乱暴に腰掛ける。
「それにしてもアイツは何だ?滝口剛と同時に存在しているのは……
やはり別の因子?どの葉っぱでも見ない奴だ……
何故リーゼントのクソガキじゃない?もっと遠くにいるのか?
最初はあれを器にしようと思ったが……
さっきの奴の方が使えるか。壊し損ねたことだし……」
満足気に、達観した、その姿『少年の形』に似つかわしくない薄ら笑いを浮かべた表情からは、ブース内の温度を2度くらい下げているような、とても冷ややかなオーラが漂っていた。
アザゼルが急に首を左右に振る。
(あれ?チョーの奴が腹からなんか危ねえもん飛び出させて、それからオレは……?!)
「アニキ〜!」
何だろうか。突然我に返ったかのようにアザゼルが叫び出した。アレーシュマの異変にまるで今まで気づいていなかったような慌てぶりだ。
「アニキ〜、大野のアニキ〜……あ、違った。すんません。アレーシュマ様〜。」
この人は喜劇役者なのだろうか。本気でその場の皆が、躁鬱の乱高下を心配してしまう。
「何だよ、アイツ?本当に洗脳でもされてたんじゃねえ。多分こっちが本当のアイツだよな?」
小前の言うとおりである。それにしてもこの変わり様は、これはこれで気味が悪い。
「おい!どういうことだ?説明しろ!フラフラじゃねえか?アニキが!」
(いや、こちらがご説明いただきたいです……)
全員が同じ心のツッコミを入れながらも、改めて警戒を強める。その間アザゼルはさっきと同じ「アニキ〜」を繰り返している。
「マエコーが言うように洗脳が解けたのかもな。催眠術みてえなもんか?」
大田がバウンシング(軽くポンポン跳ねる準備運動)を始める。戦闘態勢に移行するつもりなのだろう。
「確かに、なんか時限式のやつが仕込まれてて今それが終わっちまったのかも。」
柴崎の読みを聞いて、藤原が顎に手を当てる。
「なるほど。催眠術で何かをきっかけに一定の動作を行わせる……『後催眠暗示』ってやつだね。特定の合図や言葉を潜在意識にすり込むことで、無意識のうちに、反射的に行動を起こさせる。ドラマや映画の中でも結構見かける方法だね。でも誰でもかかるわけじゃないし、個人差が大きくあるんだよ。あの人の脳がこういうのに適していたのかな……?」
皆の顔に合点のいったという色が浮かぶ。
柴崎の言った『時限式』とは言い得て妙であり、暗示・すり込みという背景が見え隠れする鋭い指摘であった。
オサムも圓崎もこの可能性が非常に高いと考えた。
しかし今はそれは重要課題ではない。目の前のまた動き出したアザゼルをどう対応するかが重要である。
「オサム。オレとカズキであっちのオッサンを壁まで蹴り飛ばす。それからニコチン野郎をぶっ飛ばそうぜ。」
安川はとっとと片付けよう、といった感じだ。
「ああ、そうだな。あの人には悪いけど、ちょっと壁にでもめり込んでてもらおう。今ならやれる。いくら頑丈でもあのフラつきなら多分やれる。」
安川、松野の提案は妥当に思えた。壁にめりこませれば動きを封じてそのうち気を失ってくれるかもしれない。確かに今が好機かも。オサムも同意する。いつのまにか彼の中の不安も消えていた。アザゼルの喜劇を見たからだろうか。
「よし、ちょっとだけ、あっちのおじさんには退場してもらおう。でもその前に待って。」
そう言いながらオサムは、小前と大田に頼みごとを始めた。小前が「任せとけ!」と元気よく言って走り出す。大田は圓崎に目を向ける。圓崎が頷いた瞬間、大田も小前を追いかけて走り出した。
「オサムちゃん、別に俺が自分で取りに行って良かったのに?」
柴崎が不思議そうに尋ねる。
