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エリシオンの四神 〜最後の四日間〜  作者: 伏黒照


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第四十八話 誘い(いざない) 〜跳躍〜

共命鳥の兄セメルは、目の前の少年たちが皆一様に激しい警戒心と敵意を向けているのを心から楽しんでいるようである。

「君たちが警戒するのは当然だ。私が味方であるという保証はどこにもないのだからね。だが、見てのとおり、私は君たちのように戦闘を得意とするような被検体ではない。そういう意味では一切君たちの脅威にはならないだろう?違うかい?」

少し上げた顎、冷ややかに全てを見下しているような目、髪は黒く艶やかであるが、その肌はとても白い。迦陵頻伽と並ぶ古参の被検体ということであるが、彼の白髪──カニティース・スビタ(マリー・アントワネット症候群)と同様に、セメルの肌は10年以上太陽から隔離される収容生活によって、色素が抜けたのだろうか。ほかがあまりに規格外であったため気づかなかったが、改めて見ると病的な色である。オサムも随分と色白であるが、セメルのは最早生気を感じさせない陶器のような質感だ。闇夜のような漆黒の髪が大理石の彫刻のように冷たいその肌を一層際立たせる。全てが歪である。

「ああ、一応言っておくが君たちを敵に回すつもりはさらさらない。これは本心だ。そちらがどう思おうとだ。……見ればケガを負っている者たちも多い。『ウチ』であれば無線供給はこの施設内で最も充実している。ここで一晩休むよりも、ずっと回復も早いだろう。」

セメルは彼らの前を横切るように歩きながら喋り続ける。

「今日は上野たちもこれ以上は動かない。保証しよう。無理強いするつもりはないが……香澄、なんならお前がコイツらに俺の能力と『ウチ』の説明を聞かせた上で、コイツらに決めさせればいい。あくまで親切心からの申し出だよ。」

香澄はセメルの意図が分からず困惑している。だが提案の内容も確かに一理ある。

「……あなたの能力の説明もしてよろしいのですね?」

「ああ、構わんよ。知ったところで、どうこうできまい。」

「……分かりました。皆も聞いてのとおりだ。まず彼、いや彼らについて私から説明しよう。一旦集まって座ってもらえるかな?」

少年たちも、山本、藤原も皆が香澄の前に集まり、その場で腰を下ろした。

「共命鳥……彼らは兄弟の被検体で、ここにいるのが兄セメル、そして弟はマモルと言う。ビンガくんに次いでの古株と言ったが、彼らも10年以上ここで暮らしている。この二人が他の被検体と異なるのは、肉体強化に特化しているのではなく、全く違った能力を発現させていることだ。『未来視』……これから起こることを予測できる能力を持っている。」

少年たちがざわつく。

「ミライシって何だよ?」

「予知能力ってことだろ。」

「ええ!アイツ、全部分かっちまうのかよ?」

小前と溝端の会話は、皆にも聞こえている。そしてこの事実を聞く全員が、その得体の知れない能力で大人のように振る舞うセメルに一層猜疑心を強くする。

「全部……かは私も分かっていない。本人たちも見える先に限度があると説明している。ただ、ここにいるセメルの方が弟より遠くの未来を見透すことができる、そう聞いている。日々見える範囲が拡がっているらしいので、現時点で具体的にどこまで把握できるかは私も分からない。ちょっと失礼。」

ここで香澄は水を飲み干した。最初にセメルが少年たちの前に姿を見せたときもそうだったが、彼の機嫌を損ねぬように注意を払って言葉を選んでいるように見える。

「この二人以外でこの能力が見られたのは、あともう一人……八咫烏(やたがらす)と呼ばれる老人がいる。彼もまた……」

「ああ、爺さんの話はいい。そういうジジイがいる。それだけ分かればいい。」

セメルは苛立つように香澄の話に割って入る。

「ああ、すまない。……では、彼らはセメルくんの説明にあった特別な環境で保護されている。ほかの被検体とも研究員とも離されて、限られた者たちだけが接触を許されている。また彼らの能力は肉体強化の被検体よりも消耗が大きく、そのため無線エネルギー供給がほかのエリアの1.7倍になっている。単純に言えば、丸一日費やして回復する者が、彼らの住まいの中であれば半日余りで回復できるということになる。Tマター濃度は1.1倍……これが1.2倍以上になると危険を及ぼしかねない。セメルくんのような特殊な身体はもっと濃度が濃くても耐えられるが、君たちの場合は……」

