クサリヘビの毒
三日目の午前。私はイノと共にパナケイアさんの家へと訪問した。今日は授業をお休みにし、毒の対処方について話し合う事になった為である。
そして、まず私は現状の被害状況を、パナケイアさんに確認させて貰っている。
「現在、アトランティス軍が利用しているのは、クサリヘビの毒だと考えられます。槍や矢で傷付いた際に、傷口周辺が紫に変色します。そして、激しい腫れと痛みを引き起こし、酷い場合は手足も切断が必要となります」
街中で手足を失った人を何人か目にしている。無気力な様子で道端に座り込んでいる人達である。
彼等は毒の症状が酷く、手足を失う事になったのだろう。戦争なので仕方が無いとは言え、やるせない気持ちになってしまうな……。
「病院に運び込まれた際は、患部を洗浄し、症状が治まるまで安静に寝かせます。基本的に毒に関しては、ただ回復を祈るしか無い状況なのです」
「「…………」」
私とイノは互いに見つめ合う。厳しい現実を聞かされ、思わず顔を歪めてしまう。
昨晩、パナケイアさんから解毒ポーションが存在しない事は効いていた。そして、私も解毒ポーションの作り方は把握していない。
どんな毒にも効く解毒ポーションは存在するけど、それはかなり特殊な代物らしい。神に供物を捧げる、儀式系でしか作れない奇跡の類らしいのだ。
私はそちらの知識が無いので、解毒ポーションの製法を伝える事は出来ない。そもそも魔法使いである事を隠しているので、ポーションの製法は伝えられないんだけどね。
「完璧に治す必要はありません。少しでも症状が抑えられると助かります。ケンジ様は何か、良い案をお持ちでしょうか?」
縋るような視線を向けられ、私はどうすべきか考える。普通に考えるなら血清を作るになるが、その製法を私が知っている訳では無い。
そして、こういう時こそ魔法の出番で、血清ポーションなら作れる気がする。ただ、それを作るには色々と説明が面倒な事になるのだが……。
私は探りを入れる為にも、無難なところから話を始める。
「毒に対する薬は無いとの事でしたね。そうするとこの地では、一般的に毒への対処法はどうなさっているのですか?」
「毒の対処法ですか? 一般人であれば寝て治るのを待つのみです。王族や軍人の方々は、若くから微量の毒を摂取し続け、毒への耐性を身に付けるそうですね」
毒を摂取して耐性を得る? そんな予防接種的な考え方は存在するのか……。
ただ、その考え方が知られているなら、その方面から話を進められそうだな。後はその出所を少々誤魔化す必要があるだけだな。
「遠く離れた私の祖国では、血清と呼ばれる薬が存在していました。それは毒に耐性がある人の血液から、抗体と呼ばれる機能を取り出した物です」
「血清、ですか……?」
パナケイアさんは聞き慣れない言葉に首を傾げる。けれど、その視線には熱い感情が宿っていた。
「先程の王族や軍人が、毒に耐性を得ていると言う話がありましたよね? その耐性を他の人にも分け与えるのです。勿論、そんな偉い人から血を貰う訳にいかないので、血清を作る為に専用の人は必要になるのでしょうが」
実際は動物を使って、抗体を持った血を採取しているのだろう。けれど、流石にそれを再現出来るかは自信が無い。動物の血液をそのまま、人に使えるとは思えないからね。
「私も詳しくは知らないのですが、その血清ならば作れませんか? 幸いにして毒から回復した人達が、街の中には沢山います。その人達の協力を得られれば、血を集める事も出来ると思うのです」
人道的にどうかはわからない。けれど、街中では手足を失い、無気力に項垂れている人達がいる。その人達にお願いし、協力して貰えないかと私は考えている。
しかし、パナケイアさんは難しい顔で視線を逸らす。
「血を集める事は可能でしょう。けれど、その考えだけで薬を作るとなると……。研究を始めるにしても、どれ程の時間が必要になるか……。私も研究に注力は出来ませんし……」
「いえいえ、そこは血清ポーションにして当面を凌いでみては? パナケイアさんも神の血を引いているので、ポーション作りは可能なんですよね?」
私がそう問いかけると、パナケイアさんは苦笑を浮かべる。そして、ゆるゆると首を横に振る。
「確かに私はポーションを作れます。けれど、ポーションとは皆さんが考える程に万能ではありません。それに対するレシピが存在し、完璧な素材と手順が求められますので」
「「――はっ……?」」
私とイノの声がハモる。何となくパナケイアさんと私達では、ポーション作りに関する考え方が違っている気がする。
言うべきかどうか悩んだが、黙っている事は出来ない。人命に関わる事だと思い、私は思い切って考えを告げた。
「私の知る限りポーションとは、魔法で効果を高めた物です。大まかな素材が揃っていれば、後は魔法の奇跡で誤魔化しが効くはずです。勿論、その分だけ魔力の消費は大きくなるでしょうが」
「ポーションが、魔法で効果を高めた物……?」
パナケイアさんは驚きでポカンと口を開く。しかし、すぐにサッと顔を青くして、探る様にこう問いかけて来た。
「祖国が遠方と聞いておりましたが……。もしや、ケンジ様は南から参られたのですか……?」
「あっ、いえいえ! 違いますよ? 私の祖国は遥か東! エジプト方面じゃないですよ!」
私の言葉を聞いて、パナケイアさんが安堵の息を吐く。私の知識がエジプトーー錬金術由来では無いと知り、安心したと言う所だろう。
どうもこの地で錬金術は、神に反逆する者達の分野と見られている。魔法を使える人達程、神の怒りを恐れて避ける傾向が強いのだ。
パナケイアさんは少し考えた後に、決心した表情で頷く。そして、私に対して力強く宣言した。
「魔法をその様に考えた事はありませんでした。けれど、ケンジ様が言うなら、出来るのではないかと思います。時間を作って血清作りの研究を進めてみます!」
「はい、無理の無い範囲で。私の知恵が必要があれば、いつでも声を掛けて下さい」
協力の申し出に、パナケイアさんは嬉しそうに微笑んだ。それはとても可憐で、美しい乙女の笑みであった。
私がセメレと結婚していなければ、クラっと来ていたかもしれない。けれど、今の私にはセメレの笑顔を懐かしく感じるだけであった。




