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エリシオンの四神 〜最後の四日間〜  作者: 伏黒照


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第五十話 二面性 〜クオーター・タイム〜

セメルは意気揚々と歩いて行く。続いてオサムと香澄が並んで歩き、すぐ後ろには香野がついてきている。チョーさんは衰弱してるとは言え、休憩で少し回復できたのか、脚にケガを負った松野と安川を軽々と両肩に担いで歩いている。米田が警戒しながら、その背中を追う。

「結局、さっきの話し合いって何だったんだよ?意味ねえじゃん。」

溝端が不満を漏らす。

「ミゾ、お前オサムの話、ちゃんと聞いてなかったのかよ?遠慮すんなって誘われたら断らずに、みんなで行こうぜ、って言ってたろ?」

小前はまるで、問題児を叱る教師のようである。

「え?そんなこと言ってたか?」

「あれ?……オサムじゃなくてサクマだっけ?」

急に自信をなくしたように聞き返す。

「いや。別にどっちが言おうといいけどさ。」

溝端にとっては議論した時間を休憩に使いたかっただけなので、提唱者などどうでも良いようだ。山本が、困り顔の小前に助け舟を出す。

「小前くんには、そういう感じに説明しているように聞こえた、ってことだよね?」

「ああ。うん、そうそう……」

歯切れの悪くなった小前が少しホッとした顔になる。溝端は特段小前の顔色など気にしていない。溝端より少し後ろに退がり、山本が小前に耳打ちする。

「大丈夫かい?」

「あんがと。助かったよ。」

一方、最後尾では佐久間と大田の2人が警戒を強めている。行き先がどこなのか……

「こっちって倉庫しかねえんじゃなかったか?」

「俺もそう思う。マエコーと二人で(ハイパー・スプリント・グリップ)を取りに行ったときも、特に変わったとこはなかったはずだけどなあ……」

2人の前を歩いていた吉村が佐久間たちを振り返る。

「なあ、サクマ?タカヤマのアレって始めから決めてたのか?」

「ああ。最初アイツは本当にケガしたマツノたちだけでいいから、1人で連れて行くくらいのつもりでいたっぽい。治りが早えのが本当なら、ありがてえって。でもオレとしちゃ、行くなら全員、行かねえのも全員がいいと思ってた。だから警戒して向こうが来ねえヤツがいるのは何でだって聞いてきたら、全員で行くぞ、って言っといたらアイツも納得してた。」

「……そうか。」

少し翳った顔で前を向き直す吉村を、大田は見逃さなかったが特に口にはしなかった。通路の突き当たりでセメルが立ち止まる。通路の上に1台監視カメラがあるくらいで、何の変哲もない、ただの岩壁剥き出しの行き止まりにしか見えない。セメルがこの壁に手を伸ばそうとしたが、一旦止めて引っ込めた。

「俺が開けても面白くないな。香澄、見せてやれ。お前以外は全員が初めてだろう?」

こう言われた香澄が前に出て右上のカメラを見る。カメラの角度を確認して、右下にひとつだけある突起状のパーツから水平な線を宙で描くように指でなぞり、カメラの向いている方向と交差する点を探しているようだ。そしてその『点』にあたる位置の壁に向かって腕を伸ばす。不思議なことに壁と思われるその場所に、香澄の腕がスルスルと入っていく。この様子に一同は一斉に驚きの声を上げた。そして奥にある取手を捻る。閂が動いたような音がする。どうやらこの取手のある場所は遠目に、いや近くで見てもよくできていて、所謂騙し絵のようになっている。穴が開いていると知らなければ見過ごすかもしれない。取手を握った香澄がそのまま左から右に動いて壁と思われていた扉が開いていく。重そうな扉であるが、どうやら上下のレールが油圧式で大きな力を必要とせずに開閉可能になっているようだ。これなら小学生の体力しかないらしいセメルでも、開けられるということなのだろう。

「では行こう。」

過剰なまでの怯えが消え去り、香澄はいつのまにか科学者らしい冷静な顔に変わっていた。セメルは先頭を切る香澄を横目に、薄笑いを浮かべながら彼を追い抜いていく。通路はまっすぐ続くのかと思いきや、すぐに左に折れた。ここから直進が続く。長い通路の終わりに左手から少し光が漏れている。ここは施錠されていない大きな門扉があり、これをくぐると皆の驚嘆の声がこだました。

