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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第2部:アテナイ戦争
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医療現場

 挨拶を終えた私とイノは、マカーオーンさんとパナケイアさんに連れられ、実際の医療現場を見せて貰う事になった。


 場所はお二人の住まいから近い、大きな白壁の建物である。中に踏み込むとそこは、大きなホールの様な作りになっていた。


 そして、中には床に並べられた複数の怪我人達。恐らくは全員が兵士だろう。包帯を巻かれた人達が、辛そうな表情で横たわっていた。


「ここ数日は小競り合いもなくってね。今日の所は怪我人の経過観察程度しか、やる事は無いんですよ」


「この平穏が続けば良いのですがね……。ただ、恐らくは数日以内にまた攻撃があると思われますが……」


 兄妹は穏やかな表情でそう告げる。そして、患者の様子を見ている看護師だろうか? 白いローブ姿の人達に軽く挨拶を行っていた。


 けれど、私とイノは入口で思わず足を止める。余りの状況に驚いて固まってしまっていた。


 病院だとは聞いていたが、私の想像とは全く違っている。ここはどちらかと言えば、野戦病院に近いイメージの場所であった。


 最低限の物資で、最低限の治療を施す場所。決して医療に最適な環境では無いのだ。


 その現状を知って私が内心で唸っていると、隣のイノが身を震わせて口を開く。


「あり……えない……。有り得ない。有り得ない! 何なんですか、この状況は~~~!!!」


 唐突に叫び出したイノに、マカーオーンさんとパナケイアさんがポカンと口を開く。いや、苦しんでいたはずの怪我人達すら、驚きで同じ表情を浮かべていた。


 しかし、イノはそれすら眼中に無い。怒り心頭な彼女は、構わず兄妹に食って掛かる。


「不潔! 不潔! 不潔過ぎます! 貴方達は、この状況を見て何とも思わないんですか……?!」


 イノの言いたい事はわかる。正直、それは私も一目見て思った事ではあった。


 寝かされた患者は埃や垢にまみれ、室内には異臭が漂っている。部屋には蠅も多数飛び、思わず踏み込むのを躊躇う程である。


「本当に治す気があるんですか! これではむしろ悪化させてしまいます! 怪我が治っても、別の病気になってしまうじゃないですか……!!!」


 私もイノも清潔な環境になれてしまっている。我が家はブラウニーが、毎日完璧に清掃を行ってくれるからね。


 更に私はイノに菌やウイルスの知識も与えている。医療現場が不潔である事の不味さを、イノはしっかりと理解しているのだ。


「医学を伝える以前の問題です! 医者としての自覚が無いんですかっ?! ああ、もう! こんなの我慢出来ない……!!!」


 イノは興奮しているが、その理由は誰にも伝わっていなかった。マカーオーンさんとパナケイアさんは、困った表情で私を見つめている。


 更には患者の皆さんも不快そうに顔を歪めていた。急にやって来て、好き勝手に叫んでいるのだ。彼等が悪感情を抱いても仕方が無いだろう。


 私は小さく息を吐くと、場の空気を変える事にした。



 ――パン、パン!



 私が手を打ち鳴らすと、イノがハッとした顔でこちらを向く。私はフードを被った頭を軽く叩くと、娘を隠す様に前に出た。


「お騒がせして申し訳ありません。私は医者のケンジと申します。皆様のお役に立つべくやって来ましたので、以後お見知りおき下さい」


 私が名乗って頭を下げると、ピリピリした空気が僅かに和らぐ。患者の皆さんからすると、何が起きているのか様子を伺っている感じである。


 私はさっと室内を観察し、近くの男性に目を付ける。そして、相手に一言断ってから、包帯の巻かれた腕を取らせて貰った。


「戦場で怪我をして、ここで治療を受けた。それからずっと、ここで療養されていますね?」


「ああ、そうだが……。それが、何だってんだ?」


 私は手招きをして兄妹呼ぶ。すると、二人は互いに見つめ合った後、私の側までやって来る。何が始まるのかと、その目は好奇心で輝いていた。


 私は患者さんの手のひらを広げて貰い、その真っ黒な手を皆に見せた。


「手垢にまみれて汚れています。この手で食事を取る訳ですよね? 汚れた手で触れた食べ物は、病気の原因が付着します。只でさえ体が弱っているのです。それでは病気の発生する可能性が高くなってしまうんですよ」


「病気の原因……?」


「汚れた手で……?」


 兄妹は互いに見つめ合う。しかし、今度は真剣な表情で頷き合った。何かしら思い当たる節があったのだろう。


 もしかすると、師であるアスクレーピオスからの教えかもしれない。或いは、二人がこれまで培って来た経験なのかもしれない。


 いずれにしても、疑われるよりはやりやすい。私はニコリと微笑むと、患者の男性にこう問いかけた。


「今日は部屋の掃除と、皆さんの体を綺麗にしたいと思います。問題無いでしょうか?」


「へ? あっ、いや、問題ねえってか……。そうして貰えりゃ嬉しい、です……けど……?」


 問われた患者さんは戸惑いがちに頷く。そして、私が周囲に視線を向けると、周囲の患者さん達も慌てて頷き出した。


 了承を得られた事を確認し、私は兄妹に視線を向ける。そして、微笑みながらこうお願いする。


「掃除道具と体を拭く物をお願いします。可能でしたら、手伝って貰っても宜しいでしょうか?」


「あ、ああ、わかった! おい、掃除道具を持ってこい!」


「わ、私は体を拭く清潔な布を、急いでご用意致します!」


 マカーオーンさんは周囲の看護師さんに指示を出し、掃除道具を取りに走らせる。パナケイアさんは自ら走り出して、自宅へと布を取りに向かったみたいだった。


 そして、外で待機していた護衛のアトレウスさんにペウロスさん。何事かと様子を伺っていた二人にも、私は笑顔でこうお願いする。


「綺麗な水をご用意頂けませんか? 私とイノはここから動きませんので」


「はっ、承りました。おい行くぞ、ペウロス! まずは水瓶を取りに行く!」


「マジっすか? オイラはここで護衛……。何でもないっす! すぐ行くっす!」


 アトレウスさんに睨まれながら、ペウロスさんは駆け出して行く。やはりアトレウスさんは頼りになる。これからも頼りにさせて貰おう。


 私は皆さんが慌ただしく動き出す中、ふっとイノの視線に気が付いた。彼女はキラキラした目で私を見上げ、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「流石はお父様です! やはり、お父様は天才です!」


「ち、違うからね? 人前でそんな事言わないでね?」


 娘の賞賛を嬉しく思う反面、人目があるので恥ずかしい。というか、周りから感心した視線が集まっている。


 目の前の患者さんも、ニヤリと笑みを浮かべている。その目が『こいつ、出来る』と言わんばかりで、何とも居心地が悪い。


 私はその視線を誤魔化す様に、看護師さんから掃除道具を受け取る。そして、改善の第一歩として、環境を清潔にする所から始めるのであった。

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