第六十三話 飼育員の告白 〜寄生〜
黒く酸化した骨を無数に固めて作られた異形の物体が舌打ちをする。
「よりによって愚息の悪友に足元をすくわれるとはな……」
イッペーが即座に反応した。
「また難しいこと言いやがって。意味は分かんねえが、俺をバカにしてるってのは分かるぜ。」
「……これだから『勘のいい奴』は嫌いだ。」
状況が飲み込めず戸惑う上野博士が、骨の被検体を目の当たりにしながら呟く。
「……滝口……」
「上野……随分と頑張ってるようじゃないか?こうして直接話をするのは十何年ぶりだな。」
香澄博士はオサムが全てを見越していたことに驚愕していた。
「高山くん、これは一体?八咫烏さんの話にもなかったこと……上野博士でも理解できない超常現象なのか……」
「そうですね。カラスさん風に言うところの『この葉っぱ』独自の現象なんでしょうか……」
「では、君は彼の正体に気づいていたわけではないのか?」
「まさか滝口博士だなんて想像もしていませんでしたが、少なくともアレがグンプクさんの骨で作った身体だってのは分かるんで……」
「ほお……少年、アレーシュマの骨だということは気づいていたのか?」
「昨日、散々見てたんで……だからイッペーさんの話で気づいたわけじゃないですよ。あの人のせいにしないでください。さしずめビンガさんやセメルさんを乗っ取ることができなかったから、その人形で我慢してるんでしょ?」
「……本当に子どもというのは、御し難く不快な存在だな。」
「滝口博士が……でも何故人形の姿、しかも大野くんの骨を使ってるとは一体?」
「先生、この人こそ……ヒトでいいのか分かりませんが、四門システムですよ。」
全員が騒然とする。大人たちは皆鳥肌が立った。
「はっはっはっは……いいぞ。さすが外因変数だ。大の大人どもがこぞって解き明かそうと、必死になって十年以上できなかったことを、この小僧はものの数分で解き明かしてみせた。『賢い』ということにだけは敬意を表そう。」
「……四門システムが……目の前に?……」
「先生、覚えていますか?カラスさんの人面疽の話……イギリス人の学者が『トンボ』と呼んでいたって……。先生が教えてくださったパープル・ダンサーが実体なき映像のみでヒトへの干渉が制限されてるのに対して、こっちは実体に引っ付いて自由にヒトへの干渉が可能になった存在……。さっき本人が説明してましたよね?『ドラゴンフライ』だって。」
「子どもは嫌いだが、お前の鋭さには本気で敬服するよ。素晴らしい。完璧な説明と言っていい。お前のは単なる勘ではなく、鋭い観察眼がそうさせているようだ。ニッポンではトンボと呼んでいるが、英国では『竜の蝿』と呼んでいる。トンボは悪魔の乗り物なんだそうだよ。」
「上野先生、あの人は滝口博士で間違いなさそうですか?」
「……西洋かぶれのこの感じ……何よりこの声……だが、どうやって……?」
「スピーカーです。アリーナの倉庫にメガホンがありましたよね?アレに電気流してるんだと思いますよ。」
「いいぞ、いいぞ、いいぞ!やはりお前は我が器にするべき存在だ。」
「……先生、どうやらこの人……初対面じゃなかったみたいです。……セメルさんに寄生していたのか?ひょっとして副所長さんにも?」
「んんんんん〜、惜しい。それと『寄生』とはいただけないな。そういう不快な表現は感心しないぞ。彼らとは波長が合うのでね。たまに協力してもらっていただけさ。」
「そんな……黒崎さんにもだと?……どういうことだ?……」
上野が完全に混乱してしまっている。頭を抱え込み、その場にうずくまる。
「お前たちの話は正直よく分かんねえが……ツヨシやオレたち以外にも、おやっさんは悪いことしてるっつうことだな?」
オサムは頷く代わりに、骨の被検体を見えざる力で手繰り寄せる。
「随分と強引だな、少年、う……うぉ………」
通路入口の壁際で抑え込まれ、真空状態で包まれたのか、骨から放たれる一切の音が遮断された。
「待ってくれ。ソイツが滝口だというなら訊きたいことがある。少しだけ話をさせてくれないか?」
慌てて飛び出してきたのは、さっきまで頭を抱えていた上野博士であった。
