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エリシオンの四神 〜最後の四日間〜  作者: 伏黒照


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第六十七話 摂取過多 〜 Take Five 〜

二人のケガ人が目を覚ますまで、柱の間で待機するという上野の提案により、次の行動まで休息をとることにしたオサムたちは、改めて水浸しになった衣服をラファエルの能力を借りて乾かしていた。案外便利なもので、まさに動く乾燥機である。戦闘向きではないが、むしろ他人の役に立つ能力というのは、全ての被検体を知るわけではないというものの、オサムは非常に珍しいのではないかと思って少し面白いと感じた。「クリーニング屋になれるのでは?」と言われたラファエルが、頭を掻いて照れくさそうにしているのが印象的であった。とてもそんな凶悪犯には思えない。実際、彼は意図して他人の命を奪ったのではないと知り、正直気の毒にさえ思えた。

各々の衣類乾燥が終わり、香澄の考えでここに持ち込んだ医療用ベッド二床も、Xタイプとの交戦で大気中に水を撒き散らしていたことで、すっかりシーツも湿ってしまっていたが、ラファエルのおかげで、スッキリと水気もなくなった。これで安川とセキュリティガードの二人を支障なくベッドに寝かせることができて、一段落である。恐らくは黒崎を慕う上野にしてみれば、本当は一刻も早く彼の捜索に乗り出したいのだろうが、先程自分で口にしていた「ビンガが味方」であることで若干安心していたのかもしれない。そして焦らずに行動するのには、他にも理由があったようだ。

「少なくとも黒崎さんは、捕まっていたとしても生きているはずだ。佐東たちを生かしていたことから推測すると、そう考えるのが妥当だろう。」

これは上野のみならず、ほかの者も同じように考えていた。また佐東博士たちをわざわざレベル5に連れてきたのは、上野かあるいは香澄をおびき出すためと考えられる。そう思うと、こちらもそれなりに策を講じてから赴くべきであろう。ベッドに寝かせた二人は、なかなか目を覚ます様子はなかった。皆、立て続けの襲来者のこともあり、神経を尖らせていた。喋る者もなく、ひたすらに警戒を強めている。この状況に痺れを切らして、移動を提案したのはオサムであった。

「上野先生、クニヨシたちはまだ目を覚まさないと思います。ここは四方から狙われて、しかも機械人形の落ちた穴もあるし、危険だと思います。ベッドに乗せたまま二人を連れて、別の場所に移動した方がいいのではと思うんですが?」

上野は床を見つめながら考えに耽っている。即答しない上野を他所に、山本がオサムの提案に乗じて、香澄が匿っていた被検体のいた場所について尋ねる。

「どういう場所か分かりかねますが、ずっと職員の目にも触れることなくお二人を隠されていたのであれば、安全なのでは?」

「いや……。さっき大田くんと香野くん、松野くんも同行してくれたので分かると思うが、あそこはこの人数が入るには狭過ぎる。もともと外周プラントの上水道と下水道施設の点検の際に使う、休憩地点として使われている場所なんだが……身を潜めるにはせいぜい五人くらいが限界だろう。」

「メインコンピュータがある、先生が出入りしていた場所はどうですか?」

「サーバー室か……。部屋そのものは広いとはいえ、中に並べられた機械が多過ぎて、却って狭過ぎる。それに……さっきのドラゴンフライが、四門システムからまた現れる可能性を考えると……」

「確かに……今はサーバー室は近づかない方が良さそうだ。やはりレベル4に行くためにも、最初に提案したヴォルトに向かおう。」

こんな会話を重ねた結果、上野の先導によって一行は柱の間を後にした。ベッドに寝かせた二人も連れて、ヴォルトと呼ばれる場所に辿り着く。その巨大な扉は、Xタイプが放った高熱によってドロドロに溶かされていて、今はすっかり雪崩れたような形で冷えて固まっている。

「オサム、お前、何だか具合悪そうだな?」

香野がオサムの顔を覗き込んで尋ねてきた。

「え?そう?……少し疲れた気がするけど、大丈夫だよ。」

「……なら、いいけど。」

香野の言葉で、添田や大田もオサムの様子を気にし始めたが、確かに心なしか口数が減ったように思われる。松野もなんとなく心配して「無理すんなよ」と声をかけていた。

上野に続いて、皆が破られた扉の敷居を跨いでヴォルトに入っていく。そこには実験アリーナのような天井の高さこそないものの、かなりの広い空間が広がっており、気温も少し低めに感じられる。無機質に多くの機械が放置されていて、この施設の整備に使用していたと思しきバックホウのような大型の掘削機も見受けられた。

