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エリシオンの四神 〜最後の四日間〜  作者: 伏黒照


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第三十六話 絆の架け橋

本作は「四神 〜神格化の刻〜」の続作となります。

このため第三十六話からの開始となっております。

未読の方はこちらからどうぞ→ https://ncode.syosetu.com/n9426ly/

また同一内容の投稿を『カクヨム』様でも行っております。

昭和62年12月2日の水曜日、当時『ミスター防衛庁』の異名で知られていた事務次官──西澤(あきら)は一人机に佇んでいた。電話の受話器に視線を向ける。少し強めに吹き荒ぶ北風が窓ガラスを震わせる……その音だけが執務室内に響き渡っていた。最初に電話をとった時点の和らいだ表情から一転し、彼の表情は大分険しいものになっていた。組んだ両手を眉間に押し付けるように静かに呟く。

「白鳥のやつ……『松代』か……なんともキナ臭い場所だ。ここまで踏み込んだ依頼とは余程のことが起きている……そういうことか……」

目を閉じて考え込んだあと、ふと天井を見上げた。そのまま1分ほどその姿勢のまま動かなくなったかと思うと、机の上に視線を落とした。それから15秒ほど経って突然彼は方々に電話をかけ始めた。新聞や資料を机の上に広げて取り憑かれたように機敏に動き続けていた。

ノックの音で風が窓を叩く音がかき消された。1人の職員が入ってくる。陸上幕僚副長である。

「早急な案件ということですが、いかがなされましたか?……また『1%枠撤廃の件』と関連あることであれば自分では分かりかねる話でありますが……?」

「いや今回の件は『予算』とはまた関係のない話でね……大蔵省の同期からの連絡、いや告発と言って良いかもしれない。かなり危険な情報提供がありました。松代周辺で実施予定の定期訓練に緊急で『化学防護』と『ゲリラ対策』を加えた実戦的検証を行っていただきたいのです。次官案件として……」

エリシオン・ラボの所長である白鳥が古くからのツテとして連絡をとったのが、この西澤輝であった。白鳥は施設からでなく、わざわざ車載電話で連絡をして来た。しかも私信として……詳細こそ語らない、西澤もよく知るいつもの口調ではあったが、何か大きな事件に友人が巻き込まれている……そう感じられる依頼であった。彼はあくまで訓練の実施を要請して来た。大規模な避難訓練ができれば都合が良いのだと……

しかし西澤はこの事態を『テロ』として理解した。訓練などではなく、テロ鎮圧の実戦配備で動かすことこそが『速やかに事を推し進める』こう考えたのだ。

「……今回テロの兆候と思しき通信を傍受、これを密告して来たのが施設長ということです。あくまであそこは理研の一部です。文部省が『事故』が起きたと騒ぎ立てる前に、私たちで『演習』という蓋をして差し上げましょう。大蔵(省)に対しても将来大きな貸しになるはずです。現場の連隊には『実戦』に備えるようお伝えください。あくまで怪しい動きに対する先制的な鎮圧であると……首謀者は副所長の黒崎俊佑(しゅんすけ)。彼は法務省から出向していますが、厚生省での経歴が長い男です。不穏な輩との繋がりもあるかもしれません。それと通報してきた白鳥の協力者が施設内に1人います。亡くなった滝口崇博士の息子『滝口(つよし)』さんです……」

西澤は淡々と調べた情報を正確に伝えていき、的確に指示を出す。また先日の『隕石落下による未知のウイルス感染者』の報道のことも、今回の件に深く繋がりがある『バイオテロを示唆するもの』そう彼は認識していた。鋭い着眼である。

「……鎮圧前に、まずはその無事を確認して『少年たち』の施設外への移送を優先して動いてください。」

「……承知いたしました。では早速、明日の未明には現地の先行潜入は可能でしょう。ところで事務次官は防衛庁が長いと聞いておりましたが、大蔵省にもいらしたのですね?」

「いやいや。語弊があったというか、そう受け止めて当然ですね。大蔵にいたのはあくまで白鳥だけです。彼は、私が(防衛庁)入庁当時の予算のやり取りの『カタキだった男』です。あの頃はよくやり合いました……それがいつのまにか気の合う友人になっていまして……同時期の配属であったことから『大蔵省の同期』なんて私たちの間だけで勝手に呼んでいるんです。すみません、紛らわしい表現をして……」

