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エリシオンの四神 〜最後の四日間〜  作者: 伏黒照


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第六十八話 最後の探索 〜心の在り処〜

レベル5のヴォルトでの休息を経て、香澄たちは全員でレベル4を目指し、ヴォルトの北東の一角の、上へと続く長い階段の前にやって来た。これが上野博士の説明による黄金の丘(ブロン・イ・アー)の池の裏に続く道であった。

「かなり高いし、長いな。」

大田が見上げながら、ため息混じりにそう零した。確かに高い。途中からは四角く掘られた穴の中に階段が続いていて、その階段と穴との隙間は暗くて、最上段まではここから目視できない。古臭いながらも頑丈な階段なのかも知れないが、いかんせん階段自体がとても狭い。人がすれ違うとすれば、一方が足を止めて他方を通さねばならない。

「まあ、そもそもが施設内の人間が行き交うことを想定していない。深層から最深層にかけての整備のときの、工事の名残に過ぎない。倉庫の用途として空隙の一角に、撤去せずに残存させても支障ないと判断されて放置された物だからな。」

上野の説明を聞きながら、オサムは右人差し指を伸ばしてツンツンと階段に触れてみる。土埃で薄汚れてはいるものの、錆びておらず、老朽化して不安定ということもない。しっかりした造りで崩壊する危険性はなさそうだ。しかし被検体の自分達は良いとしても、ケガを負っている佐東博士たちなどは、これを登るのは結構キツく感じられる。隣に並んで一緒に見上げていた添田も、同じように感じたのだろう。

「エレベーターだったら良かったのにね。」

本当にそうだなと同調しつつ、この言葉を聞いて後ろにいた佐久間がこんなことを言い出した。

「おっちゃんたちに空飛んで運んでもらえば、早えんじゃねえか?」

佐久間のセリフで全員が顔を見合わせる。確かに天使たちであれば磁力を活用しながら、昨日柱の間で目の当たりにしたように、昇って行けるのかも知れない。

「確かにできそうだな……」そう言ってマハザエルがアザエルとともに、昨日と同じように浮遊したかと思うと、旋回しながら一気に上昇してみせた。

「なるほど、我々七人なら磁力を活かして昇って行けそうだ。そっちの少年も問題ないだろう?」

サマエルから、こう振られたイッペーも頷いてみせる。そして階段の最上段まで浮遊していた二人が、ゆっくりと下降してきて皆の前で着地した。

「上は意外と開けていたな。奥から水の流れるような音がしていた。最上部には扉などはないのか?」

マハザエルの質問に、上野も首を縦に振り答えた。

「特に扉はない。滝を抜けるところの通路というか洞窟もさほど狭くはない。仮に滝が止んでも、屋敷側からは通路が奥に続いているようには気づかれにくい……。屋敷に常駐する八咫烏や共命鳥が仮に通路に気づいていたとしても、ヴォルトは本来固く閉ざされていて外に出ることはできない……だから敢えて遮ることもなく、そのままにしてある。昔はあそこで飼われていた虫や鳥たちが、たまに迷い込んでいたが……。」

「上が狭くないのであれば、少年たちの言う『エレベーター』ほど快適ではないかも知れないが、昨日の医療用ベッドに君たちを乗せて、我らが運ぶことは可能だろう。」

サマエルのこの提案で、研究員たちも少年たちも空飛ぶベッドによる移動を体験することになった。思った以上の快適な旅に、少年たちは浮かれていた。それは大人たちにとっても同じで、彼らほどあからさまに表には出していないが、内心は楽しんでいたようである。


「さて……ここまでは順調に来たが……この滝の先は感知できる限りは、特にヒトの気配は感じられない。どうする?このまま進むでいいのか?」

オサムも自分の索敵では問題ないと結論づけているようである。ミカエルの打診に、最後の確認として大田と佐久間、そしてイッペーにも尋ねる。

「今のところ、嫌な気配はしない。」

「俺も特にヤバそうには思えねえけどな。」

「……ヒトの気配はねえけど……アリーナの方までは、どうなってるか分かんねえな。」

「先生たちはどうですか?まず屋敷には誰もいないと見て良さそうですが?」

オサムの問いかけに、上野と香澄は顔を見合わせて黙って頷いた。

「我ら三人が、念のため先行しよう。ミカエル……何かあれば頼む。」

「承知した。」

サマエル、アザエル、マハザエルの三人が先に滝を通り抜けていく。続いてオサムたちが慎重に足を進める。屋敷の前に広がっている池の縁……滝の後ろには大きな通風口があり、池の水に風が吹き付けられている。屋敷側の岸まで行くには足場が狭い。松野が香澄博士たちをベッドに乗せて、向こう岸まで跳躍してみせた。オサムと添田が連携して香野、大田、佐久間をもう一つのベッドに乗せて、同じように池を横断する。安川とミカエルたち四人が最後に池を渡って、全員が屋敷の前に揃った。昨日開けた賽銭箱の前に来たときに、大田が目を細めながら言う。