「……かつてのお仲間を救いたい、ということですか?コイツの悪意は、子どもの俺にも痛いくらいに伝わってきます。このまま放置するわけにいかないです。」
「そうじゃない。正直ソイツがどうなろうと構わない。俺も吉田もそんな奴に敬意など払っていない。だが確認しておきたいことがあるんだ。」
いつの間にか、柱の裏側で待機していたはずの添田と大田も、オサムのすぐ背後に控えていた。大田が声をかける。
「オサムちゃん、拘束は解かなくていいから、話だけ聞いてみよう。」
この言葉でオサムは骨を包む一部の真空状態を解除した。
「恐ろしいガキだ……窒息させるつもりだったか?」
「見え透いた嘘を言うなよ。生き物でないんだから窒息なんてあり得ないだろ?」
「ふふ、まあ確かにな……で、急に何だ?」
「滝口、お前に尋ねたいことがある。それで彼に頼んで時間をもらった。……いや、その前に……黒崎さんを操ったのか?」
「……ふっ、『操った』と言いたいが、安心しろ。黒崎やそこにいる共命鳥はつけ入りやすい隙があったのでな。奴らの怒りや劣等感を煽って何度か動かしていただけだ。当人たちはいっときの抗えない感情と考えているだろう。この人形のように空っぽではないからな。完全に操るというのはできない。これで満足か?」
「……そうか。……それは信じよう。では本題を尋ねる。」
「上野……今更私に何を訊くことがある?」
「濾水機だ。」
「ロスイキ?……何の話だ?」
「ログハウスの池に沈めてあったもののことだ。しらばっくれるつもりか?」
「ログハウス?池?一体何の話だ?ロスイ……濾水機ということか?水を洗浄するような仕掛けがあるのか?悪いが、さっぱり分からん。」
「知らない……だと?」
大田がここで上野に進言する。
「今コイツは嘘は言っていないと思います。重要な装置なんですか?」
「……まあいい。では質問を変えよう。お前はシシドの手先か?昭和四十七年に一度だけ訪ねて来ただろ?」
「シシド?四十七年?誰のことだ?……分からん。覚えていない。上野、それより助けてくれ。お前ならコイツらを説得できるだろ?私は研究を続けたいだけだ。」
「本当に知らんのだな?……FRG-04、もうそいつに用はない。君たちの好きにするがいい。」
「待ってくれ、上野、ウエ……」
どぉぉぉぉん……
オサムは滝口博士を壁に抑えつけたまま、構成していた骨をことごとく粉砕した。その状態を維持しながら「上野先生」とオサムが呼びかける。
「すまない。君に押し付けてしまって。さっきコイツに訊いた質問は……」
「脱出のために必要な情報でないのなら、正直、興味はありません。香澄先生たちにとっては、どうかは分かりませんが。今お聞きしたいのは、ミカエルさんたちの解放についてです。どうすれば柱から切り離せるのか、教えていただけませんか?」
「……なぜ彼らを解放したいのだ?」
この瞬間、オサムは周囲も凍てつかせるような敵意を剥き出しにした。
「随分不愉快な質問ですね?あなたも結局はこの男と同じですか?お前らは施設の人間だろうが、こっちはみんな望んで来たわけじゃないんだ。それを縛り付けておく方がよっぽど理由を教えてもらいたいもんだね?」
彼は憤りをあらわにして、滝口博士同様に上野博士をも押し潰さんとするような勢いである。大田と添田が慌ててオサムを止めに入る。二人に抑えられながらも、オサムの激昂の視線はいっときも上野から外されることはない。
「……すまない。失礼な表現のつもりはなかったのだが、配慮が足りなかったようだ。本当にすまない。ただ……君たちとは縁がないはずの彼らを救出する理由が分からずに知りたかっただけなんだが?」
どぅごぉぉぅぅ
上野の足元の地面が大きく抉られた。完全にキレ始めたオサムの身体から青白い放電が起きている。
「くだらない言い訳ばっか、しやがって。困った人を助けるのに理由を求めるのか?じゃあ同様の理論で人の命を奪うのに理由なんていらねえのが、お前らの考えってことだろ?覚悟しろ。」
「やめるんだ、オサムちゃん。ダメだ。アイツらと同じになっちゃダメだ。」
