第六十九話 麻痺 〜アステリズム〜
先程昇ってきたヴォルトへの直結の階段を舞い降りる──少年たちと香澄博士の六名は、三柱の堕天使に二人ずつ抱えられながら、階下のレベル5へと戻って来た。
「ではオサム、まずは外周プラントを目指すのだな?」
サマエルに突然名前で呼ばれて、オサムは一瞬驚いた。
「どうした?違うのか?」
「いえ……えっと、そうです。黒崎副所長が言っていた三箇所……エレベーター前は土砂で通路が塞がれていて、今の状況が分かりません。所長さんの説明……エリシオンの所長さんの方ですけど……敢えてレベル5にはエレベーターで行かないようにしていたとおっしゃっていました。扉が開いた途端に土砂が流れ込めば、貴重な移動手段を潰してしまうからです。ですから、ここは最後でいいと思います。エレベーター前が、そんなに広いわけではないですし……」
オサムとしては、サーバー室もこの人数で見て回る分には時間はかからないと考えている。例の滝口博士の亡霊が出てくることも想定されるが、前回対峙した経験から、視覚情報をごまかされることさえ注意すれば、このメンバーの戦力の前では脅威にならないだろうという意見であった。亡霊たるドラゴンフライは、結局攻撃らしい攻撃は一切することができないまま、黒焦げになっている。これらのことから、二時間という限られた時間の中で、最も捜索に時間を要するであろう外周プラントを先に確認しておきたい、と言うのだ。
「このヴォルトからなら、外周プラントへの出入口も一番近い。」
「そのことなんですが先生……柱の間に戻って、あそこから行きたいんです。」
香澄は彼の提案の意図が分かりかねて、首を傾げる。
「あの穴です。あのXタイプとか言う機械人形が落っこちていった……」
「あそこから飛び降りるのかね?」
「ええ。サマエルさんたちに今抱えて降ろしてもらったみたいに降りて行けば、多分早いと思います。万一敵が潜んでいても、あんな場所から侵入してくるとは思わないだろうし、待ち伏せしてるなら、自分たちがソイツらの背後に回り込めるかなって……あと貯留ピットの真上なんで、あのピットの下流側を最初に確認しておきたいっていうのもあって。」
「ああ、あの下水管をくぐっていくってヤツか?」
香野は以前オサムが少年たちに話していた脱出孔のことだと、すぐにピンと来たようである。湧水貯留ピットの先に伸びている管が直径六百ミリの管で、そこを抜ければ地上に続く縦坑──ポンプ室に相当する空間があるはずなのだ。そしてその大きな穴は、エレベーターに続く塞がれた通路の角──隠し扉があった場所の先で見た縦穴と同じはず、と上野博士も同じ見解を示していた。松野と大田と一緒に確認したときは、下が暗くて判別できなかったが、ポンプで圧送している管が地上に向かって伸びていたのは間違いない。
「なるほど、万一に備えてエレベーター以外の脱出口の確認を兼ねての探索ということか……」
「随分と面倒なことを考えるんだな?だったら、エレベーターが止まった場合、エレベーター自体の上に伸びる穴を昇って行けば、そんな手間のかかる廻り道をする必要はないんじゃないのか?」
マハザエルの指摘はもっともである。だが、エレベーターはレベル2までしか到達できない。つまりエレベーター用の縦坑では、もしレベル2が厚さ八十ミリもの鋼鉄製のシェルターで閉ざされた場合、結局地上へ抜けて行くことが出来なくなるのだ。このためオサムの狙いは始めから地上の下水処理施設に続く道を確保する、というものであった。
一行はこの提言どおり、まずは柱の間に向かうことにした。
一方、レベル2に到着した黒崎は朦朧としながらも上野に、先に佐久間を処置するように指示を出していた。意識がほとんどない状態の佐久間に、大田が声をかけ続ける。
