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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第2部:アテナイ戦争
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病院での晩餐

 今日は丸一日掛けて病院を綺麗にした。勿論、入院中の患者さんも体を綺麗にしてある。


 マカーオーンさんにパナケイアさん。アトレウスさんにペウロスさん。それと病院務めの看護師の皆さん。


 皆の協力で悪臭は消えて、室内を蠅が飛ぶ事も無くなった。これにはイノも満足してニッコリである。


 そして、共同作業で仲良くなった皆さんと共に、今度は夕飯の準備を行う流れに。パナケイアさんと相談して、入院食にもテコ入れを行う事になった。


「怪我をした時こそ、血肉が必要なんです。体を治す素材が足りなくなってしまいますからね?」


 街共同の調理場で、大人数用の料理を作る私達。私の煮込む大鍋には、ふんだんに豚肉が入っている。


 この時代でも養豚が行われ、豚肉は日常的に口にしている。牛は労働力として重宝され、羊やヤギはチーズ用として飼われ、豚肉程は食べられていなかった。


「な、なるほどです! ケンジ様のご説明は本当にわかりやすくて助かります!」


 物資は周辺国から届けられ、不足している訳では無い。けれど、入院患者は優先度が低く見られていた。食事に肉は振舞われていなかったのだ。


 それでは怪我の治りが遅くなる。そう説明する私の話を、パナケイアさんと看護師さん達が熱心に耳を傾けている。その熱意に押されて、私もつい口が軽くなってしまう。


「それとヤギの乳やチーズは血に近い成分です。失った血や肉を補いやすく、更には骨を作る成分も豊富。怪我をした患者さんには優先して与えると良いかと思います」


「なるほど、ケンジ様! 食事を体を治す素材! 薬の成分と同じ様に考える訳ですね! まさに目から鱗で御座います!」


 薬学に詳しいパナケイアさんは、特にその考え方に感銘を受けたらしい。中国発祥の医食同源を語ると、もっと喜んでくれそうな気配がする。


 とはいえ、それを語ると話が長くなりそうだ。私は一旦話を打ち切り、周囲の皆に指示を出す。


「それでは、患者の皆さんへ配膳をお願いします! それが終わったら、皆も食事を食べて下さい!」


「行くぞ、ペウロス! 私達が率先してお役に立たねば!」


「うへぇ、マジすか……。本来の仕事じゃないんすけど……」


 本来は護衛のアトレウスさんだが、率先して私に協力を申し出てくれる。その部下のペウロスさんは、渋々と言った態度だけどね。


 大鍋を二人が運んでいくと、その背後に看護師さん達が続く。その手には陶器の器や木の匙を持ち、病院内での配膳に協力するのだろう。


 私もイノを連れて、そちらへと向かおうとする。しかし、それはパナケイアさんが制止を掛けた。


「お待ちください、ケンジ様。この先は私達の仕事で御座います。どうか、ケンジ様とイノ様は、先にお食事をなさって下さい」


「……わかりました。それでは、お言葉に甘えさせて頂きましょう」


 パナケイアさんの気遣いを感じ、私はその好意を受け入れる。それに彼女の言い分も確かで、余り人の仕事に手を出し過ぎるのも問題だと思ったのだ。


 そして、共同調理場に備え付けられてテーブルに、パナケイアさんが手早く配膳を行う。そして、私とイノとパナケイアさんは、揃ってその場で食事を取る事になった。


 パナケイアさんはいそいそと匙を口に運ぶ。そして、目を見開きながら、驚きの表情を私に向けた。


「美味しいです、ケンジ様! 仰られていた通り、薬草が味付けに使えるなんて……!」


「ははは、家では時間がありましてね。家政婦と一緒に味の研究をしていたんですよ」


 この辺りで一般的な調味料は、塩、魚醤、蜂蜜、酢である。それらは今回も普通に使う事が出来た。


 ただ、味に変化を与えるのに、ハーブは良い仕事をしてくれる。そして、ハーブは繁殖力が高くて、比較的簡単に入手する事が出来るのだ。


 普通は薬の素材を調味料に使ったりしないのだろう。けれど、家ではリリィのお陰で、ハーブが年中好きなだけ採取できたからね。


 私は娯楽の一環として、アガウエとそんな研究を行っていた。その研究成果を折角なので、今回は披露させて貰った訳である。


 その成果を口にしたパナケイアさんは、溜息交じりにこう零した。


「本当にケンジ様は天才なのですね……。医学の知識だけでなく、料理の造詣まで深いだなんて……」


「いえいえ、私なんて大した事は……」


 知識の基礎は元の世界の物である。料理の味だって、知っている味を再現させたかったからに過ぎない。


 それは決して才能なんかではない。私は決して天才の類では無いのである。そう考えて居心地の悪い私を他所に、隣のイノが胸を張ってこう告げた。


「大切なのは好奇心ですよ? お父様はいつだって、どうすれば今より良くなるかを考えています。それこそが、お父様の知識の源泉なのです」


 イノの父親自慢に私は顔が引き攣る。けれど、パナケイアさんは納得顔で頷いていた。


 それと共に大きく溜息を吐く。疲れた顔で息を吐き、苦笑いで小さく呟く。


「はぁ、私は駄目ですね……。いつも目の前の仕事に追われてばかりで……」


 パナケイアさんの表情と言葉に、私はかつての自分を思い出す。務め人だった頃の私も、似たようなものであったからだ。


 目の前の仕事を片付ける事にしか、意識が向いていなかった。今より状況を良くしようなんて、思った事すら無かった。


 それが変わったのは、この世界で第二の人生を歩み始めてからだ。何の責任も持たなくなった私に、アスクが自由に生きて良いと言ってくれたからに他ならない。


「……パナケイアさんはまだ若い。今からだって、十分に間に合うと思いますよ?」


「えっ……?」


 彼女はまだ二十歳程の女性だ。定年まで無気力に生き続けた私とは違い、奇跡が起きなくても未来を変えて行ける。


「一ヶ月程ではありますが、その間ならば私もお手伝いをします。後悔の無い人生を歩む為、今から成りたい自分を目指してみませんか?」


 パナケイアさんは目を丸くして私を見つめる。私はそんな彼女に真剣な眼差しを返す。


 すると、彼女はすっと視線を逸らしてしまう。微かに頬を染めながら、ほうっと小さく息を吐いた。


「ケンジ様は妻帯者ですものね……。そうでなければ、チャンスもありましたのに……」


「えっ……?」


 パナケイアさんの言葉に私はたじろぐ。想定外の反応に戸惑っていると、いきなりイノが私に抱き着いて来た。


「駄目ですよ? お父様とお母様は相思相愛です。付け入る隙なんてありませんからね?」


「ええ、わかっています。ケンジ様はきっと、奥様を大切になされているのでしょうね?」


 ギロリと睨むイノに、パナケイアさんが苦笑を浮かべる。その返事に満足したのか、イノは私から離れて食事に戻った。


 流石にこの年だし (元々が60歳)、何を言われたかわからない訳では無い。けれども、何とも言えない居心地の悪さで、私は無言で匙を動かし続けるしかなかった。

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