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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第2部:アテナイ戦争
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不安的中

 私は少しばかり前に、商人ブラドーへ医学書を託した。そして、その後にセメレから不安の内容を聞いていた。


 その時は杞憂であれば良いと考えていたが、結果はやはりそうならなかった。セメレの予言通りに、アテナイ国からの使者が訪れたのである。


「お初にお目にかかります。アテナイより参りました、エリクトニオスと申します」


 ブラドーと共にやって来たのは、線が細くて神経質そうな青年だった。金色の髪は後ろに流し、右目にモノクルを付けているのが特徴的だ。


 服装はギリシャの一般的な物だが、彼はその肩に豪華なマントを羽織っている。恐らくはそれが地位を示す物なのだろうね。


 ビシッと背筋を伸ばして頭を下げるエリクトニオス。その隣では、ブラドーさんも申し訳なさそうにペコペコと頭を下げている。


 私は諦めと共に二人を屋敷へ招き入れ。リビングで話を伺う事となった。今回はセメレが隣に居るだけで無く、アスクも腕に巻き付いてくれている。


「まずは、こちらが手土産となります。どうぞ、お受け取り下さい」


 エリクトニオスは椅子を勧める間も無く、私に木箱を手渡して来た。促されて中身を確認すると、そこには四本の短杖が納められていた。先端に赤いオーブの付いた、金属の杖である。


 これが何かわからずにいると、エリクトニオスはスラスラと説明を始めた。


「こちらは主の命により、私が作成した魔法の道具です。この四本の杖を屋敷を囲う様に、地面へと突き刺して下さい。そうすれば結界が張られ、外からは如何なる手段でも認識されなくなります」


「えっと、どうしてこれを……?」


 ここはアポロン様の聖地であり、既に結界が張られている。基本的には許可無き者は、辿り着けない仕様となっているのだ。


 一度はメディアに破られたとはいえ、その修復も終わっている。今更こんな物が必要とは思えないのだが、彼はさも当然と言う顔でこう答えた。


「以前に手鏡を使い、魔女にこの地を特定されたのでしょう? しかし、私の作る結界であれば、その様な穴は存在しません」


「――っ……?!」


 エリクトニオスの言葉に息を飲む。彼の言う魔女とは、恐らくはメディアの事だろう。


 その事実を知るのも驚いたが、それよりも場所を特定された理由だ。私は魔女メディアが、どうやってこことを特定したのか理解していなかったのだ。


 そして、手鏡と言えば、セメレがやって来た初日。アガウエが私の顔を確かめさせる時に使ったっきりだ。それもほんの数分程度であり、アスクの注意でそれ以降は使われていない。


 つまりは、その一瞬で場所を特定されていた。アスクが警戒していた通り、手鏡を使った事が原因だったと言うことになる……。


 私が呆然としていると、腕に巻き付くアスクが、エリクトニオスへと問い掛けた。


「君は随分と物知りなんだね。その話は、誰から聞いたのかな?」


「予想出来ているのでは? 我が主である女神アテナ様からです」



 ――女神アテナ……。



 オリュンポス十二神の一柱であり、ゼウスの娘でもある戦女神。そして、彼女は城塞国家アテナイの守護者でもある。


 アスクは彼女からの接触も可能性として考えていた。けれど、セメレは流石に有り得ないだろうと、その可能性を否定していた。


 オリュンポス十二神の神々が直接人間に接触する事は稀だ。絶世の美女や、名を轟かせた英雄の元なら別だが、今の私達の前には現れるはずが無いと言っていたのだ。


 その為、私もその可能性は頭の片隅に追いやっていた。その忘れかけていた可能性が、今や目の前で現実の物となったらしい。


 私はゴクリと喉を鳴らす。手の内の贈り物を抱きか抱え、恐る恐る彼に問い掛ける。


「それで、ご訪問の目的は……?」


 目的はやはりイノだろうか? そして、女神アテナはイノの力を利用する気なのだろうか?


 そう警戒する私に対して、エリクトニオスは淡々とした口調でこう答えた。


「ケンジ様の書かれた医学書を、我が主は大変気に入られました。その為、ケンジ様をアテナイに招き、医者・・として我が国の教育に力を貸して頂きたいそうです」


「私を、医者として……?」


 その答えは想定外だった。目的はイノでは無く、医者としての私。招く際も魔法使いでは無く、医者として招きたいと言う事らしい。


 その真意がどこにあるのか、私は内心で考えを巡らせる。けれど、来客を前にしている為か、さっとアスクが助け舟を出してくれた。


「なるほどね。つまり、君達はイノを魔女としてでは無く、医者の弟子(・・・・・)として招きたい訳だね?」


「ご明察です。我が主は、イノ様を一目見ておきたいそうです」


 二人のやり取りで、流石に私も理解した。目的はやはりイノであり、私を医者として招くのはカモフラージュなのだ。


 イノとは顔を合わせたい。それでいて、イノを魔女とは知られたくない。そうする理由はいくつか考えられるが、一番に思い付くのはやはりこれだ。



 ――女神アテナは、ゼウスへの抑止力を望む者……。



 私達の後見人たる太陽神アポロン様と同じ立ち位置。もしかすると、同盟関係にある女神なのかもしれない。


 そう考えれば、今の状況は納得出来る。ここの守りをより強固にし、イノの存在を隠してより成長を促したい。


 将来的にイノがゼウスと相対するなら、後ろ盾となる神は多い方が良いのだろうが……。


 私はアスクへと視線を向ける。そして、彼が頷くのを確認して、私はエリクトニオスへ笑みを向けた。


「承知しました。そのご依頼内容について、もう少し詳しく聞かせて頂けますか?」


「無論ですとも、ケンジ様。我が女神の願いにお応え頂き、感謝の念に堪えません」


 私が肯定的な返事を返した為だだろう。エリクトニオスはそこで初めてふっと口元を綻ばせた。


 生真面目で取っつきにくいタイプに見えたけど、意外とそうでも無いのだろうか?


 私が椅子を勧めると、彼は丁重に頭を下げて腰を落とす。その隣では、ホッとした表情のブラドーさんも、同じく椅子に腰を落とした。


 私はセメレと視線を合わせ、二人と同じく席に着く。そして、私達は改めて詳しい内容について話し始めた。

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