第四十五話 明かされる正体 〜束の間の休息〜
圓崎の放ったオゾン・インパクト……その衝撃は、実験アリーナの放送ブースからこれを見ていたセメルの心にまで及んでいた。
「凄まじい破壊力……確かに特大のタバコだったな。アレではヤツも今後禁煙せざるを得まい。まあ、今後などないか……それにしてもこの葉っぱだけが特殊なのか?こんなのは全く知らない結果だぞ……」
再びゴソゴソとポケットから何かを出そうとして、結局途中で動きを止める。
「俺がもっと遠くへ行ければ把握できたのだろうか?まあ、いい……ん?アレは?」
何かに気づき、目を細めてそれを観察しているようだ。一体何に気付いたのか……
「……そうか、なるほど。そういうことか……だったら成就させてやるか。」
薄気味悪い笑みを浮かべる少年は、ゆっくりと部屋から出ていった。
とてつもない爆発を引き起こす圓崎のマッハ・パンチで幕引きとなり、ようやく少年たちは一段落といったところである。全員がその場でしゃがみ込む。
座り込んだ圓崎は肩まで引き裂かれた袖をはためかせながら、黒く染まった一帯に目を向けていた。床のところどころが、まるで黒い蛇のようである。
圓崎を背中で支えた大田はそのままうつ伏せで、2人を運んだチョーさんと仲良く並んで倒れている。
咳をする添田の背中をオサムがさすっている。
佐久間もやり遂げた表情で両腕を伸ばして仰向けで天井を眺めている。
この爆発の進言をした本人である香澄は、未だに信じられないといった顔をしている。
しばらくは、そのまま全員が何となくその場で休憩という感じで、特に慌ただしく動こうとする者もいなかった。
松野と安川の容態も安定した。圓崎による事態の収束を知って2人が眠りについたのを見届けると、山本は藤原とともに香澄に声をかけた。
「博士。ケガを負った子どもたちも安定したようです。無理に医務室で寝かしたりせず、当人たちの好きなようにしばらく休ませてあげればと思います。それでまずは今後どうするかですが、メインシャフトのエレベーターがどうなっているかだけ我々2人で見てこようと思います。」
「分かった。よろしく頼む。」
香澄はこの数十分で数十歳も年を重ねてしまったような印象を受けた。それほど彼にとってもこの状況は過酷なものなのだろう。山本たちが歩き出すと、小前が声をかけてきた。
「おっちゃん2人じゃ心細えんじゃねえ?オレもついてってやんよ。」
香野もなぜか同じような提案をする。
「マエコー行くんなら、俺もついてく。何かあっといけねえし。ミゾ! シバたちと一緒に見張り頼んだぞ。」
「おお、行ってこい、行ってこい。何ならコウノは戻って来なくていいぞ。」
溝端は本気なのか冗談なのかは分からないが、香野は特にこの言葉には反応しなかった。
「ミゾのヤツ、バカだな。アイツもちったあ大人になりゃあいいのに。」
小前が言うとなんとも言えない可笑しさが込み上げてくるが、山本も藤原もそこは心の中に留めていた。
「マエコーはなんで、山本さんたちについていくって言い出したんだ?」
「んんん、実はよ、ちょっと確認してえっつうか、う〜ん……」
「ひょっとしてオサムの声がまた聞こえたのか?」
「なんでお前分かんだよ?お前も聞こえたのか?」
小前は声を小さくして喋っているつもりだろうが、山本たちにも丸聞こえであった。その様子を見て、山本も藤原も聞こえない振りをしておくのが良いのだろうと判断して歩き続ける。
「いや。俺はやっぱりオサムの声は聞こえなかった。けど……」
「けど?何だよ?」
「エダの奴の声ともう一人よく分かんねえ声が聞こえたんだよ。」
「えええ?お前大丈夫かよ?ってエダもかよ?」
