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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
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ケンジの役目

 メディアの襲撃・撃退に始まり、セメレの蘇生。その後、アポロン様から説明を受けたが、皆の混乱が収まった訳では無い。


 私とイノはアスクの指示の元、まずは屋敷の結界と柵を修復。そして、庭でテーブルを囲んで話し合う事にした。流石にお茶会と言う雰囲気では無いけどね。


 皆が注目する中で、話し始めるのはやはり彼。テーブルの上のアスクからであった。


「アポロン様の登場には皆が驚いた事だろう。皆に理解を得て貰う為にも、まずは僕の話を聞いて貰えるだろうか?」


 アスクの言葉に皆が頷く。私の他にもセメレやイノ。アガウエにライオス君。リリィとアステリオスもテーブルを囲んでいる。


 反論が無い事を確かめたアスクは、いつもの陽気な口調で話を始めた。


「まず、人間の皆には改めて伝えよう。僕はケイローン様と直接の面識は無い。僕はアスクレーピオス様の使い魔であり、ケイローン様の死後、主が館を引き継いだ後に生み出された存在だからだ」


『ケイローン様と面識あるのは、私くらいかな? 一応、家妖精も居るけどね』


「俺も、面識ない……。やって来た時、アスクレーピオス様が館の主だった……」


 どうやら、一番の古株はリリィらしい。アスクもアステリオスも、主が交代してから屋敷に来たらしい。


 それはまあ良いのだけれど、生み出されたとはどういう意味だろうか? 私は不思議に思っていると、アスクはわかっているとばかりに頷いてみせた。


「僕は自然界で生まれた蛇では無いんだ。使い魔になれば多少能力は上がるよ? けれど、こんなに話せる蛇なんていないだろう? 僕はある目的の為に、アスクレーピオス様が生み出した存在なんだ」


「……ある目的とは?」


「うん、それは知識の保管。アスクレーピオス様の知識を後世に残す為さ」


 さらりと答えた発言に、私は驚きを覚える。それと共に、ある閃きがあった。


「もしかして、アスクレーピオスの魔導書が屋敷に無いのって……?」


「その通りだよ、ケンジ。彼は魔導書を書き残さなかった。――いや、書き残せなかったんだ」


 書き残せなかった? それはどういう意味だろうか?


 セメレやイノ達も不思議そうな表情を浮かべる。すると、アスクは楽しそうに頭を揺らす。


「アスクレーピオス様は天才過ぎたんだ。何人か弟子も育てたんだよ? けれど、誰もその知識を正確に理解出来なかった。そんな人達向けに、魔導書を書く気になれなかったんだよ」


「え、えぇ……」


 頭の出来が違い過ぎたってこと? それにしても、身も蓋もない言い方だなぁ……。


 私は半ば呆れ、皆は驚きでポカンと口を開く。そんな中でアスクは気にせず話を続ける。


「だから、自分の知識を受けられる器を作り、そこに正しい知識を残そうとした。そうして作られたのが僕って訳だ。ある意味では、僕こそがアスクレーピオス様の魔導書と言えるかもね?」


 何だか凄い話だな。書物を書き残す代わりに、人工知能付きのロボットを作ったものだろう?


