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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第2部:アテナイ戦争
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裁縫

 馬車の旅は順調で、今の所はハプニングも起きていない。朝から半日馬車に揺られたが、お尻が痛くなる事も無い。これはイノの魔法のお陰だね。


 そして、太陽が真上に上がった頃に、馬車は街道脇で停車する。これからお昼休憩を取るらしい。


 以外かもしれないが、この時代では一日三食が基本なのだ。朝食アクラティズモス昼食アリストン夕食デイプノンと呼ばれ、誰もが三度の食事を取っている。


 護衛の兵士さん達が食事の準備を整える中、私とイノは木陰で休む様に案内される。そして、私達の側へとやって来たエリクトニオスさんは、腰を下ろすとおもむろに裁縫を始めた。


「「…………」」


 無言で黙々と白い布に針を通すエリクトニオスさん。私とイノは思わずその作業に見入る。


 屋敷に居た時は、アガウエが裁縫を担当していた。服がほつれた時等、手際よく直してくれたものである。


 しかし、エリクトニオスさんの手は、そんなアガウエと比較にならない。圧倒的な速度で手が動き、見る見る形が出来上がって行く。


 アガウエが家事の得意なお母さんとすると、エリクトニオスさんは職人である。これがプロと言わんばかりの神業を、私達の眼前で披露してくれていた。



 ――あれ? エリクトニオスさんは鍛冶師なんじゃ……。



 戦争用の武具を作っていると言っていたので間違いない。兵士の皆さんが身に付けてる、剣や鎧を作っているはずである。


 しかし、裁縫の腕前もプロ級である。よくわからないが、凄く器用な人なんだな。そんな風に考えていたら、エリクトニオスさんが急に指を針で刺した。


「「――えっ……?!」」


 今のは明らかにわざと刺した。うっかりと指を指してしまった訳では無い。


 それだけでも驚きなのに、彼は血の滲む指を布の裏面に擦り付ける。そして、ボソボソと何やら呟いた後に、出来上がった作品を私達に広げて見せた。


「出来ました。イノ殿用のフードです」


 広げて見せた作品は真っ白なフードだった。頭と肩周りをすっぽりと覆える物で、イノの着る白のローブと同じ色をしている。


 エリクトニオスさんはフードをイノに手渡しながらこう告げた。


「サイズはぴったりのはずです。念のために試着を。気になる点があればすぐに直しますので」


「は、はい……」


 イノは言われるままにフードを被る。頭をすっぽりと覆うと、顔がまったく見えなくなった。


 そして、エリクトニオスさんは満足そうに頷きながら、イノに対してこう伝える。


「問題無さそうですね。それには顔を見えづらくする魔法を付与しています。イノ殿の黄金の瞳は、思った以上に人目を惹く様ですからね」


「「――っ……?!」」


 エリクトニオスさんはの言葉に、私とイノは驚かされる。確かにイノの力強い瞳は、見る物に強い印象を植え付ける。


 昨晩泊まった宿では、客も従業員も皆がイノに注目していた。見惚れていたと言っても良い。イノの瞳はそれ程までに目立つのである。


「今は余り目立つべきではないでしょう? 人目がある場所では、そのフードを被っておいて下さい」


 確かにエリクトニオスさんの言う通りだ。私達が医者として招かれたのも、イノが魔女だと知られない様にする為である。


 イノがゼウスの子とばれ、ゼウスに目を付けられると困るからなのだ。そうである以上、出来るだけイノは目立つべきでは無い。


 宿の状況を目にして、即座にその対策を用意する。エリクトニオスさんは本当に仕事が出来る人みたいだ。私は内心で彼に拍手を送る。


「あ、ありがとう御座います!」


 イノも嬉しそうに微笑み、彼に対して頭を下げた。彼はふっと口元を緩めるが、イノが頭を上げると驚きに目を丸くする。


「先程、指を針で突いていましたよね! あの血に意味があるのでしょうか? 魔法の付与に関係するのでしょうか!」


「え、えぇ……。私の血を触媒にしていますので……」


 エリクトニオスさんは驚きながらも答える。すると、イノはずいっと距離を詰める。


「触媒とはどういう意味でしょうか! 血であれば何でも良いのでしょうか? それとも、エリクトニオスさんはの血に意味があるのでしょうか!」


「え、えっと……。鍛冶神の血を引く私は、血で汎用的に様々な効果を付与出来ます……。しかし、魔力を持つ触媒であっても、多くの場合は効果が限定されますね……」


 イノの勢いに押され、エリクトニオスさんはたじろぐ。しかし、イノは更に距離を詰めて、顔に息が掛かる距離で息を荒くする。


「魔力を持っていれば触媒になるのですか! 血である必要は無いのでしょうか? 効果が限定と言うのは……!」


「ス、ストップ! ストップ、イノ! ちょっと、落ち着こうか!」


 私はイノをエリクトニオスさんから引き剥がす。すると、エリクトニオスさんはほっとした表情を浮かべた。


 なぜなぜ状態となったイノは、誰にも手が付けられない。こうなってしまうと、下手をすると丸一日を質問攻めとなる場合すらある。


 しかし、イノとエリクトニオスさんは出会って間もない。流石にそれは彼に対して酷だろう。


 私は興奮するイノを膝の上に置き、その体をギュッと抱きしめた。


「あ、あの……。お父様……?」


 イノは私の膝の上で、背後の私に顔を向ける。恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女に、私はキッパリとこう告げた。


「エリクトニオスさんを困らせたら駄目だよ? 質問するなら、この状態でしてね?」


 イノももう十歳。良い年頃なので、人前でこれは恥ずかしいのだろう。


 けれど、彼女の羞恥心を、彼女の好奇心が上回ったらしい。イノは先ほどまでの勢いを失いつつも、エリクトニオスさんへの質問を続けた。


「で、では……。触媒について、教えて頂けませんか?」


「え、ええ……。触媒と言うのは、簡単に言えば……」


 恥ずかしそうに問うイノと、丁寧に答えるエリクトニオスさん。話を進める内に、二人のぎこちなさはどんどん消える。


 そして、この出来事から二人の距離はぐっと近くなる。エリクトニオスさんは旅の間、イノの良い魔法の師となってくれるのだった。

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