表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第2部:アテナイ戦争
PR
87/109

テセウス王

 アテナイの王様テセウスは高名な英雄である。そして、その最も有名な逸話こそ、ミノタウロスを打ち取った事であった。


 勿論、ミノタウロスことアステリオスは今も生きている。真実はテセウスが彼を逃がして、ミノタウロスは死んだと喧伝したのである。


 とはいえ、彼の実力は本物であり、アステリオスも戦えば勝てなかったと言っていた。テセウスはアステリオスに慈悲を掛けただけで、決してペテン師の類では無い。


 実際、彼はアルゴー号にも乗船し、アルゴナウタイの旅でも活躍している。アテナイの王となった後に、魔女メディアが彼を暗殺しようとした。しかし、それを実力で跳ねのけて、彼女を国外に追放したりもしている。


 紛れもなく生きた英雄。それがアテナイ王テセウスである。私とイノはエリクトニオスさんに連れられ、そんな英雄と顔を合わせる事となる。


 場所はアテナイ国の宮殿。西洋風のお城と違い、要塞の機能が強い砦である。そんな王宮内の大広間。会議室の様な広い部屋で、私達は共にテーブルを囲んでいた。


「よく来てくれた、ケンジ殿、イノ殿。そう緊張せず、楽にして欲しい」


 私の目の前に座るのは、六十歳程の白髪と白髭の老人。けれど、筋肉は隆々であり、その肉体は衰えを感じさせるものではない。


 身の纏う布は一般的なギシリャの装いで軽装。けれど、布地には金の刺繡が施され、紫のマントが権威を象徴しているらしい。


 テセウス王は英雄の覇気を纏いながらも、柔和な笑みでこちらを見つめる。その慈悲深そうな眼差しに緊張がほぐれ、私とイノはゆっくりと頭を下げた。


「お初にお目にかかります、テセウス王。医師ケンジ及び助手のイノ。医学をこの地に伝える為、お招きに応じさせて頂きました」


「……うむ、感謝している。本当に、心の底から感謝している」


 頭を上げた私は、テセウス王の表情に疑問を感じる。何故だか彼の笑みには、物悲しい雰囲気が滲んでいたからである。


 その事を不思議に思い、私とイノは互いに視線を交わす。すると、同席していたエリクトニオスさんが、フォローを入れてくれた。


「ケンジ殿がアスクレーピオス様の後継者だと、テセウス王はご存じです。ケンジ殿はテセウス王とアスクレーピオス様の関係はどの程度ご存じでしょうか?」


「お二人の関係ですか? そうですね、アルゴナウタイの仲間であった程度しか……」


 アルゴナウタイの物語は、セメレに詳しく聞かされている。吟遊詩人の物語に熱狂的な彼女は、暇さえあればその素晴らしさを熱弁していたからね。


 しかし、その中にテセウス王とアスクレーピオスに関する物語は無かったはずだ。なので、そう素直に答えた私に、テセウス王は信じられないと言う表情を浮かべる。


「その、本当に知らないのか? アスクレーピオスの死因を……?」


「えっと、ゼウス様の雷に焼かれたのですよね? 死者を蘇らせた事で、怒りを買ったとは聞いていますが……」


 私の回答にテセウス王は目を丸くする。そして、信じられないとばかりに、問う様な視線をエリクトニオスさんへと向ける。


 エリクトニオスさんは苦笑を浮かべ、そんなテセウス王へとこう告げた。


「ケンジ殿はアポロン様の要請で、遠方より参られた御方です。アスクレーピオス様の後継者ではありますが、ご本人と直接の面識も御座いませんので」


「あ、ああ……。そう言えば、そうであったな。すっかりその事を忘れていた……」


 テセウス王は納得した表情頷く。そして、気を取り直した様子で、事情のわからない私とイノへと説明を始める。


「我が友の死因だが、それは私にあるのだ。彼が蘇らせた死者とは、我が息子ヒッポリュトスなのだ」


「え……?」


 そういえば、アスクレーピオスの死については詳しく知らないな。ゼウスが彼を恐れて焼き殺したとしか聞いていない。まさか、その原因となったのがテセウス王の息子だったなんて……。


「我が息子は月の女神アルテミス様を崇拝し、彼女こそが至高の女神と考えていた。しかし、それを快く思わなかった女神アフロディーテが、我が妻のパイドラーを唆したのだ。そして、私はパイドラーの言葉を信じ、息子を処刑してしまった。何の罪もない我が子を手に掛けたのだ……」


 テセウス王は苦悶に表情を歪める。その当時を思い出して、自らの行いを後悔しているみたいだった。


「しかし、女神アルテミス様は息子の無実を証明して下さった。そして、ヒッポリュトスの死を嘆き、アスクレーピオスへと願ったのだ。どうか、その力で哀れな子を救って欲しいと……」


「女神アルテミス様が……?」


 そう言えば、アスクレーピオスは幼少期に、アポロン様の元で育てられた。そして、双子の妹であるアルテミス様も、アスクレーピオスへと教育を施したと聞いている。


 言うなれば、アスクレーピオスにとってアルテミス様は育ての母だ。そんな母からの願いであれば、彼もその願いを無下には出来なかったのだろう。


「愚かな私もまた、息子を助けて欲しいと友に願った。その結果がどうなるか、何も理解もせずに願ってしまった。その結果、私は大切な息子を取り戻した代償に、最愛の友を失う事になってしまったのだ……」


 テセウス王は俯いて、両手で顔を覆い隠す。そして、震える声でこう漏らした。


「彼が生きていれば、どれだけの命が救われただろう……。我が息子一人の命に、決して釣り合うはずが無い……。私はそんな事も理解せず、友へと愚かな願いを口にしたのだ……」


「――それは、違うと思いますよ?」


 私の言葉にテセウス王が顔を上げる。そして、驚いた表情で私の事を見つめていた。


 私はアスクレーピオス本人を知らない。けれど、それが違うと言う事だけは断言出来た。


「家族の命を救いたいと言う願いが、愚かなはずがありません。私も妻や娘が死んでしまえば、きっとこの命に代えてでも救おうとするでしょう」


「――っ……?!」


 私の言葉にイノが顔を跳ね上げる。そして、真っ青な顔で不安げな視線を私に向けた。


 私は安心させる様に娘の頭を抱き寄せる。その頭を優しく撫でながら言葉を続ける。


「勿論、自らの命を粗末にするつもりはありません。けれど、医療に関わる者が、その願いを愚かと断じる訳がないのです。直接話した事はありませんが、アスクレーピオス様もそうであったと思いますよ?」


 それは白蛇のアスクを知っているから言える事だった。アスクレーピオスが生み出した彼は、とても優しく、他者を愛する存在だからである。


 そんなアスクの生みの親が、心に慈愛を持たないはずが無い。きっとアスクレーピオスは、自分の死を予見した上で、それでも友の息子を救いたいと思ったはずだ。


「――ああ、なるほどな……。君が後継者となった理由が、私にもわかった気がする……」


 アスクレーピオスを友と呼ぶテセウス王。そんな彼の私に向ける視線は、まるで過去を懐かしむ様であった。


「我が友の遺志を継ぐ者よ。助けが必要ならば何でも言って欲しい。我が友への恩を返す為にも、私に出来る事なら何でもしよう」


 テセウス王は力強い笑みを私に向ける。そして、友愛溢れる眼差しを、真っ直ぐ私に向けていた。


 そんなテセウス王に、私は深々と頭を下げる。こうして、私とテセウス王との出会いは、互いを認め合う形で終わる事が出来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