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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第2部:アテナイ戦争
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イノの決意(イノ視点)

 お父様からの愛を確認した翌日。朝からエリクトニオスさんが私を迎えに来ました。


 女神アテナ様より私に話があると、エリクトニオスさんはお父様に告げます。心配そうな視線を私に向けますが、私が問題無いと応じる事でお父様も渋々と納得されました。


 そして、私はエリクトニオスさんに連れられ、再びパルテノン神殿を訪れます。お父様の居ない再訪は、私に思った以上の重圧を与えました。


 私とエリクトニオスさんは神殿に入り、まずは小さな小部屋へと足を運びます。そこで簡素な服を渡され、私は一人で着替え始めます。


 いつもの白いローブではありません。多くの人が着ている、キトンと呼ばれる亜麻の服です。袖が無いので、この後を考えると丁度良いのです。


 着替え終わった私は、エリクトニオスさんと奥へと向かう。そこには以前の様に、女神アテナ様が待ち構えていました。


 彼女は玉座に腰かけ、ニコリと微笑みます。同じ女性でも見惚れる、とても美しい笑みでした。


「――その瞳、迷いは消えた様ですね」


「はい、アテナ様。覚悟は出来ました」


 私の返事にアテナ様は満足そうに頷きます。そして、玉座から立ち上がると、ゆったりと私の元へと歩み寄って来ます。


 私はそこでふと気付きます。アテナ様は以前の様に、槍と盾を所持していません。代わりに今日は、黄金の杯を手にしていたのです。


 アテナ様は私に手が届く距離で足を止めます。そして、その黄金の杯を私へと差し出しました。


「これこそがネクタル。オリュンポス十二神のみに許された、不老不死の神酒です」


「これがネクタル……」


 私は黄金の杯へと視線を落とす。そこには真っ赤な液体が満たされており、一見すると葡萄酒の様に見えます。


 けれど、そうでないのだと、すぐにわかりました。この神酒からは力を感じる。私が魔女で無かったとしても、その神々しさをきっと感じた事だろう。


 私はゴクリと喉を鳴らす。そして、杯を受け取る私に、アテナ様はこう告げられました。


「腕を切り落とす前に、これを飲むのです。そうする事で、切り落とした腕も再生されます」


「これを飲めば腕が……。本当に私がこれを飲んで良いのでしょうか?」


 事前にエリクトニオスさんから説明は聞いています。これはオリュンポス十二神のみに許された神酒。最高神である神々の力の源であると。


 私がネクタルを口にすれば、私の体はより神に近い形に作り替えられる。その作り替えられる直前に腕を切り落とせば、新しい腕が生えて来るのだと。


 けれど、これがとんでもない、希少な代物だと理解出来る。そして、これが本来はアテナ様が口にするはずの神酒なのだとも。


 その事を不安に思う私に対して、アテナ様は優しく微笑む。私の頬にそっと手を添え、力強い声でこう答えました。


「我が妹が戦う決意を固めたのです。それを支えるは我が務め。さあ、遠慮せずに口にしなさい」


 アポロン様もそうだけど、アテナ様も同じように口にする。私に対して腹違いの妹であると。


 ゼウスより生まれた子はとても多い。アポロン様やアテナ様は、その全てを弟や妹として接するのだろうか?


 そんな事を考えながら、私は黄金の杯に口を付ける。そして、舌に触れたネクタルは、私にかつてない快楽を与えた。


「なに、これ……? すごく、美味しい……」


 これまで口にしたどんな飲み物とも比較にならない。舌が、体が、細胞の一つ一つが喜んでいる。こんな飲み物は初めてだった。


 余りの甘美な味わいに、私は余裕なく全てを飲み干してしまう。そして、甘い余韻に酔いしれる私に、アテナ様はこう問いかけた。


「イノ、わかりますか? ネクタルが何から作られるか?」


「ネクタルが、何から作られるか……?」


 その唐突な問い掛けに、私は何も思い付かなかった。これ程の美味しい飲み物を私は知らない。その材料になる物にも、心当たりが無かった。


「人間が奇跡と呼ぶ品々は多くあります。その多くが力有る神に由来する物です。神の血を吸った植物が、特別な薬草となるように」


 その言葉で魔女メディアを思い出す。彼女はプロメーテイオンと言う薬草から、一日だけ無敵になれるポーションを作っていた。


 そして、そのプロメーテイオンと言う薬草が、不死身の神プロメテウスの血を吸った物である。つまり、このネクタルも神に由来する品なのだろうか?


「ネクタルの材料。それは――ガイア神の血です。全ての神々の祖先。ゼウスに反逆し、負けた彼女は永遠に血を搾り取られているのです」


「――えっ……?」


 大地神ガイアの反逆。それはギガントマキアと呼ばれている。ゼウスを中心としたオリュンポスの神々と、それに反発する神々との間に起きた戦争である。


 ゼウスはヘラクレスの力を借りて、その戦争に勝利した。そして、神々の頂点として君臨し続ける事になったと聞くが……。


「この世界は始祖である、ガイア神が生み出しました。全ての神々はガイア神の子孫となります。その彼女の血には、神々すら生み出す力があるのです」


 私は黄金の杯に視線を落とす。全てを飲み干し、空になった杯。私が先程飲み干した物は、神々の始祖であるガイアの血だったのか……?


「この仮初の平穏は、多くの犠牲の元に成りっています。その事を決して忘れてはなりません」


 そう告げたアテナ様の手に、いつの間にか槍が握られていた。そして、その大きな槍は音もなく一瞬だけブレた。



 ――ぼとっ……。



 地面に落ちる私の右腕。呆然とその腕を眺めていると、エリクトニオスさんが急いで動く。恭しく腕を拾い上げると、金属の箱にその腕を納めた。


「――っ……?!」


 遅れてやってくる激しい痛み。けれど、それと同時に体の変化にも気付く。体中が熱を持ち始め、ゾクゾクと快楽が全員を駆け巡るのだ。


 痛みと快楽で頭がパニックを起こす。ガクガクと足は震え、私はその場に膝を付く。そんな私の後頭部に、アテナ様の声が降りかかって来る。


「今のイノは半分が神、半分が人間です。ですが、変化が収まれば比率が変わります。三分の一がゼウスの血。人間の血。ガイアの血となります。貴女はより力有る神に成るのです」


 アテナ様の言葉に私は納得する。私の全身がより高位の存在に成ろうとしている。その事に喜びを感じているのだ。


 切り落とされた腕は、切り口から腕が生え始めている。腕だけでなく全身が、より力に満ちた細胞に置き換わって行く。


 そして何よりも、生み出される魔力が桁違いだった。元より魔力量の多かった私でも、これ程の魔力の伸びは感じた事が無い。



 ――ああ、なるほど……。



 私はこの変化に納得をする。魔女メディアが欲していたもの。あそこまで必死だった理由が、今になって理解出来てしまった。


 この全身を満たす全能感。同じ神の血を引こうとも別物なのだ。ネクタルを飲むかどうかで、ここまで力に差が出るなんて……。


 私は痛みと、快感と、全能感がごちゃ混ぜになる。脳の許容量を超えてしまった私は、熱に浮かされたように気を失ってしまう。

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