「サクマ、あと少しの辛抱だ。」
メインラボへ直行ではなく、上野の案内で先に医務室へ行くことになった。ストレッチャーの用意を彼は周囲に呼びかけていたが、大田は自分が佐久間を連れて行くと言って、他の者の手は借りることなく通路を進んで行った。黒崎も自分の足で動けると主張して、ストレッチャーはケガ人の佐東博士とSGの坂下に使わせて、迎えてくれた立川医師らと共に歩いていた。
「無事……とは言えませんが、お戻りになられて安心しました。地上施設も今は落ち着いています。大きなケガを負った者も、重篤な体調不良を訴える者も特にはおりません。ただ、慌ただしい急な避難で皆疲弊しているようです。帰宅を望む声も上がっていましたが、事態収束まで施設に留まるように説得して、職員たちは銘々に休んでいます。自衛隊の護りもあって、安堵した者も多いようです。」
「すまないな、立川……ところでモトイの様子はどうだ?」
「容態は安定して、今はベッドで眠っています。まだ施設閉鎖まで時間があるので、処置をしてそのままこっちのレベル2の医務室にいます。」
「……こっちにいるのか……話はできそうか?」
「いえ。まだ無理かと。目を覚ますまではもう少し時間がかかると思います。」
「そうか……うっ……」
呻き声を出して黒崎が胸を抑えた。
「大丈夫ですか?もう喋らないで、今は休んでください。さあ。」
止まらぬ汗を無造作に手でぬぐいながら、片膝をつき肩で息する黒崎を立川は抱え上げて、再度ストレッチャーを用意するようスタッフたちに指示を出した。そんな彼らの様子を、じっと観察している者の目があることなど、黒崎も立川も気づくことなど一切なかった。
同じ頃、貯留槽内に放置されていた、半壊状態のXタイプの上にオサムたちはゆっくりと降りて来ていた。
「これがオサムの言ってた湧水貯留ピットとか言うやつか?なんだかプールみてえだな?」
「そうだね。確かにそんな感じ。」
「なんか、プールってえ言うより、あっちに似てねえ?プールに入る前の消毒槽の方。アレがでっかくなったみてえな。」
「ああ、なんか塩素の匂いも強いし、幾つも四角く区切ってあるから、言いたいこと分かる気がする。」
「湧水の泥が沈殿して、雑菌の増殖を防ごうということで塩素濃度が高いのだろう。」
「やっぱり少し水かさが増してるね。」
イッペーの『見えざる胃カメラ』によって、このピットを覗き込んだときは、落ちていったXタイプの身体半分程度が水に浸かっているように見えていた。だが今は仰向けのカラクリ人形が少し水に浮くくらいまでに、水量が増えていた。
「黄金の丘の池の水がここに流入してきているのだろう。だが、それにしては水が少ない気がするが?」
「ここに集めた水は、常時そっちの堰の下の方にある小さな穴から、水が出て行くようになってるんです。」
「セキ?」
「ええ。このプールを区切ってる壁です。一気に水が流入した場合、下流側で溢れないように堰き止めつつ、最後は小さな穴で絞って流してるんです。オリフィスって言うらしいんですけど。」
「なるほど。大量の水が入ってきたら、その堰がブレーキとなって、少しずつ水があちら側に流れて行くのか……」
オサムの説明を聞いて、サマエルが感心している。
「幸いここに溜まってる水の中に沈められたヒトたちはいないみたいです。この堰を乗り越えて下流のポンプの場所まで、俺とコウノの二人で行ってみます。いい?コウノ?」
その最下流の堰の上に登って立っていた小柄な香野は、オサムに言われて黙って頷いた。
「念のため俺も一緒に行こう。俺もお前たちほどじゃないが、細い分狭い場所も通れる。万一のときにも三人で対応の方がいいだろう?構わないな、サマエル?」