「右奥に施錠できる空間がある。X01は手前の空間で格納していたので、奥は荒らされず無事なはずだ。あちらは過去の被検体の霊安室になっている。普通は気味が悪いかもしれないが、非常事態だから我慢してくれ。休息もできる。……ケガ人もいるし、皆疲弊しているようだからな。」

そう言って上野もオサムの顔を一瞥していた。イッペーが不安そうに疑問を口にする。

「ひょっとして、マサやレニー……いや、オレの身体もここに置いてあるのか?」

「いや、君たち四人については『施設内から消えた』状態で、遺体も見つかっていない。だからここにもない。それに霊安室と言っても、今はここに置かれた遺体はない。一時的な保管場所だ。基本的に亡くなった人たちは、きちんと手続きを踏んで火葬している。今残っているのは、あくまでヒトではなかったキメラ……特にSタイプと呼ばれた者たちの一部だけだ。まあ脳のホルマリン漬けは安置されているが、ここではなく、レベル2のメインラボの方だからな……」

少年たちは、遺体がないと分かってホッとしているようだ。

「上野博士、もしよろしければ今晩はここで過ごさせていただけないでしょうか?黒崎副所長のことも心配ですが、罠の可能性があるのであれば、ここで皆の回復を優先したいのです。ミカエルさんたちもいかがでしょうか?」

香澄も、オサムの息が上がり始めていることに異常を感じたのだろう。山本も休息することに賛同している。上野と佐東、そして天使たちも異存はないようだ。

「よう、オータ?ひょっとしてもう夕方とかか?」

「ああ、多分……午後七時、いや、もうそろそろ八時くらいか?」

「ええ!そんなに経ってたのかよ。」

佐久間と大田のやり取りを聞いて、慌てて香澄が時間を確認すると、確かにあと十分で午後八時になろうとしていた。香野と添田が、今朝柴崎の提案で用意していた『おにぎり』を、風呂敷を解いて広げてみせる。少年たちは美味そうに頬張っているが、大人たちは、大きな『おにぎり』を半分に分けて少しずつ噛み締めていた。七柱の天使は「特に空腹でもないので少年たちで平らげるといい」と言って手を出そうとはしなかった。そもそも彼らは、こうした食事を十五年もの間行っていなかったため、疲れがあっても食事の概念がなくなっていたのだ。だが少年たちの食べっぷりに、日常を思い出して懐かしむような綻んだ顔を七人とも見せていた。また、イッペーも天使たちと同様で口にはせずに、食事の雰囲気を楽しんでいるようだ。

「クニヨシの分、取っとかねえとな。アイツ目覚ましたら絶対『オレの分誰食った?』って騒ぐだろうかんな。……っておい、オサム?大丈夫か?」

オサムの様子を見て、松野が突然大声を上げた。

顔が蒼白で、目が虚になっている。手にしていた『おにぎり』も全く口にしていないようだ。山本が駆け寄るよりも早く、イッペーが彼の前にさっと来て首に手をあてる。

「……オーバードウズ……」

これを耳にした上野博士が短く呟く。

「やはりTマターが定着しているのだな……」

佐東や香澄が、上野のセリフに驚いている。ミカエルとサマエルが歩み出て上野に尋ねる。

「どういうことだ?この少年は特殊なのか?」

「……我々が彼……FRG-04を連れ出そうとしていたのは、他では見られないTマター生成を体内で行っているためだった……。」

「Tマター生成?高山くんの体内でTマターが?」

「香澄……彼が特殊と言っても、その特性までは気づいていなかったか……」

上野博士の説明では、迦陵頻伽も同様の特徴があるのだと言う。どうしてそうした変化が現れるかは分かっていない。彼がTK56-7と呼んでいるイッペーにも見られた症状らしい。同じレベル5でも柱の間と違い、ここヴォルトでは、Tマター濃度は低くなっている。しかも供給量が減少している状態で、恐らく摂取量の不足を補うために体内で急速に生成が活性化して、結果として過剰摂取状態に陥ったのだろう、ということであった。

「エネルギー不足であれば、我らが与えることもできただろうが……」

サマエルも恨めしそうに、オサムの様子を見つめている。

「とにかく安静にして見守るしかない。」

上野はそう言って、奥から出してきた毛布をオサムに被せた。

地上は北西の風が微かに吹いている。気温は氷点下三度を下回ろうとしていた。今夜はいつになく冷える夜になりそうである。地上の天候に左右されるはずのない地下の最奥でも、より厳しい寒さに見舞われたかのような静寂が訪れていた。