「多分、あの2人の方が隠密行動には合ってるんじゃないかな?催眠術とかもかかんなそうだし……それに靴取りに行ってる間に襲われたら、逃げるのでも、撹乱でも、サクマくんとシバケンがいた方が都合いいでしょ?確かに自分で取り行った方が早いかもしんないけど……念のため。ヒトを操る誰かが本当に潜んでるかもしれないから。」
そう言いつつ、オサムは後方にいる添田をちらっと見た。彼は佐久間に救出され放心状態のまま気を失ったのか、今は眠りに落ちていた。呼吸は問題ないように思われる。
「分かった。万一んときは、オレとシバサキでみんなを連れて逃げる。」
「ありがとう……じゃあクニヨシ、カズキお待たせ。行くよ。」
安川が気合いを入れる。
「おっしゃああ!」
このとき、オサムはアレーシュマへの攻撃に関しては全く危険を感じていなかった。圓崎も同様である。佐久間も特に危険を嗅ぎ取ることはなかった。当然突っ込んでいく松野と安川もだ。『油断』というべきなのか。本当に誰にも知り得ないことだった。
勢いよく突進していく松野と安川が標的に接触する寸前……当初の考えでは2人でアレーシュマの目の前に移動。2人同時にサッカー漫画よろしく水平蹴りを同時に叩き込み、壁まで吹き飛ばす。これが彼らの描いたシナリオであった。このため高速で移動しつつも敵前で一旦停止する、というつもりだった。
そして松野、安川が予定どおりアレーシュマの手前に高速で到達したそのとき……
その停止をするのと寸分違わぬタイミングでアレーシュマが暴発した。再生機能が暴走を始め、全身の骨が身体中を突き破り、鋭利なトゲのような形で次々と勢いよく飛び出してきたのだ。
骨が体内から突き破る──
現象としてはチョーさんの技……
この現象を制御下におき、敵を突き刺す武器として使った──穿孔の棺『アイアン・メイデン』と酷似している。
だがアレーシュマの場合は、この現象が無秩序に生じ、己を突き破る自動自壊のための塞栓の懐剣『レイザーズ・エッジ』
──文字どおり己の修復のために傷を塞ぐための刃が、さらに別の傷をつくり、また自動的に次の刃が延々と装填され続ける。その生命を終わらせることも存続させることもままならない。永遠の生き地獄である。
突然の事故でありながらも、最悪を免れたのは2人は停止を始めていたこと……
またワイヤレス・ニューロ・リンクの要であるオサムの牽引する力が強かったこと……
オサムの高速神経がトゲのように2人を襲うアレーシュマの骨を見たその刹那に、松野と安川を自分のいる方向に引き戻した。
2人もその場を離脱しようと戻される方向に合わせて跳ぶ。
一瞬でも判断が遅ければ2人は串刺しになっていただろう。
だが無傷というわけにはいかなかった。
最終的にオサムの力で2人は回収できたが、彼らは腕や腹部に大きな傷を負い、特に脚へのダメージは大き過ぎて自力では歩けない。首から下が全て血で染まっていた。被検体の回復力をもってしてもすぐには動けないだろう。
「悪い、避けられなかった。」
松野の意識はしっかりしているが、見た目以上の激しい痛みに顔を歪める。アレーシュマのトゲの骨は、そのものが鋭利でもあるが、その突き出るスピードは、まさに超音速であった。加えてその数が異常であった。身体を貫通しなかったものの、無理やり引き上げた際に引き抜かれるトゲが傷口を拡げていた。安川の方がダメージが大きかったのか、彼は顔をひきつらせて声すら出せない。
反対側通路から見ていた香澄が、アリーナを横断して少年たちのもとへ行こうとするのを山本が止めていた。