元ボクサーでもあるアザエルが、少年二人に付き添うことを提案し、三人は軽やかに堰とよばれるコンクリートの壁を越える。そして下流のFRP製の管の中を、這うように進んで行く。まだ直径六十センチの管内の水は、足のくるぶしより下を滞りなく流れている。もし管内が水で満たされてしまうと、この狭い管の中を六メートル以上泳いで行かなくてはならない。湧水だからいいが、純然たる汚水で満たされていることを想像するとゾッとする。この管は二パーミルの勾配で、一メートル進んで二ミリ下がる計算である。つまり出口の下流は、上流の入り口と比べて一センチ程度しか下がっておらず、ヒトがくぐる分には、ほぼ平行と言えるだろう。通り抜けると大きな縦坑に出て、二台の緑がかった大きな機械が横たわっているのが目に入る。またコンクリートの四本の巨大な柱が北の端の方に並んでいた。
「これがポンプなのか?なんか戦艦に積んでる砲台か何かみたいだな?」
ポンプという言葉から連想するものと大分印象が違い、アザエルが驚いている。香野も改めて目の当たりにしたポンプの稼働音を聞いて、施設内で時折遠くから聞こえる音の正体がこれだと気づいて目を丸めている。そして、この空間の端にそびえ立つ四本の柱の正体は、汚水を集水するマンホールだと言う。普段地中に埋められているため目にすることがない姿である。そのマンホールの中にあるポンプで水を汲み上げて、柱の途中から上に伸びている管で地上に圧送されているらしい。ここまで来ると臭気が若干強くなっているが、正直街中ですれ違うバキュームカーよりも、そこまで息苦しくはないのが不思議である。
「あのマンホールの中身も確認するのか?」
鼻を抑えた香野が苦々しく尋ねる。
「待ってて。自分が見てくる。臭気対策も兼ねて、その方がいいだろうから。」
オサムはイッペーの言うところの『アイル・ウィーブ』の力で、器用に足掛け梯子を伝ってマンホールの上に登り、蓋も手を触れずに開けていく。恐らく力を駆使して臭気を漏れさせずに覗き込んでるのだろう。だが当人もやっぱり匂いがキツイのか、比較的テキパキと素早く確認を済ませて、二人の元に戻ってきた。
「良かった。誰も放り込まれたりはしてないね。あとアザエルさん、もうひとつ確かめたいことがあるんです。あの上に見える少しだけ足場が突き出てる場所……あれがちょうどレベル5の東の通路と繋がってるはずなんです。」
アザエルはこの程度なら跳躍できると言って、香野を抱えて飛び上がる。続いてオサムも自身が指差した足場に到達する。「やっぱり」と言いながら、塞がれた曲がり角に通じる隠し通路であることを確認して、彼らはもう一度下に降りてきた。
「なあオサム?あっちの細長い窓は何だ?」
今登っていた場所より南側を見上げて指差しながら、香野が尋ねる。
「ああ本当だ。窓があるね。きっとアレがポンプの管理室なんだろうね。レベル5の南側のサーバー室ってのと一緒にあるんだろうね、位置的に。」
三人は皆の元に戻り、ポンプ室内について報告する。その後も一行は順調に探索を進めながら、最終的に香澄が二人の被検体を匿っていた部屋の前を通り、レベル5内の北側通路に戻ってきた。
「次は南側のサーバー室だな?時間はどれくらい残っている?」
サマエルが時間を尋ね、香澄がすでに一時間以上経っている旨を説明していたときであった。
「誰の声?」
「何だよ、オサム?いきなり怖えこと言うなよ。何も聞こえねえだろ?」
「いや……確かに何か聞こえる。アザエル、マハザエル、お前たちはどうだ?」
香澄博士や香野には何も聞こえない。添田も聞こえないながらも、なんらかの気配を感知したようだ。松野も安川も自然と身構える。凍てつくような恐ろしい何かが南からやって来る。