「池の水が大分減ってる。」

言われてみれば、確かに水位が落ちていた。そして賽銭箱のすぐ近くには、昨日までの水位では見えていなかった奇妙な『くすんだ緑の箱』のようなものが顔を出している。賽銭箱ほどは大きくないが、横幅が六十センチ以上はある大きさである。ちょうど開いた上蓋が水面にゆらゆらと浮いていて、左上には何か白っぽい文字が刻まれているのが見えた。

「何か書いてあるけど、漢字ばっかり……漢文とかかな?……かっこ2?……う〜ん……なんとか部ノ排水弁ヲ閉ヂ……、って漢字とカタカナばっかりで読みにくいね。」

添田がしゃがみ込んで読み上げる。オサムも目を向けるが、漢字だらけで本当に判別しがたい。ところどころ、上の方に括弧を付したアラビア数字がいくつか並んでいる。右端の縦に書かれた比較的大きめの最初の文字が『岩井式』となっているのだけは、ハッキリと読めた。ミカエルとガブリエルの二人は、なぜだかこの箱を少年たちよりも長く見つめていた。上野はこの箱から目を逸らして、池の周囲の岸付近を見回してこう呟いた。

「恐らく君たちが開けたこの賽銭箱に連動して、どこかの排水口が開く仕組みだったのだろう。私が昨日ここで目にした水位よりも更に下がっている。」

そう言って目を細める上野の傍らで、急に天使たちが一斉に何かに気づき、慌ただしい様子を見せ始めた。山本も彼ら同様に『音』に気づいたようで「誰か来る」と短く言って香澄たちを振り返り、ほかの博士たちにも警戒を促した。

「……コイツは……」

目を閉ざして気配を探っていたミカエルが何かを捉えて、上野に向かって話しかけた。

「飼育員……どうやら黒崎は無事だったようだ。若干弱ってるような動きだがな……通路を歩いてくる幾人かの中に、奴が混じっている。だがほかは……武装している連中がほとんどだ。こちらの索敵能力を恐れずに向かって来るということは、この人数の被検体相手でも制圧できる……という自信の表れか?」

補足するようにガブリエルが続ける。

「先頭のヤツは特にマズイですね……手練れの動き……少なくとも施設の人間ではなさそうです。宇宙服の仲間でしょうか?」

オサムが彼らの話を聞いて、香澄たちに提案する。

「とにかく先生たちは、屋敷の中に隠れてください。オータくんたちは先生たちの護衛をお願い。サマエルさん、昨日ウチらを待ち伏せていたときみたいに、空中で待機できますか?ここには強力な磁場はないですけど……」

「ああ、問題ない。さっきお前たちを運んできたときと同様に、互いの磁力を反発させながら浮遊できる。」

皆が臨戦態勢に移ろうとするなか、香野と佐久間は別の見解を口にした。

「なあ、オサム。副所長が警備員連れて、俺たちを捜しに来たってことはねえかな?」

「オレも今回は、そんなに悪い予感がしねえんだよな。オータ、お前はどうよ?」

振られた大田は珍しく即答せずに、少し考え込んでからこれに答えた。

「確かに敵っぽくは感じない……けど、何かは分からないけど、妙に何か危険な気がすんだよな。何か引っかかる感じなんだ……だから警戒はしておいた方がいいとは思う。」

大田たちの意見を聞いて、オサムはイッペーにも確認をとってみた。

「う〜ん。なんだろうな、この感覚……多分、そいつらの言うとおり今向かって来てるのは敵じゃない気はするけど。全員オレの知らない連中だからな。オレが気になるのは……ツヨシの気配が消えちまってるんだよな。気を失っていてもアイツの気配って、なんとなくオレには分かるんだけど……この階層にはもういねえのか……?」

