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エリシオンの四神 〜最後の四日間〜  作者: 伏黒照


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第五十二話 秘密箱 〜Forever Young〜

池の前の賽銭箱の前に全員が集まっている。マモルとツクモはまだ眠ったままだ。セメルはその脇に8本立てかけられた卒塔婆に右手を伸ばして、一人ひとりに視線を向ける。

「これが私の頼みごと……この賽銭箱を君たちの智慧で是非開けてみてほしいのだ。実はそこにいる香澄も含めて今まで何人もの研究者たちが挑んだが、誰一人として成功した者はいない。恐らくこれがヒントなのだろうが……ここを見てくれ。」

そう言って賽銭箱の右側に貼られた古い紙には「浄土の扉をトントンと、その伴奏に合わせて紡ぐ」と書かれている。何のことだろうか。少年たちと山本、藤原、そしてチョーさんも代わる代わるその文言を見ていく。オサムが疑問に思うことを素直に尋ねる。

「そもそも中身は何でしょうか?」

セメルは賽銭箱をじっと眺めたまま答える。

「俺にもさっぱり分からん。俺たち三人が来たときにはすでに設置されていたものだ。迦陵頻伽は俺たちに良くしてくれた貴重な被検体でな……一番ここに長く居るアイツでもこれのことは何も分からない、と言っていた。」

「ビンガさんがここに来るんですか?」

「ああ。俺たち兄弟は親がなく施設で暮らしていたが……気づけばこのエリシオンにいた感じだ。正直自分でも昔の記憶が曖昧でな……親に関する記憶は全く残っていない。俺がそうなのだからマモルも当然覚えていない。特にそれがおかしいとも思っていなかったが、奴は妙に気にかけてくれてな。マモルの遊び相手もよくしてくれたものだ。奴の場合は親に捨てられ、忘れたくても忘れられない事情のある男だ。自分より年下の俺たちを見て思うところがあったのだろう……」

こうして話を聞いていると、ここにいる人間は過去につらい経験をしてきた者が多いと感じる。セメルもまともな環境であれば好青年に育っていたのであろうか。オサムはそんなことを考えつつ彼の横顔を見ていた。

「これ、ぶっ壊すんじゃダメなのか?」

元気になった安川らしい発想である。

「確かに君たちならば壊せるのだろう。だが中身まで傷つけずに壊せる保証はあるまい。まあ爆弾とかではないと思うが……万一のときは大事故にもなる。生物反応も金属反応も確認されていない。苦労して開けても中身はカラということもあり得るが……私の探しものに繋がるものが入っている可能性があると考えている。なるべく無傷で手に入れたいのだ。」

「あの〜、何が入っていると予測されてるんでしょう?」

オサムは恐るおそる尋ねる。こだわる理由をなんとなく確認したくなったのだ。

「……レベル5に隠されたもの……恐らくはこのエリシオンの研究成果の秘密……そう考えている。」

少しざわつく。香澄までも動揺し始める。

「なぜそこまで重要なものがこの箱に?おっしゃるように我々はこの箱の開閉に挑んだことはありましたが、エリシオン着任後の研究者の洗礼のひとつだと……当時はそのような発言はなさっていなかったのに、なぜ今になって……?」

珍しく自嘲気味の笑いを浮かべてセメルが応じる。

「エリシオンの終焉が近づいている。上野たちの動きを見ていれば分かる。どういう結末か……そこまでは分からないが……。八咫烏も俺もマモルも、確実な未来など見えやしないのだ。あくまで『可能性だけ』だ。現に完璧な予知能力があるのであれば、わざわざこんな頼みごとをせずとも中身を言い当てることができよう。だが自分の経験から導いた可能性には、この箱の中身が明らかになる未来はないのだよ。純粋に知りたいのさ。これをこうまでして封印する意味が何なのかを。作った奴には聞けないからな。」

「製作者が誰かはご存知なんですか?」

今回は山本が質問をした。何か興味を惹かれたのであろうか。自分に話しかける相手が香澄とオサムとほとんど決まっていたなかで、初めて声をかけてきた男のことが気になったのか、セメルは彼の顔をじっと見つめた。