 まさに天才の発想と言う奴だろう。私はやはり呆れてしまうのだが、そこでセメレがそっと手を挙げた。


「あの、アスク様。部分的にでも、残せなかったのですか? 私に行って頂いた様な、心肺蘇生と言う技術などを……」


 確かにセメレの言う通りだ。全てを完璧に理解出来ずとも、役立つ知識を残す事なら出来たはず。


 そう考える私達であったが、アスクはゆっくりと首を振った。


「誤った知識で治療をすると、逆に人を殺めてしまう。半端な知識や技術なら、残すべきでは無いと言うのが、僕の主の考え方だったんだ」


「なるほど……」


 言いたい事はわかる。わかりはするけど、それもどうかと思いもする。


 きっと、アスクレーピオスは完璧主義者だったのだろう。不完全な状態で、知識を継承する事が許せなかったんだろうね。


「つまり、心臓や血液の働き。肺や空気の働きを、理解している必要がある。そういう人にだけ、心肺蘇生を使って欲しいって事だよね?」


「そう! その通りなんだ、ケンジ! アスクレーピオス様が求めていたのは、まさにそういう人物だったんだよ!」


 珍しくアスクが意気込んで返す。その熱量に思わず私は口を閉ざす。


「アスクレーピオス様も数百年後に、きっと時代が追いつくと考えた! その頃ならば、自分の知識を正しく使える人達が生れるはずだと! 僕はその人達に出会う為に、アスクレーピオス様が残した存在だったんだ!」


 確かに今の時代では、土台となる知識が乏しい。医学はそこまで進歩していないだろうからね。


 先を見据えてアスクを残した。その考えに納得する私だったが、アスクは急にトーンダウンする。


「……そのはずだったんだけど、アポロン様は待てなかったみたいだね。数百年を待つよりも、他所の世界から呼び寄せる方が早いと考えたらしいんだ」


「……えっ? もしかして、それで私はこの世界に呼ばれたのかい?」


 私の問いにアスクは頷く。どうやら、本当にそれが理由で私は呼ばれたらしい。


「ただ、ちょっと待って欲しい。それなら私では無く、他の人の方が良かったんじゃないかな? 私は医者でも無いし、もっと相応しい人がいたはずだよ?」


「いいや、ケンジ。最適な人物が、最善の結果を出せるとは限らないんだ。アポロン様は預言者でもあるからね。ケンジが最高の結果を生み出す、そんな未来が見えたんじゃないかな?」


 言いたい事はわかる気がする。けれど、それでも本当に私で良かったのだろうか?


 私が半ば納得出来ない気持ちで居ると、不意にイノが私の手を握った。


「ここに居るのが、お父様で良かったと思っています。お父様である事を、アポロン様に感謝しています」


 真剣に見つめるイノの瞳に、私はポカンと口を開く。すると、反対の手をセメレが握った。


「私も同じ思いです。ケンジ様だからこそ、私達は幸せになれたのです。どうか、その事を忘れないで下さい」


 見ればアガウエやライオス君。リリィやアステリオスも頷いていた。ここの居るのが私で良かったと、皆がそう認めてくれていた。


 ならば、きっとこれで良かったのだろう。私はようやく、その事実を受け止める事が出来た。


「うん、わかったよ。私もアポロン様には感謝している。皆に出会う事が出来たんだからね。なら、その要望にも応えなければならないね」


「ありがとう、ケンジ。そう言って貰えて、本当に嬉しいよ」


 アスクは嬉しそうに感謝を述べる。それは彼がここに居る理由でもあるからね。私がアスクレーピオスの知識を受け止め、それを世に広めると言うのは。


 ただ、そうなるとまずは基礎だな。人体の基礎について、世間に広めないと行けないのだけど……。


「私が医学書を書く必要がある? う~ん、手伝ってくれるかい、アスク?」


「勿論だとも、ケンジ。僕の持てる全ての知識を、存分に役立てて欲しいね」


 アスクが快諾してくれた事で、私はほっと胸を撫で下ろす。私も大凡おおよそは学校で習ったが、専門知識がある訳ではないからね。


 アスクがそこを補ってくれるなら、何とか入門書は書ける気がする。そう考えていた所で、イノが勢いよく身を乗り出した。


「お父様、医学書を書かれるのですか! それは先ほど話された、心臓や血液。肺や空気の役割がわかるものでしょうか!」


「あ、ああ、そうだね……。もしかして、興味あるの?」


 私の問い掛けにイノが激しく頷く。科学の授業と同様に、キラキラと瞳を輝かせていた。


 どうやら、私はこれから人体についても授業を始める必要があるらしい。私は苦笑を浮かべながら、可愛い娘の頭を撫でるのだった。

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