「……分かんねえ。アイツには訊いてねえ。俺にはアイツの声が聞こえたけど……。もうひとつの声が何か不気味で、具体的に何て言ってるかとかは、よく分かんなかったけど。ほらさっき催眠術の話してたろ?何か関係あんじゃねえかって思って。先生には悪いけど、なんとなく話すんならこっちの二人の方が良い気がして……。で、マエコーは今回オサムの声がハッキリ聞こえたのか?多分あんときもハッキリ聞こえてたけど、雰囲気的にあんま言わねえ方が良い感じで、お前もわざと最後は曖昧に言ったんだろ?」
「う〜ん。まあな。今回はクニヨシの唸ってる声も聞こえてよ。あとサクマの声っぽいのも。」
ここで大人二人も足を止めた。安川に続いて佐久間も、彼らの念話に参加できるということにかなり驚かされた。
「あ、すまん。盗み聞きするつもりではなかったんだが……」
山本が急に足を止めたことを、どう繕うか戸惑っているのを見て、香野がまず答えた。
「俺は始めからお二人に聞いてもらおうと思ってましたし、マエコー?お前もそうだろ?」
「ぜってええ、ほかのヤツには言わねえでくれよ。」
小前の必死さが微笑ましく思えた山本は、優しい笑顔で彼の頭を撫でながらこれに応えた。
「大丈夫。おじさんたちは決して君たちの秘密を漏らしたりはしないよ。」
しばらくして、4人が集団のもとに戻ってきた。
「ダメだ。エレベーター動いてねえみてえ。ミゾ、異常はなかったか?」
小前の言葉に、溝端は適当に応じる。
「ああ、何もなかった。」
山本が香澄博士に呼びかけるように、それでいてこの場の全員が聞こえるように報告する。
「メインエレベーターはレベル5で止まっているようです。なぜ、最深層なのか分かりかねますが……外周プラントのメンテナンスや機材の搬入でもない限り、普通はレベル5に行く人はいないはずです。ひょっとして上野博士でしょうか?」
香澄も前に出てきてこれに答えた。
「恐らくはそうだろう。あるいは吉田博士か……いずれにしてもエレベーターは止められているのか……」
「それが、意図的なものか停電が起きたのかはハッキリしませんが、例の訓練に則ってのものかもしれません。というのも、非常電源に切り替わっているようなんです。大田くんが確か無線エネルギー供給量の減少に気づいたという指摘をしていましたが、非常電源への切替で一時的に供給量が通常より抑え気味で『結果的に減少した』ということに繋がったのかもしれません。」
「なるほど……だとすればメイン電源復旧は早くても午後8時か9時くらいか。恐らく相手もこっちに誰かを送り込むことはしばらくはできない、ということだろう。エレベーターは最深層で止めてしまえば、確かに誰も手は出せない。大野くんたちの場合は、レベル4に予め潜んでいて、あるいは眠らされていて、決められた時刻に我々を襲ってきた、そう見て良さそうだからな。」
香澄は改めて少年たちに向き直って声を張り上げる。
「みんなお疲れ様。楽観はできないが、レベル2から3を繋ぐような小型のエレベーターは、ここ(レベル4)にはない。階段も恐らく我々がここへ来たときと状況は変わっていないだろう。メインエレベーターが使えなければ我々も動けないが、敵もここへは辿り着けない。とりあえず今晩はここで休んで、明日に備えよう。万一のため交代で見張りだけはたてることにする。」
時間は少し遡る──
少年たちが交戦中……チョーさんとアレーシュマたちが激突していた頃……
レベル2の搬入口付近、ビンガは2人の被検体を抱えた状態で、突然後ろから首筋に銃を突きつけられていた。過去に銃を使った実験を行ったことを思い出し、彼らしからぬ混乱状態にあった。ビンガは透明術を使っていたとは言え、完全なる透明というわけではない。彼の場合は幾重にも重ねた密度の異なる空気の層……つまりはプリズムを纏っている状態なのだ。急激に光を屈折させず徐々に身体を迂回して元の直線として光を戻していく。こうして彼は揺らめく透明な空間の一部のように周囲に同化している。近距離であれば違和感を覚えるのは当然……本来ビンガは相手の気配を感じとり、背後など取らせることなどないはずだった。