「確かに心配ですが、あっちには藤原もいます。大野さんと、あのアザゼルという被検体が沈黙するまでは、却って彼らの邪魔になります。もう少し留まりましょう。ひょっとしてチョーさんも意識を取り戻すかも知れません。4人揃ってから動きましょう。」
「……それも、そうだな。すまん……」
血塗れの松野、安川の止血・応急処置を圓崎と柴崎が、藤原とともに手際よく進める。包帯の代わりになるタオルや布を香野や溝端、竹田が集めてくる。
オサムは佐久間、吉村の3人でアザゼルを監視する。
「なあタカヤマ?あのトゲトゲ野郎は、その……ほら、カジのときみたいにぶん投げたりできねえのかよ?」
吉村の発言は禁句に触れるようで一瞬皆の中でも緊張が走る。だが、その傷は克服したのか、オサムは普通に答える。
「そうだね。本当はそうしたいけど、できないんだよ。」
「できねえって?」
「あのおじさん言ってたんだ。『俺との相性は最悪だぞ』って。実際効かなかったっていうか、すぐに形が崩される。あの熱気、あの吠えるような声も、確かにあれで解けちゃうんだと思う。トゲトゲの今も、熱気が出てるからか、上手く捕えられないんだよね。」
「そうなのかよ……」
後ろで止血作業をしていた者も気になって聞いていたようだ。
「なあ?あのトゲの骨、どんどん伸びてきてっけど、どこまで増えんだ?」
吉村が言うとおり、確かに規模が拡大している。
ほんの一瞬、3人の視線が骨の針山状態のアレーシュマに注がれていた間に、気づけばアザゼルの姿が消えていた。
「ごめん。誰かアイツの位置わかる?」
オサムは焦りを感じつつ皆に呼びかける。誰も彼の消えるところを見ていない。急に3人がざわめき出したことで、後ろで応急処置をしていた全員にも改めて緊張が走る。
オサムは考えた。この場所で最初に彼らはどこから姿を現したのか……念のためそっと天井に目を向ける。見当たらない。どこに行ったのだろう。
「……まさか、チョーさんたちのいる医務室?……ごめん、ちょっと骨の山の裏だけ見たらすぐ戻る。」
オサムは超高速で増殖する骨の山に向かう。そして辺りを見回しながら更に針山を迂回する。ちょうど少年たちの位置から死角となるアレーシュマの針山裏手まで来たとき、聞き覚えのあるあの声が耳に入ってきた。
「見つかっちゃったぁ〜〜」
このセリフと同時にアザゼルが振り上げた右拳をオサムめがけて勢いよく振り下ろす。
キィィィィン──!
耳をつく金属が擦れるような風切り音が響いたかと思うと、オサムのいた位置の床が轟音を上げながら一直線に抉れていった。
針山の向こうから聞こえた超音速特有の衝撃派──ソニックブームの音と地響きに、佐久間が反射的にビクッと反応した。針山を睨みつけるように無言のまま、加勢に入るべくその脚に力を入れ始めた。隣の吉村もこの様子を見て自分も加勢に向かおうという動きを見せるが、佐久間がこれを制する。
「シムはここに残ってくれ。マツノもあのケガだ。動けねえ。エンちゃんいっけど、ケガ人守っての喧嘩になりゃあ、シム、お前がサポートしねえと危なくなる。いいな。あの骨の山は歩いてくる様子もねえし、ここまで伸びてくんのも大分時間かかっと思う。あのヤニ親父、電撃がマジでやべえ。オレがとりあえずタカヤマんとこに行く。いいよな、エンちゃん?」
圓崎が松野の止血をしながら、声だけで応答する。
「分かった。行ってこい。本当にやばかったら、オサム連れて逃げてこい。いいな?」
「ああ!じゃあシム頼むぜ。」
吉村は複雑な顔のまま佐久間を送り出す。
佐久間は軽い屈伸をしてみせたと思ったら、次の瞬間には20メートル以上先を走っていた。
(第四十三話 終わり)