オサムは皆の話を聞いて、益々考え込んでいく。添田はそんな彼に不安を和らげるように、前向きな考えを示してみせた。

「だったら副所長たちがビンガさんを先に地上に向かわせて、今残ってる俺たちのことを捜して回ってるんじゃない?あっちも宇宙服に出くわしてるから、警戒してるだけとか?」

最終的にサマエルたち堕天使とオサムたちFクラスの少年四人が、門扉近くで待機。あとは皆屋敷内に隠れて、侵入者の出方を見ることになった。


ところが、門扉の前に人が到達した気配があるにもかかわらず、相手は一向に扉をくぐってくる様子がない。痺れを切らしたオサムは、「糸電話の要領」による通信手段で皆の了承を得て、扉越しに声をかけることにした。

「副所長さんいらっしゃいますか?Fクラスの高山です。屋敷には敵はいません。いらしたら返事してください。お願いします。」

何か話し声が聞こえる……少し間を置いてから、銃を構えた白衣の男と、黒崎副所長が姿を現した。ごく僅かな気配を察知して、自衛隊員が様子を見るために足を止めていたらしい。「だったら立ち止まらずに、引き返すとかでもしてくれれば良かったのに」と余計な疲弊を強いられたオサムは、心の中で不満を漏らしていた。だが互いの安否を確認できたことは素直に喜んだ。そして屋敷内が安全と知ると、自衛隊員たちには警戒を続けてもらいつつ、黒崎と白鳥所長はオサムたちと今までの状況について、情報を交換し合うのだった。

「それにしても、皆無事で何よりだ。うんうん……」

所長の声を聞いて、皆が改めて安堵感を覚える。彼の声は本当に心地よい。状況説明を聞き終えた黒崎は、イッペーことグミョー兄の姿をまじまじと見つめていた。

「不思議なものだな。確かに雰囲気がまるで別人なのは私でも分かるが、別人の魂が宿っているとは……。」

黒崎にとっては、イッペーの存在が一番の関心事になったようである。飛び出した光が彼の顎先に当たり、その直後にイッペー自身は何かを飲み込んだような感覚がしたらしい。それまで何も見えない暗闇にいたはずが、急に視界が開けて、セメルの身体に憑依してビンガの捜索に出たという当人の説明を何度も反芻していた。「やはり魂……心は脳にあらず、ということが立証されたな」と妙に納得をしている黒崎の様子を見て、オサムは意外に感じた。むしろ黒崎のイメージは「心?そんなものは脳の作り出す幻影だ」と言い出しそうと考えていたからだ。彼がそのことを告げると、黒崎は笑いながらこう答えた。

「ごもっともだ。私の振舞いからは君のイメージが自然だろう。私でもそう思う。だが、これは持論でね。脳はあくまで情報の処理や記録の場所であり、意思を直接司っていないと思っている……脳だけではただの動く人形だとね……これを口にすると、上野はあからさまに嫌な顔をするがな。」

「……まあ確かにそれに関しては、私はあまり賛同しかねる意見ですので……」

「見ただろう?今もまだ顔がこわばっているのを?」

二人のやり取りを見てオサムは不思議な感じがした。

「お二人は本当に仲がよろしいんですね?ちゃんと意見が違っても正面から言い合えるなんて。」

「ああ……上野とは不思議とウマがあってね。忌憚のない意見が交わせる唯一の友だ。」

友と言われて、上野が珍しく少し照れくさそうに、無言で微笑んでいる。これはこの数日間で最も驚いたことに感じられた。

「しかし……我々の邂逅が特に遮られることなく行われたということは、敵の狙いはただの時間稼ぎだったのでしょうか?」

香澄は、黒崎に会えた喜びに浸る上野や佐東と違い、まだこの状況に強い不安を感じていた。

「私はモニターでしか見ていないが、あの宇宙服の目的が果たされていて、脱出のための時間稼ぎだとしたら……、彼らはもうすでにこのエリシオンにはいないということなのだろうか?」

白鳥はどこともなく遠くに目を向けながら、疑問を口にする。本当にそうなのだろうか。

「ビンガが消えて、地上でも確認されていませんし、自衛隊が各階層を捜索しても見つかっていないのですよね?私だけが気絶して放置され、彼がいないということは……彼らの目的はビンガだったのかもしれない。吉田が連絡取れないのもひょっとすると……」

