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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第2部:アテナイ戦争
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晩餐時の訪問者

 兎の解体が終わった後は、パナケイアさんと別の看護師さんがやって来た。患者用の夕食を用意する為、マカーオーンさん達とは入れ替わりにるらしい。


 そして、その流れで私は夕食作りにも参加する事となる。パナケイアさん達に熱視線を送られては、無視して帰る訳にもいかないからね……。


 ちなみに、看護師さん達は全員女性だ。男性は殆ど兵役があるので、必然的にその他の仕事は女性の割合が高くなる。


 更に看護師さんは未婚の若い女性が多く、場は華やかだけど居心地は悪い。女性陣にもてはやされて、私は誤魔化す様に、求められるままに雑談を披露し続けるのであった。


「――精が出ますね、ケンジ殿」


「えっ……?」


 声を掛けられ振り返ると、エリクトニオスさんが近づいて来た。そのすぐ後ろには、護衛が二人付いている。馬車の旅にも同行していた、メネラオスさんとオレステスさんである。


 エリクトニオスさんが側まで来ると、私とイノは揃って頭を下げる。彼は苦笑気味に手を振りながら、私達へとこう声を掛けた。


「報告を受けていますが、中々に評判みたいですね。アテナイでの生活は二日目ですが、何か不自由をされている事はありませんか?」


「えっ、評判なんですか? えっと、不自由な事は特には……」


 私は少し離れた所に控える、ペウロスさんをチラッと見る。彼は慌てた様子で、こっそりと首を振っていた。


 彼は街の観光案内では役立ってくれた。しかし、彼にはさぼり癖があって、護衛としては余り機能していない。その事は報告しないで欲しいみたいだ。


 まあ、正直な所を言えば、私達に護衛は必要ない。自衛手段は持っているし、何より今もイノが、レーダー魔法で周囲を警戒している。不審な動きがあれば、彼女がすぐに知らせてくれるからね。


 私は何も告げなかったが、エリクトニオスさんは視線だけで察したらしい。とはいえ、それが問題無い事も知っており、軽い苦笑だけで流してくれた。


「宜しければ、夕食をご一緒しても構いませんか? ケンジ殿の料理に興味がありましてね」


「私は問題ありませんが……。構いませんかね、パナケイアさん?」


「も、勿論ですわ、ケンジ様! 喜んで振舞わせて頂きます!」


 話を振られたパナケイアさんは焦った様子を見せる。そして、周囲の看護師さん達も、ガチガチに固まっていた。


 その事を不思議に思っていると、パナケイアさんの指示で配膳が始まる。そして、大鍋を抱えて彼女達は去って行く。


「わ、私達は患者の皆さまへ配膳に向かいます! どうぞ、ごゆっくりと!」


 急いで離れる背中を見送り、私とイノは顔を見合わせる。すると、エリクトニオスさんは困った表情で息を吐いた。


「ご存じの通り、私は女神アテナ様に育てられた神です。住民の皆様には畏怖されているのですよ。彼女も四分の一は神の血を引くのですが、純血の神はやはり特別視されましてね……」


 そういえば、父親は鍛冶神ヘパイストス。母は大地神ガイアになるんだったね。余り意識していなかったけど、エリクトニオスさんは純血の神となるんだね。


 そう言えば、魔女メディアも自分を純血の神だと誇っていた。むしろそれらが当然の考えで、私の態度は非常識なのだろうか? そう不安に思った私は、恐る恐るエリクトニオスさんに質問する。


「あの……。もしかして私って、失礼な態度を取っていましたか? この地の神様の扱いについて、詳しくないものでして……」


「いえいえ、お気になさらないで下さい! むしろ、今のままでお願いします! それに、私は自分の血を誇りに思っておりませんので……」


 慌てて否定するエリクトニオスさん。最後はどこか自嘲気味で、いつもの父親嫌いが滲み出ていた。


 私はホッとしつつも反省する。エリクトニオスさんは問題無かったけど、普通はこうではないのだろう。他の神様に出会った際は、もう少し気を付けないとね……。


「それでは、冷めない内に頂きましょうか?」


 エリクトニオスさんの呼びかけで、私は頷いて食事を始める。今日は兎を煮込んだスープと、平焼きのパンである。


 患者さんは怪我で体力も落ちており、基本的には寝たきりだからね。提供される食事は消化の良いスープ系がメインとなる。


 そして、平焼きのパンはマザイと呼ばれる物。大麦を使用した、熱した煉瓦の上で焼かれるパンだ。一般市民が日常的に口にしているものである。


 エリクトニオスさんは匙を口に運び、スープを口内に流し込む。そして、味わう様子を見せて、ニコリと私に微笑みかけた。


「なるほど、ハーブによる味付けですか。刺激的で特別感があります。更に健康にも良いとは素晴らしい限りです」


 エリクトニオスさんは数口スープを味わい、それから私に視線を向ける。どうやら、本題が始まるらしいと感じ、私とイノは静かに耳を傾けた。


「アトランティスの軍に少々動きが見られますので、明日辺りに攻撃が始まるかもしれません。街の中まで被害は出ないでしょうが、出来る限り城壁には近寄らないで下さい。流れ矢にでも当たると一大事ですので」


「わかりました。明日は自宅か病院に居る様にします」


 まあ、軽い観光は今日の午後に行ったしね。特別行きたい場所も無い。明日は大人しくしておこう。


 しかし、エリクトニオスさんの話はそれで終わりでは無かった。むしろ、こちらが本命と言わんばかりに、声を潜めてこう告げた。


「患者が来ればわかるでしょうが、最も厄介なのは毒です……。もし、解毒に関する知識をお持ちでしたら、パナケイアへお伝え頂けますと……」


「解毒ですか? 基本的な知識ならありますが……」


 毒に関する知識は、ケイローンの書庫にもあった。狩りに使う毒薬の作り方に、その解毒薬の作り方。更には即効性のある解毒ポーションの作り方もだ。


 基礎的な知識であれば、私もイノも備えている。しかし、製薬が本職のパナケイアさんに、私から何を伝えると言うのだろうか?


 いや、もしかするとその辺りも、彼女は基礎が足りていないのかもしれないな……。


「わかりました。パナケイアさんと話してみます」


「助かります。きっと、彼女も喜ぶことでしょう」


 明らかにホッとした表情を見せるエリクトニオスさん。その表情からも、この問題はかなり重い内容だと理解出来た。


 明日と言わず、この後に話してみるかな? そんな風に考えながら、私は黙々と食事を続けるのだった。

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