「……奴の声だ。どこに隠れていやがった?サマエル、お前は子どもたちと一緒に後から来い。俺とアザエルで先行する。奴の気配……昔の実験のときと同じように殺気に満ちている。」
そう言い残すとマハザエルとアザエルの二人は、低空飛行の超スピードで、瞬く間にその場から南のウォーデンクリフ・タワーに向かっていった。
「今の今まで全く感知できなかったのは何故だ……?お前たちも薄々気づいているのだろう?……間違いない。これは『迦陵頻伽』の放つ殺気だ。」
オサムたちが柱の間に到着したときには、すでにアザエルたちは交戦中であった。相手は間違いなく迦陵頻伽である。しかしここで目にするビンガは、正直これまで見てきた彼を大きく凌駕する凄まじい強さであった。磁場が弱まってきているとは言え、ここはアザエルやマハザエルにとっては有利な土俵のはずである。それが二人がかりでありながら、ビンガ一人が圧倒している。スピードもパワーも全てが上回っている。何かに取り憑かれたかのような怒りに満ちている。
「こんなに強えのかよ?」
松野がその圧倒ぶりに思わずそう溢す。オサムも彼の動きに正直目がついていかない。
「オサム、アイツやべえぞ。」
普段強気の安川も本気で気圧されている。応戦しているアザエルも安川と勝負したときと異なり、浮遊術を駆使し拳撃の威力も圓崎が放ったオゾンクラックと同等以上のものである。だがビンガは更にその上をいく。
「加勢したいけど、却って自分たちが足を引っ張りそうだね。どうする?」
添田の言うことは正しいと思う。下手にあの中に加わるのは、むしろアザエルたちを不利にする可能性が高い。かと言って指をくわえて見ているということも、できかねる状況である。サマエルはじっとビンガたちの戦闘に目を向けながら、振り返ることなく少年たちに話しかける。
「お前たちはすぐにここを離脱しろ。」
確かに戦力差を縮めることはできなそうだが、逃げ出すというのは抵抗がある。
「勘違いするな。お前たちを足手まといだと言ってるのではない。一旦離脱して、ミカエルたちと合流するんだ。状況は念話で伝えた。」
オサムが何か言いかけるのを遮るようにサマエルが続ける。
「いいか?我らの目的は行方不明者の捜索……うち一人の迦陵頻伽は発見した。残るは白衣の者と老人と子どもの弟の三人だ。まだレベル5の南側とエレベーター前は直接確認してはいないが、仮にその三人も操られていたとしても、今目の前にあるほどの脅威ではないだろう。見ろ、奴の背中には昨日我らが刺された矢と同じものが刺さっている。」
言われてみて初めてビンガの右肩甲骨あたりに刺さった、鉛の矢らしきものにオサムたちも気づいた。
「オサム、お前は宇宙服とは相性がいい。逆に我ら七人の悪魔は奴に手玉に取られたが……。それと……この動きは直接操作されている動きではない。恐らくアイツの怒りの感情を暴走させただけで、もうこの場から宇宙服は撤退しているはずだ。レベル4から上を探せ。残りの三人も一緒に連れ回されている可能性がある。」
サマエルは腕に巻かれた金属製のバングルのようなものを取り外し始める。
「冷静さを欠いた相手であれば、いくら強かろうとも、我ら三人の連携で打ち負かすことは可能だ。これは今観察して確信したことであって、この場限りの見栄などではない。対して宇宙服との戦闘になれば、武装した自衛隊やお前たちの方が、遥かにアイツは嫌がるはずだ。コイツを制圧したら、残りの二箇所も確認してお前たちに合流する。お前たち六人だけなら、西の通路の真上の穴に飛び込んで、レベル4に逆走できるのだろう?アイツの気を惹きつけているうちに行くんだ。いいな?」