「ドクター・ホルズワースをご存知かな?」

「ホルズワース!?」

後ろから驚きの声を上げたのは藤原であった。

「藤原?知っているのか?」

香澄にとっては知らない人物らしい。山本も同様に分からないようだ。

「ええ。知る人ぞ知る、天才エンジニアです。ニッポンで消息を絶った……とは噂に聞いたことはありましたが、彼がこの箱を?」

このやり取りでセメルは香澄が思っている以上に知らされていない情報が多いということを理解した。同時にそれでよく四門システムの解析を任されているものだと不思議にも思った。

「……なるほど。香澄も分かっていなかったのだな?お前は滝口を天才として崇めているようだが……人の考えや感じ方は人それぞれだ。それを否定はしないが、恐らく俺や上野はそうは思っていない。」

「どういう意味でしょうか?」

「四門システムはホルズワースの手によって完成したものだ。」

青天の霹靂とでもいうべきか。香澄は今の今まで滝口博士単独で作り上げたものだと思っていた。

「奴はプログラムはもちろん、物理的メンテナンスにも長けていた。真の構築者は彼にほかならない。……おっと、あまりにも脱線したな。前口上が長過ぎた。すまない。友人の安否も心配するなか、時間を割いて立ち会っていただいているというのに……失礼した。」

そう言いながら賽銭箱の正面に立ち直す。

「この書かれたヒント以外はこれと言って何もない。恐らくはこの卒塔婆を使って開けるのだろうが、上手く差し込めるときもあれば、全く入らないときもある。ちょうど8本の差し込み口がある。卒塔婆も同じ本数だ。触れて貰えば分かるが、微妙にスライドしたり、押し込むボタンのような作りになっていたり……秘密箱と呼ばれる類の、所謂パズルになっている。」

大体の話は皆理解した。あとは少な過ぎるヒントからどう答えを導くか。みんなで卒塔婆や賽銭箱を入念に見て回る。

卒塔婆というのは縦に長い板状のもので「空」「風」「水」「火」「地」を表す五つで構成され、このため左右の側面には四つの切れ目……スリットがクビレのように刻まれている。亡くなった人を供養するためのものであるが、釈迦の遺骨を納める仏舎利塔を簡素化したものとも言われている。

ここの卒塔婆の形状は普及しているものと同じであるが、随分と変わっているところがある。まず書かれている文字は梵字や漢字ではない。遠目では気づけないが上部に書かれた文字はアルファベットの「CDEFGAB」となっている。書体は『Snell roundhand』と呼ばれるマシュー・カーターによる美しきスクリプト書体……筆記体の英字が離れて見ることで梵字のようにも見え違和感がない。しかも卒塔婆の上下を逆さにして書かれているので、余計にアルファベットだと視認するのは難しい。中間部から下部に向かって本来、戒名などが書かれる部分にはところどころに黒い四角とともに、やはりアルファベットと数字が並んでいて、上に並んだ文字が縦書きに対して、こちらは全て横書きになっている。このため卒塔婆を横に倒して初めて「◾️m ◾️maj7 ◾️7 ◾️7m7 ◾️mM7」と書かれているのが分かった。黒い四角は押し込むことができ、押すと裏側の頭の方……つまり「CDEFGAB」と逆さに書かれた裏に突起状のものが飛び出る仕組みのようだ。8本とも全て同じ作りになっている。

十四人の少年たちも、大人四人も皆意味が分からないと思いながら手に取っていたが、実はこの中で三名の少年たちはあることに気がついていた。

細長い板の幅……黒い四角がところどころに並んでいる……これを斜めに構えると、まるで……

そのうちの一名である溝端は卒塔婆の1本をギターネックになぞらえて斜めに持ち、カッティングの真似をしてみせた。

「ミゾ?何やってんだよ?卒塔婆で遊ぶなよ。」

安川や松野がこれを嗜めていたが、同じことに気づいていたオサムと圓崎が、じっと溝端のギターの真似事を真剣な顔で見つめていた。手を止めているオサムに気づいて添田が声をかける。