「黒崎くん、黒崎くん、しっかりするんだ。目を覚ましてくれ。」

身体を揺さぶられ、呼びかけられていた黒崎が目を覚ます。そこにいたのは白鳥所長と、銃を構えた見知らぬ白衣の男性であった。

「しょ、所長?ここは?」

「良かった。ケガはないかね?ここはレベル4の医務室だ。君は、実験室の一つなんだろうが、一面真っ白な部屋に一人で倒れていたんだ。この医務室よりも奥にある。」

「ホワイトルームか……。ビンガは今どこに?」

「ツヨシくんは残念ながら、どこに行ったかは分からない。あの部屋にいたのは君だけだ。」

黒崎の記憶は途切れ途切れで、佐東とセキュリティガード一名が忽然と姿を消したあと、ビンガと二人で警戒しながらレベル4内を見て回ったそうだ。そして気づいたら今のこの状況で、彼自身にも自分の身に何が起きたか把握できていないらしい。

「所長、なぜレベル4に?」

「最初は正直、君の後を追おうとも思っていたが、君との約束だからね……地上で待つことにしたよ。そして、大野くんを連れて小日向くんたちが戻って来て、暫く待っていたが君からの応答がないので……、そこにいる自衛官の彼と、セキュリティガード二人の子たちにもついて来てもらって、君を捜しに来たんだ。」

「佐東たちは?」

「分からない。吉田くんも上野くんも見つかっていない。……だが良い知らせもある。君が捜索していた原くんが、少年七人と被験者一人、あと香澄くんのところのスタッフ一人と一緒に、無事に地上に戻って来てくれた。」

「そうですか……。生きていてくれたか……良かった。」

「メインシャフトのエレベーターを少年たちが使って地上に向かう途中、レベル3の手前で故障なのか、エレベーターが止まってしまったらしい。皆で協力して、天井部の開口部から脱出して何とか三メートルくらい上にあったレベル3の扉に辿り着き、こじ開けて無事全員脱出できたそうだ。その後、レベル2と3を繋ぐ小型エレベーターの方に向かったところ、エレベーター手前で倒れていた原くんを彼らが見つけてくれた。意識はあったが、高熱を出していて自力では全く動けなかったらしい。」

「彼らがモトイを救ってくれたのか……」

「……把握できる限り、職員の避難は完了している。念のため、自衛隊の人たちもレベル2から3まで施設内に残っている者がいないか、捜索してくれている。地上部も駐車場や施設内外を彼らが今は監視してくれていてね。……私が、君を捜しに行くと言ったら、周りは止めようとしていたのだが……」

ここで白鳥は、扉付近で警戒を続ける自衛官に目を向けた。

「まあ、彼のような護衛が同伴してくれることで、最終的にはわがままを聞いてもらったよ……。私がこちらに向かう際には、地上はすっかり陽が落ちていたが……、今は夜の八時を回ったところだ。」

「もう、そんなに時間が……?全員見つかって良かったです。残るのは吉田だけか……。上野はレベル5にいます。ただ最後に連絡してから随分と時間が経過しているので、私を捜索のために移動しているかもしれませんが……。」

「残念ながらレベル4は隈なく捜したが、見つかっていない。ただ……ここには八咫烏(やたがらす)共命鳥(ぐみょうちょう)という二人の兄弟と、合わせて三人が暮らす屋敷があるらしいね?」

黒崎は小さく頷く。

「上に残るスタッフたちも皆、行き方を知る者がいなくて……。日々の食品供給もレベル2からのシューターを使っていて、直接下には行かないらしいし……。月末に彼らの分のお米を台車に載せて持っていく事務員たちも、台車ごと放置して戻って来るから、その先の行き方は教えられていないと言われてね……。その屋敷に避難している可能性はあるのかもしれない。」

黄金の丘(ブロン・イ・アー)の扉の開け方を知らない?……モトイ、いや、原の意識が戻っていないのですか?」

「原くんだが、実は脳震とうだと判明した。今はまだ眠ったままだ。今のところ命に関わる症状ではないだろう、ということではあるが……。目立った外傷がなく我々も油断していて、かなりのダメージを負っていたことに気づけなかった。立川くんは引き続きレベル1に留まってくれているが、夜勤の交代要員だった、あのベテラン医師、ええと名前が……」

「古井ですか?」

「そうそう。古井さんが原くんを診てくれたんだが、胸部から腹部にかけての内出血が酷いと言っていたよ。肋骨も何本か折れてるらしい。」

「拉致された際に、手荒に扱われたのか……?」

「恐らく、そういうことだろう……。そう言えば古井さんが、奇妙なことを言っていたんだ。『またこの症状か。迦陵頻伽が、その宇宙服の正体じゃないのか?』と……。どうした?黒崎くん?傷が痛むのかね?」