サマエルの横顔に目を向けながら、香澄がオサムたちを促す。
「高山くん、ここは彼らに任せよう。」
……
オサムたちが西の通路を走り抜けていくのを確認したサマエルは、青白い放電を起こし戦闘中の二人に合流する。ビンガも敵が三人に増えたことで、一瞬動きを止めた。
「待たせたな。」
三柱の堕天使がビンガを取り囲むように宙に舞い上がり、その頭上で各々の右手を伸ばして指先を揃える。
「知見蓄積!」
号令とともに三方向に散り、金色の光がそれぞれの肩を繋ぐ。この大三角形からサマエルが最初にビンガの正面に回り、合掌しながら前のめりに突っ込んでいく。
四柱の天使が超音波による技を持っていたように、堕天使三柱にも同様の技がある。脳内麻薬による麻痺──ただし、これらは四柱の天使のそれと異なり、持続時間も短く有効範囲も限定的である。そして利点よりも難点の方が遥かに大きい。
『多幸感縫合装置』──麻薬常習者であったサマエルのそれは、自身のエンドルフィン分泌を促進し、痛覚を麻痺させる。ビンガの強力な攻撃を正面から受けながら、一切怯むことがない。磁力も併用してその場に踏みとどまりながら、やがてビンガを空中から地面に追い込んだ。おびただしい流血を見せながらも平然とするサマエルだが、彼の技は攻撃を緩和するわけでも相殺しているわけでもない。故に骨が折れても血が吹き出しても痛みを感じないというだけで、確実に見た目どおりにダメージは負っている。
続いてアザエルが正面に回り交代する。元ボクサーの間断なく続く殴打に、ビンガは一転して応戦一方となった。彼の一打一打が確実にビンガを疲弊させていく。その先にあるもの──それはXタイプが転落していった北側の穴であった。BJB……『打撃布石鳩尾』──ノルアドレナリンを分泌し一時的に集中力を高める。ミリ単位の正確な殴打で敵を圧倒する。しかしながら、サマエルのエンドルフィンよりも更に短い持続時間。継続時間が延びれば、やがては自滅する諸刃の剣である。ストレート、ジャブを交互に連打し相手をジリジリと後退させ、最後はボディブロウが見事に炸裂した。横隔膜の硬直──呼吸ができなくなったビンガが、くの字になって苦しんでいる。
ここで得た好機を逃すことなく、堕天使たちはアザエルを先頭に直列に連なり、畳み掛けるための一撃をストマックに浴びせる。三柱が光の一本の矢のようにビンガを捉えて、貯留ピットめがけて穴の中を貫いていく。水面とXタイプの残骸に背中と頭を叩きつけられて、ビンガは濁った声と共にせり上がった胃液で咽び、えずいていた。アッパー・カットならぬ、ダウンワード・プレスとも言うべき三位一体の拳撃が決まった。
最後は詐欺士のマハザエルによる仕上げである。『陥穽蠱事』──コルチゾールを大量に一気に分泌させる。視覚、聴覚、言語能力が著しく麻痺して、極度のアロスタティック負荷状態で戦意喪失、恐怖に支配される。ただし、相手の頭に直接触れて行うため、敵の動きを止めない限り戦闘中に用いるのは困難な技である。あくまで一時的麻痺状態に過ぎず、神経等の破損ではないことから、時間とともに効力は薄れていく。とは言うものの、これで強敵を沈黙させることに彼らは成功した。
「さほど時間は経っていないのに、さっきよりもまた水が増えたな。」
「さて、どうする?サマエル?」
「まずは矢を抜いておこう。元々は敵対する意思はなかったはず……正気に戻れば安全だろう。」
三人は一度痛い目にあっているため、直接手で触れず磁力を駆使して矢を取り除こうとするが、なかなか上手くいかない。サマエルは一段と水位の上がった湧水に浮かぶXタイプを見ていて、何か代替手段を思いついたようだ。
「コイツの腕を拝借しよう。これなら俺たちの磁力で操作できる。」
