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エリシオンの四神 〜最後の四日間〜  作者: 伏黒照


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第三十八話 想定外の衝撃 〜ダニング・クルーガー効果〜

少年たちの真上から飛来した警備責任者の大野と呼ばれていた男……あのとき──佐久間たちがこの施設に来て最初のクラス振り分けのときにやって来て、その高慢な態度により佐久間と圓崎に殴られて気絶した男である。

「サクマ、あいつあのときの野郎で間違いねえのか?正直俺は同じ奴とは思えねえんだが?」

「ああ。確かにバケモノになっちまってる、ってとこじゃ全く別人だけどな。あの声は忘れねえ。」

彼を完全に叩きのめした張本人の圓崎にも認識できないらしいが、愚弄された本人である佐久間は確信しているようだ。

「あれが大野さん?外の病院に入院してたんじゃなかったのか?」

「一体……何をしたらあんな強力な被検体になれるんだ……これが融合の力なのか?」

藤原と山本でさえ、かろうじて大野の面影が残っているいう程度にしか見えていない。今の姿から彼だとは()()()()は信じがたいという様子である。異常に盛り上がった黒ずんだ筋肉……皮膚の下ではSタイプ『アエーシュマ』の細胞が蠢き、黒い血管が浮き出ている。


「改めてご挨拶をさせていただこう。私は最早『大野』などではない。私はあのお方の盾であり矛なのだ。我は『軍神アレス』にして『憤怒のアエーシュマ』をこの身に宿した『アレーシュマ』……我が君主から賜りしこの名のもとに、速やかにゴミ屑どもを回収してくれようぞ。」

悦に入ったアレーシュマのこの見得切りに対して、小前がいつものように思ったことをそのまま口にする。

「……大丈夫か?アイツ?」

「マエコー声でけえよ。聞こえるだろ?緊張感ない奴だな?」

他人のことを言えるような説得力がない溝端の残念さが、哀しいまでに際立っている。

「お前は手がでけえけどな。」

このやり取りは定番になっていたが香野は溝端のように警戒を解くことなく表情は真剣で、目でアレーシュマの動向を追っている。

「だからコウノお前、何でそんな喧嘩腰なんだよ?いつも?」

「ミゾ!ちょっと黙れ!」

佐久間が全くおどけることなく言い放つそのセリフは、溝端のみならずその場にいる全員を戒めるものだった。そして彼が前に出る。

「おっさん……いや『アレーシュマ』だったな?覚えてやったぜ。随分と強くなったみてえだな?」

アレーシュマは前に躍り出た長身の少年が一切視野に入っていないかのように、彼の言葉を無視して続けた。

「チャン・ヨンリョル……いやコカビエルよ、ご苦労だったな。イブリスをここまで保護するのみならず、ゴミ屑どもも一緒に連行するとは大した働きだ。我が君主もお喜びになるだろう。」

アレーシュマのこの言葉に皆が驚きの声を上げた。中でも一番戸惑っているのは米田であった。

「え?チョーさん?何だよ?コカビエルって?」

小前が何か言いたそうなのを遮って、オサムが事態収拾のためにチョーさんの言葉を伝える。

「チョーさんはコカビエルと命名されて米田くんの護衛に行くよう命じられてる。俺たちを捕まえるのはマツモトさんたちに任されていた。イブリスってのは米田くんを指してるらしいよ。でもチョーさんは俺らの敵じゃない。安心して。あとマエコー、『チャン・ヨンリョル』ってのは張永烈ってチョーさんの名前の母国語読みだって。」

品定めでもするかのように今喋っていたオサムのことを、アレーシュマが舐めるように見回す。

「……ほお。コイツか、お前とは初めましてだな?FRG-04。お前はこのゴミ屑の中で我が君主に差し出さねばならない貴重な貢物だ。おとなしくしていれば、傷つけずにおいてやる……が、どうにも不快でならんな?コカビエル?ソイツの言う『敵じゃない』っていうのは我々を裏切ったとでもいうのか?」

