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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第2部:アテナイ戦争
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旅立ち

 女神アテナの求めに応じ、私達はアテナイを目指す事になった。そして、アテナイに向かうのは私とイノの二人だけ。他のメンバーは留守番となる。


 それと言うのも、セメレは何気に顔が割れやすい。放浪の旅に出たテーバイの王女の名は、それなりに世に知られているみたいなのだ。


 そして、アガウエやライオス君は同行したがったが、エリクトニオスが難色を示した。医者として私を招くのに、従者を連れているのは不自然だからだ。


 今回は医者の私と、弟子のイノの二人がテーバイへと向かう。テーバイに住む医者への指導の為に、訪問すると言う建前があるのだ。


 同じ理由からアスクも同行する事が出来ない。医者の間で白蛇アスクは有名らしく、私達がアスクレーピオスの後継者とバレるリスクが高い為である。


 私はエリクトニオスと相談しながら、必要最低限の荷物を纏める。そして、細身の割には力持ちな彼が、その荷物を背負いながら屋敷を出立する事となった。


「準備は宜しいですね? ケンジ様、イノ様」


 今回の我々は客人なので、とても丁寧に接してくれるエリクトニオスさん。十歳のイノに対しても、子ども扱いをしたりはしない。


「ええ、問題ありません。エリクトニオスさん」


 私が応じる隣で、イノも静かに頷いた。エリクトニオスさんは無表情ながらに、小さく頷く。


 すると、私の隣でセメレが膝を折り、イノを優しく抱きしめていた。親愛を示す様に、互いの頬にキスをしている。


 そして、セメレが続いて私に身を寄せる。私が優しく抱きしめ、頬にキスをしようとしたら、躊躇なく唇を奪われてしまった。


 私が目を白黒させていると、セメレは寂しそうに微笑みを向けた。


「どうか、お気をつけて。一日でも早い戻りをお待ちしております」


「うん、ありがとう。早く用事を済ませて、セメレの元に戻るね」


 私が答えると、セメレはもう一度私を抱き締める。名残惜しそうに強く抱きしめた後に、そっとその身を引いた。


 私はセメレの背後にも視線を向ける。アガウエ、ライオス君。そして、リリィが力強く頷いている。屋敷とセメレの事は、皆に任せれば問題無いだろう。


 なお、エレクトラは眠っている。三歳の娘は私とイノが離れるとわかると絶対泣く。泣かれると私達の決心が鈍る。というか、行かないでと強請られたら行けなくなる……。


 それはさて置き、私は足元にも目を向ける。そこではとぐろを巻く白蛇アスクが、こちらを静かに見守っていた。


「お土産は必要無いよ、ケンジ。土産話であれば大歓迎だけどね」


「ははは、わかったよ。帰ったら沢山、旅の話をさせて貰うね」


 いつも通りの軽口に、私は思わず笑い声を上げる。そして、隣のイノも微笑みをアスクへと向けていた。


「安心して、アスク。お父様は私が守るから」


「うん、任せたよ。イノなら何も問題ないね」


 当然の様に答えるアスクに、私は内心で複雑な思いを抱く。娘に守られる父親ってどうなのだろう?


 勿論、私とイノでは魔法の腕前は天と地ほどの差がある。イノであれば大抵の魔物すら、撃退出来る強さを持ってはいるんだけどさ……。


 まあ、水を差すのも野暮と言うものだろう。私は苦笑を浮かべて、二人のやり取りを聞き流す事にした。


 そして、イノと並んでエリクトニオスさんの方へと向き直る。いつもの白いローブ姿で、赤いブローチと言うお揃いの姿でだ。


「それでは、そろそろ行きましょうか」


 エリクトニオスさんに促され、私達は屋敷の柵へと向かって行く。そこにはアステリオスが待ち構えていた。


「ご主人様……。途中まで見送る……」


「ありがとう、アステリオス」


 柵のロックを解除して、私達は敷地内から外へと出る。すると、アステリオスは先導する様に前を歩き始めた。大きな斧で草を払い、私達の為に道を作りながら。


 思えば私はこの五年間、まったく屋敷の外へと出ずにいた。元々は魔法が無ければ、生きて森を抜けれないと言われた為である。


 しかし、一通りの魔法を覚え、森を抜けれる程度の護身術は身に付けた。けれど、今となっては無理に屋敷を出る必要が無くなったのである。


 それが、こんな形で屋敷を離れる事になるだなんてね。未来がどうなるかなんて、本当にわからないものだね。


 そんな風に感慨深く思っていると、不意にエリクトニオスが声を発した。


「アステリオス殿。ここでの生活は如何ですか?」


「すごく、楽しい……。王には……感謝してる……」


 二人が会話するのも意外だが、その内容にも興味を引かれる。私が聞き耳を叩ていると、エリクトニオスがこちらに視線を向けて来た。


「おや、ケンジ様はご存じありませんでしたか? アステリオス殿をこの地に誘ったのは、若き日のテセウス王です」


「――えっ……?! そうだったんですか!」


 私が驚きの余り、口をポカンと開いてしまう。すると、エリクトニオスさんはそんな私を見つめ、微かに口元を綻ばせた。


「テセウス王は勇猛であり、器の大きな御方です。アテナイ到着後は顔合わせを致しますので、その時を楽しみにしていて下さい」


 王様との謁見と言われると緊張する。けれど、アステリオスを助けた恩人なら、是非とも合って話をしてみたい。


 アテナイ訪問の楽しみが一つ増えたな。そう感じて、私の足は少しばかり軽くなるのであった。

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