森林の戦い
馬車の旅が始まって五日目。今日は森の中の道を進んでいた。
これまでの旅が順調だった為、私は少々油断していたみたいだ。そんな私の隣に座るイノが、ピリッとした空気で口を開いた。
「……囲まれています。恐らくは狼が十五匹」
「……えっ?」
私は驚きで声を漏らす。そして、イノはどうするのかと、エリクトニオスさんへと視線を向けていた。
イノの声と視線に気付いたエリクトニオスさんは、手綱を引きながら声を上げた。
「敵襲! 相手は狼が多数! 私が出るので、皆は馬車の守りを!」
「「「はっ……!!!」」」
エリクトニオスさんの声に、前後の馬車から声が返る。そして、馬車をその場に止めると、エリクトニオスさんは立ち上がった。
その手には大金槌が握られている。一メートル程の木の柄に、金属の頭部が付いた代物である。
家庭用の工具としてなら家にもあったが、あのサイズは映画等でしか見た事がない。そんな武器を片手に、エリクトニオスさんはひらりと馬車を飛び降りた。
「ケンジ殿、イノ殿はそのまま! すぐに片付けて参りますので!」
そう告げると、エリクトニオスさんは森へと跳び込んで行く。迷い無く飛び出した事に、私は戸惑いながらつぶやいた。
「えっ、一人で……? それに彼は要人なんじゃ……」
今の私とイノは守られるべき立場。魔法使いである事を隠しているので、戦う訳にいかないのはわかる。
けれど、こういう時の為に護衛の兵士がいるんじゃないの? それにアテナイの要である彼に、何かあったら問題じゃないのかな?
私がそんな風に思い悩んでいると、ペロウスさんが側に来て笑い声を上げた。
「あはは、言ったじゃないっすか。エリクトニオス様の方が強いって。俺達が守るのはケンジ様、イノ様っす。エリクトニオス様を守るなんて、おこがましい考えっすよ?」
「そ、そうなのかい……?」
私はアトレウスさん達の様子を見る。けれど、彼等も馬車を守る様に身構えていても、エリクトニオスさんを心配している様子は無かった。
私は本当に大丈夫かと不安に思うが、イノがそっと顔を寄せて、私の耳元で囁いた。
「お父様、問題ありません……。狼は既に半分程討ち取られています……」
「えっ……?」
エリクトニオスさんは、さっき森に入ったばかりだよね? まだ五分も経っていないのだけれど?
なのに狼の群れを半壊させてる? エリクトニオスさんって、見た目の割には凄く強いのかも?
「あっ……。終わったみたいです……」
ちなみに、イノの索敵魔法は疑っていない。彼女は微弱な電磁波を飛ばす事で、周囲の地形や生物を詳細に把握する事が出来るのだ。
元の世界にレーダーと言う技術がある事を、私はイノにかつて話したのだ。すると、その話を聞いた彼女は、それを魔法として完璧に再現してしまった。
それを証明するかの様に、森からエリクトニオスさんが姿を現す。彼はアトレウスさんから布切れを受け取り、血で濡れたハンマーを拭っていた。
そして、私達の馬車へと戻った彼は、ハンマーを御者台にしまいながら、平然とした口調でこう告げた。
「お待たせしました。それでは出発しましょう」
「ええ、その……。凄く、お強いんですね……?」
私の言葉にエリクトニオスさんは目を丸くする。そして、口元を綻ばせると、手綱を引きながらこう返して来た。
「お恥ずかしい話ですが、私の魔法は鍛冶に特化しています。身体能力を高める事は出来ても、他には戦いに使える魔法が無いのですよ」
「いやいや、身体能力を高めただけって……。それって逆に凄くないですか?」
ハンマーで十五匹の狼を倒したんだよ? それもたったの数分でだよ?
魔法で倒したと言われた方が、まだ納得が出来る。それなのにエリクトニオスさんは、苦笑を浮かべてイノにこう問い掛けた。
「イノ殿は魔法を使った場合、あの狼をどの程度の時間で処理出来ますか?」
「えっと……。五秒、かな……?」
ご、五秒……? それって本気で言っているの……?
いや、イノの場合はレーダーで捕捉し、雷の魔法を瞬時に打ち込める。確かに五秒で狼を戦闘不能に出来るか……。
私が呆然とイノを見つめていると、彼女は照れた様子で視線を逸らす。そんな私達の様子を見ながら、エリクトニオスさんはふっと笑った。
「イノ殿はかなり優秀な方ですが、そうでなくても多くの魔女や魔法使いなら似たような物でしょう。私の様な鍛冶特化の魔法使いでなければ、もっとスムーズに敵を倒せるものですからね」
「な、なるほど……?」
言いたい事はわかった。エリクトニオスさんは戦闘用の魔法を持たないので、他の魔法使いよりは弱いと言いたいのだろう。
けれど、私は狼を十五体も倒せない。姿や気配を消す魔法は覚えたけど、戦って相手を倒す魔法は殆ど覚えられなかったのだ。
出来る事と言えばポーション作りだけど、それも初級の物ばかり。私は魔法使いとしては、かなりの落ち零れなんだと改めて理解させられた。
「はあ……。やはり、私に戦いは向いていないのかなぁ……?」
「大丈夫です、お父様! 私がお父様をお守りしますので!」
私の呟きを耳にして、イノがグッと拳を握って返す。彼女の決意はありがたいけど、それはそれで父親として情けないなと思ってしまう。
とはいえ、魔法でイノに敵わないのはとっくに理解している。私がお礼を口にして彼女の頭を撫でると、嬉しそうに彼女は満面の笑みを浮かべた。