「ミゾのふざけ方が気に入らない、とか?」

これが耳に入った香野や柴崎、大田もオサムが怒っていると思い、溝端に注意を促す。

「ミゾ、やめとけ。不謹慎だってオサムもエンちゃんも怒って見てるぞ。」

そう言われて今まで上機嫌で二人の視線に気づかなかった溝端が、慌てて卒塔婆を元の場所に立てかけようとした。

「いや。怒ってんじゃねえよ。」

口を開いたのは圓崎の方だった。続いてオサムも同様のことを口にする。

「ミゾ、大丈夫。俺もエンちゃんもミゾと同じでギターのコードだと思ってる。」

これを聞いたセメルが感心したように頷く。

「よく分かったな。そう、まさに音楽のコードだろうという結論まで分かった奴は過去にもいた。HではなくBなのはギターコードかもしれない、なんて言っていたが、結局それ以上はお手上げだった。多分ヒントが示す何かの曲だろう、とは思うんだが……俺にはそういう知識はなくてな。科学者どもも疎い連中ばっかりだった。」

オサムと圓崎は二人並んで例の紙の前に立ち、穴が開くほどこれを見入っていた。

「浄土の扉をトントンと……」

オサムが呟いたあと、叱られていないと分かった溝端が、また調子に乗って後の世で言うところの『エア・ギター』を始める。そして、オサムの「トントンと」という言葉に触発されたように『ある曲』を口ずさみ始めた。悦に入った様子の『叱られキャラの溝端』とは対照的に、オサムは彼の様子を見ながらヒントの言葉を繰り返す。

「浄土の扉、浄土の扉、浄土の……天国の……!」

オサムが声を張り上げる。

「エンちゃんは『Knockin’ on Heaven’s Door 』(天国への扉)のコード進行って分かる?」

「いや。俺も弾けるわけじゃねえし。おいミゾ?お前分かるか?」

「え?コード……えっと、最初はGだろ?」

「ちょっと待って。メジャーのG……多分このまま……エンちゃん?きっと左からだよね?」

「ああ。普通はそうだろ。」

オサムは卒塔婆を音階……ルートの7つが書かれた方を下に、卒塔婆を逆さにして差し込んだ。Gの文字が見えているところで止める。

次はメジャーD……同じ要領でDで止まるように差し込む。Am7(マイナーセブン)……m7の前の黒い四角を押しこんで裏側から突起状のものを出す。このまま差し込もうとするが差し込めない。

「オサム、入れてから押すんじゃねえか?」

圓崎に言われて一旦突起を引っ込める。Aまで差し込み、ここでm7の黒四角を押す。「カチッ」と何かが嵌る音がした。「もう1回エーマイナーセブン」と言いながら4本目も同じようにカチッと嵌った。

「残るは全部メジャーコード……このまま差し込む……」

こう言いながらG、D、C、Cと続けて差し込んでいく。8本とも差し込んだが、これと言って変化はない。オサムは差した1本目から卒塔婆を軽くノックしてみた。すると……賽銭箱の下部裏側から丸い棒が飛び出した。一斉に皆が感嘆の声を上げる。そして八本全てにノックをして次々と棒が飛び出てくる。これらを全て引き抜くと……紙が貼ってあった側面から見事に引き出しのように箱の中身が飛び出してきた。さすがのセメルも10年以上の開かずの箱が目の前であっという間に開かれて、驚きの色を隠せなかった。

「すげ〜。オサムちゃん、エンちゃん、スゲ〜。」

竹田が歓声を上げて、周囲も皆盛り上がる。そして定番の……

「え?コード覚えてたの俺なんだけど……?」

溝端の不満な言い分に、今回ばかりは皆で褒め称える。佐久間が肩を組んでくる。

「ミゾ!お前の手柄だ。大手柄だろ。」

あんまり褒められ過ぎるのも慣れない溝端は、こう言われると却って萎縮している。不思議なものである。正直全員が『開いた』という事実に歓喜して、肝心の中身がなんだったかはもうどうでも良い感じの騒ぎである。

少年たちの喜びモードを目の当たりにして呆気にとられていたセメルであったが、冷静さを取り戻すと、かがみ込んで開いた引き出しの中を確認した。あるのはただの紙切れである。開いて見たセメルは深い溜息をついた。この様子に気づいたオサムが声をかける。

「何が書いてあったんですか?」

これを聞いて皆一旦静まった。セメルは明らかに落胆している。手にした紙を差し出しながらこう言った。

「……読んでみるかね?いや、この箱を開けた功労者に対してこの言い方はあまりに無作法だったな。失礼。私などより君にこそ読む権利があるのだからな。……読みたまえ。」

オサムは軽くお辞儀をして紙を手に取った。書かれているのは英語であった。

“Here’s Khazi key!”