ここで香澄が言葉を詰まらせ、その視線をオサムに向けた。

(今コイツに高山くんの存在を強く認識させてはならない。)

セメルが業を煮やし催促する。

「どうした、香澄?急に心配になったか?お前が言うように通常の被験体であるコイツらでも問題はない。中毒症状が現れるのは1.5倍以上だ。確かにZタイプのような半端な変化の者は危険だろうがな。それともほかに気になることでもあるのか?」

香澄の態度を怪訝に思ったセメルはこう続けた。

「まさかTマターが定着しているような奴でもいるのか?迦陵頻伽や我々じゃあるまいし……」

セメルは香澄に対して何か鎌掛けをしているようだ。

「いえ、さすがにそういう状態の少年はおりませんが……チョーさんは、大丈夫でしょうか?」

セメルはこの返答には「なるほど」といった反応を示した。オサムの後ろに立っていた長身のトカゲ男をチラッと確認する。そして右手を顎に触れて遠くを見るように応える。

「確かにな。コイツは俺にとっても未知の奴だからな……ちょっと調べてみよう。説明はこれで大体伝わっただろう。飯の最中だったようだし、答えはゆっくりで構わん。さっきのこともそうだが、このアリーナを少し見て回りたいのでな。まあ1時間もあれば、準備も含めて充分な時間だろう?」

「……ええ。それくらい頂ければ……、皆で話し合ってみます。」

セメルは相変わらず顎に手を当てながら、俯き気味に歩いていく。その真っ直ぐ向かった先は、タバコオヤジ……アザゼルが炭になった場所付近を目指して歩いているようだ。ゆっくりと歩いていくその小さな影を無言で全員が見守っていた。50メートル以上遠ざかったところで、オサムがまず香澄に切り出した。

「信用していいんですか?」

念のためか、若干小声でオサムは質問した。

香澄は頭を抱えるようにして険しい顔で応える。

「分からない。何を考えているのか……ただ万一戦闘になって君らが彼に力負けすることだけはないだろう。数字上は、彼は10歳の子どもの平均を下回るような身体能力しかない。ビンガくんや高山くんたちのような戦闘に転用可能な特殊能力もないはずだ。ただ……」

香澄は天井を仰いで、言葉を続ける。

「先ほどは、未来視と説明したが、実際のところは全く能力の解析は進んでいないのが実情だ。ほんの数分の間でも彼の性格がどんなものかは分かっただろう。上野博士でも把握していない謎があると聞いている。未来視を可能にするための秘密があるのだろう。あと途中で遮られた八咫烏に至っては、本名や年齢すら記録が残っていない。謎の多い三人であるのは……間違いない。」

佐久間も大分回復したのか、立ち上がって皆に呼びかける。

「まあ、飯だけとっとと食っちまおうぜ。その後話し合いってことでいいんじゃねえ?別に難しい話でもねえだろ。ここで野宿か、『アイツのウチ』ってとこに行くか、だけなんだしよ。難しい顔すんなって、みんな。なあ?」

そう言って座り込んだ佐久間は、美味そうにチーカマをかじっている。これを皮切りに皆再び食事に戻り、今後のことや日中遭遇した事件について各自盛り上がっている。ただこの中で一際元気がないのが、圓崎であった。いつも揶揄っている大田も察するところがあるのか、声をかけようとしない。オサムと松野もこの様子に気付いてはいたが、なんとなく腫れ物に触れるようで、やはりそっと遠巻きに時折目を向けるのみに留めていた。そして誰よりも佐久間が一番気遣いをしているように思えた。今までであれば、自然と圓崎が纏め役であったが、食事を促すのも彼がおとなしくしているのを見越して、敢えて自分がその役を買って出たように見えた。

