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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第2部:アテナイ戦争
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パルテノン神殿

 十日間の旅を終え、私達はアテナイへと到着した。そこは海に近い城塞都市で、ぐるりと巨大な壁に覆われていた。


 しかし、私達はアテナイへと入らず、その先へと馬車を進める。アテナイを見下ろす位置に存在する丘、聖域――アクロポリスへと向かったのだ。


 そして、そこに聳え立つ建物こそがパルテノン神殿。女神アテナ様を祀る場所であり、女神が住まう住居でもある。


 パルテノン神殿へと辿り着いた私達は、馬車を降りて神殿へ向かう。エリクトニオスさんに先導され、私とイノは神殿内へと足を踏み込んだ。


「ほうっ……」


 真っ白な石材で建てられた神殿は、細部まで様々な美しい彫刻が施されている。そして、清掃が行き届いているのか、汚れ一つ見当たらない。


 更には肌がひり付く程の荘厳な空気で満たされている。聖域と呼ばれるだけあり、特別な力が満ちているのだろう。


「どうか、その様に緊張なさらず。我が女神は、客人に礼を尽くす御方ですので」


「そ、そうなのですか……?」


 エリクトニオスさんはそう言うが、相手はオリュンポス十二神の一柱。最高位に位置する神なのである。緊張するなと言うのは無茶だろう。


 アポロン様は気さくな方だったが、他の神々は酷い噂しか聞かない。何か地雷を踏みぬいて、激怒させれば神罰を落とされる。そう考えると、どうしても身震いしてしまう。


 けれど、隣のイノが同じく緊張し、私の手を握りしめている。親である私が娘を守らねばならない。そう言い聞かせて、私は何とか胸を張って前を向く。


 すると、通路を抜けた先に大きな空間が広がっていた。そこには玉座に腰かける、美しい女性が待ち構えていた。


「綺麗……」


 イノの呟きに、私も同意する。形だけを見れば、確かに人間と同じだろう。しかし、そこには完成された芸術があった。


 顔は非の打ち所がない造形美。イノと同じ黄金の髪だが、どんな黄金よりも輝いている。青い瞳も宝石の様である。


 しかし、彼女は只美しいだけでは無かった。黄金に輝く胸当てを身に付け、右手に槍を、左手に盾を所持している。


 美しさと強さが見事に融合している。それこそが女神アテナ様なのだと、私は一目で理解させられた。


 私とイノが呆然と見つめていると、エリクトニオスさんは跪いてこう告げた。


「我が女神よ、お喜び下さい。ケンジ殿、イノ殿をお招きする事が出来ました」


「ご苦労であった、我が子よ。さあ、お客人。もっと近くへ近寄ってください」


 促された私はハッとなる。いつまでも見とれている訳には行かない。イノと視線を合わせると、小さく頷いて指示に従う。


 私達がゆっくりと玉座へと近寄ると、武具を置いてアテナ様も腰を上げる。そして、すっと右手を伸ばし、イノの頬を優しく撫でた。


「安心しなさい、腹違いの妹よ。私は貴女の味方です。貴女が運命の日を迎えるまで、私が貴女の身を守りましょう」


「こ、光栄です……。女神アテナ様……」


 緊張するイノに対して、女神アテナ様は優しく頷く。そして、次に私の顔を真っ直ぐ見つめた。


「我が兄弟より伺っています。アポロンの使徒ケンジ。貴方の助力に感謝します。どうか、アテナイを救う為に、その手腕を振るって下さい」


「か、畏まりました……。微力ではありますが、力を尽くさせて頂きます……」


 私の返答を聞き、アテナ様は優しく微笑む。そして、その視線をエリクトニオスさんへと向けた。


「それでは、後の事は頼みます。私はオリュンポスへと戻ります」


「我が女神よ、畏まりました。後の事は私に全てお任せください」


 エリクトニオスさんの返事を聞き、アテナ様は小さく頷く。そして、置いていた武具を手に取ると、そのままふわりと姿を消してしまった。


 それと共に、部屋に満ちていた重圧プレッシャーが消える。荘厳な空気が薄れた事で、私は思わず大きな息を吐いてしまった。


「イノ殿は当然として、ケンジ殿も流石ですね。多くの人間は神を前にし、口も開けないものなのですがね」


「そ、そうなのですか……? いや、もの凄く緊張しましたけど……」


 全身冷や汗が流れているし、何ならまだ手が微かに震えている。それ程までに、神の放つ神気、と言えば良いのだろうか? その圧力プレッシャーは凄まじかった。


 けれど、私は同じ様に息を吐くイノを見る。彼女の存在が私を踏み止まらせてくれたのだろう。娘を守らねばと言う想いが、私の体を動かしてくれたのだ。


 私はふっと笑みを浮かべ、イノに対して声を掛けた。


「イノは大丈夫だった?」


「大丈夫です、お父様……」


 イノは私の様に手が震えていたりはしない。けれど、私に向けた顔は、どこか不安げに見えた。


 どうしたのかと不思議に思っていると、イノは逡巡の末にこう呟いた。


「アテナ様は凄い御方でした……。けれど、ゼウス様はそれより上なのかと思うと……」


「…………」


 イノは途中で言葉を切ったが、言いたい事は理解出来た。イノの魔法はかなりの腕前になった。それでも、女神であるアテナ様には通じないだろう。


 ましてや、そのアテナ様すら絶対に勝てない存在。そんな相手に、本当に届くのかと不安に思ったのだ。


 今の私では慰めになる言葉を掛ける事は出来ない。それを理解しているからこそ、私はこう言う事しか出来なかった。


「わからない事は、どれだけ考えてもわからないよ。今は出来る事を、一つずつ積み上げて行こう」


「……はい、お父様。その通りですね」


 イノは私に気を使う様に微笑んだ。ここで考えても仕方が無い事には、彼女も同意してくれたみたいだ。


 ただ、イノはハッとした表情でエリクトニオスさんへと視線を向けた。真剣な眼差しでイノを見ていた彼は、その視線に驚いて表情を和らげた。


「も、申し訳ありません。少しばかり、考えごとをしていまして……」


「……そうですか」


 気まずそうにするエリクトニオスさんに、イノはそれ以上の追及をしなかった。ただ、先程の視線に何かを感じた事は間違いない。


 ただ、それはここで言うべき事では無いのだろう。私はイノに軽く手を引かれ、エリクトニオスさんへと声を掛けた。


「確か次は、アテナイ王への謁見ですよね? ご案内をお願い出来ますか?」


「ええ、畏まりました。それでは、アテナイ王の元まで案内させて頂きます」


 私達はエリクトニオスさんに連れられて神殿を後にする。そして、再び馬車に揺られながら、城塞都市アテナイを見下ろす。


 この先の謁見を思うと緊張するが、女神との対面程では無いだろう。この先に対する不安を隠す様に、私はイノを抱き寄せてそっと彼女の髪を撫でるのだった。

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