なんと和式の庭園が眼前に広がる。同じ地下とは思えない、異世界に迷い込んだような錯覚に陥る。池まである。何故か賽銭箱があり、隣には卒塔婆が何本かあるのが少し不気味な雰囲気を醸し出す。そして和式の家屋が普通に1軒建っている。奥行きのある長方形に伸びた家だ。低い垣根の切れ目には左右に1メートルくらいの高さの杭が打たれていて、ご丁寧に郵便受けがある。池の裏側の玄関らしき場所には表札まで出してある。


オサムはこの表札をまじまじと見つめる。木札に大きく縦に『ツクモ』、いや『ツクモ島』と書いてある。よく見ると最初書かれていた「鳥」の「れんが」(点が4つ並んでる部首)を強引に「山」にしたようで、その下に小さく「本」と書き足している。「島」の上の小さな「野」と「宮」の文字も、後から子どもがマジックで小さくイタズラ書きをしたのだろう。でも「ツクモドリ」とは何なのか、苗字なのか。

「ああ!子どもがいっぱい来たよ。ツクモのじいちゃん、いっぱい来たよ。子どもだよ。」

声がした池の方に戻ると、自分たちを案内して来たセメルとは打って変わり、声の感じから随分と無垢で純粋な子どもが縁側に立っていた。喋り方も子どもだ。

オサムは胸を撫で下ろす。セメルは20歳ではあっても、見た目の幼さから変声期を迎えていないと考えられる。しかし癖の強い喋り方のせいで、ああいう低い声を出ているのだろう。対して弟は純粋そう……いや待てよ、ひょっとしてコイツが『老人』の方ってことはあるのか。いやいや、さっき「じいちゃん」って呼びかけていた。ここは素直に『弟』だろう。そして、弟に手を引かれて縁側までやって来たのは紛れもなく『お爺さん』であった。ここでも安堵する。最初が歪過ぎたから第2、第3の『オヤジ小学生』が登場することも念頭に置いていただけに、良い意味での期待の裏切りは大歓迎であった。

「とりあえず弟と爺さんは普通だな。」

オサムとすれ違うように傍に来て香野がボソッと囁いた。オサムも同様に返答する。

「油断できないけど、ちょっと安心したよ。」

縁側から見える中央の座敷はかなり広く見える。多分子ども14人が雑魚寝しても充分な広さだ。大人4人も一緒となると窮屈になるが、これならほかの部屋も広いに違いない。本当に18人が同時に訪れても、3人住まいの彼らには余裕があるのだろう。

「さあ縁側からで構わない。上がりたまえ。マモル、香澄は知っているな?先程話した少年たちだ。ご挨拶だけしておきなさい。」

意外である。本当に家の主人のようだ。自分は無作法な割に弟に挨拶を促すとは……。

「こんばんは。マモルです。兄ちゃんから聞いたよ。みんな中学生なんだって?だったらボクはみんなのお兄ちゃんだ。」

一瞬、静まり返る。どう見ても小学生になって間もない見た目、兄よりもさらに10センチは低い背丈……とても少年たちより年上には見えない。兄が20歳だったが、弟はいくつなんだろうか。オサムが恐るおそる尋ねてみる。

「自分たちは中学2年生なのですが、おいくつなんでしょうか?マモルさんは?」

「え?ボクのこと?ボクは18歳だから君たちよりも年上だよ。」

2人ともちょうど実年齢マイナス10の見た目で、仲良く歳を取らない兄弟のようである。一度セメルで驚いているので構えてはいたが、この子が18歳とは恐れ入る。オヤジ臭い兄の方がまだ見た目だけが子どもなのかと納得いくが、見た目も中身もこっちは子どものままのようだ。

「あ、じいちゃん危ないよ。杖持ってくる。ちょっと待って。」

マモルが慌てて白い杖を持ってくる。「ありがとう」と言いながら、その老人は縁側を降りて少年たちのところに歩いて来た。マモルも一緒に付き添ってあげている。

「セメルから話はお聞きしております。私のことは『ツクモ』、そうお呼びください。」

頭を深く下げたツクモは、恐らくは見えていないのだろう。白い杖……オサムはこういうことには聡かった。

「見てのとおり君たちに危害を加えることは、私を含めてあり得ない3人だ。もう今晩は遅い。安心して休むといい。布団は残念ながら全員分は用意できないが、さっきまでの場所で眠るより遥かにマシだろう。マモル、彼らのことは任せても大丈夫かい?」