大田はいつになく真剣に、その細い目を大きく開いて、添田と松野とともにオサムを止めに入った。香野と佐久間も事態を察して駆けつけ、暴走し始めたオサムを必死に正気に戻そうとしている。
「おい、タカヤマ!目を覚ませ。戻って来い。カジのときと同じになっちまうぞ。」
佐久間の叫びが一瞬オサムに届いたのか、彼の視線が上野から逸らされて自分を抑えつけている少年たちに向けられた。大田が大声で叫ぶ。
「頼むマツノ!オサムちゃんの代わりに、あの骨を抑えつけてくんねえか?」
「だったら、俺が……」
「ダメだ!!エダくんも同じになる可能性がある。クニヨシもぶっ倒れてる以上、マツノ!お前にしかできない。早く。」
「分かった。みんな待ってろ。」
松野が両手を翳して全身全霊で力を注ぐ。骨の被検体を、オサムの不可視の力を引き継いで抑え込むことができた。
「よし、抑えた。」
「オサムちゃん、よく聞け。今マツノが代わりにあの骨を抑えつけた。もう放していい。放していいんだ。」
大田の叫び声が届いているのか、オサムの放電が徐々に弱まってきた。逆に添田が、四神相応のときのように放電が強まり、オサムを骨の被検体から少しずつ引き離し始めた。最後は添田が手繰り寄せて、オサムの身体はストンと地面に転がった。目が血走っていて真っ赤になっている。息も上がっているが、意識は失ってはいない。彼は暫くそのまま地面に座り込み、肩で息をし続けていた。
「マツノ?お前はまだ大丈夫か?」大田がすぐに声をかける。
「ああ、正直オサムみてえには上手くできねえから、ちっとシンドいかな。」
「上野先生、コイツをあの柱にくっつけることはできますか?」
「……多分可能だ。アレーシュマの骨を使って作った身体だということであれば、この骨は彼の細胞を持ってることになる。酸化して黒ずんでるが……L.M.P.が反応するはず。いや、待て……サマエルたちは今どこにいる?」
「悪い。ちょっと持ちそうにねえ……」
松野の限界を迎える直前に、小柄な影がさっと彼の前に立ちはだかる。
「オレが引き継ぐ。お前は放して大丈夫だ。」
共命鳥のセメルの姿をしたイッペーが、滝口博士を抑え込む。松野と違い、オサムと同等あるいはそれ以上に彼を締め上げる。
「おやっさん……この子たちを守るためだ。……オレなら時間は稼げる。飼育員、その子たちの助けになってやってくれ。」
「すまない、TK56-7。それでサマエルたちを君たちは知らないか?」
「今、気を失って三人ともあっちで横になってます。」
香野が素早く上野の問いに返答した。
「おい?!今度は、サマエルたちをどうするつもりだ?!」
野太く力強いミカエルの声が、柱の反対側から響き渡り、上野に詰問している。
「我々は解放されずとも構わん。その子たちを連れてとっとと脱出しろ。これ以上サマエルを利用することも俺が許さん!!」
「……確かにお前たちを利用して、エリシオンに混乱を起こし、サマエルたちが望めば仲間として連れて行くつもりだった。ミカエル、お前たち四人はこのまま放置するのが元々の計画……ただし、施設封鎖のシステム起動後、残り九時間になると、ウォーデンクリフ・タワーの出力も弱まり、残り三時間で完全にゼロになるように設計されている。放置していても、いずれは磁場から解放される。」
「サマエルをどうするかの答えになっていないぞ?!」
「ミカエル、君たちを解放しても、私の贖罪にはならないことくらい承知だ。だが少年の先程の答えを聞いて少し気が変わった。今ここで君たちの呪縛を解く。サマエルたち堕天使三柱の力、彼らの磁力を使うことで、君たちを簡単に解放できる。ここにいる『滝口の成れの果て』を柱に吸い付けてしまうと、上手く均衡がとれないかもしれない。だから先に解放させてほしいんだ。この男を封印するために。」
「……珍しく熱くなっているな、飼育員?そんなにギャアギャア騒ぎ立てて。」
安川とダブルノックアウトで気絶していたアザエルが、西側の通路の少年たちの集まる場所に歩いてやって来た。彼は歩きながら右に目を向けて、骨の塊を抑えつけている共命鳥を興味深く見ながら話を続ける。
「驚いたな。本当に小さな迦陵頻伽がいるのだな?大体の状況は理解した。サマエルとマハザエルも回復している。奴らもすぐに目を覚ますはずだ。」
