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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第2部:アテナイ戦争
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巣立ち

 今日は午後のお茶会が、いつもと違う趣向となっている。イノがこれまで練習を続けていた、浮遊魔法の腕前を披露したいらしいのだ。


 私達はいつも通りテーブルを囲むが、イノだけは庭にポツンと一人で立っていた。いつもの白いローブを身に纏い、足には金属を仕込んだ特性ブーツの姿で。


「お父様、それでは始めさせて頂きます」


「うん、怪我が無い様に気を付けてね?」


 イノの宣言に私は返事する。それを合図に、イノは黄金の瞳をかっと見開いた。



  ――バチンッ……!!!



 強く弾ける電気の音と共に、イノの体が宙へと跳ねあがる。私達は首を逸らして空を見上げ、小さくなるイノの姿を見守り続けた。


「すごいっ! おねえさま、おそらとんでる!」


 チラッと隣に視線を向けると、娘のエレクトラがはしゃいでいた。彼女は私とセメレの子で、三歳児らしい無邪気さで喜んでいた。


 なお、エレクトラは母と同じ金髪。そして、私と同じ黒い瞳だ。顔立ちはセメレ似なので、将来はきっと美人に育つだろう。


 そのエレクトラだが、今はセメレの膝の上に座っている。勝手に飛び出さない様にと、ガッチリとお腹を抱き締められていた。


 エレクトラの安全を確認した私は、再び視線を空へと戻す。すると、イノは遥か上空を、鳥の様に自由に飛び回っていた。


「イノは随分と上達しただろう? 電磁浮遊とやらを、完全に制御してみせたよ」


 テーブルの上で、アスクが楽しそうに声を掛けて来た。私はここ最近、エレクトラの相手が中心だったので、魔法の訓練はアスクがイノに付きっきりだった。


 その事は少しばかり申し訳無く思う。しかし、それはイノからの願いでもあった。エレクトラが寂しい思いをしない様に、出来るだけ側にいてやって欲しいと。


 イノは五歳まで放浪の旅を続け、父という存在を知らずに育った。それもあり、妹のエレクトラには両親からの愛情を、沢山注いで欲しいと願っているらしい。


 そんな姉から妹への愛情を、私もセメレも無下には出来なかった。私はイノの願いを叶えつつ、どちらにも可能な限りの愛情を注ぎ続ける事を誓った。


 そのお陰もあってか、イノもエレクトラも真っ直ぐに育っている。姉妹共に家族を愛して、皆が円満に暮らし続ける事が出来ているのだ。



 ――ああ、家族とは良いものだな……。



 私は改めて心が震える。亡くなった妻の幸子と、娘の愛子。二人と共に過ごしたかった生活がここにある。


 勿論、それを今更になって、セメレ達に重ねたりもしていない。過去は過去、今は今である。私にとって目の前の家族は、決して誰かの代用品等では無いのだ。


 愛する妻に、愛すべき娘達。そして、それを共に見守ってくれる、家族にも等しい仲間達。


 それは私達が一から積み上げて来た幸せの形である。唯一無二にして、決して失ってはいけない宝物なのだ。


「――お父様、如何でしたか?」


 ふと気付くと、目の前にイノが居た。どうやら、考えごとに集中し過ぎていて、途中からイノから意識が逸れていたらしい。


 とはいえ、褒められる事を期待して、イノは目を輝かせている。見ていなかったとは、流石に言える雰囲気では無いな。


 私はイノへと笑顔を向けて、満足気にこう答えた。


「うん、流石はイノだね。私なんかよりも、すっかり魔法を使いこなしている。もう、私が教える事は何も無さそうだね」


「――っ……。そ、そんな悲しい事を、仰らないで下さい!」


 つい今まで笑顔だったイノは、いきなり悲しそうに顔を歪めた。そして、何かを怯えるみたいに、私の右手を両手でギュッと握りしめる。


「わ、私はまだまだ、お父様に及びません! これからもご指導をお願いします!」


 不安そうに見つめるその瞳には、ジワリと涙が浮かんでいた。本気でイノは悲しんでいるみたいだった。


 私はその不安を察し苦笑を浮かべる。そして、イノの肩をそっと抱き寄せた。彼女を胸の中で抱き留めながら、その黄金の髪を優しく撫でる。


「イノ、覚えておいて? いずれ弟子は師匠の元を巣立つ。イノはそれが人より、少し早いだけだよ?」


「い、嫌です! 私はまだ、お父様の元で……!」


 イノはばっと顔を上げる。そして、私とすぐ近くで視線が合い、そこで言葉を止める。私の言葉に続きがあると気付いたのだろう。私は微笑みながらイノへと告げた。


「けれど、巣立ったとしても師弟関係は続くんだ。親子関係だって同じだよ? 死ぬまでずっと私はイノの師匠で、イノの父親なんだ。だからそんなに、不安に思う必要は無いのだからね?」


「お父様……」


 私はそっとイノの涙を指でふき取る。すると、イノは自分なりに納得出来たらしい。にこりと私に微笑み返した。


「はい、お父様。私は死ぬまで、お父様の娘で、お父様の弟子です」


「うん、イノ。これからは自分のやりたい様にやりなさい。勿論、困った事があれば相談には乗るからね?」


 私がそう告げると、イノはそっと私の胸に顔を埋める。そして、ギュッと私の体を抱き締めた。


 私はイノを抱き締め返し、それと同時に内心で苦笑する。実際はもう、イノは何でも自分の思う通りにやっていた。これで魔法の訓練が、何かが変わる訳では無い。


 けれど、イノは私への依存度が高く、私と離れる事を強く恐れていた。私にはそれがずっと気掛かりだった。


 これを切っ掛けにして、心理的にも自立して欲しい。イノにはもうそれだけの能力があり、自分が自由だと知れば、今よりももっと羽ばたけるだろうから。


 そして、私やセメレはイノが疲れた時の、止まり木になってやれば良い。今の私達がしてやれる事なんて、今ではもうその位でしか無いのだからね。


「おとうさま」


「ん……?」


 声を掛けられて視線を向けると、エレクトラが必死に手を伸ばしていた。そして、私の袖を掴むと、嬉しそうに笑顔を見せた。


「エレもね。おそら、とびたい!」


 その無邪気な言葉に、セメレが目を丸くしていた。姉の魔法に触発されて、エレクトラも使いたいと思ったみたいだ。


 まあ、このくらいの年頃なら、姉の真似をしたいものだよね。私はニコリと微笑み返し、エレクトラの頭を優しく撫でた。


「それじゃあ、エレクトラも魔法が使えるか、確かめないとね。魔法の練習はお姉ちゃんと同じで、五歳になってからだけどね?」


「うん、わかった! おねえちゃんといっしょ!」


 最近のエレクトラは、お姉ちゃんと一緒と言うと喜ぶ。本当にイノの事が大好きみたいだ。


 そして、そんな妹の言葉にイノが反応する。私から離れたイノは、妹を抱き締めて頬ずりし出した。


「エレ、可愛い! 大好き!」


「きゃ~! くすぐったい!」


 くすぐったいと言いながらも、頬ずりをし返すエレクトラ。私とセメレは視線を重ね、そんな仲良し姉妹の姿に笑みを零す。



 ――ああ、本当に幸せだな……。



 こんな時間がずっと続けばよいのに。そう考えながら、私は小さく息を吐いた。

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