ふとセメルが向かった先に目を向けると、彼はしゃがみ込んで丸焦げの一面をずっと眺めているようだ。オサムは深く考えもなく、なんとなく彼を見ていた。セメルが立ち上がり、ずっと何かを探しているように見えた。再びしゃがみ込んで何かを掴んだ。立ち上がった彼の右手には、黒くて細長い炭の棒のような物が握られていた。これを振り子のように動かしながら、今度はアレーシュマの骨山跡地に向かって横断して行く。遠目に見てる分には、本当に小学生がその辺の木の枝でも楽しそうに振り回して外を探検している、そんな風にオサムの目には映っていた。

「なあ、オサム?飯食ったか?」

後ろから香野が声をかけてきた。

「うん。どうした?」

周りを少し気にするように香野が小声になる。

「ちょっといいか?」

オサムは立ち上がり香野と一緒に少し歩き出す。

「さっきの小学生。アイツの声なんだけど、お前らがあのオヤジたちと戦ってるときに、俺の頭ん中でアイツの声が響いてきたんだ。」

「え?」

「しっ」と香野が人差し指を口の前に立てる。

「マエコーと山本さん、藤原さんの三人には話したんだけど、ほらオータとかシバケンが言ってた催眠術……あれとカンケーあんじゃねえかって思ってさ。オサムには話しとこうと思って。」

オサムは眉を寄せて黙ったまま、香野と並んで歩き続けている。

「あと、実はそのときエダの声も聞こえたんだ。」

驚いて足を止めたオサムが香野に聞き返す。

「エダくんも?」

(あの軍服おじさんへの攻撃に執拗にこだわっていたとき……関係あるのだろうか?)

「ああ。でもどっちも具体的に何て言ってたかとかは分かんなかった。お前ら揉めてたろ?ひょっとして関係あんじゃねえかと思ったんだけど……」

「そうだね。関係あるのかも。」

「どうする?アイツの寝ぐらに入って行くのはやめた方がいいんじゃねえ?」

「う〜ん。正直クニヨシとカズキの回復が早まるなら連れて行きたい。確かにアイツの場合、嘘を平気で言いそうな感じはするね。先生の言ってたように俺らが束になれば負ける気はしないけど……争うつもりはないってのは本当だけど、実はここにいる全員を支配して操る魂胆かもしれない。その可能性は充分あるね。」

再び歩き始めたオサムはどうするかは即決しかねる様子である。

「ありがとう、コウノ。みんなに伝えるかも含めてもう少し考えてみる。また気づいたことあったら教えて。」

「分かった。」

そう言って二人は顔を上げた。そしてその先で目に飛び込んできたのは、医務室へ通じる扉付近でセメルがしゃがみ込むと同時に、消える光景であった。小さな影であるが見間違いではなかった。二人とも顔を見合わせる。オサムは目を閉じて、何かに集中し始める。

「多分、本当にどこかに消えたんだと思う。」

オサムはそう言いながら、底知れないその能力に脅威を感じていた。


レベル2の執務室で、黒崎は椅子にもたれるように深く腰掛け、天井を見上げていた。ノックが聞こえても黒崎は「どうぞ」と言うだけで、姿勢を変えることもなかった。入ってきたのは吉田博士である。

「珍しくお疲れですね。食事は済まされましたか?」

「ああ。お気遣いなく。すまない。少し力が抜けてしまってね。」

この様子を見て吉田の顔に若干の不安の色が浮かぶ。

「申し訳ありません。お疲れのところを。もう遅いですし、明日に出直します。」

「いや、聞こう。」

そう言って黒崎は机から立ち上がった。

気後れしながらも、吉田は少しでも負担をかけまいと端的に報告をする。

「ようやくレベル3より下の状況が把握できました。まず、大野と宮里の反応は消えました。」

ビクリと黒崎の肩が動いた。

「そして続けて送り込んだ3体の反応はあります。しかし内2体は再生が恐らく暴走して動けずにいると推測されます。1体は無事のようですが、かなり衰弱しているようです。」