黒崎の見解に、誰も言葉を続けることができなかった。八咫烏とグミョー弟のマモルも同様に狙われて拐われたのでは……と不安がよぎる。沈黙が続いたが、上野が何かを思い出して声を上げた。

「そうだ、黒崎さん……あ、いえ、すみません……」

「構わない。もうここにいる者たちには隠すことなどあるまい。」

「ええ……。あのギャロウズ・ポウルは奪われなかったのですか?」

「ああ、なぜか何も奪われていない。代替の武器にもなる薬品として、塩酸とアンモニアもレッドハウスから持ち出して携帯していたが……こちらも手はつけられていなかった。無線機も無事だったしな。」

「無線が?ですが繋がらなかったのは……?現に佐東のは奪われていたのに……?」

「?!……すまない。失念していた。銀紙(アルミホイル)を巻いたままだった。」

慌てて黒崎は、ポケットから銀紙の包みを取り出した。開くとロザリオことログ・パルが顔を出す。上野や佐東の驚きの表情を見て、すぐに黒崎が「昔、吉田が実験していたのを思い出してね。」と説明を始めた。


シリーズ化させた実験動物のマウスを二体別々のケージに入れて、ひとつはそのまま、もうひとつのケージにアルミホイルを巻いて、五秒間強いパラジウムジャミングを浴びせる。すると一体は細胞が暴走して身体が破損してしまったが、アルミホイルで包まれた方は一切影響を受けていなかったというのだ。電波を遮断できたためである。佐東博士たちが拉致されたと思しき状況で、ビンガと二人きりになった際、無線機を感知されないように黒崎はこのことを思い出し、咄嗟に手元の銀紙でログ・パルを包んだらしい。銀紙など、どうして持っていたかについては……この屋敷に立ち寄った際に、少年たちが作った握り飯と銀紙がテーブルにいくつか残されていたのを見て、このひとつをポケットに忍ばせていたらしい。「これが功を奏したかは分かりかねるが」と黒崎は笑顔で説明を締め括った。

一段落したところで、佐久間が黒崎の話で気になったことを訊ね始める。

「なあ、さっきアンモニアって言ってたけど、アレってくせえだけじゃねえの?ションベンと一緒だろ?」

「いや、アンモニアは劇薬として指定されている危険な薬品だ。尿に含まれているのは尿素というものでアンモニアではない。放置されたり、皮膚にかけられた後に、細菌たちによって尿素からアンモニアが大量に作られて、あの悪臭を放つものになる。尿素自体は無臭で無害なんだ。かと言って尿を消毒に使うという勘違いした輩が時折いるが、絶対にやってはいけない。」

黒崎に代わり上野が、佐久間の質問に素早く答え、先程までの和らいだ表情は消えていた。

「とりあえず敵がいないというのであれば、早急に脱出を始めましょう。時間は明日まであるとしても急ぐに越したことはないかと思います。一旦地上に出てから捜索について検討してはいかがでしょう?」

山本の提案には、ほぼ全員が賛同している。白鳥所長によれば、メインシャフトの四基のエレベーターのうち一基はレベル5で止まったまま動いていない。これらのエレベーターは所謂貨物用と同じ仕様で、扉が開きっ放しになるのが基本のものである。貨物の出し入れの際に扉が閉じてしまったり、ほかの階層から呼び出されて動いてしまうことがないように、止まり続けるのだ。更に稼働させるのは権限を付与された研究員と事務員のみである。残り三基のうちひとつは先に地上に脱出した圓崎たちが使っている途中で、レベル3の手前で故障して停止している。二基は稼働しているので、こちらを使って所長たちは救助に来たらしい。

各階層のエレベーターの扉の前では、現在自衛隊員が監視を続けてくれている。彼らだけではエレベーターを作動できないため、研究員も交替で付き添っているのだそうだ。この二基のいずれかでレベル5に行ってもう一基を再稼働させることは可能だろうが、何が待ち受けているかが不明であることから、レベル4止まりの捜索になっていたらしい。佐東博士たちが放置された場所から伸びる通路が、岩で塞がれているためレベル5からは直接到達できないし、エレベーター前に人が乗降できる空間が確保されているかも分からない。危険を冒して確認に行かずとも、このまま二基のエレベーターだけで脱出を図るのが賢明であろう。更に安全を期して、交互にレベル2とレベル4に待機させているとのことである。