真ん中の単語は全く見覚えがない。名前か何かだろうか。この単語を尋ねようとするよりも前に、セメルが解説を始めた。

「その『カージー』というのは英国人が使うスラングで、我々で言うところの……『便所』だ。つまり『便所の調べ』をどうぞ……とでも言ったところか。皮肉好きの変わり者とは聞いていたが……どうやらただの遊びで作ったものだったらしいな。少し期待していたのだが……」

本当に残念がっているようだ。

「だが、これを開けてくれたことの意味は大きい。中身は例えくだらんジョークでも、何が入っていたか、この目で確認できたのだからな。何より君たちの団結力と優秀さを再確認できた。ありがとう。」

今までで一番大人じみた、それでいて寂しそうな顔をしていた。

「そうだ。私から君たちにお礼……などと言うのは烏滸がましいが、昨日からずっと気になっていたのでな。余計なこと……でもないと思っている。正直せっかくの才能や力がここで萎えてしまうには惜しいと考えてのことだ。まあ、ある意味君たちには悪い知らせということでもあるが……」

随分と今度は回りくどい表現である。一体何を伝えようとしているのだろう。

「そこの少年……そう君だ。今回の功労者の一人でもあるのだ。胸を張れ。」

そう言ってセメルが呼びかけたのは意外にも圓崎であった。

「君はさしずめ、昨日の爆破を起こした張本人なのだろう?仲間を守るため……自身を守るため……仕掛けてきたのは奴らの方……それでも悔やんでいるのだろう?自分の拳を振るったことを?」

圓崎は何も言わず、ただセメルを真っ直ぐと見つめていた。

「安心しろ。……あの二人は生きている。」

この場の全員がどよめいた。圓崎はかなり驚いた表情で戸惑っている。

「君たちのような子どもが人を殺めたのではないか、と悔いる……非常に心苦しいことだ。俺も科学者どもから見れば充分子どもだろうが……少しばかり遅過ぎた。だが、君は違う。罪に苛まれる必要はない。そもそも罪を犯していない。これからも堂々と生きていけ。さっきの曲を俺は知らんが、きっと希望の曲もあるのだろう?」

なんということか。どう見ても悪党の彼が、まさか圓崎の救世主になるとは……

実際、彼の言葉で明らかに圓崎は救われていた。誰にも胸のうちを晒せず悩んでいたことを、この悪童が払拭してくれた。だがすぐに悪童らしい顔に戻る。

「まあ、奴らが生きているということは恨みを買って、この先も追い回される……ということも予測されるが……」

豪快に笑いながら言う様は、さっきまでの姿を完全に相殺してしまった。

「だが、それも安心するといい。まず一匹はただの黒いヘビに成り下がっていた。もうあれ以上は自力では回復できまい。そして大野の方だが……まあ君たちも知ってのとおり、我々被検体は死ぬに死ねない身体でな。アイツの場合は死んでもいないが、生きてるとも言えない……そんなところだ。おっと、悔やむなよ。奴は完全に自業自得だ。黒崎に拾われ、奴自身が自分の選択を悔いていないのだからな。むしろ暴走を止めてもらえてお前には感謝しているはずだ。」

不思議な人だ。

弟に対する態度もそうだが、年下には優しいのであろうか。

……代わりに大人には残酷に徹する……そんなルールで生きているのだろうか。

「すまんな、こんな情報提供でしか応じるものがなくて。10年以上分の謎解きと、マモルを案じてくれたお礼としては少な過ぎるが、今回はこれで容赦してくれ……。さてマモルはそろそろ目を覚ますかな?」

そう言って少年たちに背を向けたまま縁側に向かって歩いていく。ふと気づけばセメルが見ていた賽銭箱の引き出しに香野と溝端がしゃがみ込んでいた。そして二人はセメルに向かって叫び出す。

「あの〜、すみません」

セメルは自分を呼んでいると思っていないのか反応しない。彼らを真似てオサムも一緒になって「セメルさ〜ん」と呼びかけた。肩をビクッと動かし立ち止まったセメルがこちらを振り向く。

