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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第2部:アテナイ戦争
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もう一つの戦場

 パナケイアさんの後を追い、私達は病院へと駆け込む。そこでには既に一名の患者が運び込まれており、マカーオーンさんが診察を行っていた。


「一先ずはこれで大丈夫だ。傷口が塞がるまでは安静にしてろ」


「ぐっ……。ありがとう、御座います……」


 兵士と思われる若い男性は、左腕に包帯を巻かれている。しかし、その包帯は血が滲み、男性の顔は苦し気に歪んでいた。


 マカーオーンさんの手にはナイフが握られ、すぐ側の桶には肉片が転がっている。恐らくは患部を切除して、毒で壊死した個所を取り除いたのだ。


 看護師さんに連れられて、治療を終えた男性は床に寝かされる。見れば病床に空きが目立つ。昨日まではもう少し室内が埋まっていたはずだが……。


 そう疑問に思っていたら、看護師さんがやって来て、私に事情を説明してくれた。


「動ける程に回復した方には退院して頂きました。すぐに新しい患者で床が埋まりますので……」


 困り顔で笑う看護師さんに、私はここでの日常を察する。本来はまだ安静にすべき患者でも、無理にでも退院させざるを得ないのだろう。それ程までにアテナイは患者で溢れているのだ。


 私はマカーオーンさんの元へと向かう。彼はパナケイアさんに指示を出し、必要になりそうな薬を依頼していた。


「確か治癒のポーションはもう無かったな? なら、いつもの傷薬を多めに頼む。今日は敵兵の数が多いそうなので、患者の数も増えるはずだ」


「そう、ですか……。重症の患者が少なければ良いのですが……」


 私はその言葉に首を傾げる。ポーションが無いと言うのが理解出来なかった。私の納品している品もあるし、パナケイアさんもポーションを作れる。


 それにここ数日は攻撃も無かったらしい。ならば、ある程度の数を作って置ける気がするのだが。


「えっと、ポーションは作られていないのですか?」


 私の問い掛けに、パナケイアさんはキョトンと目を丸くする。そして、苦笑を浮かべて私に応えた。


「先程も申しました通り、ポーションを作るのはとても難しいのです。私もレシピは知っていますが、この地では霊薬の入手が困難でして……」


「霊薬……?」


 私やイノが作る素材の薬草は、いつでも庭に生えていた。ただ、それはリリィの能力によるものだ。


 以前に聞いた話では、効能の高い薬草はこの地では栽培が難しいらしい。だからこそ、ポーションが高額になのだと理解出来る。


 ただ、その素材でなければ治癒のポーションを作れない訳では無い。効能が多少落ちても、他に代用の薬草なら有ると思うのだが……。


「マカーオーン先生! 次の患者が複数です! いずれも重症です!」


「「「――っ……?!」」」


 運び込んで来たのは鉄の鎧を身に纏った兵士達。そして、運び込まれた兵士は鎧を脱がされ、いずれも血を流している。


 マカーオーンさんの前に並べられたのは三名の兵士。それ以外にも五名居るが、そちらは看護師さん達が処置をしている。傷が軽傷なので、洗浄と軟膏で手早く治療を行っていた。


「これは……」


 マカーオーンさんは並べられた三名の傷口を確認する。いずれも折れた矢が刺さったままで、腕や足に矢じりが埋まっている。


 そして、その患部は紫に膨れ上がっている。間違いなくクサリヘビの毒だ。内部から毒に犯され、かなり難しい状況だと推測出来た。


「……切り落とすしかないな」


「待ってくれ、先生! 何とかならないのか……?!」


 マカーオーンさんに詰め寄ったのは、患者を運び込んで来た兵士だった。彼は泣きそうな表情で、マカーオーンさんへと頭を下げる。


「こいつは俺の友達なんだ! この国を守る為に、必死に戦って来たんだ! こんな所で終わりにさせないでくれ! どうにか腕を切らずに、直して貰えないだろうか!」


 涙を流して必死に訴える兵士。その兵士の姿に、患者の三名は泣きそうな顔となる。そして、彼等もまた苦痛に歪む顔で、ゆっくりと頭を下げた。


 しかし、マカーオーンさんは無情にも首を振る。そして、淡々とした口調でキッパリと告げた。


「切り落とさなければ確実に死ぬ。助かる為には、患部を切除するしか無いんだ」


「そ、そんな……」


 項垂れる兵士を無視し、マカーオーンさんは看護師さんに指示を出す。気休め程度だが、切り落とす際に鎮痛剤を用いるそうだ。


 何も言えず見守る事しか出来ない私だったが、パナケイアさんは湿った声でこう呟くのを聞いた。


「治癒のポーションも無く切り落とせば、助かる可能性はかなり低いです……。それでも、可能性がゼロで無いだけ、マシなんでしょうけど……」


「え……?」


 その声は患者に聞かれない様に、小さく囁かれたものであった。そして、パナケイアさんは縋る様な眼差しを私に向けた。


「父であれば、きっと救ってみせたのでしょう……。けれど、これが私達の限界なんです……。私達の医療何て、無いよりマシ程度のものなんです……」


 パナケイアさんの瞳が訴えかけていた。目の前の患者を助けたいと。そして、それが出来ない自分を悔しく思い、何とかしたいと助けを求めていた。


 私の医学書が求められた理由。そして、女神アテナが私を求めた、本当の理由が理解出来た。私が求められていたのは、この状況をどうにかする事なのであると。


「……マカーオーンさん。毒の回りを留める為、腕や足の付け根を縛って下さい。それと、矢じりを摘出して、そのままの状態で待って貰えませんか?」


「ケンジ殿……。それは、まさか……?」


 マカーオーンさんは目を見開き、私に熱い眼差しを向ける。そこには期待の色が滲んでいた。


「それと毒を乗り越えた患者から、血を集めて貰えますか? 患者の無理が無い範囲で、出来るだけ多く集まると助かります」


「ケンジ様……。もしや、血清を……?」


 パナケイアさんの瞳に涙が滲む。その瞳には歓喜が滲んでいた。私がこの状況を、何とか出来ると信じているみたいだった。


 私はゆっくりと息を吐く。そして、イノと視線を合わせて互いに頷く。出来るだけの事をやってみようと、私とイノは互いに決心した。


「絶対に助かるとは言えません。――ですが、何もせずに見殺しにするよりはマシです。やれる事を、やってみましょう!」


「「はい、お願いします……!」」


 マカーオーンさんとパナケイアさんが叫ぶ。その顔には力強い笑みを浮かべ、希望に満ちた瞳をしていた。


 私は血を集めるのを看護師さん達に任せ、パナケイアさんの家へと向かう。そこで調剤を行う為である。


 私は改めて気を引き締める。アスクレーピオスの後継者として、成すべき事を成そうと私は動き始めるのだった。

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