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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
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アポロンの要求

 私の目の前に立つ一人の青年。金髪碧眼の美丈夫で、年齢としては二十歳に達していないだろう。


 けれど、彼こそが太陽神アポロン。オリュンポス十二神の一柱であり、この世界でトップクラスの神様なのである。


 アポロンはにこりと微笑むと、私にこう問いかけて来た。


「ここまでずっと君を見て来た。その上での質問だが、君は僕の息子、アスクレーピオスをどの程度知っているかな?」


「アルゴナウタイの一員であったと言う事くらいしか……」


 さらっと告げられたけど、アスクレーピオスが彼の息子? 見た目が年若い青年と言うのもあり、にわかには信じがたい思いだった。


 けれど、彼は雑談の様に軽い口調で、衝撃的な言葉を口にする。


「いやあ、息子にも色々とあってね。私がテッサリアの王女に恋をして、彼女との間に子が出来たんだけどさ。彼女は僕に隠れて浮気していたんだ。それに怒った妹のアルテミスが、彼女を射殺しちゃってさ。僕は慌てて胎児の彼を救い出したって過去があるんだよね」


「…………はっ?」


 余りにも軽い口調で話すので、私は理解が追いつかなかった。アスクレーピオスの母は浮気をして、月の女神アルテミスに殺されている?


 そして、胎児と言う事は腹の中からアスクレーピオスは救い出された? 何だかとんでもない話を聞かされている気がする。


「流石に僕も、どう育てるか迷ってね。それで僕が育て上げた、ケイローンに任せる事にしたんだよ。ほら、彼も僕に恩返しをしたがってたしさ? 丁度良いやって思って、この屋敷を彼にあげたんだよね」


 私は屋敷に視線を向ける。ここが太陽神の聖地とは聞いていた。けれど、そんな経緯で建てられた屋敷とは知らなかった。


「まあ、ケイローンは僕の与えた知識を、子供に教えるのが好きだったみたいでね。他にも色々な才能ある子を育て始めてさ。そこに関しては僕は関与せず、好きにさせていたんだけどね。ただ、それはそれで面白い結果をもたらしてくれたね」


 ケイローンの弟子と言えば、ヘラクレスにイアソン。テセウスにオデュッセウスと、様々な英雄となった者達である。


 その英雄達が育った環境は、アポロンが用意したものだった。そうだと言うのに、彼は何でもないといった口調で話し続ける。


「けれど、僕の一番のお気に入りは、やっぱりアスクレーピオスでね。彼は僕がケイローンの与えた医学の知識を、僕以上に発展させて見せてさ。本当にあの子は優秀だったな~」


 とても自慢げに語るその口調は、何となく彼が良い父親では無いかと思わせた。息子が自分を超えた事が嬉しいなんて、そう思っても仕方が無いよね?


 けれど、アポロンは直後に溜息を吐く。そして、忌々し気にこう続けた。


「……だと言うのに、父ゼウスは僕の子を恐れ、殺してしまったんだ。あいつは小心者で、そのくせいつも威張っているんだ。本当に嫌になるよね?」


「「「――っ……?!」」」


 アポロンの言葉に場の空気が凍る。セメレやアガウエ、ライオス君だけではない。アステリオスやリリィまで、その身を小刻みに震わせていた。


 主神ゼウスへの愚痴なんて、この世界ではあり得ないことなのだろう。アポロンがゼウスの子供とは言え、やはり聞く者にとっては肝を冷やす発言らしい。


「そういう訳でさ。僕は息子が殺された事をまだ根に持っていてね。ゼウスに仕返しをしてやりたいんだ。――そこで、君の出番と言う訳さ!」


 アポロンは私を指さし、ウインクをして見せる。私はギョッとして思わず問い掛けた。


「えっ、私ですか……?」


 そして、やはり間違いでは無いらしく、私の問いに頷いた。彼は楽しそうな笑みで説明を始める。


「息子の残した医学の知識。特に死者蘇生の技術を、この世界で広めて欲しいんだ。幸いにもケンジは、僕が望む資質を示してくれた。君なら私欲の為でなく、人々の為に働いてくれそうだしね」


