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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
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死者蘇生

 魔女メディアの魔法により、鼓動を止められたセメレ。横たわった彼女の胸に手を置き、私は一定間隔で圧力をかける。


「逝くな、セメレ……。私の元に、戻って来てくれ!」


 一定間隔で胸部を圧迫するが反応はない。私は彼女の唇に、自らの唇を重ねる。そして、彼女の肺へと空気を送り込んだ。


「お父様……。何を、なされて……?」


 すぐ側からイノの戸惑った声が聞こえる。恐らく彼女には、私が何をしているか理解出来ないだろう。


 いや、横目で見れば彼女だけでは無い。アガウエやライオス君も戸惑った表情を浮かべている。


 けれど、アステリオスにリリィ。そして、アスクは静かに見守っていた。私が何をしているのか、理解している雰囲気だった。


「愛を育んで行くのだろう? これから、幸せになって行くのだろう!」


 瞳を閉じたまま、セメレは何の反応も返さない。それでも、私は彼女に語り掛ける。きっと、その声が彼女に届くと信じて。


 そして、私が彼女の胸を圧迫していると、アスクはイノに向かってこう説明を始めた。


「今、ケンジはね。セメレの魂を呼び戻そうとしているんだ。もし、ケンジの事を信じられるなら、イノもセメレに声を掛けて欲しい。僕達の元に戻って欲しいと、その想いと共に……」


「「「――っ……?!」」」


 その言葉を聞き、イノ、アガウエ、ライオス君が息を飲んだ。しかし、驚きは一瞬であり、彼女達の行動は早かった。


「お母様、戻って来て下さい! 私を残して逝かないで下さい!」


「姫様、お戻りください! 皆が貴女様の事を待っていますよ!」


「セメレ様、これからでしょう! 貴方様が幸せになるのは……!」


 誰もが疑う事無く呼びかける。そうする事で、セメレが戻って来ると信じて。


 この世界では神の力でも、魔法の力でも、死者を生き返らせる術は無い。そう信じられているはずなのに、私の行動を疑う者は誰一人いなかった。


『セメレ、お茶会しましょう? 楽しくお話しましょうよ』


「セメレ、死ぬな……。居なくなったら……俺……悲しい……」


 アステリオスとリリィも、その輪に加わって声を掛ける。震えるその声から、二人が本当に悲しんでいるのが伝わって来る。


 私は必死になって胸を刺激し、肺に空気を送る続ける。皆の思いが届く様にと祈っていると、アスクが私に語り掛けて来た。


「皆が奇跡を望んでいる。ケンジの事を信じているんだ。ならば、その想いに応えなくてはならないね? さあ、ケンジ。奇跡を起こす時間だよ」


 この世界には魔法がある。しかし、魔法であっても死者を蘇生する事は出来ない。


 けれど、医学でならば可能性がある。心肺蘇生によって、蘇る可能性があるのだ。


 そして、魔法とは奇跡。神の如き力は無くても、本来ならば有り得ない結果を与えてくれる。


「セメレ、君の事を愛している。だから、お願いだから……。――生き返ってくれ」



 ――トクン……。



 私の魔力はとても少ない。未熟な魔法使いである私には、大きな奇跡を起こす事は出来ない。


 けれど、ほんの小さな奇跡なら別だ。確実では無い心肺蘇生の成功率。それをほんの少しだけ、押し上げる程度の奇跡であれば……。


「――かはっ……」


「お、お母様……?!」


 小さく咳き込んだセメレに、イノが真っ先に反応した。母の手を握りしめ、必死にその顔を覗き込む。


 すると、セメレのまぶたがゆっくりと開く。そして、ぼんやりとした瞳が私を見つめた。


「ケンジ、様……?」


「お母様……。お母様っ……!」


 セメレの言葉を聞いて、イノはその胸に飛び込む。母の体を抱き締めながら、その胸の中で泣き続けた。


 戸惑うセメレを横目に、私は安堵の息を吐く。セメレの復活は無事に成功した。私はこの世界に魔法が存在したことを、神に感謝せずにはいられなかった。


 周囲を見れば、アガウエとライオス君は涙ながらに抱き合っている。アステリオスとリリィは、優しい眼差しで母娘を見守っていた。


 私はその光景に笑みが零れる。これ程の人達が喜んでいる。その事が私にはとても嬉しかった。そんな風に思っていると、するっとアスクが私の腕に巻き付いて来た。


「流石だね、ケンジ。やはり君なら出来ると思っていたよ」


「元の世界の知識のお陰さ。私が凄い訳では無いんだよ?」


 私は思ったままの言葉を口にした。けれど、アスクは頭を左右に振り、キッパリとこう告げた。


「いいや、君は凄いんだ。この世界で死者を蘇生されられる者は他に居ない。君がどう思おうとも、君は奇跡を成した魔法使いなんだ」


「ア、アスク……?」


 その口調は真剣で、とても硬い物だった。何故だかアスクからは、有無を言わさない雰囲気が感じられた。


 その事に私が戸惑っていると、不意に背後から声が掛けられた。


「――そう、アスクの言う通りだ。ケンジ、君は僕の期待通りの人間だった」


「えっ……?」


 振り返るとそこには、一人の青年が立っていた。金髪碧眼で芸術品の様に美しい顔立ち。誰もが見惚れるであろう美男子である。


 彼は白い衣を纏っているが、その露出度は非常に高い。まるで自身の美しい体を、周囲に見せつけるかの如く。


 彼は身を屈めると、座り込む私の肩に手を置く。そして、ニコリと微笑みこう告げた。


「おめでとう、ケンジ。君は合格だ。息子の後継者として、正式に認めようじゃないか」


「息子の、後継者……?」


 この人は誰だろう? そして、何を言っているのだろうか?


 そう思って視線を這わせると、アステリオスとリリィが平伏していた。そして、セメレやイノ達も慌てて平伏する所であった。


「えっと……。これって、どういう……?」


 状況がわかっていないのは、どうやら私だけらしい。そして、私が困っていると、いつもの如くアスクが助け舟を出してくれた。


「うん、ケンジ……。この御方はね、太陽神アポロン様だ」


「太陽神……アポロン様……?」


 ……え? それってオリュンポス十二神の一人の? トップクラスに偉い神様の?


 私は地面に座ったまま、目の前の青年を見上げる。彼はとても気安い笑みで、手を振りながら軽やかに笑った。


「ははは、ケンジは平伏しなくて良いからね? 君は何て言うのかな……。そう、僕の友達って事にしよう!」


「と、友達……?」


 全然、状況がわからない。どうして急に、アポロン様が現れたの? それに、どうして友達に?


 私はなおも混乱し続ける。すると、アポロン様は楽しそうにこう話す。


「さて、ケンジは試験に合格したんだ。そろそろ、きちんと説明してあげないとね。――僕が君を、この世界に呼んだ訳を」


「…………えっ?」


 状況はやはりわからない。けれど、少しだけ分かった事がある。それは私がこの神様に呼ばれて、この世界へやって来たと言う事だ。

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