陸上幕僚副長が退室後も西澤は厳しい表情のままであった。

「……無事でいてくれよ、白鳥……」

数字に対してだけは細かいが何事もおおらかで情の深い白鳥……着々と進めながらも法理を重んじる西澤……旧友たちの絆が迅速な見えざる救助作戦を開始させた。


そして翌日、12月3日の午前9時31分、現地エリシオンでの出来事……

「……サンタじゃないんだよ、こっちは……。あ、もう行かねえと。次あっから。頼んますよ、所長さん!」

副所長と名乗る黒崎を最後まで所長と言い続けた男は、苛立ちを抑えきれない様子のまま運転席へと乗り込んだ。黒崎が頭を下げる姿をミラー越しに見つつ、すぐに視線を逸らして男は車を発進させる。車両から素早く離脱していった3つの影に黒崎は全く気づいていない。1つは素早く敷地の外縁に近い場所へ、2つは施設内に向かっていた。走り出した車の中で、男はさっきとは別人のような口調になった。

「こちらマルイチ。ターゲット・シロッコと接触。警戒心が強く観察眼の鋭い男。冷却された熱のような危険な感覚……これより離脱。ポイント・デルタへ向かう。」


ほとんど口を動かさず、秘話装置付の無線に向かって言い放つ。先程までの苛立っていた一般人のそれではない。車内での彼の横顔は『冷徹な専門家』のものである。

彼らは斥候とも言うべき自衛隊の偵察活動を行うスカウト・チームであった。

黒崎とドライバー役の男が話をしている間に、車両の下部や荷台の死角となる場所に潜んでいた3名のチーム員が素早く散っていった3つの影である。そして各々が今配置につくにあたっての通信を行っているところである。

「こちらスカウト1。これより穴に入る。定時連絡まで封鎖。マルテを確認次第合図を出す。」

「スカウト3了解。外周クリア。健闘を祈る。」

2名は内部状況を把握し、通信遮断や脱出経路を確保する目的で施設に潜入した。もう1名は施設外で待機しつつ、外部からの干渉を監視し内部の2名との中継として掩体(えんたい)──通称『タコツボ』と呼ばれるもので潜伏をする。昨日の雪も市街地や日当たりの良い開けた場所と違って、山間部であるこの辺では積もった雪はまだ溶け切っていない。そもそも今日も曇っていて日差しはほとんどなかった。隊員の吐く白い息がそのまま氷にでもなりそうな厳しい寒さである。それでも雪や土を被ってのカモフラージュとなるタコツボを、隊員は手慣れたものであっという間に掘って配置についた。

事務次官勅命により管轄の第十三普通科連隊が動き出す。そして先行の調査部隊が動き出していたのである。

白鳥所長がレベル1の大会議室で発表した自衛隊による訓練、この情報はテロリストと目される黒崎への牽制、油断の誘発である。部隊の本格始動は本日から明日にかけて……交通規制を装った道路封鎖も着実に行われることになる。

囚われの少年たちの危惧は着々と解消され、脱出という計画が現実味を帯びてきていた。しかし彼らはまだこのことを知らない。黒崎たちもまた、自分たちを阻もうとする者たちの手がすぐ目の前まで迫ってきていることに全く気づくことはなかったのである。


レベル1の大会議室で黒崎を見送った白鳥は、スタッフたちが演台の上のパイプ椅子を片付けている間も、会場からすっかり人が消えた後も呆けたように暫くそこに留まっていた。

「あの〜?すみません。後で鍵を閉めますんで、お帰りの際に声をおかけいただいてよろしいでしょうか?所長?」

申し訳なさそうに、それでいてすぐにでも伝票整理に戻りたいという気持ちが滲み出ている様子の職員に、白鳥は慌てて詫びを入れた。

「おお、すまない。勝手に長居してしまって……すぐに退出いたします。申し訳なかった。長いこと。ここは地下と違って寒いというのに迷惑をかけてしまったね。お疲れ様。」

そう言って、昨日の車に乗り込むときのような、普段の姿に似つかわしくない機敏な動きで会議室を後にした。昨日ちらちらと降っていた雪も今日はほとんど止んでいる。風も昨日ほど吹いていない。だが外は氷点下の気温である。

白い息を吐きながら、ゆったりと通路を歩いている白鳥は一人呟く。

「ツヨシくんは子どもたちと共に最深層へ向かうと昨日言っていたが……果たしてどうなっているんだろうか?アキラちゃんのおかげでここまで事は進められたが……」

ぶつぶつ呟く白鳥の脇を、施錠を終えたスタッフがお辞儀をしながら駆け抜けて行った。

これからエリシオン・ラボ内部で吹き荒れる嵐の予感を白鳥はひしひしと感じ始めていた。

(第三十六話 終わり)

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