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エリシオンの四神 〜最後の四日間〜  作者: 伏黒照


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第四十六話 美声と平等 〜第1クオーター終了〜

2026年6月7日誤記(検討がつかない→見当がつかない)につき弐字修正。

このエリシオンの現在の基盤を作ったのが、無線神経を唱えた滝口(たかし)博士である。

彼には妻と息子がいた。研究に没頭するあまり妻の異変にも気づかず、彼女が命を落として初めて病を患っていたことを知った。

息子は家にも近寄らず、毎日良からぬ連中と遊び呆けていた。

シンナー、未成年のタバコ、高校中退、警察の補導……

妻が亡くなったことをいつしか彼は、息子のせいだと思い始めた。自分に似ていくその容姿も余計に彼を苛立たせた。

彼は「宇宙環境への適合」という目的を「命の再生」に切り替えた。

ドクター・ホルズワースに協力を仰ぎ、四門システムを完成させる。

彼は息子をエリシオンに呼び寄せた。「友達も一緒に連れてくるといい」と……

息子は喜んだ。自分に見向きもしなかった父親が、自分と向き合おうとしてくれているのだと……

自分を唯一受け入れてくれた女性にも、息子はその喜びを共有した。結婚し子どもとともに自分は生まれ変わるのだと……

亡き母の霊前に花を手向け、これから父に会いにいくのだと……

しかし息子と3人の友人を待っていたのは、『施設見学』ではなく『私刑宣告』……

不出来な息子を恨めしく思い、被検体にすることに一切躊躇はなかった。

「私の血を引き継いでいるのだ。私がそれをどう使おうと勝手。」

四生監獄(ししょうかんごく)……

彼の狂気は『どこから生まれた』ものだったのか……

湿生(しっしょう)だったか、化生(けしょう)だったか……あるいは胎生(たいしょう)卵生(らんしょう)か……

彼らの罪は果たして重いものだったのだろうか。

……茅場レニー

……倉光正彦

……乃沢一平

彼らの名が緋色の墓碑に刻まれる……

その霊魂はいずこに行ったか……

やがて彼自身も黄泉へと旅立つ。

Sole(ソウル・) Survivor(サバイバー) ……たった一人の生存者……

愛した者たちへの未練も断ち切る。

TK49-7……滝口剛……こうして彼は、『迦陵頻伽』となった。


滝口剛と名乗った迦陵頻伽は、ゆっくりと後ろを振り返る。背後の男も銃の構えこそ崩さなかったが、振り返る動作は容認したようである。

ビンガの目に映る男は白衣を纏っていた。だがここの研究員ではない。初めて見る顔だ。やや小柄だが、かなりの手練……そういう者たちを散々相手にしてきたビンガであるが、あまり対峙した経験はない部類……どことなく大野にも通じるような雰囲気か。もっとも奴の場合は無駄の多い動きで隙だらけであったが、奴が研ぎ澄まされれば、こういう感じであろうか。それと、手にしているのは見たことがない拳銃だ。激鉄が見当たらない。油の匂いで本物と分かるが、どちらかというと水鉄砲とかの玩具のような形状だ。

(最近の主流はこういう形状なのか?)

一方の謎の男の目には、ひょろっと縦に伸びた、痩せ細った上背のある男が映っていた。180センチ近くありそうだ。どこにそんな力があるのだろうか、二人の男を両肩に抱えている。白髪であるが顔立ちから比較的若い年齢と推測される。抱えられた男たちは、かろうじて息はしている。だが浅い呼吸……そして先程までの景色との同化……特にそれらしき装備をしているようには見えない。

(何を使ったのか全く見当がつかない。)

緊張が続く中ビンガが声をかける。

「宣言どおり抵抗するつもりはない。この二人を降ろさせてくれないか?見てのとおり衰弱している。」

銃を構えた男が無言のまま、壁際に一瞬だけ視線を向ける。男が視線で示した壁に向かってビンガはしゃがみ込む。意識を失っていると思われる二人の男たちを気遣うように、ゆっくりと壁を背にもたれさせるように降ろしていく。

「すまないが、少しの間我慢してくれ。」

そう声をかけながら、ゆったりした動きのまま立ち上がり両手を挙げてみせた。

両者とも互いを値踏みでもしているのか、睨みあったまま動こうとしない。

再びビンガから口を開いた。

「先に言っておく。抵抗はしない、とは言ったがそれはお前次第だ。できれば誰も傷つけたくはないというのは本心だ。目的は何だ?PAの人間ではないのか?」

ビンガの口数がだんだんに増えていっている。時間稼ぎをしているのだろうか。大分ここに留まっているが特に誰も駆けつける様子はない。仲間を待っているわけではないのか。それと所長の白鳥の名……何よりも滝口剛と名乗ったこと……この施設に関する情報があまりに不足している。あとは自分で目にした現状をどう解釈するかだけ……

この二人の静かなる攻防が行われているところに、ちょうどスロープ近くまでセキュリティガードの巡回がやってくる。二人ともいち早くこれには気づいた。ビンガが相手の男と床に座らせた二人を背にして両手を広げる。透明術を再度展開させたのだ。