「……そうか。ご苦労だったな。柱の開放は明日以降、改めて検討するとしよう。」

「承知いたしました。あと上野はそのままレベル5での作業を続行するつもりのようです。」

「すまないな、吉田。お前にも上野にも苦労をかけて……」

「何をおっしゃいます。黒崎様の崇高なるお考えに同意して我らはお仕えしているのです。あの忌まわしき『かき集めのジュウイチ』を消滅させる、その日のために。」

これを聞いた黒崎は改めて吉田に向き直り、力なく笑う。

「そうだな……悪いが今日は本当に疲れた。報告は承った。明日に備えて早めに床に着くことにしよう。」

「ご無理はなさらずに……では失礼いたします。」

深々と頭を下げて吉田は退室した。扉の音も極力立てぬように気遣いして閉める。

(本当にお疲れのようだ。上野同様に自ら下層へ赴いて事態を収拾しなければ……)

通路を歩く吉田の前に小柄な影が現れた。その姿を目の当たりにした吉田が震え出す。

「な、なぜお前がここに……?」

「なぜって、それは……お前に用があるからさ、吉田。」

共命鳥セメルが不敵に笑い、怯える吉田にゆっくりと近づいてきた。取り乱す彼は睨まれたカエルのように動けずにいる。

「そう、ビビることはない。お前の大嫌いな虫も、ほら持っていないだろう?」

こう言ってポケットの中の布を引っ張ってみせる。悪童の顔ではない。明らかに悪党のそれである。

「俺の用事はすぐに済む。な〜に。簡単な質問だ。お前のサラマンダー・キャンセラーを施した被検体を我が浄土……黄金の丘(ブロン・イ・アー)に招き入れて支障があるか、それを訊きたいだけだ。」

相手の意図が全く読めず、吉田はとにかく目を逸らし続ける。

「おお、そうか。これだけでは意味が分からんな。失敬。お前も状況は詳細まで把握していないのだろう。報告を兼ねて説明してやろう。」

セメルはアザゼル、アレーシュマが倒されたこと、レベル3ではシャムシエル、バラキエルが超再生が暴走して増殖を続けていたが、今はレベル3の通路を塞いで徐々に再生が止まりつつあることを説明してみせた。

「そうそう。アザゼルの奴は死に体であったからな。奴は放っておいても良かったが、どうもお前たちにとっては大事な手駒のようだから……レッドハウスに放り込んでおいてやったぞ。」

目を見開いて吉田が驚く。こわばる表情の彼の額から汗が流れ出る。

「レッドハウスにも……入れるというのか?」

「ふふ、別に今さら驚くことか?エリシオンの中で俺が入れない場所など、どこにもない。それより俺に感謝するんだな。俺のTマターも奴にぶち込んでおいてやった。これで明け方までにはあのヘビから人型に戻っているだろう。大野……アレーシュマの方は原型を留めていた。黒い炭まみれではあったが『大野の形』で倒れていた。非常に小さな波動だが生きている。即席とは言え、さすがは上野と吉田の天才コンビによる作品。……大野はアザゼルをレベル5まで連れて行く予定だったのだろう?あっちは放置しておいたが、俺が案内人になってやってもいいぞ?」

「な、な、何が目的だ?」

「別に……俺の目的など何もない。面白ければそれでいい。俺は誰の味方でもないし、敵でもない。お前らのような崇高な復讐心や、ガキどもの脱出など、全てどうでもいい。傍観者としては退屈させない面白いものを提供してもらえれば、それで満足さ。」

ただ面白ければ……そう言い放つ目の前の悪意に、吉田の震えが止まることはなかった。

(第四十八話 終わり)

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