死者蘇生
魔女メディアの魔法により、鼓動を止められたセメレ。横たわった彼女の胸に手を置き、私は一定間隔で圧力をかける。
「逝くな、セメレ……。私の元に、戻って来てくれ!」
一定間隔で胸部を圧迫するが反応はない。私は彼女の唇に、自らの唇を重ねる。そして、彼女の肺へと空気を送り込んだ。
「お父様……。何を、なされて……?」
すぐ側からイノの戸惑った声が聞こえる。恐らく彼女には、私が何をしているか理解出来ないだろう。
いや、横目で見れば彼女だけでは無い。アガウエやライオス君も戸惑った表情を浮かべている。
けれど、アステリオスにリリィ。そして、アスクは静かに見守っていた。私が何をしているのか、理解している雰囲気だった。
「愛を育んで行くのだろう? これから、幸せになって行くのだろう!」
瞳を閉じたまま、セメレは何の反応も返さない。それでも、私は彼女に語り掛ける。きっと、その声が彼女に届くと信じて。
そして、私が彼女の胸を圧迫していると、アスクはイノに向かってこう説明を始めた。
「今、ケンジはね。セメレの魂を呼び戻そうとしているんだ。もし、ケンジの事を信じられるなら、イノもセメレに声を掛けて欲しい。僕達の元に戻って欲しいと、その想いと共に……」
「「「――っ……?!」」」
その言葉を聞き、イノ、アガウエ、ライオス君が息を飲んだ。しかし、驚きは一瞬であり、彼女達の行動は早かった。
「お母様、戻って来て下さい! 私を残して逝かないで下さい!」
「姫様、お戻りください! 皆が貴女様の事を待っていますよ!」
「セメレ様、これからでしょう! 貴方様が幸せになるのは……!」
誰もが疑う事無く呼びかける。そうする事で、セメレが戻って来ると信じて。
この世界では神の力でも、魔法の力でも、死者を生き返らせる術は無い。そう信じられているはずなのに、私の行動を疑う者は誰一人いなかった。
『セメレ、お茶会しましょう? 楽しくお話しましょうよ』
「セメレ、死ぬな……。居なくなったら……俺……悲しい……」
アステリオスとリリィも、その輪に加わって声を掛ける。震えるその声から、二人が本当に悲しんでいるのが伝わって来る。
私は必死になって胸を刺激し、肺に空気を送る続ける。皆の思いが届く様にと祈っていると、アスクが私に語り掛けて来た。
「皆が奇跡を望んでいる。ケンジの事を信じているんだ。ならば、その想いに応えなくてはならないね? さあ、ケンジ。奇跡を起こす時間だよ」
この世界には魔法がある。しかし、魔法であっても死者を蘇生する事は出来ない。
けれど、医学でならば可能性がある。心肺蘇生によって、蘇る可能性があるのだ。
そして、魔法とは奇跡。神の如き力は無くても、本来ならば有り得ない結果を与えてくれる。
「セメレ、君の事を愛している。だから、お願いだから……。――生き返ってくれ」
――トクン……。
私の魔力はとても少ない。未熟な魔法使いである私には、大きな奇跡を起こす事は出来ない。
けれど、ほんの小さな奇跡なら別だ。確実では無い心肺蘇生の成功率。それをほんの少しだけ、押し上げる程度の奇跡であれば……。
「――かはっ……」
「お、お母様……?!」
小さく咳き込んだセメレに、イノが真っ先に反応した。母の手を握りしめ、必死にその顔を覗き込む。
すると、セメレの瞼がゆっくりと開く。そして、ぼんやりとした瞳が私を見つめた。
「ケンジ、様……?」
「お母様……。お母様っ……!」
セメレの言葉を聞いて、イノはその胸に飛び込む。母の体を抱き締めながら、その胸の中で泣き続けた。
戸惑うセメレを横目に、私は安堵の息を吐く。セメレの復活は無事に成功した。私はこの世界に魔法が存在したことを、神に感謝せずにはいられなかった。
周囲を見れば、アガウエとライオス君は涙ながらに抱き合っている。アステリオスとリリィは、優しい眼差しで母娘を見守っていた。
私はその光景に笑みが零れる。これ程の人達が喜んでいる。その事が私にはとても嬉しかった。そんな風に思っていると、するっとアスクが私の腕に巻き付いて来た。
「流石だね、ケンジ。やはり君なら出来ると思っていたよ」
「元の世界の知識のお陰さ。私が凄い訳では無いんだよ?」
私は思ったままの言葉を口にした。けれど、アスクは頭を左右に振り、キッパリとこう告げた。
「いいや、君は凄いんだ。この世界で死者を蘇生されられる者は他に居ない。君がどう思おうとも、君は奇跡を成した魔法使いなんだ」
「ア、アスク……?」
その口調は真剣で、とても硬い物だった。何故だかアスクからは、有無を言わさない雰囲気が感じられた。
その事に私が戸惑っていると、不意に背後から声が掛けられた。
「――そう、アスクの言う通りだ。ケンジ、君は僕の期待通りの人間だった」
「えっ……?」
振り返るとそこには、一人の青年が立っていた。金髪碧眼で芸術品の様に美しい顔立ち。誰もが見惚れるであろう美男子である。
彼は白い衣を纏っているが、その露出度は非常に高い。まるで自身の美しい体を、周囲に見せつけるかの如く。
彼は身を屈めると、座り込む私の肩に手を置く。そして、ニコリと微笑みこう告げた。
「おめでとう、ケンジ。君は合格だ。息子の後継者として、正式に認めようじゃないか」
「息子の、後継者……?」
この人は誰だろう? そして、何を言っているのだろうか?
そう思って視線を這わせると、アステリオスとリリィが平伏していた。そして、セメレやイノ達も慌てて平伏する所であった。
「えっと……。これって、どういう……?」
状況がわかっていないのは、どうやら私だけらしい。そして、私が困っていると、いつもの如くアスクが助け舟を出してくれた。
「うん、ケンジ……。この御方はね、太陽神アポロン様だ」
「太陽神……アポロン様……?」
……え? それってオリュンポス十二神の一人の? トップクラスに偉い神様の?
私は地面に座ったまま、目の前の青年を見上げる。彼はとても気安い笑みで、手を振りながら軽やかに笑った。
「ははは、ケンジは平伏しなくて良いからね? 君は何て言うのかな……。そう、僕の友達って事にしよう!」
「と、友達……?」
全然、状況がわからない。どうして急に、アポロン様が現れたの? それに、どうして友達に?
私はなおも混乱し続ける。すると、アポロン様は楽しそうにこう話す。
「さて、ケンジは試験に合格したんだ。そろそろ、きちんと説明してあげないとね。――僕が君を、この世界に呼んだ訳を」
「…………えっ?」
状況はやはりわからない。けれど、少しだけ分かった事がある。それは私がこの神様に呼ばれて、この世界へやって来たと言う事だ。




