第三十七話 おやつの時間 〜戦闘開始〜
ここは深層のレベル4──実験アリーナの端で香澄博士が高山オサムの経験した『パープル・ダンサー』と呼ばれる現象の説明を全員の前で行っていた。
「そうしたら、ホログラムとか、よく映画とかでやってるみたいな……空間に映像映し出す感じで看護婦の映像がオサムの前に現れたってことですか?」
圓崎が不思議に思い質問する。
「まあ、そうだね。雰囲気としてはそういうことだ。もう少し限定的とでも言えばいいんだろうか……ここにラジオを置いてスピーカーで再生する分には皆が音を聞くことができるね?」
全員が頷く。
「だが、高山くんだけがイヤホンで音を聴いてるとすればどうだろう?聞こえているのは高山くんだけで、我々にはその音は聞こえない。いくら高山くんが『今こういう音が聞こえている』と主張しても周りでは確認ができない。」
香澄が改めて全員の顔を見回す。
「もしイヤホンジャックが幾つもあって、そのうちの1本を安川くんがイヤホンを繋いでいれば、彼も高山くんと同じラジオを聴くことができる。仮に……実際には2人がいた場所は離れていたが……このとき安川くんのイヤホンの音が大き過ぎてたまたま小前くんがこれを聞いたなら、この3人が同じラジオを聴いていたことになる。」
安川が若干不服そうに尋ねる。
「まあ、チョーさんの話が聞こえたって理屈としては分かるけど、看護婦のことは?」
「それも一緒さ。みんなの一人ひとりの部屋にテレビがあって、繋がってるアンテナが高山くんだけ違っていて、あるチャンネルをつけるとみんなのテレビには何も映らない。このチャンネルでは放送されてる番組がない。けれど高山くんの特別なアンテナではそのチャンネルが受信できて看護婦さんが映し出された、そういう感じなんだよ。」
柴崎が笑顔を見せつつもいまいち合点のいかない様子である。
「う〜ん、アンテナが違って受信できるかどうかは、なんとなく分かるけど、それでも人が実際にそこに居るって錯覚するのは……」
「確かに分かりづらいかもしれない。我々は目に映ったものを脳が判断している。映写機で映像をスクリーンに映し出すように、その目に、網膜に直接信号を送っているとすれば、実際にはないはずのものがその人にだけは見えていることになる。あるいは、別に目を使わずとも夢を見ることがあるだろう?システムが高山くんの脳に直接電波を送ってヒトとしてそこに居るように思わせた、ってことも考えられる。正直私も全ての仕組みが分かっているわけではないんだ。実際に経験したのは高山くんが初めてだろうからね。」
「なるほど」とまではならないが、まあ何となく理屈としては皆分かったような感じに落ち着いた。だが香野はまだ納得いかない様子で、さらに踏み込んで質問を重ねる。
「でも何でオサムにだけそのシステムが直接会いに来たんですか?そのオサムのアンテナと同じものを俺たちも持っていたら、看護婦が目の前に出てくるんですかね?」
「恐らく香野くんの言うとおり、高山くん以外にも会いに来てるはずだ。」
「何故です?」
「ようコウノ?もういいんじゃねえ?この話は。タカヤマが妄想してたわけでも嘘言ってたわけでもねえ、勘違いでもなかった……これだけ分かりゃいいいんじゃねえか?ダメか?」
佐久間が悪い流れになりそうな予感からか香澄と香野の間に割って入った。
「ああ、確かに。」
「そんな詳しく聞いたってよ、こう言っちゃなんだけど、テストに出るわけでもねえだろ?」
「言われてみりゃそうだ。サクマが正しい。コウノ、もうこの辺でやめとけ。」
溝端の同意は他の者も賛成のようだ。
「……ああ、ごめん。つい……」
「いいって、いいって。別に謝んねえで。それよっか、ごめん。オレ急に腹空いてきたんだけど?お前らヘーキ?」
すっかりいつもの調子に戻った小前が、彼らしく叫んだ。
「ああ!そういや、オレら全然飯食ってねえじゃん!もう昼過ぎてんじゃねえ?」
香澄がログ・パルで時間を確認する。
「本当だ。すまない、みんな。すっかり食事のことは失念していたよ。」
「でもさ、今日いろいろあって、言われるまで気づかなかったけどさ、なんかいつも以上に腹減ってる気がすんだけど?俺だけ?」
竹田が遠慮がちに皆に確認する。そして即答したのは大田であった。
「いや。気のせいではないと思う。いつも俺たちって身体動かして休憩しても、水は欲しくなるけど腹ってあんま減らねえ感じだったから。今朝オサムちゃんたちに聞いた無線エネルギーってやつのおかげなんだろうけど……なんか1時間くらい前からか、そのエネルギーってのが随分減ったんじゃねえかな?」
大田のこういう感覚は改めて感心する。まあ体感でなんとなくは分かるとは言え、これだけハッキリと断言できるのは、驚くべき感覚だ。
「多分、もうそろそろ3時じゃねえかな?」
これを聞いた香澄が本気で驚いた。
「どうして大田くんは分かったんだい?時計を確認できる場所なんてないはずなんだが……?」