銃を持った男は自分への攻撃の意思がないというのは感じ取っていたが、自分ごと庇うように動いたのは意外に思えた。この男もまた彼の目には冷徹なプロであると映っていたからだ。しかしこの状況は何だ。少し息苦しい。まるで空気が固まって息が吸えない。ビニール袋にでも閉じ込められて押し潰される感覚。

40秒近くこれが続いて突如解除された。

「ぷはぁあ」

さすがの拳銃の男も突然の呼吸不可の状態は苦しかったと見える。

「すまない。今セキュリティガードに見つかるわけにはいかないのでな……お前なら耐えられる、そう踏んで術を展開させた。大丈夫か?」

咳を無理に我慢して顔をしかめつつ、無言で首を縦に振る。そしてしばらくして息が整い始めてから改めてビンガに尋ねた。

「あなたは滝口崇博士のご子息……滝口剛さんに間違いないのですね?」

「ああ。俺の本名を知っていたのか?一体何者なんだ?」

「陸上自衛隊です。私の任務は白鳥所長、そして協力者であるあなたとの接触です。詳しい情報を改めてお聞かせいただけますか?」


同じ日の夕刻、レベル4に再び舞台は移る。

大人たちと動ける少年たちで手分けをして、アリーナに備蓄されていた非常食や、医務室にあった紙コップなどを使って水の配給が行われていた。あれから何度かレベル4内の探索をした限り、特に怪しい人影も見当たらなかった。

ようやく訪れたこの安息の時間に、水を差す者が現れる。

突如として現れた得体の知れない気配に全員が気づいたが、ほとんどの戦闘要員が今は動けない状況である。これを察して米田、そして山本が誰よりも前に出てその謎の影に対峙する。

2人ともその姿を見て驚く。そこにいるのは得体の知れないバケモノではなく、ただの子どもであった。10歳前後と思しき小学生。背筋をピンと伸ばし、顎を少し上げたように前を向き、両腕は背中に回して手を組んでいる。容姿に不釣り合いなその所作もさることながら、彼のような子どもがこの死臭漂う場所に平然と立っている光景は一層不気味であった。異様な気配、オーラは間違いなく、この小学生のものである。ニコッと明らかな作り笑いで話しかけてくる。

「初めまして。すごいね。これ爆破跡でしょ?ダイナマイトでも使ったの?」

そう言って歩きながら横目で少年たちの反応を見ている。米田も山本も無言のまま謎の小学生の動向に目を向ける。すると後ろから驚きの声を上げた者がいた。香澄博士である。

「なぜ?なぜ彼がこんな場所にいるんだ?」

山本は小学生から目を離すことなく、後ろの博士に問い返す。

「博士、知っている人物ですか?子どものように見えますが……被検体にしては幼過ぎます。それともどなたかのご家族でしょうか?」

一瞬、目の前の少年の顔から笑みが消えた。

「不快なヤツ……」

そう呟く少年を見て慌てるように香澄が彼の前まで躍り出る。

「そうだな。君たちも実際に会うのは初めてだろう。彼は共命鳥(ぐみょうちょう)の兄セメル、あの迦陵頻伽と並び、この施設に残る最古の被験者だ。」

山本と藤原がこれを聞いて驚いている。藤原が博士に聞き返す。

「……グミョー(あに)?……でも博士、確か共命鳥のお兄さんってことであれば20歳くらいでしたよね?」

「そうだ。彼は20歳だよ。」

「えええええええええええええええええ!」

疲れ切っていたはずの者も全員が声を揃えた。

この絵に描いたような驚き方が気に入ったのか、満足そうにセメルは言う。

「そんなに驚くことかい?」

香澄も『共命鳥が現れる』なんていう事態は全く想定していなかった。そもそも彼らが自分たちを隔離している、あの独特の空間から外に出てくるのは、彼も初めて目にしたことである。

「グミョー兄、一体どうしてこんな場所に?」

人が予測できない……そんな状況がたまらなく楽しいのか、セメルは香澄のこの言葉にこう応じた。

「どうして?……とは随分なご挨拶だな、香澄。貴様も知っていよう?あの家に鍵などないことくらい?」

「まあ、それは分かってはおりますが……あなたが外にいるのを初めて見ましたので……」

香澄は相手に気圧されているというか、調子を狂わされている。例え小学生ではなく20歳の青年であったとしても、香澄はその倍以上の年齢であって、気後れする謂われはないはずである。それがまるで主従関係、殿様と家来のようだ。

セメルは改めて周囲を見渡す。全員が警戒している様子を見て満足そうに話を続ける。

「これは提案なんだが……君たちも随分お疲れのようだ。君たちさえ良ければウチに招待しよう……そう思っているんだが?」

「まるで黒崎さんみたいだね?」

そう言って立ち上がったのはオサムであった。大田もすぐに立ち上がりオサムにだけ聞こえるように小声で話す。

「アイツ、ヤバそうだ。」

オサムは大田の目を見て軽く頷く。

セメルはオサムに視線を向けて彼の言葉にこう反応した。

「光栄だね。彼は唯一尊敬する男だよ。優秀だからね。」

この反応にオサムは昨日のビンガとのやりとりを思い出す。黒崎に似ている、そう言われたビンガは複雑な表情でそれを認めた。今目の前のセメルは堂々と誇らしげである。そして少しだけ思い始めた。本当に黒崎は悪人なんだろうかと……

(第四十六話 終わり)

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