たった今、目を覚ましたアザエルは、上野に怒りをぶつけるミカエルを他所に、同じ西側の守護者であったラファエルに、念話で状況を聞き出していたのだ。そして彼の言葉どおり、程なくしてサマエルとマハザエルも目を覚まして合流した。オサムは床に座り込んだまま動かず、息を整えつつもじっと床を睨みつけている。側には大田と香野が寄り添って見守っていた。山本もタイミングを見てオサムの前に膝をついて、彼の充血した目を診たり、脈の確認を行い始めた。山本に触れられているときには、大分表情も和らいでいた。堕天使三柱が揃い、上野に尋ねる。
「さあ、飼育員。我ら三人で何をすればいい?」
「ウリエルのいる南に立ってもらえるか?」
そう言って彼らを先導して柱の南に向かう。そしてここから三人同時に柱に向けて磁力を最大出力で放つように指示をする。
「ちょっと待て。我らはあのマットで受け身が取れたが、あの潰れたマットではミカエルたちは……」
「心配いらない。お前たちとは違う離脱になる。信じてもらえないか……?」
逸らすことなく真っ直ぐな目で訴える上野を見ながら、サマエルが柱の天使たちに打診する。
「ミカエルよ。飼育員の言うとおりに試す。構わんな?ほかの三人も?」
了承を得てサマエル、マハザエル、アザエルが一斉に磁力を最大出力で柱の南に放った。すると不思議なことに、四柱の足下の僅か3センチ足らずの隙間が消えて、ストンと地面に落ちた。ミカエルを始めほかの三柱も、あまりのあっけなさに拍子抜けしてしまった。当然サマエルたちにとっても、見守っていた香澄や山本たちにとっても同様であった。
「何だ?アイツらはとてつもなく派手にぶっ飛んで離脱したってぇのに、俺たちはこれでお終いか?」
「ふっ……だったらもう一度柱に縛られるか?」上野は嬉しそうに笑みを浮かべて、ミカエルを揶揄っている。
「いや、もう宙に浮くのは暫く遠慮しよう。」
そう言ってミカエルは大の字になって寝転んだ。北のガブリエル、西のラファエル、南のウリエルも、サマエルたちが解放されたときと同じように、地面を我が足で踏める喜びを噛み締めている。上野はイッペーに向かって声をかける。
「待たせたな、TK56-7。柱に向けてソイツを放り込んでくれ。」
「おおぅ!柱にくっつけりゃいいんだな?」
彼は柱の北側に骨の塊を浮遊させたまま、スーッとマジックショーさながらに空中を滑るように運んで、塊が柱に触れると同時に真空を解除した。青白い火花を散らせながら、アレーシュマの骨は瞬く間に黒ずんで灰になっていく。一段落してオサムも正気を取り戻したのか、上野の前に行き深々と頭を下げ、粗野な態度で捲し立てた非礼を詫びていた。上野は自分にも非があったのだと、オサムを責めるような態度は一切取らずに彼を容認した。その後、香澄博士たちから上野博士に「天使の解放がどういうカラクリだった」のかを尋ねられて、その場の全員に聞こえるように、上野はその仕組みを語り始めた。
七人の悪魔と呼ばれる彼らには刺青が施されていた。刑務所にいた人たち──全員が囚人ではないことは少年たちも最後に説明を受けることになる──ということで、さほど不思議に思わなかったが、天使である東のミカエル、北のガブリエル、西のラファエル、南のウリエルは皆、首が黒く染まっているのに対して、堕天使の東のサマエル、北のマハザエル、西のアザエルは首元はさほど黒くなっていない。彼らは一様に首から腰にかけて螺旋状に、あるいはコイル状にというべきか、身体を取り巻くように黒い刺青が彫られている。よく見ると細い電線、ワイヤーが皮膚と一体化して巻き付けられていて、刺青はその線があることを視認し易くするために彫られているのだと言う。首に向かってコイルの幅が狭い天使がN極で、腰の方に密接に巻かれている堕天使がS極になるようにできている。そして中心の柱はN極。S極である南のアザゼルを、シリコン回路を使って強力な磁束を集中させて、短絡することで堕天使を射出。今回は南側にS極を集中させて、東北西の柱の磁束が偏って集められて、結果的に天使たちを縛っていた磁力が消えたのだそうだ。南のウリエルは強力なS極が柱のN極を相殺して、結果的に磁力がなくなり解放されたということである。少年たちには分かったような、分からないような理屈だが、まあ無事全員が呪縛が解けて皆喜び合っていた。香澄が尋ねる。