オサムたちが脱出するにあたり、二十人以上がここにいるため、一基のエレベーターでは乗り切れない。二基に分かれれば乗れなくはないかもしれないが、大人数で立ち往生するような万一の危険を鑑みて、何回かに分けて移動することが無難だろうということになった。

「では子どもたちとケガ人優先で……佐東くん、坂下くん(セキュリティガード)、それと黒崎くん、君たちは先に乗りたまえ。」

「すみません、所長。お気遣いはありがたいのですが、できれば私は後半組でお願いします。ビンガについては、私がもう少し捜索してみたいのです。上野、佐東、お前たちは所長とともに先に上に行け。坂下、お前もよくやってくれた。古井にきちんと背中の傷を診てもらえ。」

「黒崎さん、それなら私も残ります。」

「いや、上野……先に立川と合流しろ。下層は誰か残っているとすれば、ビンガだろう。吉田はラボにいることも考えられる。ひょっとしたら八咫烏たちを連れている可能性もある。地上やレベル2を今のうちにお前の目で確認してもらえないか?頼む。」

上野は黒崎をさし置いて、自分が先に上に行くことには賛成しかねる様子である。彼が捜索を続けたいのは分かるが、何かあてがあるのだろうか。そしてその疑問を佐久間がぶつける。

「でもよ、捜すったって、一応は全部見て回ったはずだろ?見てねえ場所ってどこだ?」

黒崎はこの疑問に即座に答えた。

「先程までの全員の情報共有の結果、導かれる場所は……ひとつはメインサーバー室、もうひとつは外周プラント、それとレベル5のエレベーター前。あとはあまり考えたくはないが……この屋敷の池の中に沈められているか……」

「一度は早くみんなで上に行こうという結論だったけど……だったらまず、この池をさらってみんなで確認してみるかい?ケガを負ってる人たちは、この屋敷で休んでいてもらえば、お互い見える範囲で安心できるんじゃないかな?」

ラファエルの提案で、念のため池の中の捜索を行うことになった。ウリエルと彼の連携で、池の水を干上がらせるまでには至らなくとも、ある程度霧散させることは可能である。また池の中心付近は思ったよりも深かったものの、イッペーの能力とFクラス四人の連携技で、モーセのように水を払いのけてみせた。総出によるサルベージで、いくつかの沈められていた箱が見つかったが、再三訪れているこの場所では、新たな手がかりは一切得られなかった。本当に行方不明者や人骨が出てきたら……とオサムは危惧していたが、そうしたことにならず少しほっとしていた。それは彼のみならず、皆も同じ気持ちであった。

「やはり……レベル5に行く必要があるな。」

黒崎が自分自身に言い聞かせるように呟いたその様子に、オサムは少し違和感を覚えた。なんとなくだが、寒そうに震えているように見える。その直後「バタン」と何かが倒れたような音が響いた。振り返ると、イッペーがうつ伏せに倒れていた。慌てて山本が駆け寄り、彼を抱きかかえると、全身が硬直して動けなくなっていた。だが意識はかろうじてあるようだ。上野も彼の様子を診るべく駆け寄り、暫くすると皆に向かって容態について見解を述べ始めた。

「グミョー兄の身体は、見てのとおり子どものままで、かつ運動とは一切無縁の生活を続けていた。TK56-7は青年である自身の身体のつもりで動き続けたため、未発達の筋肉が悲鳴を上げていたのだろう。脳の処理能力が充分担えていたのは、共命鳥の能力が高かったゆえだろうが……フレキシブル・ハニカムで上手く熱放出されていて脳に支障はなさそうだが、身体は限界のようだ。」

悪いことは重なるものなのか、これまで安定していた佐久間までもが、再度激しい痛みに襲われて高熱を出して苦しみ始めた。また呼応するように黒崎も、大量の脂汗が止まらなくなり、容態の急変が確認された。先程のオサムの違和感は気のせいではなかったようだ。

「すまない。さすがにこれでは……私が君たちの足枷となってしまうな。彼(佐久間)も大分弱っている。……おとなしく地上に戻ることにしよう。」

黒崎は言葉はしっかりしていたが、身体は小刻みに震えていた。相当無理をしているのが明らかである。香澄は無念そうに力なく笑う黒崎を、唇を噛むようにじっと見ていた。松野が少し不安に思ったのだろう。