そう言って機械人形の腕を動かし、マハザエルがビンガの身体を抑え込んで矢を引き抜いた。そして再び干渉されることがないよう、剥き出しの岩壁に鉛の矢を突き刺した。
「これで安心だろう。上に戻って、残りのサーバー室とやらも確認して行こう。」
「……だが、サマエル、オレたち三人だけで入れるのか?メインコンピューターなんて大層なもんがあるってことは、白衣の連中がいなきゃ開かないじゃねえか?扉を壊す、ってなら別だが……?」
「確かに……挑んでみて扉を壊せないときも癪だが、万一別のセキュリティが作動したり、余計な物を破壊してもマズイな。」
「それにサマエル、お前のその状況では(エンドルフィンの)効力が切れたら無事では済むまい。コイツを連れてミカエルに合流するのが得策だろう?」
「それじゃあ、俺たちも西側通路の上の抜け穴を通って行くか?」
「いや……さっきのアザエルの指摘で気づいたが、抜け穴の先は実験室だ。結局サーバー室同様、我らでは扉は開かないだろう。」
「余力があれば、縦穴側からエレベーター前に向けて岩壁をぶち抜いてみたかったが……今は無理だろう。戦闘での消耗が大き過ぎる。仮にエレベーターに到達できても、結局白衣の奴らなしでは動かせないのは同じか……」
「あるいはミカエルを経由して、白衣の者に実験室の扉を開けるよう協力してもらうか?」
「……確かに……それが一番賢い方法かもしれんな。」
念話を通じて報告を聞いたミカエルは、エレベーター前に合流していたオサムたちを残し、ガブリエルと二人で香澄博士を連れてレッドハウスに向かった。
迎えに行ったミカエルたちがエレベーター前に戻って来たときには、時間もちょうど約束の二時間が経過していた。ぐったりとしたビンガを見て、白鳥は安堵と不安の混じった表情で「ツヨシくん」と呟きながら彼の頬を撫でていた。
「大田くんが言ってたように、上の方で八咫烏さんたちも見つかっていればいいんだけど。」
「そうだね。君たちはとても頑張ってくれた。ツヨシくんも見つけてくれた。あとは上に戻って自衛隊の人たちに任せよう。みんなお疲れ様。」
そう言って恭しく白鳥が頭を下げると同時に、ここまで気を張っていたサマエルが、血を吐きながら倒れてしまった。
「大丈夫かね?」
続くようにアザエルも、膝から崩れてうつ伏せに倒れる。白鳥は自衛隊員たちに急いで声をかけ、応急処置をお願いした。七人の悪魔と恐れられた彼らも、今は満身創痍であった。
「所長、ミカエルさんたち七人と一緒に先に戻ってください。自衛隊員の撤収時については、私がここに残って立会います。」
香澄の提案に白鳥所長も応じて、ミカエルたち七人とビンガを連れて先にエレベーターに乗り込んだ。香澄博士は相変わらずオサムたちも一緒に戻るよう促したが、念のための護衛として四人の少年は最後まで付き添うことを主張した。しかしながら香野だけは今回オサムが説得して、先に上に戻ることになった。
「香野、ありがとう。エンちゃんと合流して、例の縦坑に繋がる場所を、下水処理施設の敷地内で探して、できればハッチを開けておいて。自衛隊の人たちにも説明しておけば、きっと力になってくれるはず。侵入者たちの脱出にも使われる可能性あるからって主張しておいて。……香野は一緒にあの空間を見てくれたから、地上での位置関係もきっと把握できるよね?まあ念のためってことで。」
「……分かった。……今回は素直に上に行くけど、お前本当にこれ以上無理すんなよ。エダ!オサムが危なっかしいときはお前が止めろよ。」
こうして白鳥所長たちは上に向けて出発した。だが彼らがエレベーターで向かっているレベル2では、また別の事件が起きていた。
(第六十九話 終わり)