「ああ、勘です。感覚って言った方がいいのかな?」
みんなが笑い出す。
「コイツはよく分かんねえけど、特殊なんです。気にしないでください。」
圓崎が嬉しそうに香澄に答えている。思い出したように竹田が付け加える。
「そうそう。大田、そう言えば昨日が12月2日だって言ってたろ?じゃあ今日3日で合ってんのかなあ?」
「ええ?そんなことまで分かるのかい?彼は?」
山本が目を丸くしている。日付や曜日の概念が希薄になっていた米田との会話をしていたことが余計に際立たせているのだろう。
「おおお、凄え。これって本当に合ってたってことじゃん?」
柴崎が大田を褒め称える。
米田がこの話に少し驚いたのか、遠慮がちにも尋ねてきた。
「その日付って、ここ来てからの日にちをどうやって?」
「何でも体内時計が正確で、連れて来られたときから数えてたんだって、日にちを。凄いっしょ?」
「スゴいっすねぇ。へえ。」
柴崎の説明を聞いた米田が本気で大田を尊敬の眼差しで見てるのを、周りには珍しい光景に映っているらしく、不思議そうに見ている。圓崎が彼に向けて言う。
「そんな褒められることじゃないから。ただコイツがおかしいだけだから。」
溝端がニヤニヤながら、ここぞとばかり圓崎に続く。
「確かに凄いけど、そこまで大田を敬う必要はないだろう。」
「ミゾにそんな言われ方される覚えはねえんだけど?」
そう言いつつも大田も楽しそうだ。
チョーさんもなんとなく嬉しそうに見える、そんな光景であった。
しかし、チョーさんが急に腰を落としてその視線は四方に向けられる。舌をやたらと出しては引っ込める例の動作を頻繁に始めた。彼の警戒態勢への移行でその場の空気が張り詰める。何かあるのだろうか?
コ〜ン、ゴ〜ン、グゥオ〜ン、ググゥオ〜ン……
小、中、大のそれぞれの鐘が鳴り、そして一斉に全ての鐘が鳴り響く。録音されたもののようだが、これだけの音量で鳴り響くとまるで本物の鐘のようだ。地下特有の反響が一層それを演出する。決して祝福で鳴らされるような音には思えなかった。葬送の音──身震いを引き起こすような……まるで『お前たちが葬られるのだ』と告げられているような……口にはせずとも誰もが鳥肌を立てる音だと認識した。
そして鐘の残響が徐々に弱まる中、マイクを通した非常に不快な声がスピーカーから流れ出る。
「さあ〜〜みなさぁ〜〜ん!おやつの時間でちゅよ〜〜」
聞き覚えのある声……あのタバコオヤジ、宮里と呼ばれる被検体である。
全員が背中合わせで自然と死角を作らないようにして身構える。香澄と藤原の非戦闘員の2人を囲むように円になり戦闘に備える。
オサムが皆にチョーさんからの情報を伝える。
「あのオヤジだけチョーさんたちと違って、昨日の夕飯前から姿を見てなかったって。あと気配が分かりそうで分からない、だって……」
細い目を更に細めて警戒する大田が違和感を口にする。
「チョーさんには申し訳ねえけど、アイツ大分流暢に喋ってんぞ……上にいた2人やチョーさんとは、また何か違う手術でもされてんのかもしんねえ。」
竹田はこれを聞いて「……じゃあトカゲみたい(な姿)になってねえのか?」
柴崎も左右を警戒しながら「かもしんねえ……」と同意する。
香野が天井方向に何か違和感を覚えたらしく奇妙な質問をする。
「チョーさんって空飛べたりする?」
溝端が苛立つ。彼には警戒を続けている緊張感を破る非常識な言葉に聞こえたのだろう。隣の香野に顔を向けて「何でこんなときバカなこと言い出すんだよ。」と嗜め始めた。
その直後の一瞬だった。まるで遊園地の絶叫アトラクションの如く、突然高い場所から地面に向かって大きな高低差を感じるような……巨大な空気の塊が少年たちの円の中心を貫くように迫ってきた。全員の耳が飛行機にでも乗っているかのように急激に詰まり始める。何人かはその衝撃に呻き声を出していた。
何かが自分たちの真上から落ちてきたようだったが、かろうじて直前で弾かれるようにソイツは自分たちの円陣の外側の方に跳んでいた。全員が壁を背にして円形を解き、弧を描くように半円状に並び直す。跳んでいったものに対峙するように態勢を新たに整えた。舞い上がる粉塵の中、姿を現したのは軍服姿の巨漢である。9人の少年たちは見覚えがあった。米田とチョーさんにも……
「久しぶりだな?ゴミ屑ども……」
その声はさっきの拡声機越しの声ではなかった。
米田がその姿を見て驚く。
「チョーさん……あいつ……グンプクですよね?最近ずっと見てなかったけど……」
オサムがチョーさんの言葉を代弁する。
「チョーさんも、アイツのことは分かんなかったって。確かにずっと長いこと見てなかったって。」
「なあ、あんときの奴だよな?」
吉村が佐久間に問いかける。
「ああ、忘れるもんかよ。間違えねえ。」
佐久間が鋭い眼光をソイツに向ける。
そう、姿を現したのは大野改め『アレーシュマ』であった。
(第三十七話 終わり)