「どうする、オサム?俺たちは先に上に行くでいいか?」

すでに脅威が過ぎ去っているとすれば、脱出には支障はないはずである。万一「自分もビンガを捜す」と、オサムが言い出して探索を続けるのは構わない。しかし、大田が言っていた「妙に何か危険」という言葉が、松野は引っかかっていた。佐久間の首のことも気になる。彼は圓崎に言われた「お前がコイツら引っ張ってやれ」というセリフを思い出しながら、無茶をしかねない皆を早く安全な場所に移動させたいと願っていた。こんな松野の考えに気づいているのか、香野がまず香澄博士に確認を始めたのである。

「先生も大分疲れてるようですけど、もし残るなら、俺らも残ります。オサムは絶対そう言うはずだし。でも上に行くのであれば、オサムは先生の護衛のために一緒に上に行くと思います。」

香野の言葉は、オサムの次の言動への牽制とも言えた。

「お前さん、随分良い仲間に恵まれてんじゃねえか?」

こうオサムに声をかけてきたのは、意外にもウリエルであった。その細長い腕でオサムの肩を叩き、続けてこう言った。

「仲間はああ言ってるが、本当はお前さんは先生が上に行くとしても、迦陵頻伽を捜しに行くって言うつもりだろ?いいか?仲間たちもみんな、お前さんが始めからそう言い出すって分かってんだよ。それでも敢えてああ言ってるんだ。分かるか?」

オサムはどう答えていいか分からなかった。全てこの人の言うとおりだと思ったからである。そして今度はラファエルが、オサムの前にやって来た。

「具合の悪い人たちを先にエレベーターに載せたら、僕らでもう一度レベル5に行って確かめてくるかい?ただし君たちも力が落ちてきているはずだ。そう長居をしない方がいいのは間違いないかな。どうでしょう、所長?」

彼の言う所長とはミカエルのことである。

「まあな……我々七人も柱から切り離されてから、徐々に力が減退してきている。これは我々だけでなく、お前たち全員にも言えることだ。もし被検体が地上に出た場合、これは急速に起きることになる。お前さんたちも例外なく力が一気に消えるだろう。だがな、我ら七人と迦陵頻伽に共通することがある。我々は地上でも能力が消えたりしない。衰えるのは否めないがな。……まあ、つまり、なんだ。万が一のときでも奴は簡単に、くたばったりする玉じゃない。」

こうして残った者たちで、黒崎が示した三箇所に赴くこととなった。ただし、探索時間は二時間限りとして、あとは自衛隊員に引き継いでもらうという決定である。白鳥所長はエレベーター前で待機するというので、彼の護衛はミカエルたち四天使が引き受けることになった。

そして上野博士を筆頭に、佐東博士、坂下、黒崎副所長、佐久間、イッペーたちは、待機していた自衛隊員三名と共に先に地上へ戻っていく。自衛隊員以外の護衛として大田、山本も彼らに付き添うことになった。

「私は戻り次第、メインラボで佐久間くんからSタイプ細胞を取り出す。黒崎さんへの移植もまだエリシオンが稼働している間に執り行うつもりだ。……くれぐれも皆無理はしないでくれ。」

上野はそう言って頭を下げると、エレベーターに乗り込んだ。大田が最後に、少年たちに挨拶を交わす。

「これまでの話だと、俺も地上に行けば、今あるパワーはもう出なくなるだろう。エンちゃんたちももう元に戻ってるのかもしれない。それだとここに戻って来ても足手まといになる。俺は先にエンちゃんたちと合流して上で待ってる。必ず時間厳守で戻って来るんだ。俺の勘だと八咫烏の爺さんたちは脱出してると思う。ビンガさんは残ってる気がするけど……危ないと直感したら絶対に引き返すんだ。」

いつになく真剣な表情の大田に、松野が黙って頷いた。エレベーターが動き出す。そして白鳥所長が香澄たちに呼びかける。

「私は探索に加わっても力になれないが、黒崎くんに代わり、君たちが無事戻って来るのをここで待っている。」

「では二時間後に再び、戻って参ります。」

香澄博士は、Fクラス四人と香野──少年五人と三柱の堕天使を伴って、最後の探索を開始する。果たして彼らは迦陵頻伽や、行方不明の者たちを見つけ出すことができるのだろうか。上野博士たちが地上に到着したとき、時間は正午を少し過ぎていた。もう残り時間は二十四時間を切っている。

(第六十八話 終わり)

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