父娘への畏怖(パナケイア視点)
私は期待を胸に患者の元へと走る。もしかすると、毒の治療が出来るかもしれない。そんな希望を抱き、病院内へと駆け込みました。
すると、兄のマカーオーンが青い顔で私を見る。しかし、驚きによってその目は見開き、すぐにその口元が綻んだ。
「まさか本当に出来たのか?」
「今から、それを確かめます」
私は治療台の上に寝かされた患者の元へと向かう。そして、手にしたポーション瓶の蓋を開ける。
これはこの世に初めて産まれた血清ポーション。ケンジ様からは少量ずつ使う様に言われている。量を節約すれば、これで三人分の毒が解毒出来るかもと。
私は寝かされた患者の状態を確認する。肩からやや下を矢で貫かれたのでしょう。矢じりをえぐり出した傷口がとても生々しい。腕の根元を縛っていても、今も血が緩やかに流れ続けています。
「それでは、まずは解毒から……」
水で血を洗い流し、タオルで水気をふき取る。そして、骨すら見える傷口に、私は血清ポーションを少量たらします。
目に見えて変化は無い。治癒のポーションみたいに、傷口が塞がる訳では無いからだ。
私はどうやって効果を確かめるかを思案する。しかし、良い案が浮かばずに悩んでいると、患者がふいにこう零した。
「ぐっ……。何だか、痛みがマシになった様な……?」
その言葉にハッとなる。患者の顔は痛みに歪み、額には玉の様な汗が浮かんでいる。
けれど、患者は痛みがマシになったと言う。恐らくそれは、身を蝕み続ける毒が抜けたから。血肉が溶かされるのが収まったからだと判断する。
本当に解毒出来たかはわからない。けれども、このまま見ている訳にも行かない。私はそう考えて、傷口に治癒の軟膏を塗って行く。
すると、今度は効果がハッキリわかった。傷口が即座に塞がったりはしない。けれど、紫だった腕が、少しずつ元の色へと戻って行く。内出血した皮膚が、徐々に回復しているのである。
「回復している……? と言う事は、毒は消えたんだな!」
兄のマカーオーンが歓喜の声を上げる。私は無言でグッと拳を握る。
体内に毒が残っていると、治癒のポーションでも回復しないのだ。回復が確認できた以上、クサリヘビの毒は消えたと考えて間違い無いだろう。
しかし、今はまだ喜んでいる状況では無い。何故ならば、更に数人の重症患者が運び込まれて来たからだ。
「マカーオーン様! パナケイア様! 重症患者二名追加です!」
一目見ればわかる。彼等もまた、通常ならば手足を切り落とさねばならない患者である。
けれど彼等は幸運だった。運び込まれたのが、血清ポーションの完成後だったのだから。
「兄さん、血は集まっていますね? 私は追加のポーションを作りに戻ります!」
「わかった! 今あるポーションは俺が預かる! 追加のポーションを頼むぞ!」
私は血清ポーションと治癒の軟膏を兄に手渡す。詳しく聞かずとも、見ていたので使用方法は理解しただろう。
私は看護師の一人から小さな壺を預かる。そして、満たされた血液を確認してから、ケンジ様の元へと急いで戻った。
しかし、調合室へと戻った私は、そこで異質な光景を目の当たりにする。
「――つまり、血中にある免疫機能が抗体を作っている。血中の一部が抗体に変化するのですね?」
「うん、その通りだよ。クサリヘビの毒に限らず、病気等に対する抗体も同じ様に作られるからね」
床に座り込んだケンジ様の前で、イノちゃんが片膝をついて質問を行っていた。この状況にも関わらず、父娘は授業を行っていたらしい。
しかし、イノちゃんは私に気付いて立ち上がる。そして、私の手から小壺をかすめ取った。
「えっ? えっと……?」
調合台に向かうイノちゃん。その様子に私は戸惑うが、ケンジ様は私に微笑みかけた。そして、問題無いと言わんばかりに信頼の眼差しを娘に向ける。
イノちゃんはブツブツと何かを呟きながら、小壺に対して魔法を使い始めた。
「まずは血中の抗体を増やす……。そうする事で、より少量の血で、多くの血清を作れる……」
「えっ……?」
何となくだけど、呟きの意味は理解出来る。解毒に必要な成分を、彼女は魔法で増やそうとしているのだ。
そんな事が可能なのかと、私は半信半疑でその光景を見つめる。すると、程なくしてイノちゃんは小さく頷いた。
「成功……。次は血清ポーション化……。血中の巡りも早めてみるかな……?」
何やらブツブツと呟きながら、イノちゃんは小壺に魔法を掛ける。そして、それも僅かな時間で終わったらしく、彼女は小壺の中身をポーション瓶へと移し替えて行く。
そして、五本の血清ポーションを私に手渡し、彼女は淡々とした口調でこう言った。
「先程のポーションの二倍は効果があります。使用量が半分になったと思って下さい。それと、置いてあった傷薬も疑似ポーション化しておきました」
「えっ……?」
彼女が指さす先を見えると、そこには調合した傷薬の壺が置かれている。それは調合したけど、まだ小分けにしていない大き目の壺。先程の十倍の量になるはずです。
五倍の量の血清ポーションに、十倍の量の傷薬。一つずつ作るだけでもケンジ様は魔力を使い果たしたのに、イノちゃんは顔色も変えずにその量をポーション化してしまった。
「貴女……。何者なの……?」
魔女である事は間違いない。けれど、十歳にしてその才覚は異質と言えるレベルにある。もしかすると、彼女は純血の神なのだろうか?
しかし、彼女は人差し指を口元で立てる。そして、どこか嬉しそうな声でこう答えた。
「私はお父様の娘にして弟子。それ以上でも、それ以下でもありません」
彼女は真っ白なフードを被り、今だその素顔を私達に晒していない。そこには触れない様にと、エリクトニオス様からのお達しもある。
だから、私はイノちゃんの事には触れずに来た。けれど、ここに来て私はゾッとする。見てはいけない物を、私は見えてしまったのではと思ってしまったのだ。
けれど、微かな恐怖を感じる私に、ケンジ様は明るく声を掛けた。
「私達は共にアスクレーピオスの意思を継ぐ者。所謂、同志と言う奴ですね。それで良いのではないでしょうか?」
「父の意思を継ぐ者……」
私はその言葉で腑に落ちる。確かに私は魔女であると共に医者。父の意思を継いで人々を治す、魔女としては異端な存在である。
そして、この父娘はその行動で示し続けた。その力を私利私欲ではなく、人々の為に使って来た。彼等は決して恐ろしい存在では無いのだと。
ならば、私は恐れる必要なんて無い。イノちゃんがどれ程強大な魔女でも、ケンジ様の娘である彼女が、人々に恐れられる魔女の訳が無いのだから。
「……わかりました! それでは、私は患者の治療に戻ります!」
私が力強く宣言すると、ケンジ様は嬉しそうに頷く。その笑みに鼓動の動きを感じながらも、私はそれを隠して現場へと走る。
私もまた、己の成すべき事を成そう。あの父娘への微かな恐れと、大きな憧れを胸に、私はそんな決意を胸に抱くのだった。