「どうした?何かあったか?」

溝端が大声で答える。

「引き出しの中、まだ何かあるみたいです。」

セメルが小走りに戻ってきた。香野が説明する。

「ここ……底板が外れそうなんで、外したら銀紙にくるまった何かが入ってるみたいで、まだ中身は見てません。」

「なんか握り飯みたいだな?」

松野が言うように確かにそれくらいの大きさである。形もなんとなく丸みを帯びていて、おにぎりが3つ並んで包まれている感じに見える。

「さすがに10年以上放っといた握り飯なら腐ってんだろ。」

圓崎の指摘ももっともだが、銀紙に包まれてるためか特に腐ったような匂いはしない。セメルは無言でそれに手を伸ばそうとしたが、途中でやめて皆に謝った。

「すまない。俺が開けようとするのは筋違いだな。さあ君らで開けたまえ。」

少年たちは特にこだわりは持っていなかった。寧ろセメルに開けてもらうつもりでいるからこそ、彼を呼び止めたのだ。オサムが代表してその旨をセメルに告げる。

「どうぞ、セメルさん。ウチらは運良く箱開けただけですし、正直さっき仰っていたように『開けた』ことで満足しています。ずっと気にされていた中身です。ご自分で確認してみてください。」

少年たちだけでなく全員が力強く無言で頷く。これを見てセメルは、再び手を伸ばし銀紙を丁寧に広げていく。出てきたのは本当に握り飯……ではなかったが、おにぎりサイズの真っ黒な球体のようなものが3つ並んでいた。金属でもプラスチックでもない。なんとなくゴムのようだ。タイヤの中のゴムチューブのような素材を、非常に薄いテープのように切り割いて幾重にもギュッと握り潰して球体状に固めてある、そんな感じである。

「匂いからもゴムのようで間違いないようだが……」

山本の指摘どおり、ゴムの匂いはしている。みんなで真剣に悩んでいる中、吉村がこんなことを言い出した。

「ひょっとして……さっきのメモが『便所』って書いてあったんだろ?これがゴムで作った便所の中身ですっていうオチなんじゃねえ?」

「ああ、確かにあり得るかも。」

柴崎も笑いながら同意した。なるほど……確かにその線が最も濃厚な気がする。こう言われて、途端に全員の緊張が解けていく。セメルも、一瞬でも真剣に悩んだ自分を諌めるように立ち上がって笑い出す。

「ごもっともだ。手の込んだイタズラだ。」

そう言ってセメルのつま先がゴム球に少し触れた瞬間、突然3本の光の筋が球体から飛び出した。音もなく飛び出したそれらは、まるで青白いレーザー光線のように見えた。1本はつまずいたセメルの顎のあたりに命中した。「ぐわっ」と呻き声を上げてセメルが仰け反った。だがケガはしていない。そしてほかの2本は天井に向かって飛んでいき岩盤をすり抜けるように消えてしまった。こちらも岩に穴が開いたりしてるわけでもない。今起きたことが何なのか誰一人見当のつかない状況である。

「何だったんだよ、今の……?」

竹田は自分に向かってきたわけではなかったが、咄嗟に光を避けようと身を縮めたまま呟いていた。オサムが目の前のセメルに声をかける。

「セメルさん?大丈夫ですか?セメルさん?セメルさん?」

瞳孔が若干開いてる。呼吸もしている。だが全く応じる様子がない。呼びかけて5秒後……セメルは左右に目を向けて、ここがどこかを確かめているような動きをした。不敵な笑いも消えて、何かに焦りを感じているような様子だ。

続いて少年たちの顔を見て小さく「どこだ」と言いながら、後ろを振り返る。そこにある『ウチ』を見て彼はこう呟いた。

「ここは……ログハウスか……」

彼は出入口である門扉に目を向けた。

「すまない君たち、ツヨシを知らないか?」

少年たちは言葉を失う。ツヨシとは誰だ。

「マモルくんではないんですか?」

オサムの質問にも耳を貸すつもりはないらしい。前のめり気味の態勢から「知らなければいい。すまない。時間がないんだ。」と言い終えると同時に高速移動で門扉を抜けて行った。いつもの後ろ手に歩いていく姿とは違う……そう、この動きは……オサムや迦陵頻伽と同じものであった。

(第五十二話 終わり)

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