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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第2部:アテナイ戦争
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二日目の午後

 午前の授業を終えた私は、イノと一緒に街を見て歩く事にした。護衛役のペウロスさんの案内もあり、街の状況は何となく見えて来た。


 アトランティスとの戦争は長期化しており、住民の皆さんにとってこれは日常。特段怖がる様子もなく、街中はのどかな風景が確認された。


 買い物も普通に出来るし、住民が日常品で困る事も特にない。周辺国の支援もあって、課税が重いと言う事も無かった。


 しかし、若い男性の多くに兵役が課されている。働き手の多くが女性か老人であり、そこが住人の皆さんにとって悩みの種みたいだ。


 成人男性はいつ命を落とすかわからない。だからこそ、男女ともに早々に結婚して子を作る。夫が無くなってもアテナイ国の保証があるので、残された家族が困る事は無い。


 それが今のアテナイ国の現状であり、国民にとっての一般的な認識らしい。


 思う所はあるが、私はこの国の国民では無い。医学を広める役目以外に、出来る事は特に無いのだろうと思う。


 そんな風に考えながら、私とイノは街を一周する。病院の前まで戻って来ると、そこではマカーオーンさんが目を輝かせて待っていた。


「ケンジ先生、お待ちしておりました! 夕食用の兎を解体するのですが、ご一緒に如何でしょうか?」


「兎の解体ですか? ええ、構いませんよ」


 兎の解体ならば、ライオス君の指導の下に何度も行っている。今の私なら手間取る事無く、手早く解体出来るだろう。


 ただ、どうして彼は、そんな期待の眼差しを向けて来るのだろうか? そう不思議に思っていると、マカーオーンさんは満面の笑みを浮かべる。


「妹のパナケイアから聞きましたよ! 昨晩の調理時に、特別講義が行われたと! いやあ、私も参加しておくべきでした! まさか調理の合間にまで、授業が行われるとは思いもしませんでした!」


 料理の合間に授業? 薬草と思われるハーブを調味料に使ったり、その効能を説明したりした事だろうか?


 料理の合間にちょっとした雑談をしただけなのにね。思い付くまま話しただけで、授業と呼べるレベルでは無いはずである。


 それにマカーオーンさんは、料理中も仕事を行っていた。エリクトニオスさんへの報告に向かったり、患者の経過観察をしたりしていたのである。


 どう考えても、私の雑談よりも仕事を優先すべきである。私はそんな事を考える間に、マカーオーンさんに強引に共同調理場に連れられてしまった。


「さあ、それでは始めましょう!」


「「「宜しくお願いします!」」」


 何故だかそこには、五人の看護師さん達が待っていた。皆が良い笑みを浮かべ、腕に兎を抱えている。


「まずはお手本をお願い出来ますか?」


 マカーオーンさんは私に包丁を手渡しながら、解体用の台へと私を誘導する。私は苦笑を浮かべて、彼に尋ねる。


「手本を見せる程の腕前では無いのですが……。ちなみに、毛皮は革製品にしますよね?」


「ええ、普段はそうしています。もしや、そこにも特別な工夫が?」


 私は首を振りながら、差し出された兎を確認する。血抜きはされているが、それ以外の処理は何もされていなかった。


 私は包丁で頭や手足を切り離しつつ、背中に切れ目を入れて行く。切れ目から慎重に皮を剝がしながら、兎の毛皮を剥ぎ取った。


 ライオス君の指導のお陰で、随分とスムーズに出来る様になったものである。初めはグロくて吐きそうだったが、今ではすっかり慣れてしまったね。


 私は毛皮を看護師さんに手渡し、本体の肉の解体に取り掛かる。そして、ただ見ているだけでは退屈だろうと、手を止めずに雑談を始める。


「野生の獣は毛が生えていますが、肉と皮の働きは人間とそう変わらないんですよ。皮はその下の筋肉や血管を守りますし、脂肪は緊急時のエネルギー元や寒さから身を守る働きがありますしね」


 私は腹部を切り開き、傷つけない様に慎重に内臓を取り出す。レバーや心臓を食べるかは、後で調理時に確認しよう。いずれの調理法も、アガウエからバッチリ教わっている。


「心臓や肝臓等の臓器もそうですね。心臓は血を全身に送る役割があり、肝臓は血液中の悪い物質を分解します。ああ、お酒の中のアルコールも、腎臓が分解してくれるんですよ?」


 続いて足を切り落とし、筋肉の沿う様に包丁を入れる。骨と肉を切り離して、綺麗に骨だけの状態へと解体する。


「肉と骨の役割もそうですね。ほら、午前中に話したでしょう? ここが骨と繋がっている腱です。筋肉の一部が収縮することで、その方向に人体は動く訳なんですよ」


 私は引き続き胴体も解体する。骨と肉が全て切り離し終え、そこで初めて顔を上げる。


 すると、マカーオーンさんと看護師さん達が、私に熱視線を注いでいた。私はたじろぎながら、頬を引きつらせる。


「えっと、終わりましたが……。お手本になりましたでしょうか?」


「……今日の授業の理解度が、格段に進みました。妹が授業と言った意味が大変理解出来ました」


 あれ、おかしいな? 兎の解体の手本を見せたはずなんだけど?


 看護師さん達も凄い、凄いと騒いでいるけど、兎の解体には誰も触れない。私が思い付きで話した雑談ばかりを話題にしていた。


 私は困って、隣に控えるイノを見る。すると彼女は胸を張って、太陽の様な笑みを浮かべる。


「流石はお父様です! 人に教える天才ですね!」


「待って待って。それ言わないでって言ったよね?」


 確かに獣の解体を学ぶ時は、イノへ教える事を前提に取り組んだ。私は人に教える為に、色々な事に挑戦したとも言える。


 けれど、それでも私は凡人なのだ。今でも簡単な事しか出来ないし、難しい事を人に教える事は出来ない。


 天才と持ち上げられるのは居心地が悪い。特に本物の天才であるイノを見ているだけにね。彼女は一を教えれば、十を覚えてしまう。私の頭はそんなに優れていないもの……。


「いえ、ケンジ先生は間違いなく天才です! その叡智はまさに賢者ケイローンの如しですね!」


「…………」


 私は賢者ケイローンの遺産を譲り受け、その屋敷に住んでいる。何ともコメントしずらい誉め言葉だ……。


 きっと私が凡人と言っても、誰も信じてくれないのだろうね。それがわかるだけに、私は諦めてこっそり息を吐く事しか出来ないのであった。

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