「……いえ。……そうか……確かめなければ……。」

朦朧としているように見えた黒崎は、自分に言い聞かせるように呟いて、震えながら天井を眺めていた。果たして、今晩がここで過ごす最後の夜になる得るのだろうか。


霊安室の扉が開き、中から出て来たのはミカエルとラファエルだった。二人は、外で待機していた見張りの者たちの側まで歩いて来る。

「交替の頃合いだろう?」

ミカエルの呼びかけに、上野が応じる。

「ああ、佐東、お前もケガ人だ。ここは任せて休め。山本、君も貴重な戦力だ。ずっと少年たちを気にして眠っていないだろう?香澄と私がいれば問題ない。」

これを受けて二人は素直に従い、少年たちが休んでいる霊安室に入って行った。

「少年たちは皆よく眠っている。ずっと気を張ってきたのだろうな……。」

ミカエルはこう言ってガブリエルと共に、香澄と上野の前に腰掛けた。

「さて、飼育員……ここにいるのは、我々四人だけだ。そろそろ話してくれないか?お前と黒崎の目論見とやらを。お前にはお前の事情があるのは承知だ。だが……、ここまで多くの者を巻き込んでいるんだ。俺とガブリエル……いや、私は収容施設の所長の柴田として、刑務官の丹羽と共に公務執行中だ。あの五人を無事送り届ける責任がある。守秘義務も課せられているのでな、口外はしないことは約束しよう。そっちの白衣の者も知る必要があるだろう?」

上野は眉間に皺を寄せて顔を背けたまま、即座に返事をしようとはしなかった。だが、ミカエルこと柴田の言うように、この場の三人には事情を伝えておくべきと結論づけたのか。彼はその場で座り直すと、逸らしていた顔を彼らに向けた。そして、三人の顔を代わる代わる確認したあと、上野は重い口をようやく開いた。それからは、彼の一人語りが延々と続く。三人は大きな動きや声を上げることもなく、黙ってその話に耳を傾けていた。

暫く上野の話が続き、日付が変わり十二月五日の土曜日になっていた。時間は午前二時をすでに回っている。霊安室の扉が開き、中からウリエルが出てきた。これに気づいた上野は、振り返って一旦話を止めた。ウリエルはゆっくりと四人に近づいていき、上野の態度を一瞥すると「どうやらタイミングが悪かったようだな。すまない。」と言って引き返そうとした。しかし、ミカエルが彼をすぐに引き止める。

「飼育員……ウリエルにも……いや、鈴木にもこの話を聞いてもらう必要がある。」

ミカエルのこの言葉は真剣だったが、上野は怪訝な表情で応じた。だが、ミカエルはこう続ける。

「鈴木は……アオ四ツ木の関係者だ。」

──


ヴォルトでの一晩があっという間に過ぎて行く。あれから上野は話を終えた後、ずっと昨晩から眠っていなかったことで、大分消耗しているようであった。少しでも仮眠をとるよう促され、同じく疲労の色が隠せない香澄と共に、霊安室に入って朝まで眠っていた。交替で七柱の天使が監視役を務めたおかげで、少年たちも研究員たちも安心して眠ることができて、回復できたようである。

「ミカエル、どうだ?」

「ああ……思った以上に落ちてきたな。この力、あと一日持ってくれれば良いんだが……」

サマエルもミカエルも、徐々に自分たちの蓄えられたエネルギーが減少してきていることを危惧しているようである。だが、七柱の全員がこれを承知の上で、オサムたちには覚られぬように脱出に協力する覚悟を決めていた。

昨日顔を腫らして眠り続けた安川も、背中を裂かれて気を失っていたセキュリティガードも、今朝になって回復できたようで、無事目を覚ました。

「クニヨシも腫れが治って、元気そうで良かった。サクマくんは大丈夫?」

オサム自身も全く喋れないほどに疲弊していたにもかかわらず、本人はすっかりそれを忘れているようだ。佐久間も「首の熱も引いて痛みもない」と答えている。だが、親指大の腫れは続いていて、相変わらず何かが蠢いているのが見てとれる。不安要素が払拭されたわけではない。全員が目を覚ましていくなか、上野博士は余程疲れが溜まっていたのか、最後まで眠っていた。

「飼育員も一人でずっと、この二日間を過ごしてきたんだ……。もう少し寝かしておいてやろう。」

ミカエルの提言に従って、彼が起きるまで待つことにした、暗い表情の大人たち……

彼らとは対照的に、無邪気に昨日のおにぎりの余りを、朝食に充てがっている少年たち……

満を持して、彼らは再びレベル4を目指す。

施設閉鎖の警告が鳴り響いて二十時間余りが経過した……。

猶予は明日の午前中……残された時間は、三十時間に満たない……。

(第六十七話 終わり)

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