「大丈夫!任せて!」

セメルは弟の頭を優しく撫でていた。こういう顔もできるのか、とオサムは不思議に思った。

「私はこの後も少しやることがあってね。また外に出かけねばならない。風呂も用意してある。飯は用意はないのだが、明日の朝食はこちらで用意しよう。とにかくゆっくり休んでくれ。実は明日君たちが回復した後に少し頼みたいこともあってね。……君たちはその賢さで生き抜いてきた。きっと私では解けない謎を解いてくれるのではと期待しているよ。もちろん解けなくても仕方がない。また別の方法で答えを探すだけだ。」

これだけ言い残すと彼は奥の部屋の方にそそくさと引き上げていった。少年たちは互いに顔を見合わせる。これでは本当に大きなお屋敷の親切な大富豪が、行き場のない18人の哀れな人間を家に泊めてあげている、そんな美談にすら思えてくる。本当に全員が拍子抜けしてしまった。基本は良い人だったのだろうか。頼みごとというのが気にはなるが……


各々の長い1日がようやく終えようとしている中、レベル5のヴォルトと呼ばれる格納庫で1人作業を続けている男がいた。上野博士である。彼はこの最深層に赴き、中心部の柱でサマエルと呼ばれる被検体に『あるもの』を渡したあとも、ずっとこのレベル5に留まっていた。このヴォルトの中にある『遺物』を掘り起こすためである。掘り起こすと言っても、本当に地面を掘削するわけではない。もともとレベル4から5にかけての深層とは、このエリシオン内での実験で不適合だった者……亡くなった被検体たちの墓場であった。その中で天井も高く最も大きな空隙であった場所が、現在の実験アリーナとして使用されている。メインコンピュータ・コア、四門システムの設置、悪魔と呼ばれる被検体を繋ぎ止めたエネルギー供給システム、こうした整備が進んでいきレベル5はレベル4から切り離して管理されるようになった。このヴォルトは出入口の厳重なシャッターを入ると、アリーナほどではないが大きな空隙を繋ぎ合わせて造られた空間である。ここには通常の産業廃棄物として処理できないもの、使用されなくなった機器などが置かれている。そしてかつては霊安室として使用されている氷室がある。Fクラスの居住区内において、藤原が渡してオサムが自由に閲覧していた図面というのは、このレベル5も反映しているが、実際にはその全てが詳細に記載されているわけではない。図面上ヴォルトは、大きなひとつのエリアになっている。内部構造は明かされていないのだ。この中のひとつに旧世代の魔人Sタイプが格納されており、上野はここからアエーシュマを始め、いくつかの細胞を持ち出していた。最古の被検体である迦陵頻伽こと滝口剛も、このヴォルト内のことは把握できていない。最古の研究員たる上野博士ですら把握しきれていないこともある。そして彼が探している『ある遺物』とは、自身が赴任する以前に残されているはずのものなのだ。だが、彼はすでにその場所を突き止めていたが、肝心の『そこへ至るための鍵』がどこにあるのか、それだけがさっぱり見当がつかず八方塞がりの状態にあった。

「さすがに日付を跨ぐことになるとは……、まあ覚悟はしていたことだが。」

その場で彼は座り込んだ。

(吉田からも特に連絡は来ていない。すでにメインシャフトのエレベーターも復旧はしているはずだが、ここで朝まで待機して動くことにするか。)

カツーン、カツーン…

まるで誰かが歩いて近づいてくるような音が聞こえる。気のせいだろうと思ったが、その音は確かに足音だった。

(誰だ?こんな夜中に。そもそもヴォルトの内部に入り込める人間は限られている。)

