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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第2部:アテナイ戦争
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アテナイの現状

 行商人であるブラドーさんは、この屋敷に唯一行き来している商人である。大よそではあるけど、一月に一度のペースでやって来る。


 治癒のポーションと引き換えに、様々な物資と交換してくれ、今では彼の存在無くして、私達の生活は成り立たないと言える。


 そんな彼であるが、旅人や商人の守護神。ヘルメス様の使いでもあるのだ。ヘルメス様はアポロン様の弟で、私達にも便宜を図ってくれた感じだ。


 そんなブラドーさんとの取引を終えた私は、リビングで共にお茶を楽しむ。ちなみに、私達の商談や会話の際には、必ずセメレが隣に居る。


「いつもありがとう御座います。森を抜けるのは大変でしょう?」


「いえいえ、この鈴がありますからね。それ程ではありませんよ」


 ブラドーさんは自分の腰に視線を落とす。そこには金色の鈴がぶら下がっていた。


 その鈴はヘルメス様から与えられた品で、『幸運の鈴』と言うらしい。身に付けておくと旅の間、害有るものを遠ざける効果があるらしい。


 この屋敷へ行商を続ける対価らしいけど、ブラドーさんが言うには法外な報酬だそうだ。子々孫々まで受け継ぐべき家宝を得たと喜んでいたね。


 ブラドーさんは人の良さそうな笑みで、嬉しそうに話し続ける。


「念の為に妻と子は、一番近い町で宿を取らせています。それでも十分な御釣りが出る程に、儲けさせて貰っていますしね」


 なお、ブラドーさんは二十五歳。奥さんはニ十歳で、行商中にとある村で出会ったのだとか。そして、三年前に息子が生れ、親子三人で行商を行っている。


 いずれはお金を溜めて、どこかで市民権を得るのが夢だとか。街で店を構えて、そこで暮らす事を目標に頑張っているそうだが……。


「儲かっていると言う事は、夢が叶いそうな状況ですか?」


「そうですね。出来ればもう数年続けて、アテナイの市民権を得られたらと思うのですが……」


 確かに今のブラドーさんは、こことアテナイを往復する形で行商を行っている。その間にある町や村でも、小さな商いを行いつつね。


 販路の問題もあるし、それなら私達との行商も続けられる。そう思いはするのだが、何故だか彼の顔色が良くなかった。


「何か心配事でも?」


「ええ、その……。ポーションの需要が続いているのはご存じですよね? ケンジ様のご助力を得ても、それでも怪我人の対処が追いつかない状況らしく……」


 その話に私は内心で驚く。私は簡単に作っているけど、治癒のポーションは一瞬で大怪我を完治する効果があるのだ。


 小口で初めて、徐々にその数を増やし、今では月に百本を納品している。それでも足りないと言う事は、相当な怪我人が出ている証である。


 その話に隣のセメレが顔を歪める。そして、訝し気にブラドーへと問い掛けた。


「治癒のポーションは高価な物です。使わねば死ぬ状況でしか使われないでしょう? そう考えると、今のアテナイは相当危険な状況となりますよね?」


「はい、奥様。ご想像の通りです。アトランティスからの攻撃は、日々その激しさが増しております……」


 ブラドーは青い顔で俯く。そして、彼の杞憂が理解出来た。そんな危険な場所で、市民になる事を悩んでいるのだろう。


 店を構えて街に永住する事は夢だが、構えた側から街が潰れても困る。先が見えない状況のままでは、確かにその選択肢は選べそうにもない。


 アテナイ以外の街へと販路を変えるのも手ではある。けれど、そこでは今ほどポーションが売れないだろう。何せポーションは一つ一つが高額だからね。


 戦争を行っているからこその特需。それを考えると、ブラドーさんの立場は中々に難しい所があるね……。


 私が内心で唸っていると、ブラドーさんは溜息と共にこう漏らす。


「ポーションは高額で今以上には使えません。けれど、怪我人の数は増え、救う命を選択せざるを得ないそうです。医者の方々にも期待が寄せられていますが、それでも思う程の結果は出ておらず……」


「…………ん?」


 思いがけず出た『医者』と言う言葉に、私は思わず声を漏らす。隣を見ればセメレも、目を丸くして私を見ていた。


 少しずつ書き溜めて来た医学書が、それなりの数になっている。つい先日もこれをどうするべきか、お茶会の中で話が出たばかりだった。


 まあ、急がなくても良いかなと、その時は結論を先送りにした。けれど、もしかしてこちらも、それなりに需要があるのではなかろうか?


「えっと、ブラドーさん。もしや、医学書って需要ありますか?」


「医学書、ですか……? それは一体、どの様な内容でしょうか?」


 問われて私は説明を行う。人体の構造とその働き。その知識をベースにした、怪我や病気の治療法についてだ。


 初めは不思議そうに聞いていた彼も、次第にその目が真剣な物へと変わる。そして、聞き終えた彼は、俺の両手を握ってこう叫んだ。


「素晴らしいですよ、ケンジ様! そのような知識もお持ちだったとは! その医学書こそ、今のアテナイに必要な物です! きっと多くの命が救われる事でしょう!」


「そ、そうなんですね……。喜んで貰えそうで良かったです……」


 両手をガッチリ握りしめ、興奮した様子のブラドーさん。その余りの熱量に私は困惑する。


 けれど、隣のセメレは顔を曇らせていた。そして、不安そうな顔で私にこう告げる。


「ケンジ様、少々お待ちください。ケンジ様の著書は、間違いなく望まれる品です。けれど、その後をもう少し考えねばなりません」


「その後、とは……?」


 私にはセメレの言いたい事が、瞬時に理解出来なかった。すると、セメレは悩ましい表情で、私にこう続けた。


「医学書の技術が有用とわかれば、アテナイ王は黙っていないでしょう。その医学書のみに留まらず、その著者であるケンジ様までお望みになると思われます」


「あっ……。そう、なるか……」


 確かに医学を広めるのは、私に課せられた使命。けれど、イノの将来を考えると、今はまだ目立ちたくないと言う想いもある。


 ならば、医学を広めるのは時期尚早と判断すべきか? そう考える私に対して、ブラドーさんが慌てて叫んだ。


「な、ならば私がヘルメス様より賜った書とさせて頂きます! 『幸運の鈴』を持つ私であれば、それで話が付くはずです! 流石のアテナイ王も、ヘルメス様をお呼びする事は出来ないでしょうから!」


「なるほど……」


 ヘルメス様はオリュンポス十二神の一柱。一介の人間がそう簡単に願える存在ではない。


 以前にアスクから聞いた話では、ヘルメス様も医学の知識を持っているそうだ。ならば、余り違和感を持たれる事もないだろう。


「わかりました。それでは医学書を預けます。有用に活用して下さい」


「ありがとうございます! 王より褒章も出るでしょうから、相応の謝礼もご用意させて頂きます!」


 とても嬉しそうなブラドーさん。その笑みを見て、私も書いて良かったと内心で喜ぶ。


 そして、私は書斎に医学書を取りに向かおうとするが、ふっと隣のセメレの表情に気付く。


 不安そうなその表情が、少しばかり気になった。けれど、必要とあれば躊躇わず発言する彼女だ。止めないと言う事は、医学書を渡す事には問題が無いのだろう。


 私は後でセメレと話そうと決めて、取って来た医学書をブラドーさんへと託すのだった。

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