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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
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セメレの葛藤(セメレ視点)

 アポロン様が降臨なされたから数日が立ちました。けれど、その後も私達の生活に、大きな変化はありませんでした。


 いつも通りに午前はイノの教育と魔法の研究。午後からは皆さまで一緒に庭でのお茶会。そして、夜はケンジ様と二人っきりで……。


 夢の様な生活です。一度は叶わないと諦めた暮らし。それを私は再び手にした。全てはケンジ様と巡り会えたが為に。


 しかし、これは幸運によるものでは無いのでしょう。全ては太陽神アポロン様のお導き。神のご意思による物なのでしょう。


 あの日、アポロン様の口からはこう語られた。息子――アスクレーピオス様の意思を引き継がせる為、ケンジ様をとこの地へ呼んだと。


 けれど、私はそれだけが理由では無いと考えています。アポロン様がケンジ様を選んだのは、イノと引き合わせる為ではないかと思うのです。


 イノにとってケンジ様は、父であり、師であり、共に学ぶ同士でもある。イノに何かを押し付けるのではなく、興味ある事柄を好きに学ばせ、自身はそのサポートのみに留まる。


 それはイノにとって、最高の学習環境となっている。例え王宮であろうとも、ここまでイノの才能を伸ばせる環境は用意出来ないでしょう。


 下手に学の有る者は、イノの才覚に嫉妬する。そのプライドが邪魔をして、イノを自身に従わせようとするはずです。


 かといって、イノには生半可な賢人では教える事が出来ない。彼女は一を聞けば十を知る。教師の知識より先を、すぐに理解してしまうからです。



 ――イノにとっての最高の家庭教師……。



 ケンジ様が選ばれた理由は、きっとこれだと思うのです。そう考えれば全て納得できるのです。


 恐らく、アスク様もそう考えているのでしょう。ケンジ様の教育方針に、一切口を出さないのもその為に思えるのです。


 そして、それは同時にこうも考えられます。イノに最高の学習環境を与えること。アポロン様がそれを為された理由は、一つしか思い付きません……。



 ――イノをゼウス様への抑止力とする……。



 アポロン様は平然と、ゼウス様への愚痴を口になされた。それはアポロン様と言えど危険な行為。それでも、私達へと自分の考えを語り聞かせたのです。


 オリュンポス十二神と言えど一枚岩では無い。ゼウス様の支配は盤石では無く、何かの切っ掛けさえあれば、簡単に壊せるのだと匂わせた……。


 更に最後には、イノへとこう告げられました。


『腹違いの妹よ。是非、そのまま力を付けてくれ。君の成長に期待している』


 ケンジ様はイノの将来を案じ、彼女に雷への対策を学ばせる事にした。ケンジ様ならそうする事を、アポロン様は予見なさっていたのでしょう。


 だからこそ、ケンジ様が選ばれたのです。自然とイノを成長させ、やがてはゼウス様に対抗出来る魔女へと育て上げる事が出来る。


 そして、アスクレーピオス様の意思を継ぎ、医学を世に広める役目はカモフラージュ。ゼウス様にバレたとしても、ギリギリ許される理由を作る為です。


 何せケンジ様の知識は素晴らしいものですが、全てをゼロから生み出せる方ではありません。ゼウス様が恐れる程の才覚を、ケンジ様は持っていないからです。


 ゼウス様にとってギリギリ無視できるライン。その程度の反抗であれば、息子のやる事なので目を瞑られる。そこまで考えての人選なのでしょう。


 そこまで計算して、ケンジ様をこの地に呼んだ。そうである以上、下手にアポロン様の計画に背くのは下策というものです。


 私達夫婦はその流れに乗るしかないのです。やがて、娘に過酷な運命が待つとしても、それを少しでも楽にしてあげる事しか出来ない。


 それを知った上で、娘を育てねばならない。それが、私達に課せられた新たな責め苦。この幸せな時間に対する対価なのでしょう……。



 ――せめて、少しでも幸せな時間を……。



 そう願わずにはいられません。やがて来る運命の日まで、娘が少しでも長く、少しでも多く幸せを感じて過ごして欲しい。


 そして、きっとイノもそう思っている。賢いあの子は理解しているはず。この先に自身に降りかかる、その過酷な未来を予見しているはずです。


 イノは未だ五歳と言えど、これまでの人生であらゆる苦難を目にしてきた。世に蔓延る悪を知り、自身が生死の境をさ迷った事すらある。


 だからこそ、この幸せな時間が奇跡であると知っている。そして、それをアポロン様が与えた意味を、理解した上で学び続けようとしているのだ。



 ――ああ、世界は何と残酷なのだろう……。



 それでも私達は生きて行かねばならない。この辛く苦しい人生の中で、ほんの僅かな幸せを噛みしめながら。


 そして、願い続けるしかない。大切な家族が、それでも幸せに生きられる様にと。それが神ならざる、私達人間に唯一許された願いなのだから。


 こうして私は、今日もいつもの日常を過ごす。甘く、穏やかな日々を。未来への不安を隠しながら……。

これにて第一部が終了となります。

引き続き第二部もお楽しみ頂ければ幸いです♪

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