音が止み振り返ると、小さな風呂敷を携えた小柄な少年が1人立っていた。

「グミョー兄?なぜこんな場所に?」

セメルは辺りを見回しながら、上野の問いに答える。

「今日は久しぶりにたくさん動いてね。本当ならもう眠って明日に備えたかったが、『飼育員』の動きが気になったのでね。」

上野は疲労もあったせいか、セメルの登場にはさして驚く様子はなかった。

「何をしている?」

そう問いかけられた上野には、この共命鳥がどのように映っているのか。別に隠す必要もないと考えているのか。彼の質問に素直に答える。

「ホルズワースの鍵を探している。」

これを聞いたセメルの顔が明るく輝く……いや悦に入った表情というべきか……

「そいつは奇遇だな。実はこの数日間の未来が全く見えなくなっていてね。知らないことだらけだよ。そこで明朝『あること』を試そうと考えていたところだ。」

「その『あること』とホルズワースの鍵は関係があるというのか?」

「ああ。充分にある。いや恐らく中身は今お前が欲しがっているものではないかな?そうだな……さしずめお前の探しものとは『首藤(しゅとう)デンゼル』ではないのか?」

上野が大きな反応を示した。今まで腰を下ろしながら適当に応じていた彼が、突然その場で立ち上がり目を大きく開いてセメルの顔を見ていた。

「やはりな。もうエリシオンも終焉が近づいている、そういうことだろう?俺も全てが見えているわけでも、全てを知っているわけでもない。だが完璧主義のお前が、大野をひと月程度の急ピッチで仕上げた時点でおかしいと思っていた。何がそうまでさせている?」

上野は再びその場で床に座り込んだ。片膝を立て右腕をのせる。左手を床につき身体を支えて首も左に傾けながら、彼は重い口を開いた。

「……黒崎さんは、このままでは長くは持たないだろう。右耳の下に埋め込んだ細胞が先日暴走を始めた。……油断していた。すっかり馴染んでいるものと思っていた。そこでスペアの身体を見つけて明日……いやもうすでに『今日』か。遅くとも明日の土曜日には発芽する。融合が確認でき次第、我々はここを立ち去る。そのための脅威は全て取り除く必要がある。」

「ここを出てどこに行く?」

「とりあえず『コスゲ』を目指す。まだ整備中で本格始動していないが、あそこで身を潜めることは可能なはずだ。」

「なんだ『コスゲ』とは?」

上野が改めてセメルの顔を見上げる。じっとその表情を見つめてから言葉にする。

「知らないことがある、というのは本当のようだな。てっきりPA(プロジェクト・アポテオシス)に関することはひととおり知っているのかと思い、躊躇わずに口にしていたが……喋りすぎのようだったな。知らぬ……というなら知らないままの方がいい。知ればお前とてすぐに消される。再現不可の『唯一無二の能力保持者』として重宝されているのは今だけだ。この先は続かない。お前たち兄弟も八咫烏も、本気で身の振り方を考えておいた方が賢明だぞ。こんな施設はとっくの昔に時代錯誤になっているのだから……」

セメルが声を張り上げて笑い出した。

「そうか?意外だな。俺は外にさえ出られればそれでいい。Tマターがなくなり滅びる身であれば、それでも構わん。だがお前は生き延びることが前提なのだな?それも、あれか?『かき集めのジュウイチ』とかいうのを追うため、なのか?」

今度は上野が笑い出す。

「いや、失笑だった。そういうのは知っているのか?面白い奴だ。だが、外では口にするなよ。そっちは本当に知る必要がない情報だ。即刻消されるどころか、お前の場合はどんな残酷な標本にされることになるか……脅しではない。このエリシオン内だから俺もこうして口にできるが……忠告しておこう。PAに抗うのと同じことだ。この話はすぐ忘れるといい。」

セメルも上野もどこまで話が噛み合っているのか、お互い探り合いである。ただセメルはもう充分と見たらしく、手にしていた風呂敷をその場に置いた。

「余計なことかもしれんが、お前には一番世話になってるしな。握り飯と水筒だ。要らぬなら捨てて構わん。」

そう言うとセメルは背を向けて歩き出そうとした。だが急に足を止めて上野に伝える。

「そうそう、さっき言った鍵だが……気が向いたら正午に一度黄金の丘(ブロン・イ・アー)に立ち寄るといい。まあ俺もずっと開けられなかった箱だ。必ず期待に応えるという保証はないが……上手くいけば手に入るかもしれん。」

セメルはポケットに両手を入れたまま、一度も振り返ることなく闇に消えていった。

上野は残された風呂敷を開けてみた。茶の入った水筒と、大きくて歪な形の握り飯と沢庵が銀紙に包まれていた。これを手に取りながら、上野は目を細める。不器用に握られた飯にかじりつく彼は「意外と美味いもんだな」と呟きながら笑っていた。

(第五十話 終わり)

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