毒談義
パナケイアさんとの話し合いで、毒への対策は血清ポーションの研究と言う結論に至った。しかし、お昼までにはまだ時間があり、このまま毒について話し合いたいと頼まれてしまう。
私としては毒に関しての専門知識は無い。せいぜいが、書庫にあった基本的な毒の成分を知る程度である。何を話し合うか困った私は、パナケイアさんへと質問を投げかけた。
「そういえば、アトランティス軍はクサリヘビの毒を用いるんですよね? 植物性の――例えば、トリカブトなんかは使われないんですか?」
ケイローンの残した書物には、真っ先にトリカブトの毒が紹介されていた。最もありふれた毒であり、入手も利用も簡単だからだ。
大量の毒を集めるなら、クサリヘビよりも容易だろう。そう思っての質問だったが、パナケイアさんは軽く首を振る。
「アトランティスは海上に浮かぶ巨大な島です。――島と言うか、あれはもう大陸と呼べるサイズですが……。ともかく、その土地の特殊性から、植物の栽培には適していないそうです」
「なるほど。それでトリカブトが使われていないのか……」
恐らく、雨を溜めて飲み水の確保は出来る。けれど、山や川が無い等の理由で、栽培に適した土地では無いのだと思われる。
まさか海水を使う訳にも行かないし、畑を作るのも難しいのだろう。そうなると、水の問題で大量のトリカブトを栽培と言うのは、現実的では無いと考えられる。
パナケイアさんの説明に私が納得していると、彼女は上目遣いに私を見つめる。そして、期待する瞳で私に問い掛けて来た。
「もしかして、トリカブトの毒に対する対処法をご存じでしょうか?」
「いえいえ、解毒薬は作れませんよ。毒の症状を知っているだけです」
私はパタパタと手を振って苦笑を浮かべる。トリカブトの毒は厄介な事に、完全な解毒薬は存在しないのだ。
しかし、パナケイアさんは私を見つめ続ける。その期待の籠った瞳に私はたじろぎ、仕方が無いなと溜息を吐く。
「ご存じとは思いますが、クサリヘビとトリカブトの毒は別物です。クサリヘビは出血毒と言われ、対象の血液や肉体を溶かすタイプの毒。対してトリカブトは神経毒と呼ばれ、心臓等の機能を止めるタイプの毒です」
「ふむふむ! なるほど、なるほど!」
初歩的な説明であり、医師であるパナケイアさんなら知っているはず。それでも、彼女は私に熱視線を送り、真剣に耳を傾けていた。
「クサリヘビの毒は血清等で毒を中和し、それ以上体が壊されない様にします。その上で、壊された箇所の治療が必要となります。血液や血管を壊され、血が止まらなくなるのが出血毒と言われる所以ですね」
パナケイアさんは慌てて蝋板を手に取る。気になる個所をメモし、後で質問をする気なのだろう。私はメモを取りやすい様に、ゆっくりとした口調で説明を続ける。
「トリカブトの毒は神経の働きを乱し、体が正常に機能出来なくします。症状は急速に現れ、解毒法も無く、すぐに呼吸や鼓動が止まります。使われるとこの上なく対処し辛い毒と言えます」
もし、トリカブトの毒が用いられていれば、アテナイ兵はより壊滅的なダメージを受けていただろう。それが用いられていないのは幸運と言える。
いや、もしかすると嫌がらせが目的だからかもしれない。戦争を長引かせ、後遺症の残った元兵士を抱えさせる為である。そうだとしたら、かなり陰湿な手口だと言えるが。
そして、基本的な知識を披露する私に、パナケイアさんは前のめりに問い掛けて来た。
「トリカブトの毒には対処法は無いのでしょうか? 先程の血清はどうでしょう?」
「トリカブトの血清ですか?」
私はケイローンの書物。そして、アスクから聞いた知識を思い出す。そして、うろ覚えながらに、思い出した記憶から推測を述べる。
「確か、トリカブトの毒は耐性が付かないはずです。むしろ、毒が体内に蓄積され、微量であってもいずれ致死量に至るはずです」
「そう、なんですね……」
私の説明を聞いて、パナケイアさんは肩を落とす。治療に関する、何らかのヒントでも得られればと考えていたのだろう。
私は気持ちする彼女の姿に、申し訳ない気持ちになる。そして、せめてもの気休めを口にする。
「解毒は難しいのですが、手が無いとも限りません。確証はありませんが、症状がわかるなら緩和する手段も考えられます。例えば、乱れた神経を正常化させる。――そんなポーションであれば、可能性はあるかもしれませんよね?」
「えっ……?」
パナケイアさんは顔を上げ、驚きの眼差しで私を見つめる。本当にそんな事が可能なのかと、その瞳は問い掛けていた。
しかし、私にはそれを出来ると断言出来なかった。元の世界の医療でも、そんな薬があると聞いた覚えが無い。私の知識の源泉は元の世界にあり、そこで出来る事しか保証出来ないのだ。
けれど、この世界には魔法がある。元の世界に出来ない事が出来る。だからこそ、私は可能性はあると考えている。実験する訳にいかないし、それが本当に実現可能かはわからないのだが……。
私は何も言えず、しばらくパナケイアさんと見つめ合う。しかし、その沈黙はすぐに破られる事となる。
「――ケンジ殿、敵襲です! アトランティス軍の攻撃が始まりました!」
「「「――っ……?!」」」
声を発したのは護衛のアストレウスさんだった。外で待機していた彼が、慌てて室内へと飛び込んで来たのだ。
そして、彼は私の側までやって来ると、緊張した面持ちで尋ねて来た。
「どうされますか? ここは安全だと思いますが、念の為に自宅へと戻りますか?」
「そうですね……」
判断に迷った私はパナケイアさんへと視線を移す。すると、彼女は強い眼差しで私にこう告げた。
「私はこれより病院に向かいます。恐らくは、すぐに患者が運び込まれるでしょうから」
確かに彼女の立場からすれば、当然そうするだろう。それが彼女の仕事なのだから。
私はイノへと視線を向ける。すると、彼女も力強く頷いた。私の考える様にして良いらしい。
「それでは、私も病院に向かいましょう。何が出来るかわかりませんが、現場を一度見ておきたいです」
「宜しいのでしょうか、ケンジ様? 私としましても、ご一緒頂ければとても心強いのですが……」
私は問題無いと頷き返す。すると、パナケイアさんへは視線をアストレウスさんへと移す。彼女の視線を受けた彼は、苦笑を浮かべてこう返した。
「室内であれば、どこでも同じでしょう。勿論、いざと言う時の為に、私も同行させて頂きます」
「わかりました。それでは、ご同行宜しくお願いします!」
パナケイアさんは頭を下げると、そのまま急いで病院へと駆け出す。私達もその背を追って病院へと向かう。
戦闘そのものでは無いにしろ、初めて味わう戦争の現場。私は緊張した気持ちを落ち着ける為に、大きく深呼吸を行う。
そして、向かった先の病院で、アテナイの現状を本当の意味で目の当たりにする……。