「上野博士は本当はどうなさるおつもりだったのですか?」
「この後の計画では、封印されていたXタイプを起動させて、施設を破壊させるつもりだった。さっき説明したように全門閉鎖は残り三時間で柱のエネルギー供給を完全に遮断するが、いくらミカエルたちが強力でも、レベル2の地上部へ続くシェルターが閉ざされては破壊できない。厚さが80ミリもある鋼鉄の蓋だ。だがXタイプに搭載したレーザー砲で貫通は可能。ミカエルたちが外へ出ることを望む場合は、Xタイプに焼き払わせるつもりだったのだが……これを起動できる鍵がレベル4にあると踏んで探しに行っていたときに、八咫烏たちと彼ら(セメルとビンガ)に遭遇した、という感じだ。」
改めてオサムを始めとした少年たちに目を向ける。
「私にとって黒崎さんが最優先であることは、今後も変わらない。我々はある目的のために動いている。このまま地上に戻り、黒崎さんにも状況を伝えて、ここを去る。悪いが今捕まるわけにはいかないんだ。」
「いくつか確認したいことがあるのです。私は四門システム解析の命が下されていたとは言え、あまりに知らぬことが多過ぎます。今は別人になっていますが、そこにいる共命鳥のセメルに聞いた話で痛感しました。ホルズワースとは一体何者なんです?」
「……グミョー兄がそこまで話をしたのか……余程気に入られたようだな。アーロン・ホルズワースは、滝口が連れて来た凄腕エンジニアだ。残念ながら公式文書で彼の名は一切ない。当時彼は短期滞在で来日していただけで、就労ビザで入国していたわけではなかった。あくまで滝口の補助員扱いでエリシオンには来てもらっていた。しかも滝口の息子の名前で登録していたので、本当にどこにも彼の存在を確認できる資料は残っていないんだ。四門システム、そこのウォーデンクリフ・タワー……現在のエリシオンの基盤を造り上げたのは、紛れもなく彼なのだよ。
滝口とアーロンはニコラ・テスラ信者という共通点があった。無線神経とは、いかにも信者らしい発想だろう?それから深層での整備が進んだある日、今度はそこにいるイッペーと名乗る彼──TK56-7、TK32-8、TK42-1、そしてTK52-2──この四人の青年が、滝口によって連れて来られた。本来我々が被検体にする者は、どのような者であれ素性は徹底的に調べ上げる。後付けであってもだ。だが、その四人と八咫烏については、本名すら判明していない。八咫烏はまた特殊だが、四人の青年は当人たちが呼び合っている名もハッキリしているし、調査できないはずはなかったが、滝口がこれを頑なに拒否していた。彼の説明ではツーリングに来ていた素行不良の四人を捕えてきたということだったが、正直彼に対する四人の接し方は、とてもそのようには見えなかった。また四人が滝口の息子ではないか、という噂もあった。だが四人の血液型から、そもそも滝口の子ではないと研究員たちには説明されて、当人も否定していた。今となってはその記録も真偽のほどは疑わしいのだが……続いて八咫烏が忽然と現れた。彼はどうやってエリシオンに来たのかすら不明だ。共命鳥の兄弟が児童施設から連れて来られたのも同じ時期になる。
当時の私は被検体たちの世話役として遣われていたことが多かったのでね。古い被検体たちが皮肉を込めて私を『飼育員』と呼ぶのは、動物園とその役割をかけて揶揄したものの名残だ。そしてあの日、アーロンが血相を変えて彼……TK56-7を抱き抱えて、私の目の前を走り抜けて行った……。
その直後だ。彼らが一斉に施設から消えたのは。そして暫くして、白髪の痩せ細った青年が現れた。それがTK49-7……君たちも知る迦陵頻伽だ。『四人の青年のうちの誰か』なのだろうが、あまりの変貌ぶりで、正直私には確証は持てなかった。真相は未だに分かっていない。そして刑務所から来たここにいる七人が、柱の歯車として選出されていったのだ……。」
(第六十三話 終わり)