チョーさんは相手を見据えたままじっと動かない。

「そうか、そうか。お前もシャムシエルもバラキエルも喋れんのか?アザゼルとは違うのだな。」

侮蔑する視線をチョーさんに向けながら、ほくそ笑む。これを見て逆にオサムが含み笑いで応じる。

「そうだね。こっちもおかげで少し情報が掴めたよ。おじさんはチョーさんとは意思疎通ができないんだね?」

アレーシュマの頭に浮き出た血管が一瞬ピクッと動いた。

「おじさんではない。アレーシュマだ。それと今のは、まるでお前にはコカビエルの声が聞こえているとでも言いたげだな?」

「そうだよ。」

両者睨み合ったまま沈黙が続く。

「おい!アザゼル!お前にはコカビエルの声が聞こえるのか?!」

驚くほどの音圧である。アレーシュマが少年たちから目を逸らすことなく、そのままの姿勢で叫び始めた……いや最早これは咆哮と言うべきか。堪らず香澄や藤原をはじめ幾人かは耳を塞いだ。これに対して先ほどのマイクの声が再び入る。

「いえ、アニキ、オレにはちーとも聞こえませんが?そっちにいき……『シュー』……ああ……『シューシュー』……やべ、ああ……」

マイクが故障でもしたのだろうか。「シューシュー」と何か蒸発するような異音混じりに、アザゼルと呼びかけられた宮里の声が途切れてしまった。

「何をやってるんだ、あのバカは?まあいい。」

こう言いながら、アレーシュマが上を見上げた瞬間だった。黒い影があっという間にその懐に飛び込んだ。佐久間である。彼はすかさずアレーシュマの下顎を狙い打つ。まるで金属音のような『キィィィィン』と耳をつくような甲高い衝撃音と共に拳を振り上げた。ミシッと鈍く何かが砕ける音……そして気づけば、殴り抜いて息を切らす佐久間の袖がボロボロに千切れていた。

さすがの融合体アレーシュマでも虚を突かれたこの衝撃には耐え切れず、そのまま上空に身体が浮いた。だがそのまま後方に跳びながら、空中で一回転して着地してみせる。ちょうど後方宙返りのような動きであった。顎の骨が砕ける音がしたはずなのに、着地したときには既に歪みが戻っていた。

前回彼らが対峙したときと同じであれば、確実に今のでアレーシュマは気絶、いや普通の人間なら絶命してもおかしくないだろう。だが今回の彼の動きは油断して直撃を喰らったにもかかわらず、ほとんど痛みがないかの如く振る舞っている。首の骨でも鳴らすように頭を何回か振る。そして薄ら笑いを浮かべて佐久間を見た。

「なんだクソガキ、そこにいたのか?気づかなかったぞ。ふっふっふっ……」

間違いなくクリーンヒット。完全なるアッパーカット。かすったのではない。手応えは確かにあった……相手の骨が砕ける感覚すらあったのに、なぜ立っているのか……


佐久間の身体能力は神格化前でもかなりの高い水準である。一般の成人男性の拳の速度は秒速5〜8メートル、その衝撃力は100〜150キログラム程度と言われている。プロボクサーで秒速10メートル以上、衝撃力は300〜500キログラム、あるいはそれ以上を出す者もいるという。令和8年現在ではパンチングマシーンで800キログラム超えの記録もあるらしい。

佐久間は中学2年生にしては高身長で173センチ、体重64キログラムという体型。バスケ部でかなり()()()()な動きを得意とする。拳の速度は秒速10メートルを超え、衝撃力は280キログラム……最高で300キログラムを超えていた。神格化後においては、拳を放つ推定速度は秒速380メートル、すなわち『マッハ1.1』……これはF(フレキシブル)ボーンの特性とリーチを活かした()()()による斬撃の鞭。突き抜けるような高い音を上げていたのは、その速度が音速を超えていたからだ。そして、その衝撃力は驚異の7,000キログラム、つまり7トンもの破壊力。電柱をもへし折るレベルである。