「死者蘇生の技術を、私が広める……」


 それは先ほどの心肺蘇生の事だろう。そして、その技術は原理を知れば、手法としては難しくない。


 この世界の為に技術を広める。それ自体に抵抗感はない。けれど、私にはそれが難しい理由があるのだが……。


「うんうん、わかっているとも。君には大切な家族が出来た。彼女達の境遇を思えば、それが難しいと考えているね? けれど、そこは僕に任せて欲しい!」


「それは具体的に、何を……?」


「うん、まずはセメレに掛けられた女神ヘラの呪い。これを解いてあげよう」


「そ、それは本当ですか……!」


 唐突に降って湧いた話に、私は思わず身を乗り出す。この地を離れれば、同じ場所に二十四時間以上居られない。その呪いが解けるなら、これ程嬉しい事は無い。


 私の反応が嬉しかったのか、アポロンはニコニコと微笑みながら何度も頷く。


「ヘラが結婚を司る女神と知っているね? 私が仲介をするので、君達は彼女の名の元に結婚式を挙げたまえ。二人の愛が永遠である限り、女神ヘラは君達を祝福するだろう」


「わ、私と、ケンジ様が……。女神ヘラに祝福して頂ける……?」


 セメレは平伏した姿勢のまま、震える声で呟いた。その湿った声に対し、アポロンは明るい声で告げる。


「その代わり、浮気は許されないからね? 僅かでも心が離れれば、その瞬間に命は無いと思いたまえ」


「何も問題御座いません! 私の愛は、決して離れる事はありません!」


 力強く宣言するセメレに、アポロンは笑顔のまま頷く。そして、彼は軽やかに笑い声を上げる。


「ははは、そこは心配していないよ。僕は占いも得意でね。君達の未来は明るい物だと見えている」


「そ、そうなのですね……」


 私とセメレの未来を、神様直々に保証されてしまった。それは素直に嬉しい。私達はこの先も上手くやっていけると言う事なのだから。


 けれど、アポロンの視線が横に逸れ、イノを静かに見つめる。緊張した面持ちのイノに対し、アポロンはやはり楽し気に告げた。


「うん、君は良いね。実に良い。特に父ゼウスに抗おうとしているのがね」


「――っ……?!」


 その言葉を聞き、私はどっと冷や汗が流れる。アポロンが全てを見ているとすれば、私とイノが雷の研究をしている事も知っているはず。


 一見すると好意的な言葉に聞こえる。けれど、私達は主神に逆らう準備をしているに等しい。そして、それが罰されるかどうかは、全て彼の一存に掛かっているとも言える。


 私達が緊張して息を飲む中、アポロンは変わらぬ口調でこう続けた。


「腹違いの妹よ。是非、そのまま力を付けてくれ。君の成長に期待している」


「は、はい……。承知しました……」


 アポロンに声を掛けられ、イノは震える声で答える。けれど、一同は安堵の息を吐く。少なくとも今は、私達が罰を受ける事が無さそうだからだ。


 けれど、そんな中でアスクだけが、アポロンへと疑問を投げかけた。


「宜しいのですか、アポロン様。それが何を意味するか、わからぬはずがありませんよね?」


「アスク、わかっているのだろう? その質問は無益だ。君は引き続き役目を果たしてくれ」


 アポロンはふっと笑う。けれど、それはどちらかと言えば、気安い空気を感じさせるものだった。


 アスクもその言葉に恭しく頭を下げる。アポロンは満足気に頷き、その場でパッと背を向けた。


「さて、伝えるべき事は伝えた。後は各々頑張ってくれたまえ」


 そう告げると、ふっとアポロンの姿が消えた。神の奇跡なのか、瞬時にこの場から去ったみたいだった。


 私は大きく息を吐く。そこには色々な感情が含まれている。安堵もあれば、未来への不安なども。


 ただ、最後に気になったのは、魔女メディアの遺体が消えていたこと。アスクが言うには、アポロンが持ち帰ったのだろうと言う事だったが……。

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