もう一つの戦場
パナケイアさんの後を追い、私達は病院へと駆け込む。そこでには既に一名の患者が運び込まれており、マカーオーンさんが診察を行っていた。
「一先ずはこれで大丈夫だ。傷口が塞がるまでは安静にしてろ」
「ぐっ……。ありがとう、御座います……」
兵士と思われる若い男性は、左腕に包帯を巻かれている。しかし、その包帯は血が滲み、男性の顔は苦し気に歪んでいた。
マカーオーンさんの手にはナイフが握られ、すぐ側の桶には肉片が転がっている。恐らくは患部を切除して、毒で壊死した個所を取り除いたのだ。
看護師さんに連れられて、治療を終えた男性は床に寝かされる。見れば病床に空きが目立つ。昨日まではもう少し室内が埋まっていたはずだが……。
そう疑問に思っていたら、看護師さんがやって来て、私に事情を説明してくれた。
「動ける程に回復した方には退院して頂きました。すぐに新しい患者で床が埋まりますので……」
困り顔で笑う看護師さんに、私はここでの日常を察する。本来はまだ安静にすべき患者でも、無理にでも退院させざるを得ないのだろう。それ程までにアテナイは患者で溢れているのだ。
私はマカーオーンさんの元へと向かう。彼はパナケイアさんに指示を出し、必要になりそうな薬を依頼していた。
「確か治癒のポーションはもう無かったな? なら、いつもの傷薬を多めに頼む。今日は敵兵の数が多いそうなので、患者の数も増えるはずだ」
「そう、ですか……。重症の患者が少なければ良いのですが……」
私はその言葉に首を傾げる。ポーションが無いと言うのが理解出来なかった。私の納品している品もあるし、パナケイアさんもポーションを作れる。
それにここ数日は攻撃も無かったらしい。ならば、ある程度の数を作って置ける気がするのだが。
「えっと、ポーションは作られていないのですか?」
私の問い掛けに、パナケイアさんはキョトンと目を丸くする。そして、苦笑を浮かべて私に応えた。
「先程も申しました通り、ポーションを作るのはとても難しいのです。私もレシピは知っていますが、この地では霊薬の入手が困難でして……」
「霊薬……?」
私やイノが作る素材の薬草は、いつでも庭に生えていた。ただ、それはリリィの能力によるものだ。
以前に聞いた話では、効能の高い薬草はこの地では栽培が難しいらしい。だからこそ、ポーションが高額になのだと理解出来る。
ただ、その素材でなければ治癒のポーションを作れない訳では無い。効能が多少落ちても、他に代用の薬草なら有ると思うのだが……。
「マカーオーン先生! 次の患者が複数です! いずれも重症です!」
「「「――っ……?!」」」
運び込んで来たのは鉄の鎧を身に纏った兵士達。そして、運び込まれた兵士は鎧を脱がされ、いずれも血を流している。
マカーオーンさんの前に並べられたのは三名の兵士。それ以外にも五名居るが、そちらは看護師さん達が処置をしている。傷が軽傷なので、洗浄と軟膏で手早く治療を行っていた。
「これは……」
マカーオーンさんは並べられた三名の傷口を確認する。いずれも折れた矢が刺さったままで、腕や足に矢じりが埋まっている。
そして、その患部は紫に膨れ上がっている。間違いなくクサリヘビの毒だ。内部から毒に犯され、かなり難しい状況だと推測出来た。
「……切り落とすしかないな」
「待ってくれ、先生! 何とかならないのか……?!」
マカーオーンさんに詰め寄ったのは、患者を運び込んで来た兵士だった。彼は泣きそうな表情で、マカーオーンさんへと頭を下げる。
「こいつは俺の友達なんだ! この国を守る為に、必死に戦って来たんだ! こんな所で終わりにさせないでくれ! どうにか腕を切らずに、直して貰えないだろうか!」
涙を流して必死に訴える兵士。その兵士の姿に、患者の三名は泣きそうな顔となる。そして、彼等もまた苦痛に歪む顔で、ゆっくりと頭を下げた。
しかし、マカーオーンさんは無情にも首を振る。そして、淡々とした口調でキッパリと告げた。
「切り落とさなければ確実に死ぬ。助かる為には、患部を切除するしか無いんだ」
「そ、そんな……」
項垂れる兵士を無視し、マカーオーンさんは看護師さんに指示を出す。気休め程度だが、切り落とす際に鎮痛剤を用いるそうだ。
何も言えず見守る事しか出来ない私だったが、パナケイアさんは湿った声でこう呟くのを聞いた。
「治癒のポーションも無く切り落とせば、助かる可能性はかなり低いです……。それでも、可能性がゼロで無いだけ、マシなんでしょうけど……」
「え……?」
その声は患者に聞かれない様に、小さく囁かれたものであった。そして、パナケイアさんは縋る様な眼差しを私に向けた。
「父であれば、きっと救ってみせたのでしょう……。けれど、これが私達の限界なんです……。私達の医療何て、無いよりマシ程度のものなんです……」
パナケイアさんの瞳が訴えかけていた。目の前の患者を助けたいと。そして、それが出来ない自分を悔しく思い、何とかしたいと助けを求めていた。
私の医学書が求められた理由。そして、女神アテナが私を求めた、本当の理由が理解出来た。私が求められていたのは、この状況をどうにかする事なのであると。
「……マカーオーンさん。毒の回りを留める為、腕や足の付け根を縛って下さい。それと、矢じりを摘出して、そのままの状態で待って貰えませんか?」
「ケンジ殿……。それは、まさか……?」
マカーオーンさんは目を見開き、私に熱い眼差しを向ける。そこには期待の色が滲んでいた。
「それと毒を乗り越えた患者から、血を集めて貰えますか? 患者の無理が無い範囲で、出来るだけ多く集まると助かります」
「ケンジ様……。もしや、血清を……?」
パナケイアさんの瞳に涙が滲む。その瞳には歓喜が滲んでいた。私がこの状況を、何とか出来ると信じているみたいだった。
私はゆっくりと息を吐く。そして、イノと視線を合わせて互いに頷く。出来るだけの事をやってみようと、私とイノは互いに決心した。
「絶対に助かるとは言えません。――ですが、何もせずに見殺しにするよりはマシです。やれる事を、やってみましょう!」
「「はい、お願いします……!」」
マカーオーンさんとパナケイアさんが叫ぶ。その顔には力強い笑みを浮かべ、希望に満ちた瞳をしていた。
私は血を集めるのを看護師さん達に任せ、パナケイアさんの家へと向かう。そこで調剤を行う為である。
私は改めて気を引き締める。アスクレーピオスの後継者として、成すべき事を成そうと私は動き始めるのだった。