これほどの力を出す男が身体のバネを活かした渾身の一撃。それは7トン以上の殴打であったのは間違いない。アレーシュマこと元ニンゲンの大野は身長181センチ……ニッポン人としては長身の部類。たとえ中2では長身でも、173センチの佐久間にとっては8センチもの身長差。これがインパクトを減少させていた……そう考えたとしても、佐久間の会心の一撃に対して立っていられるアレーシュマは、とてつもない強化に仕上がっていることが窺い知れる。

そして、この目の前の事実に一番驚いているのは他ならぬ佐久間であった。レベル3の40ミリの厚さの扉を殴るときでも、彼は全力ではなかった。拳を傷めぬようにセーブしていたのだ。しかし今は完全に本気だった。何ひとつ躊躇せず、命を奪うつもりで繰り出したものであった。多少の緩和をされたとて致命傷どころか、かすり傷程度にしか留まらない。むしろこれは自身へのカウンターとなってしまった。この目論みとの乖離が、その戦意を完膚なきまでに粉砕し、佐久間を茫然自失とさせていた。

「殴った、ということは殴られる覚悟は当然あるんだろ?チンピラ風情が!」

アレーシュマの拳が振り翳される。佐久間はまだ動かない。いや今言われた言葉すら耳に届いていない。

どぐぁおおぅう……

岩が砕け散る奇異な音とともに地面が不自然にえぐられた。恐らくこれでもアレーシュマは本気ではないのだろう。余力のある顔ではあるが、不満気な顔でもあった。何故なら、打ち抜いた先には誰もいないからである。圓崎、大田、松野の3人が佐久間を助けるべく前に出ようとしていた様子であるが、気づけばオサムがすでに佐久間を回収して、元いた自分の立ち位置に戻っていた。オサムが溝端に声をかける。

「サクマくんをお願い。」

こう言いながら放心状態から戻れていない佐久間を溝端に預ける。ゆっくりと前に出てアレーシュマとの距離を詰めていく。圓崎たちよりも前に出ていこうとしたそのとき、またも驚くべきことが起こった。金属をぶち抜くような大きな衝撃音と共に少年たちのはるか前方、アレーシュマの後方から鋼鉄製の扉が水平に吹き飛んでいった。

「すんません。アニキ。ついマイクを溶かしちまって、使いもんにならなくしちまいました。世の中全てが遅過ぎるんです。……あ、タイミング間違えましたか?」

少年たち全員が鳥肌を立てた。あのタバコオヤジのバカさは健在であることを知ることができたが、同時にコイツも調整前とは全くの別物……バケモノであることを知る羽目になった。飛ばされた扉の厚さは確実に30ミリ以上。あの圓崎でも破れない厚さである。その扉の中央は拳か蹴りのいずれかで穴が開けられており、彼は軽々とそれを何メートルも吹き飛ばしたのだ。これは23トンもの衝撃力を必要とするものである。もし仮に少年たちでは破れなかった40ミリの鋼鉄製の扉をも穿つとなれば、30トン以上の衝撃力を持つことになる。戦慄が走る。

「全くお前は仕方のない奴だ、アザゼル。」

少年たちから視線を逸らすことなく、アレーシュマは不敵な笑みを浮かべてアザゼルを嗜めた。

「すんません、本当に。登って行ったときの通路が分からなくなって、適当に降りてきたら、これ鍵かかってたみたいで……吉田さんに怒られますかね?」

「いいや、大丈夫さ。コイツらも同じように壊せばな……」

圧倒的力量の差に慄く少年たちを嘲るアレーシュマの高笑いは、一層彼らの血を凍りつかせていた。

(第三十八話 終わり)

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