また別の弱点として頭上からは丸見えとなる。プリズムを纏う以外の能力で、監視カメラ自体に『誰もいない静止状態の光』を、まるで障子紙に針でも突き刺したように固定することで上からの目線を遮っている。
監視カメラの位置は全て把握している。そのため、能力を使ってその眼を欺くことなど造作もなかった。しかし、スロープを眺めて思案していた隙があったとはいえ、この謎の脅威は全くの想定外であった。
ビンガは背後の人物にのみ聞こえるように小声で呼びかける。
「首筋に押しつけているのは銃なのか?セキュリティガードが携帯しているのはテーザー銃(電撃で激痛を与え制圧するための低致死性の武器)のはずだが?」
全く反応はない。
「悪いが、銃には悪い思い出しかない。できれば下ろしてもらえないだろうか?抵抗をするつもりは一切ない。」
滴る汗の量が増えていくだけで、背後の人物は全く応じようとはしない。
「大野の部下か?正直俺の背後をとれるほど優秀な奴がいたとは……」
やはり返事こそなかったが、今の問いかけには先ほどまでより何か微かな違いを感じた。『声を出す』という行為を続けたおかげで、ビンガが少しずつ冷静さを取り戻してきていた。だが窮地を脱する糸口はまだ掴めていない。そして彼は撃たれることを覚悟する。
「大野の部下でないということは、黒崎の直接の差し金と言ったところか……?俺を撃って奴に何の得がある?撃ったところで白鳥所長の避難訓練準備は開始されている。事態収束にはならんぞ。」
「……どういうことだ?」
全く聞き覚えのない声であった。冷たい無機質なその声は、ビンガの長い収容生活で耳にしたことのないものだと確信した。このタイミングで外部から協力者を呼び寄せているのか。
「どうもこうもないさ。俺は所長に皆の避難をお願いした。所長は避難訓練と称して職員避難を優先して行う。俺たち被検体はどうせここを出られない。黒崎から聞いているだろう?このスロープのことも。俺とてパラジウムを喰らってまともではいられない。言っておくが、パラジウム・ジャミングに比べれば銃弾ごとき、その痛みにも耐えてみせる。この二人と……そして下にいる少年たちを避難させるまで、俺も足を止めるわけにはいかんのでな。これが俺の覚悟だ。さあ撃て。」
ビンガが自分の透明術を解いた。
これはひとつの賭けでもあった。
自分の透明術のカラクリなど誰一人知らぬこと。
だが実際には監視カメラの細工は解いていない。
つまりは自分も相手もまだ誰にも見られていない。
(ここで俺が姿を晒せば、監視カメラに映り込んだと思うはず。そうなれば背後の人物も、外部侵入者として何らかの対処が講じられる、と焦るはず)
そう錯覚させれば隙を作れる。香澄との約束を履行するため、今抱えている二人は何とか所長に引き渡さなければならない。
だがこの侵入者がすでに監視室まで仲間に制圧させているとすれば、何ひとつ脅しにならない。
むしろ誰も駆けつけないことで、仲間の制圧が成功している確証になるだけだ。
結局、謎の人物は銃を下ろすことはなかった。だが相手の反応の変化はあった。
「お前は誰だ?その二人もお前も黒崎の敵対者なのか?」
声の印象は一切変わらない。何らかのプロなのだろう。だがようやく交渉の余地はできたかもしれない。ビンガは偽りなく自分の名前を語る。
「俺はこのエリシオン・ラボの被検体にされたTK49-7……滝口剛だ。」
(第四十五話 終わり)




