ヘラクレスの生い立ち(イノ視点)
私の一日は午前に魔法や医学の研究、午後に家族や仲間との交流と決まっています。それと合わせて、夜には友達との会話です。
その日の夜も私はベッドに腰かけ、隣に座るブラウンへと問い掛けました。
「ねえ、ブラウン。貴女はヘラクレス様の成長を見守ったのよね? ヘラクレス様ってどんな人だったのかしら?」
家妖精であるブラウンは成長しない。ずっと、五年前と同じ姿である。その為、見た目だけなら、今ではすっかり私の方がお姉さんとなっています。
とはいえ、彼女は百年を超える人生を生き、見た目に反して博識である。何せアポロン様がケイローンを育てる様を、この屋敷で見守って来た過去もあるからね。
「ヘラクレスか~。色々と凄い子ではあったわね~」
ブラウンは顎に指を当て、考える仕草を見せる。そせから、思い出す様にして語り始めました。
「ヘラクレスは血筋からして特別なのよ。父がゼウス様と言うだけでなく、母も英雄ペルセウス様の孫だったからね」
英雄ペルセウスはメデューサ殺しで有名な英雄。そして、彼もまたゼウスの息子である。
ペルセウスの母はアルゴスの女王だったが、彼女もまたゼウスに騙され子を孕んだ。ゼウスがアルゴス王の姿に化けて、それと知らずにまぐわったとか。
というか、自分の子孫に手を出して、それでヘラクレス様が生れた? 本当にゼウスと言う神は、節操が無いんだから……。
「まあ、ゼウス様はギガントマキアを見据え、ティターン神族を殺せる半神半人を求めてたしね。それは仕方なかったの。けれど、彼もまたヘラ様に恨まれて、苦難の人生を送る事になったのよ」
女神ヘラの名に、私はウンザリとする。母はアポロン様の執り成しで許して貰えました。けれど、ゼウスが浮気する度に、彼女は母や子に災いを振りまくのです。
化け物に姿を変えられ、自らの子を殺す事になった魔女ラミア。彼女の話は今でも私には忘れられない。本当に神々とは、碌でも無い存在である……。
「生まれてすぐにヘラ様に狙われてね。揺り篭の中に二匹の蛇を放ったの。けれど、ヘラクレスも普通じゃ無くてね。赤ん坊なのに、その蛇を握り潰して殺してしまったのよ」
「…………は?」
私も魔法を覚えた後、五歳以降ならそれが出来た。けれど、生まれたての赤ん坊では流石に無理です。
神の血を引く男の場合、魔法では無く驚異的な肉体を得る。それは知っているけれど、いくら何でもそれは規格外じゃない?
「それで流石に不味いと思ったんでしょうね。ゼウス様はヘラクレスの世話を、ケイローンに任せる事にしたのよ。アポロン様の聖地であれば、ヘラ様も簡単に手出し出来ないからね」
「なるほど……」
アポロン様は息子アスクレーピオス様を育てる為、この地をケイローン様に与えた。ゼウス様はその育成に便乗した感じでしょう。
つまり、そこでアスクレーピオス様とヘラクレス様が出会った。時期を考えると、アルゴー号船長のイアソン様も一緒になるかな?
「ヘラクレスの知能は高かったわ。頭の出来で言えば、イノにも劣らない位に。けれど、彼の興味関心は戦いに向いていたからね。だから、イノ程に考える力は無かったわね」
確かにアガウエから聞かされた寝物語でも、ヘラクレス様は機転を利かす場面が多々ありました。けれど、彼の逸話は基本的に、敵に打ち勝つ内容が殆どです。
私のお父様は平和主義者で、ライオスも比較的大人しい性格です。けれど、それ以外の男達は野蛮な人が多いのでしょう。五歳までの旅でも、そんな人達を沢山見て来たし……。
「それに彼は血気盛んでね。いつもケイローンに戦いを挑んでいたわ。それで、成人して師に勝てる様になると、もっと強く成るんだって言って、ここを飛び出して行ったの」
「そう、なのね……」
何と言うべきでしょう。話に聞くよりもずっと、ヤンチャな子供だったのでしょうか?
思っていたのと違う英雄の姿に、私は内心でガッカリします。けれど、それを察したのかブラウンは、私に向かってくすっと笑う。
「けど、アスクレーピオスは彼と真逆でね。いつも沈着冷静で、争そい事が嫌いだったの。だから、いつも書を読み、魔法や医学を学び、戦い以外の道を選ぶ人だったわ。うん、ケンジやイノは、アスクレーピオスにちょっと似てるかも」
「私達が、似ている……?」
その言葉素直に嬉しい。私とお父様が似ていると言われた事が、何よりも嬉しいと感じています。
そして、私は改めて彼に興味を持ちます。アルゴナウタイの物語では、イアソン様達の手助けをしたとしか語られない英雄。けれど、今の私にとっては、最も興味深い人物です。
ただ、私がそれを問う前に、ブラウンの指が私の唇を抑えた。
「その質問は、アスクにしてあげてね? きっと、彼なら喜んで語ってくれるから」
ブラウンの言葉に私は納得します。確かにアスクは今でも前の主人を敬愛している。きっと、私が尋ねれば喜んで過去を語ってくれるでしょう。
出会ったばかりの頃と違い、今は主人を失った悲しみが薄れたのです。新しいお父様と言う主人を得て、アスクも前を向き始めたのかもしれません。
きっと今ならば遠慮する必要が無い。私はそう考えて、明日のお茶会でアスクに聞こうと決めました。
「後はそうね。ヘラクレスとアスクレーピオスは意見が対立する事が多かったの。けれど、そこでいつも間に入るのがイアソンだったわ。彼は普通の人間だったけど、とても柔軟に立ち振る舞える子だったのよね」
「へえ、イアソンか……。その話も詳しく聞かせて貰える?」
私が前のめりに質問すると、ブラウンは嬉しそうに頷く。何だかんだと言いながら、彼女も過去の思い出を語るのが大好きみたいなのだ。
私はまだ十歳だから、早く寝なさいとブラウンは良く言う。けれど、私がねだるといつも折れるのが彼女である。
私とブラウンは今日も夜中に語り合う。私は唯一の親友と過ごす時を、何よりも大切な時間だと感じながら……。




